- 50年代モダンジャズ黄金時代が生んだ記念碑 -

マイルス・デイヴィス Miles Davis

<無人島に持って行きたい一枚>
 もし、無人島にアルバムを10枚持って行けるとしたら、あなたなら何を持って行きますか?以前そんな本がありました。僕としては10枚と言っても、その日その日の気分で選ぶアルバムは違ってしまうと思うのですが、そんな中でも常にはずせないものもわずかながらあります。そのひとつが、このアルバム、マイルス・デイヴィスの「カインド・オブ・ブルー」です。
 特に夜寝る前に聞く音楽として、これほど「心地よい夜」を感じさせてくれるアルバムはありません。このアルバムとシングル・モルトのウイスキーさえあれば、ひとりぼっちの無人島の夜も、極楽へと早変わりするのではないかと思います。(なんか村上春樹さんみたいなセリフですが・・・)

<ポップであり続けた天才>
 「モード奏法」という僕にはさっぱりわからない演奏法の完成型として歴史的価値をもつ作品と言われながら、こうもポップで聞き易いのはなぜでしょう?
 たぶんそれはマイルス・デイヴィスというアーティスト自身が誰よりもポップな人間だからに違い有りません。彼は常に最新のファッションに身を包み、最新の音楽に目配りをし、最新の若手ミュージシャンを自らのバンドに参加させ続けました。そして、何より凄いのは、常に自分自身がその最新の音楽を生み出す先頭に立っていたということです。その新しさはジャズの枠はみ出し、あまりに先を行き過ぎていて、時に回りから理解されないこともありました。しかし、そんな外野の声に、彼が影響を受けることはけっしてありませんでした。
彼の口癖どうり「So What それが、どーした」なのです。常にマイルスはマイルスであり続けたのです。

<ビル・エヴァンスの存在>
 このアルバムが完成させたモード奏法について、この時の影の功労者と呼ばれるピアニストのビル・エヴァンスは「それは日本独特の絵画、墨絵の世界に通じている」と説明しています。(このアルバムの内ジャケットに書いてあります)
 チャーリー・パーカーに代表されるビ・バッップは激しいリズムとメロディーをもち、その揺れは縦方向だったと言えます。それに対し、このアルバムの音楽は実になめらかで、横方向の揺れをもっていると言えるのです。さすがは日本通で有名なビル・エヴァンス、実に明解な説明です。このアルバムについて、マイルスは、ビル・エヴァンスの影響大であるという回りの評価を否定していますが、実際はどうだったのでしょう?興味深いところです。

<マイルス教室の卒業生
 しかし、エヴァンスだけでなく、コルトレーンに対しても、このアルバムは大きな影響を与え、彼らが大きく成長を遂げるきっかけとなったことだけは間違いないでしょう。なぜなら、このアルバムを4月に録音し終えた後、すぐに二人は自らの作品群において、非常に重要な作品を発表しています。
 エヴァンスは、5月には「Undercurrent」、そして12月には「Portrait In Jazz」を録音。まさに彼の絶頂期が始まろうとしていました。そして、トレーンもまた、5月に「Giant Steps」を発表。マイルスと並ぶ存在への大きな一歩を踏み出しています。
 どの音楽ジャンルよりもエネルギーに満ち、成熟期を迎えようとしていたモダン・ジャズ。このアルバムは、そんなジャズの50年代最後を飾るに相応しい傑作と言えるでしょう。



"Charlie Brown" The Coasters
"Dance With Me" The Drifters
" I Only Have Eyes for You " The Flamingos
"Just For A Thrill" Ray Charles
"Poison Ivy" The Coasters
"Say Man" ボー・ディドリー Bo Diddley
" Shout(Part 1and 2) " The Isley Brothers
"What'd I Say" レイ・チャールズ Ray Charles

<アメリカの年間トップ10>
(1)「マック・ザ・ナイフ Mack The Nife」ボビー・ダーリン(レイ・チャールズのカバー)
(2)「ニューオーリンズの戦い」ジョニー・ホートン
(3)「ヴィーナス」フランキー・アヴァロン
(4)「Lonely Boy」ポール・アンカ
(5)「There Goes My Baby」ドリフターズThe Drifters
(6)「パーソナリティ」ロイド・プライス
(7)「谷間に三つの鐘がなる」ブラウンズ
(8)「Put Your Head On My Shoulder」ポール・アンカ
(9)「Sleeo Walk」サント&ジョニー
(10)「Come Softly To Me」フリートウッズ
チャールズ・ベックマン「アメリカン・ポップス」より

