- リヴァプール発、世界への船出 -

ザ・ビートルズ The Beatles

この年の出来事 代表的な作品 デビュー 物故者
ポップス進化論>
 「狭い辺境の地に、いくつかの生物種が何かの偶然によって閉じこめられた時、そこでは、生物の突然変異的な進化が起こる可能性が非常に高くなる」
 これは、生物進化の理論における、新種登場の重要なシナリオの一つと言われていますが、ポップスの世界にも、同じような理論を適用することは可能でしょう。
 「あらゆるポップスの発祥地は辺境にある。そこには民族文化の衝突と融合があるからだ」
 これは、ミュージック・マガジンの創設者中村とうよう氏が、かねてから唱えているポップスについての重要な定義ですが、確かに、この説はポピュラー音楽の歴史にも見事に表れています。あのビートルズも、もちろん例外ではなさそうです。

<ビートルズへの応用>
 ビートルズを生んだ街、リヴァプールはイギリス中西部の海岸線に位置し、海の向こうにはアイルランドの首都、ダブリンがあります。古くから貿易港として栄え、アイルランドからの移民たちやアフリカ、西インド諸島からの奴隷たちなどでごった返す民族のるつぼのような街でした。その意味で、リヴァプールは大英帝国国内に位置する辺境の地でもあり、 実際、ビートルズのメンバーのうち、リンゴ以外の3人、ジョン、ポール、ジョージはアイルランドからの移民の子だったのです。<アイルランド人は、ヨーロッパの黒人か?>
 アメリカの若者たちのほとんどが、まだ自国の黒人音楽に興味を示していなかった1960年代初め、イギリスの若者たちは、ブルースの本場アメリカの黒人アーティストたちに憧れ、そのコピーに熱中していました。ビートルズも、そんな若者たちがつくったバンドの一つでした。(ローリング・ストーンズがアメリカに渡り、契約のため、ブルース・レーベルのNo.1、チェスを訪れた時、「ブルースの神様」マディ・ウォーターズが社内の壁のペンキ塗りをやらされていたというのは、有名なエピソードです。アメリカの若者たちがR&Bやブルースに夢中になるのは、1960年代も半ばを過ぎてからのことでした)
 「アイルランド人は、ヨーロッパの黒人である」
 これは、ストリート・ミュージシャンが最も多いと言われるアイルランドを舞台に、プロを目指すR&Bバンドが繰り広げる奮闘記、映画「コミットメンツ」のなかで、主人公の一人であるバンドのマネージャーが言ったセリフです。イギリスにおいて、かつては奴隷のような扱いを受け、未だに北アイルランドの独立問題でもめている「辺境の民族」アイルランド人。彼らと、かつての辺境の地アメリカの黒人たちとの類似性は、実に興味深いものがあります。ビートルズのサウンドの底にも、このアイルランド民族の血は関係しているに違いないはずです。(この民族間の類似性の問題は、日本で活躍する歌手の多くが朝鮮系の人々であるという事実にも当てはまるかもしれません。音楽と人種との関わりは、とにかく奥が深いようです)

<ブライアン・エプスタインという人物>
 それだけではありません。ビートルズと民族との関わりを考えるとき、他にも興味深いことがあります。それは、ビートルズにとって最も重要な存在であり、五人目のビートルズと言われた人物、マネージャーのブライアン・エプスタインが、ユダヤ人であり、かつ画家志望のゲイであったこと。それに、ジョージだけでなくR.ストーンズのメンバーにも影響を与えたインドの宗教家、マハリシ・ヨギとシタール奏者ラヴィ・シャンカール。そして、ジョンの人生だけでなく、ビートルズ自体の運命をも大きく変えてしまった日本人のアーティスト、小野洋子。彼らは皆、それぞれの民族がもつ独自の文化と哲学をもつ優れた人物ばかりでした。

<ビートルズは最初の世界的混血バンドだった>
 ビートルズほど、世界中のアーティストたちの影響を受けたミュージシャンは、それまで存在しなかったのではないでしょうか。彼らほど、次から次ぎへと新しい音楽スタイルを生み出し、進化し続けたバンドが、それまで存在しなかったのはそのせいだったのではないでしょうか。そして、そんな風に世界中の文化を受け入れ、そのエッセンスを自分たちのものにできたのは、彼ら自身の才能のおかげであるとともに、島国イギリスと故郷の港町リヴァプールのもつ独特の文化、文化を貪欲に受け入れることのできる能力のなせる技だったかもしれません。

