- ボサ・ノヴァ、その不思議な魅力 -

JOAO GIRBERT , STAN GETS
ジョアン・ジルベルト, スタン・ゲッツ

この年の出来事 代表的な作品 デビュー 物故者
<ボサ・ノヴァを生んだ国、ブラジル>
 ボサ・ノヴァという音楽は、実に不思議な、そして魅力的な音楽です。
しかし、ボサ・ノヴァ・リズムというものは,基本的には存在せず、それはサンバのリズムと変わらないと言われています。と言うことは、ボサ・ノヴァの魅力は、サンバのリズム、プラスその独特のニュアンスにあると言えそうです。
 もともとブラジルという国は、かつての支配者ポルトガルのいい加減な支配体制?のおかげで、アフリカ音楽の伝統が他の国に比べて色濃く残っていました。そのうえ、ポルトガル語圏であったために、ロックなど西欧音楽の影響を受けにくく、独自のポピュラー音楽が豊かに育つ環境が整っていたのです。(なんだかそれは、ブラジル全域に広がる多様な動植物の宝庫、アマゾンの熱帯雨林を思わせます)そのうえ、ブラジルという国は、世界一混血化が進んだ国です。その音楽がハイブリッドなミクスチャー・サウンドになるのは当然かもしれません。

<ジャズのブラジル的解釈>
 そんな環境から生まれたボサ・ノヴァ独特のニュアンスは、50年代に世界中で最もポップだったサウンド、ジャズの影響によって生み出されたという説があります。ブラジルでも、大流行したジャズに挑んだブラジルのミュージシャンたちが、どうしても4ビートの演奏になじめず、独自の解釈でジャズの名曲を演奏し始めたことが、ボサ・ノヴァの基礎になったらしいと言われています。
 そして、あのボサ・ノヴァ独特の歌唱法を生み出すヒントになったのが、異色のジャズ・ボーカリスト、チェット・ベイカーのアルバム「チェット・ベイカー・シングス」だったようなのです。ジャズ・ファンならご存じのチェット・ベイカー独特の歌唱法こそ、あのささやくような、優しく飛び跳ねるような歌い方の元祖だというのは、実に説得力があります。(さらに元をたどると、それは1950年代に人気絶頂だったフランク・シナトラのやわらかなヴォーカルに至ると言われています)

<ボサ・ノヴァを生み出した三位一体>
では、具体的にボサ・ノヴァを創造したのは誰なのでしょうか?
 まず、あの誰が聴いてもわかる独特の軽やかなリズムを生み出したジョアン・ジルベルトをあげる必要があるでしょう。彼は、居候先の友人宅の風呂場に閉じこもり、このリズムを編み出したと言われています。このボサ・ノヴァの創造主は、かなりの奇人だったらしく、その逸話は数知れないようです。
 次に、そのリズムに乗せて歌われる「ワンノート・サンバ」や「デサフィナード」など数々の名曲をつくった20世紀を代表するコンポーザー、トム・ジョビンことアントニオ・カルロス・ジョビンをあげなければならないでしょう。彼は、コンポーザーとして、レノン=マッカートニー・コンビやビーチ・ボーイズのブライアン・ウィルソンと並び称されるだけでなく、一歩間違えば、ただの奇人変人で終わったかもしれないジョアン・ジルベルトを世に天才と認められるように育て上げた人物でもあるのです。彼は「ボサ・ノヴァの法王」という愛称にまさにぴったりの人物です。
 そしてもうひとり、世界中の人々が意味は分からなくても、思わず口ずさんでしまったメロディアスかつ美しい歌詞を二人の歌に与え、そこに命を吹き込んだ男、ヴィニシウス・ジ・モライスを加えなければなりません。(これで「ボサ・ノヴァの三聖人」がそろったことになります)彼は、ブラジル政府の外交官としても働いていた異色の人物で、これまた天才肌の変わり者だったようです。
 こんな異色の三人に生み出されたからこそ、「ボサ・ノヴァ」は、複雑な構造を持ちながら、けっしてそうは思わせない究極のアコースティック・サウンドになり得たのかもしれません。