<ジャズ>
"Blowin' the Blues Away" ホレス・シルバー Horace Silver
"Giant Steps" ジョン・コルトレーン John Coltrane
"Kind of Blue" マイルス・デイヴィス Miles Davis(ジャズ史に残る超名盤)
"Portrait in Jazz" ビル・エヴァンス Bill Evans Trio
「プレイ・バッハ Play Bach」 ジャック・ルーシェ Jacqes Loussier
「ジャズ来るべきもの The Shape of Jazz to Come」(ジャズの新しい歴史の始まり)
オーネット・コールマン Ornette Coleman
"Sketches of Spain" マイルス・デイヴィス Miles Davis
"Undercurrent" ビル・エヴァンス、ジム・ホール Bill Evans,Jim Hall

「可愛い花」ザ・ピーナッツ(デビュー曲)
「黄色いサクランボ」スリーキャッツ
「夜霧に消えたチャコ」フランク永井
「東京ナイトクラブ」松尾和子&フランク永井
「黒い花びら」水原弘




児童の権利宣言採択、南極条約調印
ハワイ、50番目の州となる
キューバ革命(カストロ首相に就任)
ブラジルの新しい首都、ブラジリア完成
欧州自由貿易連合EFTA調印
コンゴ暴動勃発(対オランダ)
チベットで反乱、ダライ・ラマ氏インドに亡命
中国がインド国境を侵犯
北ヴェトナム軍、ラオス侵入
シンガポール独立
皇太子、正田美智子と結婚(テレビが全国に一気に普及する)
伊勢湾台風、日本に大きな被害を与える

<芸術、文化、商品関連>
「地下鉄のザジ」レイモン・クノー著(仏)
「魔法のたる」バーナード・マラマッド著(全米図書賞)
「裸のランチ」ウイリアム・バローズ著
「梱包された缶」 クリスト
フランク・ロイド・ライト設計のグッゲンハイム美術館オープン
世界初のコピー機「ゼロックス914」発売
ピエール・カルダンがライセンス事業を開始(ファッション産業の新しいスタイル)


<音楽関連(海外)>
バディ・ホリー、リッチー・バレンス、ビッグ・ボッパー飛行機事故で死亡
第一回グラミー賞の授賞式開催
「ザ・トゥイスト」(ハンク・バラード&ザ・ミッドナイターズ)のヒットでトゥイスト・ブーム始まる
ミュージカル「サウンド・オブ・ミュージック」のアルバムが大ヒット
オーネット・コールマンがバンドを結成。フリー・ジャズ時代始まる
<音楽関連(日本)>
第一回日本レコード大賞「黒い花びら」水原弘(曲)中村八大(詞)永六輔
 僕には典型的な歌謡曲に思えていたこの曲も実はロカビリー風バラードとして作られたものだそうです。当時としては、新しかった曲にあえてレコード大賞が与えられたわけです。
フジテレビ系列で「ザ・ヒットパレード」放映開始(カバー曲中心の構成)

<映画>
この年の映画についてはここから!

[1959年という年] 
 皇太子の結婚パレードを見るために、テレビが一般家庭にまで普及し始めた年。(ただし、当時テレビの値段は、一般家庭の年収ほどもする高額商品でした)
「テレビの普及は、日本人の孤独と貧しさの始まりとも重なりうるのである。・・・」

<作者のコメント>
 僕はまさに初代「テレビッ子世代」です。
 「鉄人28号」「狼少年ケン」「風の藤丸」「宇宙エース」「エイトマン」「宇宙少年パピー」から「巨人の星」「サイボーグ009」「あしたのジョー」などのアニメはもちろんよく見ました。
 「タイム・トンネル」「宇宙家族ロビンソン」「逃亡者」「奥様は魔女」「じゃじゃ馬億万長者」から「刑事コロンボ」「スパイ大作戦」「バイオニック・ジェミー」「刑事コジャック」「マッシュ」など、洋ものドラマにもびっしりハマッタ世代です。
 「ウルトラQ」「ウルトラマン」「怪獣王子」「マグマ大使」「怪獣ブースカ」「仮面ライダー」「スペクトルマン」などなど、特撮ものも当然です。
 それに「プロ野球」「プロ・ボクシング」「キックボクシング」「プロレス」「ローラー・ゲーム」から「ゴルフ」「ボーリング」など、テレビで見られるスポーツならなんでも見ていたものです。
 「兼高かおる世界の旅」や「素晴らしき世界旅行」なんかの海外もの、旅ものも、本当に大好きでした。他に娯楽が少なかったのかもしれませんが、・・・。
 劇作家、演出家のつかこうへい氏曰く「バカになる光線」をめいっぱい浴びた世代だったわけです。でも、今思うとあの頃は、テレビをつけっぱなしにしていたわけではなく、常に目的の番組があってテレビをつけていたような気がします。ただなんとなくテレビをつけっぱなしにするようになったのは、ごく最近のことのような気がします。そんなわけで、最近はテレビをできるだけつけないようにしています。幸いなことに、最近は見たいと思うテレビ番組がほとんどないので助かります。テレビ局のみなさん、ありがとう!

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