「犯罪者の国」アメリカで稼いだ奴ら


映画「13th 憲法修正第13条」より

- エヴァ・デュバネイ Ava DuVernay -
<ジョージ・フロイド殺害事件>
 2020年5月25日、黒人男性ジョージ・フロイド氏を警察官が殺害した事件をきっかけにアメリカ全土で抗議のデモが行われ、一部が暴徒化して放火や略奪を行う事態になりました。警察側は抗議デモに対して暴力的、強圧的な対応をし、多くのデモ参加者逮捕・拘留され、マスコミの取材陣が逮捕・拘留される事件まで起きています。
 アメリカにおける人種差別は、1960年代末にアメリカ中で盛り上がりを見せた公民権運動の成功によって、大幅に改善されたと思われがちです。しかし、その後起きたワッツ暴動やロドニー・キング事件などの大きな事件は、一部の人種差別主義者の行動から始まった一時的なものだったとは思えません。今回の事件は、アメリカにおける人種差別はまったく改善されてはいなかったという事実を証明する事件となりました。
 自由の国アメリカは、どこで再び道を踏み誤ってしまったのでしょうか?
 その間違いの歴史について教えてくれるのが、ドキュメンタリー映画「13th 憲法修正第13条」です。監督を務めたのは、アメリカの女性黒人監督エヴァ・デュバネイは、マーティン・ルーサー・キング牧師による最後の戦いを描いた劇映画「グローリー/明日への行進」(2014年)の監督でもあります。
 思えば、トランプ大統領のスローガン「アメリカ、ファースト」とは、「世界の中でアメリカだけが美味しい思いをしよう!」という宣言でしたが、それは「アメリカの中で自分たち白人の資産家だけが美味しい思いをしよう!」というのと同じことでした。そして、そんな彼を大統領に選んでしまった国なのですから、人種差別がなくなるわけはないのです。問題は、たとえ政治家が人種差別主義者ではなくても、一部の人のために有利になるよう政策をゆがめて行けば、結局は弱い人々が苦しむ社会になってしまうということなのです。金持ちがより金持ちになろうとすれば、誰かから富を奪うことになるのは必然だということです。こうして、アメリカはいつの間にか「犯罪者の国」になってしまったのです。そして、多くの企業が犯罪者となった人々から富を搾取する巧妙なシステムを作り上げることに成功したのです。
 この映画は、他人を思いやる心のない政治家が、時に良かれと思いながら、時に確信犯として、いかにしてアメリカを「犯罪者の国」に変えてしまったのか、その恐るべき歴史について教えてくれます。

<憲法修正第13条とは?>
 この作品のタイトルにもなっている「憲法修正第13条」は、アメリカ国民は誰もが法の下に平等であり、自由を保障されていると宣言しています。当然、そこには人種の違いによる差別はありません。
 ただし、奴隷制度を否定するその法律にも、抜け穴的な例外がありました。それは「犯罪者」については、その例外となり、自由を保障するものではない、というものです。
「いやいや、それは当然でしょ!」そう思われるかもしれません。
 確かに犯罪者に自由を与えることが危険なのは当たり前です。問題となるのは、「犯罪者」とはいかなる存在か、誰が決めるのか、ということです。もし、小説「1984」のような社会が誕生したら、その国の犯罪者は反政府的な思想を持つものすべてということになります。台湾で中国による支配を批判しても、同じように犯罪者として扱われることになるでしょう。
 そしてもう一つ問題があります。アメリカでは一度刑務所に入ると、刑期を終えて出所しても、投票権を失ったり、様々な資格試験を受けられなかったり、就学支援のローンを組めなかったりと厳しい状況が待っているのです。犯罪者は、出所後も自由に生きる権利を失ってしまうのです。
「アメリカは自由の国なんだから、そんなことはあり得ない!」そう思われるかもしれません。
 でも、人口が世界の5%にすぎない国であるアメリカの投獄者の数が、全世界の25%にあたるという驚くべき数字があります。世界の犯罪者の4人に1人がアメリカ人でさらにその40%がアフリカ系アメリカ人だというのです。
 なぜそこまで「大量投獄」の状態が生まれたのでしょうか?アメリカは、本当に世界最大の犯罪者の国なのでしょうか?
 もし、そうでないとするならば、誰が投獄者を増やしたのでしょうか?なぜ、なんのために増やしたのでしょうか?

