21世紀の戦場で何が起きているのか?

「11日間 Eleven Days」

- リー・カーペンター Lee Carpenter -

<新たな戦争の時代>
 ベトナム戦争も50年前の過去の戦争となり、現在の戦争は当時とはまったく異なるものになっています。コンピューター制御によるミサイル戦争もそのひとつの戦争。ヘリコプターや戦闘機による空からの爆撃や砲撃もそのひとつの戦争です。
 今やかつてのような地上戦は、ほとんど見られなくなっていますが、もちろんなくなったわけではありません。ただし、その多くはピンポイントで行われる敵の重要人物を暗殺する作戦や人質を救出するための作戦など小規模な戦闘です。そして、そうした作戦に関わるのは選び抜かれ、鍛え上げられた少数精鋭の優秀な兵士たちの集団を代表するのがSEALと呼ばれる特殊部隊です。

<SEALとは?>
 SEALとは、「米国海軍特殊部隊」の略称です。その原点となったのは、「米国海軍設営部隊」(海から上陸して戦闘準備を担当する部隊)と呼ばれる部隊でした。それが、より攻撃的要素を強めた「偵察襲撃部隊」(スカウツ&レイダース)となり、第二次世界大戦中には、アクアラングなどの装備を用いた海の中での戦闘も行う「水中破壊工作部隊」(UDT)へと進化。さらにそれがケネディ政権時代に、より広い範囲の偵察、戦闘を行える「特殊作戦部隊」(SDF)へと発展。現在のSEALに至っています。
 元々は海の中の特殊部隊だったものが、海からの上陸だけでなく様々な形で敵地域に侵入し、偵察、爆破、暗殺など様々な攻撃を行う究極の特殊部隊へと進化した歴史は、ある意味、20世紀の戦争の進化を表す存在だったともいえます。
 明確な敵国との富と名誉をかけたガチンコの戦いだった第一次世界大戦。
 世界を二分する大規模な戦闘となり、核兵器までも生み出した第二次世界大戦。
 米ソの代理戦争として、兵器と物資の供給合戦となった朝鮮戦争。
 森の中でのゲリラ戦によりそれまでの戦いとは大きく変化し、米国が敗北に追い込まれたベトナム戦争。
 軍隊ではなくテロリストという見えざる敵を相手にすることになった同時多発テロ事件以後の戦争。
 特に、テロ事件が頻発し、世界各地で要人だけでなく一般市民までもが誘拐される時代となった21世紀、彼らの敵地への侵入と人質奪還や要人の暗殺任務の重要性は増すばかりです。しかし、その任務のほとんどは極秘作戦なため、その部隊の活動のほとんどは知られることはありません。

<新たな戦争文学>
 昔から小説の世界では、様々な戦争文学が生まれてきました。特に戦場の悲惨さを元兵士が当事者として描いたリアルな小説の中からは多くの名作が生まれています。戦争自体が大きく変わった中で戦争文学が変化するのは当然のことでしょう。
 騎士道精神の延長にあった第一次世界大戦の後、第二次世界大戦もまだわかりやすい戦争だったといえます。そして、兵士たちもまた仲間たちと共同で闘うチーム戦として戦場を体験していました。そこにはまだ敵と味方、味方同士の間に人と人の素朴なつながりがあったとも言われます。

 第二次世界大戦のあと、兵士たちは船で帰国した。そうやって海を渡ることで、戦ったほかの人々とつながりを持つ時間ができた。自分たちがくぐり抜けてきたことや、どこにいたか、何を見たかを話し合う時間があった。きっと甲板に座り込んで、いろんな話をしたと思う。それから家に帰って、ほとんどの人は何もいわなかった。ほかの兵士たちと話した時間があったおかげで帰宅したときにはそんなに話をする必要がなかったんだろうね。それとも、ぼくらみたいに何かきまりがあったのか。彼らは英雄として家に帰った。アメリカがおおいに誇りを抱いている時期に帰国した。だけど彼らは誇れないものも眼にしたと思う。

