- アートとしてのジャズへ -

エリック・ドルフィー  ERIC DORPHY  

この年の出来事 代表的な作品 デビュー 物故者
<二つの作品>
 この年の一枚を「アット・ザ・ファイブ・スポット」にするか、ビル・エヴァンス「ワルツ・フォー・デビー」にするか、ずいぶん迷いました。かたや、モダン・ジャズの数多い作品群を代表する時代を越えた美しいマスター・ピースである「ワルツ・フォー・デビー」。それに対して、36歳でこの世を去った天才アーティストが、その死後になってやっと評価を受けることになった記念碑的な作品「アット・ザ・ファイブ・スポット」。
 この2作品は、その後のジャズの未来を暗示する作品でもありました。

<ポップと前衛の分かれ道>
 「ワルツ・フォー・デビー」は、ハード・バップの時代を越えて、「クリスタル・サイレンス」「リターン・トゥー・フォー・エバー」などのメロディアスでポップな方向へと向かう流れの先駆けであり、それはある意味では「フュージョン」へと向かう流れでもありました。それに対して、「ファイブ・スポット」は、オーネット・コールマンの登場(1959年)により始まったフリー・ジャズ・ムーブメントの中から生まれたものでした。そして、それはこの後、さらなる前衛化により、次第に聴衆を失い、そのパワーを失っていくことになります。その意味で、この1961年はジャズが「ポップ」と「前衛」の微妙なバランスをとっていた、最後の時期だったと言えるのかもしれません。
 では、なぜエリック・ドルフィーを選んだのか?ポップであることを評価するなら、ビル・エヴァンを選ぶべきかもしれませんが、1961年という年にこだわると、やはり「アット・ザ・ファイブ・スポット」ということになるでしょう。この作品には、ライブならではの臨場感で1961年の張りつめた時代の緊張感が見事に納められているように思えるからです。それは、このアルバムのジャケットの写真にも反映されていて、聴くものを「1961年のアメリカ」へと導くタイムマシンの役目を果たしてくれるようです。ポップスを「時代を写し出す鏡」としての音楽と考えるなら、この作品もやはりぎりぎりポップスと呼んで良いのではないでしょうか。

<始祖鳥の美>
 「ワルツ・フォー・デビー」は、カップルでいっぱいのオシャレなカフェ・バーで、今でも聴くことができます。それは時代を越えた普遍的なポップさをもっているからでしょう。それに比べて、「アット・ザ・ファイブ・スポット」は、全国各地にわずかに残ったジャズ喫茶で、夜更けに髭のマスターが、バーボンを片手におもむろに針を落とす貴重な音楽の一つになってしまったのかもしれません。
 「なつメロ」になることを拒否した鳥肌が立つような「時代の音」、それはあの始祖鳥の化石のように、進化の分かれ道を標す貴重な存在であるだけでなく、今もなお、その音楽的美しさを保ち続けている貴重な作品でもあります。

<追記>2004年10月24日
 最初にこの文章を書いた後、ビル・エヴァンスについてのページを制作。彼について知れば知るほど、「ワルツ・フォー・デビー」のことを安っぽいポップス・アルバムみたいに書いてしまったことを反省しました。彼についても、知って欲しいので、彼のページも是非ご覧下さい!

関連するページ
アート・ブレーキー
(チュニジアの夜)
マイルス・デイヴィス ビル・エヴァンス

   アンダーラインの作品は特にお薦め !

ロックン・ロール・ポピュラー系
愛の喜び」 Joan Baez
"Blue Hawaii" Elvis Presley
"Travelin' Man" Rick Nelson(アイドル系ロックン・ロール時代の代表格)
悲しき街角」 Del Shannon
漕げよマイケル」 Highwaymen
ティファニーで朝食を」 Henry Mancini (映画音楽のサントラ盤)
ライオンは寝ている」 The Tokens
R&B系
"At Last" Etta James(オバマ大統領の就任記念パーティーで夫妻のダンス曲に選ばれたバラードの名曲)
"Cupid" Sam Cooke
"Gee Whiz" Carla Thomas
"Gypsy Woman" Impressions (カーティス中心になって初ヒット)
"Last Night" マーキーズ The Mar-Keys
"Mother In Law" Ernie K-Doe (60年代ニューオーリーンズR&B)
"Please Mr. Postman" The Marveletts(モータウン初の全米No.1)
"Pony Time" Chubby Checker
"Shop Around" ミラクルズMiracles
"Stand by me" Ben E. King(やはりこのオリジナルが最高でしょう!)
"Will You Still Love Me Tomorrow"The Shirelles(Carole King & Gerry Goffin コンビ最初のヒット)
サルサ系
"The Alegre All Stars" The Alegre All Stars
チャーリー・パルミエリJ.パチェーコなどプレ・サルサのデスカルガ集)
ジャズ系
"Speak Low" Walter Bishop Jr.
"Sunday At The Village Vanguard" Bill Evans
"Time Out" デイヴ・ブルーベックDave Brubeck (大ヒット"Take Five"収録、59年録音)
「The Trio」オスカー・ピーターソン
"We Get Requests" The Oscar Peterson Trio
ブラジリアン・ポップ系
"Dindi" Sylvia Telles(ボサノヴァの流れが生んだ最高にお洒落な一枚)
歌謡曲系
上を向いて歩こう 坂本九
王将」 村田英雄
君恋し」フランク永井(レコード大賞)
スーダラ節クレージー・キャッツ(60年代文化を代表する存在)
南海の美少年」橋幸夫