<大量投獄国家への道>
 1960年代末に最大の盛り上がりを見せた公民権運動によって、アフリカ系アメリカ人は法の下での平等を得ることに成功しました。しかし、長年にわたり黒人を奴隷として扱い差別を行ってきたアメリカの白人保守層は、それを受け入れるつもりはありませんでした。そうした人々の支持を得て、共和党から出馬して大統領となったニクソンは、「Law & Order 法と秩序」という言葉を用い、警察とFBIによる犯罪者の取締りを強化すると宣言します。(この「法と秩序」のスローガンは、トランプ大統領も最近よく使っています)
 「犯罪との闘いには、<戦争>という言葉が似あう」と発言したニクソンが、その戦争相手として挙げたのは、黒人解放運動におけるブラックパンサー党のような過激派とベトナム反戦運動の中心となっていた左派の若者層でした。その具体的な作戦としてニクソンは、1970年「麻薬戦争」という言葉を初めて使用しています。
 当時、黒人たちの間ではヘロインが蔓延していて、左派の若者たちの間にはマリファナが広がっていました。従って、麻薬を取り締まることで彼らの組織を弱体化させることができると判断したのです。その後、黒人たちの間に新しい薬物クラックが広がると、政府はその使用者、販売者により重い罪を課すようになります。そうなると、ヘロインを中心に使用していた白人たちは軽い罪で済まされるようになり、クラックを使用する黒人たちには必然的に重い罪を課されるようになりました。これにより、逮捕者の多くが黒人になって行くことになりました。
 その間、1970年の逮捕者数が、357,292人だったものが、1980年には513,900人となり、1985年には759,100人と倍増しています。

<マスコミによる刷り込み>
 1980年代に入ると、テレビで警察に密着し逮捕の瞬間を撮影するリアリティー番組(「LA警察密着24時」みたいな・・・)が人気となります。そしてそこに映し出される数多くの犯罪者たちの多くが黒人であることで黒人=犯罪者という刷り込みが行われることになりました。さらにそれらの番組に登場する若い黒人の薬物使用者は「スーパープレデター」(強力な捕食者)と名づけられ、社会の敵として恐れられるようになって行きました。白人女性へのスーパープレデターによるレイプを恐れる声が高まりますが、白人女性への黒人男性によるレイプ事件は、白人男性による黒人女性へのレイプ事件の方が少ないことは統計的に明らかです。
 マスコミが視聴率を稼ぐため、もしくは犯罪を抑止するために始めたこうした番組は、その意図とは別に人種差別を助長する結果となりました。そして、こうした社会的風潮は選挙戦にも影響を与えるようになります。
 1980年代以降、アメリカの大統領選挙では犯罪者を取り締まるための厳罰化が大きなテーマになって行きました。共和党、民主党関わりなく、その主張は犯罪者に対して厳しくなり、より厳しい政策を表明した方が最終的に選挙に勝利するようになります。もちろん、そこでは人種による差別は語られません。
 1990年の逮捕者数は、こうして100万を突破し、1、179、200人に達しています。
 1992年、黒人層からの支持を得て大統領に就任したビル・クリントンは、その後、黒人たちにとって厳しい逆風となる法律の改正を実行します。そもそも彼は黒人をいじめるつもりはなかったのかもしれません。しかし、彼の政策は多くの黒人たちを刑務所送りにし、そこから出られないようにしてしまいます。後に彼はその改正について、それが誤りであったことを謝罪することになるのですが、歴史的な法律の改悪がこうして始まります。
<必要的最低量刑法>
 この法律の改正により、一度判決を受けて刑務所に入った犯罪者は、拘置中に反省し、真面目に刑を務めても、減刑は85%までしか許されなくなりました。
<スリーストライク法>
 文字通り3回重犯罪を犯した被告は、裁定に関わらず即、終身刑となり、死ぬまで刑務所から出られなくなるという法律です。(野球の三振から取られたネーミングからして、不真面目この上ないと思います)
 これらの法律の誕生により、当然ながら投獄者が急増し、刑期も大幅に長くなりました。刑務所は当然増設を迫られることになりました。問題は犯罪者だけではすみませんでした。その影響は、投獄されてしまった親族をもつ家族にも大きな影響を与えることになり、社会全体を大きく揺るがす結果となります。一家の働き手を失った貧しい家庭が急増し、貧困層が急速に増えることになったのです。
 2000年、投獄者数は一気に200万人を越え、2、015、300人となってしまったのです。これは驚くべき数字です。さらに2001年については、その投獄者のうち87万8400人がアフリカ系であることが明らかになりました。
<正当防衛法>
 この法律は例え銃などの武器を持っていなくても、怪しい人物が不法侵入してきたり、危険な行為に及ぼうとしていると判断されれば銃による射殺も認められるというものです。それは警官だけでなく一般人にも当てはまるとされ、一般人の銃の所持率を高めることになり、射殺事件を増やすことにもなりました。