<ブリティッシュ・インベイジョンの意義>
 こうしてリバプールから登場した若者たちは、アメリカにまでその影響を及ぼすようになり、彼らを筆頭にして、数多くのバンドがアメリカへと進出しました。この歴史的なブリティッシュ・インベイジョン(イギリスの侵略)は、アメリカの若者たちに彼らが未だ目を向けていなかった優れた黒人アーティストの存在を教えただけではありませんでした。1950年代にロックンロールのブームによって登場した怒れる若者たちの文化が、いつの間にか爽やかなアイドル系ロックンロール(リッキー・ネルソン、コニー・スティーブンス、ポール・アンカ、フェビアンなど)に取って代わられてしまったことに、多くの若者たちが気づくきっかけをも与えたのです。その点では、ここから本当の意味のロック誕生の物語が始まったのかもしれません。

<関連するページ>
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     アンダーラインの作品は特にお薦め !
ロック・ポップ系
"Go Away Little Girl" Steve Lawrence (甘系男性ポップ・ヴォーカリスト)
"I Left My Heart In San Francisco" Tonny Bennett (大人の魅力の歌手)
"Johnny Angel" Shelly Fabares(TV「うちのママは世界一」主題歌)
"Let's Dance" Chris Montez
(チカーノ・シンガー、ハーブ・アルパートのバック・アップでヒット)
"Locomotion" Little Eva(この曲の作者C.キング家のベビー・シッターだった。G.ファンクのカバーもナイス)
"Mashed Potato" D.D.Sharp
"Moon River" Andy Williams (「日曜はダメよ」「夏の日の恋」なども収録)
愚かな私」 Sammy Davis Jr. (映画俳優としても活躍、黒人エンターテナーのミュージカル・ナンバー)
"Pipeline" The Chantays(ギター・インスト、サーフィン・ミュージック登場)
酒とバラの日々」 Henry Mancini (アカデミー主題歌賞受賞)
"Sherry" "Big Girls Don't Cry" The Four Seasons
"Surfin' Safari" The Beach Boys
テルスター」 The Tornados(ギター・インストとして世界中で大ヒット)
"Vacation" Connie Francis
"The Wanderer" Dion & The Belmots
フォーク系
花はどこへ行った」 The Kingston Trio
(フォーク・リバイバル・ブームの花形バンド)
R&B、ソウル系
恋のスーパー伯爵」 Gene Chandler
"Twistin' the Night Away" サム・クック Sam Cooke
"You Better Move On" Arthur Alexander
(マッスル・ショールズ・スタジオ発、最初のヒット曲)
"You Lose A Good Thing" Barbara Lynn
(南部アラバマ出身異色の女性R&B歌手)
ジャズ系
バラード Ballads」 John Coltrane(聞き易くポップなバラード集)
"Circle Waltz" Don Freedman
"Takin' Off" Hervie Hancock (常に時代をリードする男の初リーダー作)
"Undercurrent" Bill Evans (ギターとピアノの美しき共演)
ブラジリアン・ポップ系
"Bossa Nova" Luiz Bonfa (リオ生まれのボサ・ノヴァ・ブームを代表するギタリスト)
歌謡曲系
「いつでも夢を」橋幸夫&吉永小百合(レコード大賞)(作曲は吉田正、作詞は佐伯孝夫)
「ふりむかないで」ザ・ピーナッツ



ロック・ポップ系
Beach Boys
"Surfin' Safari"
Herb Alpert & The Tijuana Brass 「悲しき闘牛」
フォーク系
Bob Dylan "Bob Dylan"
Peter,Paul & Mary "Peter,Paul & Mary"
R&B系
Dionne Warwick "Don't Make Me Over" (バカラック・サウンドの登場!)
The Temptations "Dream Come True"
ユーロ・ポップ系
Francois Hardy 「男の子と女の子」



<アメリカ>
「キューバ危機」
アメリカがキューバに対して海上封鎖を実施。「キューバ危機」へと発展する
ミシシッピー大学で公民権運動をめぐり流血事件発生
ジャマイカ、トリニダード・トバゴが、それぞれイギリスから独立
<アフリカ>
アルジェリアが、フランスから独立
<アジア>
中国、インド間の国境紛争が勃発
中国とソ連の対立が表面化

<芸術、文化、商品関連>
「イワン・デニーソヴィッチの一日」ソルジェニーツィン著(ソ)
「ギデオンと放火魔」J・J・マリック著(エドガー賞)
アンディー・ウォーホルが「キャンベル・スープ」を発表、ポップ・アートが始まる
サム・ウォルトンがウォルマートを設立(スーパーマーケット時代の到来)