フォーク系
Judy Collins "A Maid Of Constant Sorrow"
ソウル・R&B系

Marvin Gaye " The Soulful Moods Of M. Gaye"
Miracles " Hi We're The Miracles " 
Solomon Burke "Just Out Of Reach"(アトランティックの救世主となったソウル・キング)
ロック・ポップ系
Beach Boys "Surfin"
歌謡曲系

弘田三枝子 「子供じゃないの」(洋楽カバーの女王的存在)


Booker Little 10月 5日 尿毒症 23歳
Ernest Hemingway  7月 2日 銃による自殺 62歳
Scott LaFaro  7月 6日 自動車事故 27歳





国連事務総長にビルマ出身のウ・タント氏就任
中立国首脳によるベオグラード会議開催
チトー(ユーゴ)、ナセル(エジプト)、スカルノ(インドネシア)、ネール(インド)
<アメリカ>
「ケネディーの時代始まる」

ジョン・F・ケネディーが米国大統領に当選
ケネディーとフルシチョフによるウィーン会談実現
米国、キューバと国交断絶
公民権運動を南部に広めるためのフリーダム・ライダース運動始まる
(ワシントンからニューオーリンズまでバスで移動しながら人種隔離に抗議する運動)
作家アーネスト・ヘミングウェイ死亡
<ヨーロッパ>
「宇宙開発競争激化の年」
ガガーリンを乗せた世界初の有人宇宙衛星ヴォストーク1号宇宙へ
「ベルリンの壁誕生」
東ドイツが東西ベルリンの境界を封鎖
ド・ゴール大統領暗殺未遂事件(映画「ジャッカルの日」)
<アジア>
韓国で軍事クーデターが起こる

<芸術、文化、商品関連>
ジョーゼフ・ヘラー著「キャッチ=22」発表
マリー・クヮントが「ミニ・スカート」を発表


<音楽関連(海外)>
ボブ・ディランがフォークのアーティストとして初めてメジャー・レーベル(コロンビア)と契約
フィル・スペクターがレスター・シルとフィレス・レコードを設立
ビーチ・ボーイズがデビュー、サーフィン・ブーム始まる
映画ウエストサイド・ストーリーが世界中で大ヒット
映画「若さでぶつかれ」のヒットで、クリフ・リチャードが世界的スターに
エディー・パルミエリがトロンボーンをフィーチャーしたサルサバンドを結成
1958年に独立した、アフリカのギネアでベンベヤ・ジャズ・ナショナルが結成される
マレーシアの映画、音楽界の巨人、P.ラムリーが人気歌手サローマと結婚
<音楽関連(国内)>
バラエティー番組「夢で逢いましょう」「シャボン玉ホリデー」スタート
加山雄三の若大将シリーズが始まる

<映画>
この年の映画についてはここから!

[1961年という年] 橋本治著「二十世紀」より(2004年11月追記)
 1961年は日本の昭和36年、前年末に総理大臣・池田勇人が言い出した「所得倍増計画」のスタートする年である。
「昭和30年代前半の日本人は、『やれやれほっとした』と思って、やっと獲得した”ささやかな豊かさ”を享受していた。しかしそれは、1960年代が訪れるまでの、わずか四、五年の間だけだった。『もはや戦後ではない』と言って、日本人は、『だから安心しろ』とは続けなかった。『だからもっと金儲けをしろ』と続けた。そのための目標として、1964年東京オリンピック(1970年大阪万博も)があった。・・・」

<作者のコメント>
現代経済学の基礎となった人物、ケインズは、こう主張しています。
(1) 繁栄を行き渡らせることは可能である。
(2) これを達成する上で土台となる考え方は、「富を求めよ」という唯物主義である。
(3) そうすれば、平和が達成できる。
 やれやれなんという素晴らしい理論!こんな学問を元に世界経済が作り上げられているのですから、世界に平和が訪れるはずはありません。
 経済学なんて、クソ食らえ!

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