<ALECという組織>
 上記のような警察関連事業のために有利な法律を草案し提案したのは、意外なことに大統領でもなく、議員でもないALECという謎の組織でした。ALEC(米国立法交流協議会 American Legislative Exchange Council )は、様々な企業経営者と共和党を中心とする議員たちからなる組織です。1980年代から本格的に活動を開始し、参加企業の活動に有利になるよう法律改正をしたり、新しい法律を草案したりして、議員たちに提案させ、さらにはその提案が成立するようロビー活動を行うことが業務の組織です。
 例えば、当初メンバーだった銃を販売する企業のために、銃規制を緩める法律を提案したり、化学薬品製造会社のために環境保護に関する制約を緩める法律を提案するなど、業界団体のために利益になる事なら何でもやるわけです。

<大量投獄で儲ける企業>
 投獄者が増え、刑務所が増えると、それらの施設を運営するための業務もより大きなビジネスとなり成長産業となって行きました。そうなると国家業務の縮小を目指すアメリカ政府は、犯罪者に関する業務もどんどん民間に委託して行くようになります。こうして、そこから巨大な成長企業が誕生することになりました。200万人もの人間を収容するのに必要な業務、備品、食料品、サービスなどにかかる経費は膨大な金額になるのです。そのうえ、収容者を安い賃金で働かせるビジネスも盛んになり、それが発展途上国並みの人件費で成り立つ製造業者に上手く利用される現実もありました。
 そうした企業の中でも特に有名なのがCCAという民間矯正施設です。年間17億ドルもの収益をあげる大企業となったCCAも、もちろんALECのメンバーでした。そして、彼らに利益をもたらす法律として作られた中に「アリゾナ州移民法」(略称SB1070)がありました。
<アリゾナ州移民法>
 アリゾナ州移民法(SB1070)によって、密入国を疑われる外国人は、のきなみ犯罪者として逮捕され刑務所に収監されることになりました。メキシコ国境を越えたヒスパニックが多く住むアリゾナ州では、この法律により数多くの不法移民を収監し、収容施設という名の監獄に収容することが可能になったのです。結果的にこのおかげで大きな利益を得たCCAでしたが、彼らがALECのメンバーとして法律制定にまで関わったことがマスコミに暴露され、大きな批判を浴びることになります。結局、CCAはALECを脱退することになりました。

<仮釈放ビジネス>
 ALECは、保護観察と仮釈放のビジネスにも大きく関わっていました。犯罪者のために社会復帰を助ける仕事を行うアメリカ保釈連合(ABC)は、犯罪者にGPSを装着させることを条件に仮釈放を進める新たなビジネスを開始。それは大量投獄への批判が高まったことに対応する改革の一つでした。ただし、GPSを装着された犯罪者たちはその自由を取り戻したのではなく、家族と共に新たな監視システムのもとにおかれることになっただけでした。ある意味、このシステムは、黒人社会全体を監視下におくための新たな投獄社会の基礎になるのかもしれません。
 民間企業は利益を上げられるならば、どんな状況になってもそこから新たな業務を生み出すつもりのようです。この調子なら、優れたビジネスマンが新型コロナ蔓延社会においても、新たな利益を上げる美味しいシステムを創設するに違いありません。