<音楽関連(海外)>
人気DJのアラン・フリード、ペイオラ事件で有罪となる。(ラジオ局での贈賄容疑)
ロンドンに初めてR&B専門のクラブ誕生
ハーブ・アルバート(トランペッター)とジェリー・モスがA&Mレコードを設立し、アメリアッチ(アメリカ風マリアッチ)をヒットさせる。
TV番組「じゃじゃ馬億万長者」、「ルート66」スタート

カーネギー・ホールでボサ・ノヴァ初の海外コンサート「ボサ・ノヴァ(ニュー・ブラジリアン・ジャズ)」が開催される。(A.C.ジョビン、セルジオ・メンデスらが出演)
映画「アメリカン・グラフィッティ」で描かれたのがこの年
<音楽関連(国内)>
ジャニーズ事務所設立
(メリー喜多川、ジャニー喜多川の姉弟が設立。進駐軍ハウスで作られた少年野球チーム「ジャニーズ」からタレント志望の少年たちを集めて、歌って踊れるチームを作ろうとしたのが始まりだった。さらにそのモデルとなったのは映画「ウエスト・サイド物語」のグループでした)

<映画>
この年の映画についてはここから!

[1962年という年] 橋本治著 「二十世紀」より(2004年11月追記)
 1962年は、「世界を震撼させた」と言われるキューバ危機の年である。
「カストロもキューバも、1961年までは社会主義国家を指向してはいなかった。問題は、『誰が社会主義国家への道をキューバに歩ませたか?』なのである・・・」
「『ああだ』『こうだ』の押し問答が続くキューバ危機のさなか、ソ連とキューバは、アメリカに対して『キューバ侵攻をしないと約束しろ』と言い続けていた。『キューバ危機』とは、冷戦構造の結果ではなく、アメリカのエゴの結果である。・・・」


<作者のコメント>
「自由貿易は、輸出で生計を立てている港町を富ませ、世界が供給するあらゆる贅沢を享受しようとしている強欲な寡頭支配層の消費水準を著しく引き上げた。しかし、それは芽を出しかけていた地場の製造業を破滅させ、国内市場の拡大を妨げた。・・・」
エドゥアルド・ガレアーノ著「収奪された大地」より
 こうして、ラテン・アメリカの国々は、自国の力だけでやってゆく力を奪われ、ついにはソ連かアメリカ、社会主義か資本主義か、どちらかを選択せざるをえない立場に追い込まれていったわけです。しかし、1990年代に入ると、その選択肢から社会主義(ソ連)が消えてしまいます。そして、代わって登場したのが「イスラム原理主義への回帰」という新たな選択肢だったわけです。


総参加国数 52
本戦参加チーム(15ヶ国)
西欧圏(資本主義国) 西ドイツ、イタリア、スイス、スペイン、イングランド
東欧圏(共産国)    ソ連、ユーゴスラビア、チェコスロバキア、ハンガリー、ブルガリア
南米           ウルグアイ、コロンビア、チリ、アルゼンチン
北中米          メキシコ
ベスト8(予選リーグ突破チーム)
チリ×ソ連、ユーゴスラビア×西ドイツ、ブラジル×イングランド、チェコスロバキア×ハンガリー
ベスト4
ブラジル×チリ、チェコスロバキア×ユーゴスラビア
決勝
ブラジル×チェコスロバキア
優勝
ブラジル(1958年スウェーデン大会に続き連続優勝)
<活躍した選手>
ボビー・チャールトン(イングランド)、レフ・ヤシン(ソ連)、レオネル・サンチェス(チリ)、ガリンシャ、ジジ、マリオ・ザガロ(ブラジル)など
<ブラジル黄金時代>
神様ペレを怪我によって使えなかったにも関わらず、ブラジルは、ガリンシャの活躍などにより、見事な優勝を飾り黄金時代を築き上げつつあった。この大会左サイドで活躍したザガロは、後に監督としてもブラジル代表を率いて優勝することになる。
<東欧圏の大活躍>
1953年のスターリン死後、共産圏には、鉄の壁という厚い壁に隔てられた安定のもと、自由化の波が広がり、つかの間のサッカー黄金期を迎えていた。東欧圏の大活躍は、明らかにその結果であった。
<国の威信を賭けた大会>
1960年チリは大地震に襲われ壊滅的な打撃を受けていたが、だからこそという信念の元、この大会はチリで行われた。(もちろんチリ開催はすでに決まっていのだが)この大会は、まさに国家の威信を賭けたプロジェクトだった。歴史上、多くのワールドカップは、こうした国の威信を賭けたプロジェクト的性格をもっている。これもワールドカップの大きな特徴と言えるでしょう。


Stu Sutcliffe(元Silver Beatles)       4月10日 脳内出血にて死亡

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