<イパネマの娘>
 誰もが知っているボサ・ノヴァの大ヒット曲「イパネマの娘」が含まれたアルバム「ゲッツ・ジルベルト」は、世界中にボサ・ノヴァ・ブームを巻き起こすきっかけとなった重要な作品です。しかし、それはまた、このアルバムをきっかけにボサ・ノヴァがジャズとの関係を深め、しだいにその影響下に収まりだし、パワーを弱めてゆくきっかけになったとも言われています。それは、かつてサンバ界最高の歌姫と言われたカルメン・ミランダが、ハリウッド映画の主演スターとして、招待されながら、その才能を生かし切れずに消えていった歴史を思い出させます。ジャズ・ミュージシャンたちが、良かれと思ってブラジルのミュージシャンたちと競演を行い、世界にボサ・ノヴァを紹介したことが、「文化侵略」へとつながってしまったことは、20世紀を代表する文化「ポピュラーミュージック」の宿命と言えるでしょう。
 そして、このように繰り返されるアメリカによる文化略奪に異議を唱えようとする動きが、1960年代後半の「トロピカリズモ運動」というブラジルにおける音楽革命を生み出すことになるのです。(この続きは、1997年「リーブロ」 by カエターノ・ヴェローゾを参照ください)

<ボサ・ノヴァが生み出したもの>
 それにしても、ボサ・ノヴァは、どうしてあんなにオシャレに聞こえるのでしょう。その魅力を、サッカーのブラジル代表チームが見せるあの華麗なステップに例える人は多いようです。(実際、ボサ・ノヴァが生まれた時期、ブラジル・サッカーは黄金時代を迎えており1958年、1962年とワールド・カップで連続優勝を飾っています)やっていることは同じようでも、そのニュアンスやリズム感が決定的に違う何かを、彼らはもっているのです。さらにもうひとつ、ボサ・ノヴァは大切なものをブラジルにもたらしました。それは、ボサ・ノヴァはブラジルにおいて「西欧文化圏におけるパンク・ロック」の役目を果たしたということです。
 「ギター一本あれば、歌なんか下手だって、演奏が下手だって、誰でも自分の歌いたい歌を歌えるのだ!」
 こうして当たり前にも関わらず非常に重要なことを、ブラジル中の若者たちの間に広めた功績は非常に大きなものでした。おかげで、これを機にブラジルの音楽は、再び新しい歩みを始め、ボサ・ノヴァやサンバという音楽的基盤を持った独自の音楽、MPB(ブラジリアン・ポップ)の世界を築いて行くことが可能になったのです。その始まりが前述の「トロピカリズモ運動」であり、その中心となったカエターノ・ヴォローゾ、マリア・ベターニャ、ガル・コスタ、ジルベルト・ジルは、その後も活躍を続け、1990年代に爆発するMPB・ブームの牽引車となります。

関連するページ
カエターノ・ヴェローゾ
(トロピカリズモ運動)
ジョアン・ジルベルト

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ロック、ポップ系
"Blue Velvet" Bobby Vinton
山下達郎のカバーも素晴らしい。D.リンチの映画も最高!))
"Death Chants,Breakdowns And Military Waltzes" John Fahey
(超白人ブルース・マニア・ギタリスト、この後さらに怪しげな音響ワールドへ)
抱きしめたいThe Beatles
"Hey Paula" Paul & Paula
"How Do You Do It"Gerry and the Pacemakers
悲しき雨音」 The Cascades (イントロの雨音はどんな楽器よりも美しい)
"One Fine Day" The Chiffons
"Part Time Love" Little Johnny Taylor
"Sukiyaki(上を向いて歩こう)" 坂本 九(3週連続全米ナンバー1の快挙達成)
"Summer Holiday" Cliff Richard
"Surf City" Jan & Dean(ブライアン・ウィルソン作曲)
"Surfin' USA" Beach Boys (偽サーファー・バンドがブームに火をつけた)
"Wipe Out" The Surfaris