 この小説は、21世紀の中東やアフリカを舞台にしたハリウッドの戦争映画に何度となく登場しているSEALに入隊した青年とその母親を描いた作品です。それも9・11後にイラクへの米軍侵攻が決まってからの混乱の時代の中東を舞台にしています。ただし、この小説を書いた著者リー・カーペンターは女性。それも二児の母親でもちろん従軍経験などありません。さらに、この小説の主人公が入学を辞めたハーバード大学の大学院を卒業したインテリ女性で戦争との関わりは、ほとんどないと言えます。
 ところが、彼女はそれでも戦争を見事に描き切っています。彼女はその青年の母親になることで、SEALの兵士の日常や苦悩を描くという新たなタイプの小説を生み出しました。それは、兵士たちの体験を見ることができない時代だからこそ可能になったのかもしれません。著者は主人公である母親が青年のSEALでの体験を息子からのメールで少しずつ知ったように、元兵士へのインタビューやSEALに関する様々な情報から、リアルな物語を紡ぎだすことに成功しました。
 21世紀のアメリカの戦争は、ベトナム戦争が情報を公開したことでマスコミの批判にさらされた教訓から情報の統制が徹底されています。そのため「湾岸戦争」以降は、従軍カメラマンやニュース・キャスターたちは、立ち入りできる場所を厳しく制限され、兵士たちの家族ですら戦場で何が起きているかを知ることができなくなりました。だからこそ、主人公の母親は、そんな状況の中最大限に情報を明らかにできるよう物語を仕掛けたといえます。ここがこの小説が成功した重要なポイントになっています。
 そのため、この小説では、あえて行方不明になった青年の父親が軍の上層部にいるという設定が持ち込まれます。そのおかげで、母親には特別に戦地に向かう機会が与えられることになり、それで中東でのSEALの仕事の一端が明らかになるという仕掛けです。

<あらすじ>
 アメリカ軍に関わる仕事をしていた謎の男デイヴィッドとの間に生まれた男の子ジェイソン。母親のサラは父親が去った後、一人でジェイソンを育て上げました。成績優秀で名門ハーバードへの入学も考えていたジェイソンでしたが、あの9・11同時多発テロ事件により考えを変えた彼はアメリカ人として戦う決意を固めます。そして、彼は海軍の特殊部隊SEALに入隊し、そこで厳しい訓練を受けることになります。そこでも彼は精神的、肉体的強さで優秀な成績を収めます。しかし、SEALの任務は家族といえども公表することはできないため、彼は母親とのメールのやり取りの中、仕事についてはほとんど伝えることができませんでした。

・・・つまり、選択可能な行動パターンを完全に身につけることによってミスの余地をなくす - あるいは減らす - ってこと。ミスの余地はあってはならない。たとえ選択をするという行為そのものが本質的にミスの余地を伴うものだとしても。
 戦争はただの”ドンパチ”じゃない。ぼくらの行動には正確さが求められる。銃を持ち、それをどう使うべきか知ることは、新しい言語を知るのとちょっと似ている。口数を少なくしたほうが得られるものが多いような、厳しい状況がたくさんある。自制心は信仰と重なるものじゃないかもしれないけれど、近いものではあると思う。


 そんな日々が続く中、ある日突然母親のもとにジェイソンが行方不明になったという情報が届きます。しかし、その詳細はまったく明らかにされず、彼がどこでどのように消えたのかまったくわかりませんでした。

しかし業火と憎悪の果てに
しかし審判と苦痛の果てに
神の慈悲により道はひらかれる
ふたたび自分自身として生きられるように

ラドヤード・キプリング「The Choice」より

「11日間 Eleven Days」 2013年
(著)リー・カーペンター Lee Carpenter
(訳)高山真由美
早川書房

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