<裁判削減社会>
 犯罪者を増やす社会システムをより効率化するためには、裁判そのものを減らしてしまえばよい!誰かがそう考えたのでしょうか?
 アメリカでは、逮捕された被疑者の97%が裁判を受けることなく、すぐに司法取引に応じ罪を受け入れるという驚きの数字があります。なぜ、そんなことになっているのか?この映画では、カリーフという少年に起きた悲劇的な事件について詳しく紹介することで、その理由を説明しています。
 カリーフという黒人青年は突然、ある小さな事件の容疑者として逮捕されてしまいます。事件についてまったく身に覚えがなかった彼は、無実を主張しますが、警察は罪を認めて保釈金1万ドルを払えば、すぐに出所させると彼に迫りました。さらには、もし無実にこだわり裁判に持ち込むなら、もし有罪になると15年の刑になくなる可能性もあると脅してきました。そこまで言われれば、彼に1万ドルを払うことが可能であれば、そこで罪を認めていたかもしれません。しかし、貧しい彼の家に1万ドルを払う余裕はなく、罪を認めることにも納得が行かなかった彼は、裁判で戦う決意を固めます。ところが、彼の裁判は延々と長引かされ、2年間にわたり彼は収監されたままとなります。そして、彼は刑務所内で看守や囚人たちから執拗ないじめを受けることになりました。それでも彼は無罪を主張続け、つに無罪放免となりますが、釈放された後しばらくして、自宅で自ら命を絶ってしまったのでした。どうやら彼は収監中に消すことのできない重い心の傷を負ってしまったようです。
 統計によると、黒人の若者は一生涯の間に3人に1人は逮捕されるという計算結果がでています。(白人の場合でも、その数字は17分に1になるので人種に関わりなくアメリカという国自体が犯罪者の国と呼ばれるべきなのかもしれません・・・)
 黒人人口は、アメリカ全体の6.5%にすぎないのですが、刑務所内ではなんと40.2%にまで達しているともいいます。そして、彼らは出所しても、国民としての資格の多くを失ったままなので、大学などへの進学もできず、資格も取得できず、選挙での投票までできないというのです。一度刑務所に入ってしまうと、彼らは国にとって奴隷同然の存在になったと言えるのです。アメリカは今も変わらず「奴隷国家」と呼ばれても仕方ないのです。
 「大量投獄社会」とは、差別される人々から権利を奪い、彼らを実質的に奴隷化する恐るべきシステムなのです。

「13th 憲法修正第13条 13th」 (2016年)ドキュメンタリー
(監)(製)(脚)エヴァ・デュバネイ
(製)ハワード・バリッシュ(製総)ベン・コトナー、リサ・ニシムラ他
(脚)(製)(編)スペンサー・アヴァリック
(撮)ハンス・チャールズ、キラ・ケリー
(音)ジェイソン・モラン
(出)バラク・オバマ、ビル・クリントン、ヒラリー・クリントン、アンジェラ・デイヴィス

曲名  演奏  作曲  コメント 
「Work Song」 ニーナ・シモン
Nina Simone 
Nat Adderley
Oscar Brown Jr. 
アルバム「禁断の果実」(1961年)
公民権運動を代表するシンガー
「レーガン Reagan」  キラー・マイク
Killer Mike
Michael Render(キラー・マイク)
Jaime Meline 
アルバム「R.A.P. Music」(2012年)
ロナルド・レーガンを徹底攻撃
「Don't Believe The Hype」  パブリック・エネミー
Public Enemy 
Carlton D. Ridenhour
Eric Sadler
Hank Shocklee
戦うヒップホップを代表するヒップホップ・ユニット
It Takes a Nation of Millions to Hold Us Back」
(1988年)
「Behind Enemy Lines」  デッド・プレズ
dead prez 
Lavon Alford
Clayton Gavin 
アルバム「Let's Get Free」(2000年)
ニューヨークのヒップホップ・デュオ
「There's A Man Going 'Round Taking Names」  ジェイソン・モラン
Jason Moran
ローレンス・ブラウンリー
Lawrence Brownlee 
Traditional
(編)Jason Moran
ジェイソン・モランはヒューストン出身
ジャズ・ピアニスト、作曲家、教育者 
ローレンス・ブラウンリーはオハイオ州出身
アフリカ系のオペラ歌手
「Heavy Blue Muse」 アリシア・ホール・モラン
Alicia Hall Moran
Jason Moran
Alicia Hall Moran
アリシアはジェイソン・モランの妻
ジャズ・シンガー 
「Last Words」  ナズ Nas featuring
Nashawn & Milennium Thug
Nasir Jones,Leshan Lewis
Leroy Bonner,William Beck他
ナズはニューヨーク出身
1990年代から活躍するヒップホップ界の大御所
「Criminal」  The Roots featuring
Truck North & Saigon 
Karl Jenkins,Tarik Collins
Ahmir Thompson他 
ザ・ルーツはフィラデルフィア出身
ヒップホップ界を代表する大物グループ 
「Chains」  アッシャーUsher featuring
Nas & Bibi Bourelly 
Nasir Jones,Issiah Avila
Badriia Bourelly Andre Bowman他
テキサス州ダラス出身のR&B歌手、ダンサー 
 

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