フォーク系
"The Freewheelin'" Bob Dylan
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R&B,Soul系
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"Heat Wave" "Quicksand" Martha & The Vandellas
(この頃のヴァンデラスはモータウンでもNo.1だった!)
"Little Red Rooster" Sam Cooke
"Live at the Apollo" James Brown
"Mickey's Monkey" The Miracles
ミシシッピ・ガッデム Mississippi Goddam」 Nina Simone(黒いプロテスト・ソングの代表曲)
"Monkey Time" Major Lance(60年代シカゴ・ソウルの代表格)
"One Fine Day"The Chiffons(ジェリー・ゴフィン&キャロル・キング
"Our Day Will Come" Ruby & TheRomantics
"Rock The House" Etta James
"Sam Cooke Live The Harlem Square Club" Sam Cooke
"Send Me Some Lovin'"Sam Cooke
"That Stubborn Kinda Fellow" Marvin Gaye
"That's The Way Love Is"Bobby Bland
"You've Realy Got A Hold On Me"Miracles
"Walking The Dog" Rufus Thomas
"Walk On By" Dionne Warwick (バカラック・サウンドの代表作)
ラテン・ポップ系
"Watermelon Man" Mongo Santamaria (ポップ・チャートで大ヒットした)
"Big Band Latino" Tito Rodriguez(NYサルサ初期の歴史的アルバム)
ブラジリアン・ポップ系
イパネマの娘Antonio Carlos Jobim (これぞ本家!)

ジャズ系
ギル・エヴァンスの個性と発展」 Gil Evans (オーケストレーションの魔術師)
"Our Man In Paris" Dexter Gordon
"Song For My Father" Horace Silver (ファンキーでポップなピアニスト)
歌謡曲
君だけを」西郷輝彦(舟木一夫、橋幸夫と青春御三家第一号)
恋のバカンス」ザ・ピーナッツ
高校三年生」舟木一夫
こんにちは赤ちゃん」梓みちよ(レコード大賞)
見上げてごらん夜の星を」坂本九(いずみたく作曲)




ロック系
David Allen "Live 1963"
Gerry & The Pacemakers "How Do You Like It"
The Hollies "Searchin'"
Manfred Mann "The Five Faces Of Manfred Mann"
The Rolling Stones "Common"
The Searchers "Meet The Searchers"
The Zombies "She's Not There"
ソウル系
Stevie Wonder "Tribute To Uncle Ra"
The Supremes "Meet The Supremes"
Otis Redding "Pain In My Heart"
J−ロック系
内田裕也「ひとりぼっちのジョニー」

<音楽界の出来事>
<アメリカ>
ロサンゼルスにライブハウス「ウィスキー・ア・ゴー・ゴー」開店(1月11日)
「パイプライン」シェンテイズがローカルヒットの後、全米4位の大ヒットとなりエレキブームを巻き起こす
ヴィ―・ジェー・レコードからビートルズの「プリーズ・プリーズ・ミー」発売され、ビートルズがアメリカ・デビュー
カントリー歌手のパッツィ・クライン、カウボーイ・コパス、ホークショウ・ホーキンズが飛行機事故で死亡
シレルズ、エンジェルズ、シフォンズクリスタルズなど、ガールズ・グループのブーム
マーサ&ザ・ヴァンデラス「カム・アンド・ゲット・ジーズ・メモリーズ」R&Bチャート6位のヒット(ホランド=ドジャー=ホランドによるチーム誕生)
<イギリス>
ビートルズが初のソロ・ツアー開始
アビー・ロード・スタジオにてビートルズがデビュー・アルバムの録音。収録曲となった10曲を10時間で録音
ジョン・メイオールがブルース・ブレイカーズを結成
ノッティンガムで「マージ―・ビート・ショーケース」開催
(出)ビートルズ、ジェリー&ペースメイカーズなど
ビートルズ出演のラジオ番組「ポップ・ゴーズ・ザ・ビートルズ」放送開始(BBC)
ヤードバーズ結成(キース・レルフ、クリス・ドレヤ、トップ・トーパム、ポール・サムウェル=スミス、ジム・マッカーティー)
ワイルドフラワーズ結成(ロバート・ワイアット、ケヴィン・エアーズほか)
<日本>
第一回「プロ・ロック・コンテスト」開催
バンド賞をポップ・コーンズ、歌手賞を尾藤イサオが受賞
ミッキー・カーチスとシティ・クローズがアルバム「リズムで踊ろう」発表

 

米ソ間に直通電話設置
米英ソ3国部分核実験停止条約調印
人種差別撤廃宣言採択
<アメリカ>
「アメリカにおける人種間対立激化」
米国アラバマ州バーミンガムで人種暴動が起き、連邦軍が出動
人種差別反対を訴えるワシントン大行進が行われ20万人が参加(マヘリア・ジャクソン、オデッタ、ハリー・ベラフォンテ、ジョーン・バエズ、ボブ・ディラン、ピーター・ポール&マリーらも参加)この時、キング牧師のあの有名な「アイ・ハブ・ア・ドリーム…」の演説が行われた
ケネディー、公民権法案を議会に提出するが審議進まず
ミシシッピー州のNAACP支部長メドガー・エヴァース暗殺される
「ケネディー大統領暗殺事件」
ケネディ米国大統領がテキサス州ダラスで暗殺され、ジョンソンが大統領就任
部分的核実験禁止条約締結
<アフリカ>
「アフリカ憲章制定」
アフリカ首脳によるアジス・アベバ会議開催、アフリカ統一機構(OAU)結成
ケニアが独立
南アフリカで、ネルソン・マンデーラ氏ら黒人指導者が逮捕される(この逮捕にはCIAが関与)
<アジア>
南ヴェトナムでクーデター、ゴ・ディンディエム政権崩壊
インドネシアのスカルノ氏が終身大統領に就任
<日本>
吉展ちゃん誘拐事件

<芸術、文化、商品関連>
「自動車泥棒」ウィリアム・フォークナー著(ピューリツァー賞受賞)
アンディー・ウォーホルが「ファクトリー」を設立
「どうにもならない」 ロイ・リヒテンシュタイン
「寒い国から帰ってきたスパイ」ジョン・ル・カレ著(英国推理作家協会賞受賞)
黒人作家ジェームス・ボールドウィンが「次は火だ」を発表
パッドで持ち上げるブラジャー「ワンダー・ブラ」発売(カナダ)
テレビアニメ「鉄腕アトム」放映開始


<音楽関連(海外)>
ビートルズの人気上昇によりリバプール・サウンド・ブーム始まる
アメリカではモダン・フォーク・ブームが頂点に達する
ABCテレビ「フーテナニー・ショー」スタート、フォーク・ブーム頂点に達する
「モンキー・ダンス」ブーム
サニー・ボーイ・ウィリアムソンU、ブルースブームのヨーロッパへ
映画「アイドルを探せ」」大ヒットし、フランスでロックがブームになる
ハイチでミニ・ジャズ・ムーブメント(小編成エレキバンドのブーム)が始まる
ジャマイカで、ウェイラーズの初シングル「シマーダウン」がヒット
<音楽関連(国内)>
「こんいちわ赤ちゃん」「おもちゃのチャチャチャ」など赤ちゃんの歌がヒット(経済成長により、赤ちゃんを余裕をもって育てられるようになってきた時代のおかげ)

<映画>
この年の映画についてはここから!

[1963年という年] 橋本治著 「二十一世紀」より(2004年11月追記)
 この年の11月22日、テキサス州のダラスでパレード中だったアメリカの大統領ジョン・F・ケネディが射殺された。
「ケネディ暗殺の4年後、ニューヨークには「ラブ&ピース」を訴えるヒッピーが生まれる。「キューバ危機」の1962年の秋はまた、世界の音楽シーンを塗り替えるビートルズのデビュー時期でもある。ケネディは、1960年代の”穏健”を”偽善”に変えてしまうビートルズやヒッピーの出現を好んだか?・・・」
 ダーティー、サーティー(汚れた30代)」と大人を呼んだ彼らにとって、ケネディもニクソンも同類にしか見えなかったかもしれない。

<作者からのコメント>
 もし、ケネディーが暗殺されることなく60年代の後半まで大統領をつとめていたとしたら、・・・。「ダーティー・サーティー(汚れた30代)」と大人たちを批判した60年代後半のフラワーチルドレンたちは、たぶんケネディーもニクソンも「同じ穴の狢」として罵倒したことでしょう。ケネディーがヒーローとして認められたのは、時代が彼以上に保守的だったからであり、ニクソンがあまりに格好悪かったからでもあります。
 僕は冷静に考えるとケネディーよりもカーターの方が、よほど偉大だったのではないかと思います。少なくとも彼の方が、世界の平和のために貢献しているのではないかと思います。

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