- 魂の歌を残し、彼は召された -

オーティス・レディング Otis Redding

この年の出来事 代表的な作品 デビュー 物故者
<吉祥寺の芽瑠璃堂>
 僕が東京に住んでいた1980年代、吉祥寺の北口に芽瑠璃堂という小さな輸入盤専門店がありました。細長い店内には、ブルース、ソウル、サルサ、サンバ、ジャズ、それにぐっと渋めのカントリー・ロックなどのレコード、CDがところ狭しと並べられ、お客どうしすれ違うのがやっとという店でした。おまけに店の一番奥には、大場さんという店長が客にしっかりとにらみを利かせていて、客が場違いのアルバム・タイトルを口にしようものなら、「悪いけど、うちそういうの置いてないから。よそいってくれる!」なのでした。
 その店で、ある日僕はこんな質問をしました。(もちろん、かなり大場さんと親しくなってきてからのことです)
「大場さん、オーティスのアルバムって、どれが最高だと思います?」
 すると、弟子の愚かな質問に、我が師匠はこう答えました。
「鈴木君、オーティスの場合は、どれが良いとか悪いとか、そういうことじゃないんだよ。オーティスは全部で一枚なんだ」
 さすがは師匠と思ったのですが、実はこれ芽瑠璃堂の親会社ヴィヴィッド・サウンドの社長が言ったセリフの受け売りだったようです。とはいえ、その言葉にすっかり感動してしまった僕は、その後少しずつオーティスのアルバムを買いそろえ、そのうえCDボックス・セットまで買ってしまったのです。(ちなみに、その時の師匠ののお薦めの言葉はこうでした。「鈴木君、レコードを全部持っていても、このCDについているブックレットは、”全部で一枚”の一部だよ!」でした)

<ソウルの辞典>
 話しを1966年に移しましょう。この年、ソウル・ヴォーカリストの最高峰と言われるオーティス・レディングは、”全部で一枚”とも言える作品群のうちでも、とびきりの傑作"Dictionary Of Soul"を発表しました。実に、自信に満ちたタイトルです。訳すと、ズバリ!「ソウルの辞典」なのです。それに比べると、かつて、ハービー・ハンコックが発表した「私の考えるジャズ」と題したアルバムなどは、まだまだ謙虚な方かもしれません。そのころのオーティスは、大ヒット曲もなく、まだまだこれからのアーティストだったのですが、すでに「キング・オブ・ソウル」の称号は彼のものだったと言えるでしょう。
 しかし、この作品が「ソウルの辞典」と呼べるだけの内容になったのは、彼の強靱なヴォーカルがあったからだけではありません。彼を支える裏方のバンド、ブッカー・T&ザ・MG'sの「簡潔にして美しい」完璧なまでの演奏があったからこそ、「ソウルの辞典」と呼ぶにふさわしいものに成り得たのです。
 このバンドの中心メンバー、スティーブ・クロッパードナルドダック・ダンが、その後あのブルース・ブラザース・バンドのメンバーとして、R&Bの伝道に勤めることになるのも、やはりオーティスの意志を継いだからこそでしょう。
 残念ながら、オーティスはこのアルバムを発表した翌年、30歳を前にして飛行機事故による非業の死を遂げることになります。その死はあまりにも早すぎました。彼の最も有名なヒット曲「ドック・オブ・ザ・ベイ」が彼の作品として初めて全米No.1に輝いたのは、その死後でした。彼の活躍はわずか5年だけでした。だからこそ、その間に発表された貴重な作品を ”全部で一枚”と呼びたくなるのです。

<魂の歌い手>
 彼の歌う姿は、幸いなことに映像として残されています。そして、その姿は、まさに「魂(ソウル)の熱唱」と呼ぶのにふさわしいものです。映像をチェックしてみると、黒人の中でも、肌の色が黒いほうにも関わらず、彼の喉はその熱唱によって、真っ赤に染まっていることが、はっきりとわかるのです。彼は、飛行機事故の直前に喉にできたポリープの除去手術を受けていますが、やはりその強烈な発声が原因だったようです。
 彼はビートルズアレサ・フランクリンらの曲など、他のアーティストのカバー曲をかなり発表しており、その多くは原曲以上に仕上がっていました。しかし、その逆に、オーティスの曲をカバーしたアーティストは、ほとんどいません。彼の曲は、彼の声によって吹き込まれた「魂(ソウル)」によってのみ、その輝きを放つのかもしれません。彼こそ、R&Bから、ソウルへと進化したアフロ・アメリカン・サウンドが生んだ究極の完成型だったと言えるでしょう。

<魂のその後>
 オーティスの死の後、彼を育てたスタックス・レーベルが作り上げた「サザン・ソウル」と北部から登場した「モータウン・サウンド」を中心にソウルの勢いは、いよいよ頂点を極めることになります。そして、人種問題、社会問題を題材とするニュー・ソウル系のサウンドと、ダンスのためのサウンドとして、リズムの複雑さ(グルーブ)をさらに追求するファンクディスコ系のサウンドへと分離しながら進化してゆきます。しかし、その分化の流れは、ある意味で、アフロ・アメリカン・サウンドのもつ精神性と肉体性の分離でもありました。そのためなのか、やがてソウルの時代は終焉へと向かい、ニュー・ソウルの騎手といわれたダニー・ハサウェイは自殺へと追いこまれ、ジェームス・ブラウンスライパーラメンツらによって確立されたファンク・サウンドも70年代の世界的なディスコ・ブームによって、その強烈なグルーブを失って行きます。結局、1980年代のヒップ・ホップ時代の到来まで、ソウル(魂)とファンク(肉体)の再統一は、成されることはなかったのです。

関連するページ
アレサ・フランクリン
(レディー・ソウル)
オーティス・レディング
(サザン・ソウル) 

     アンダーラインの作品は特にお薦め!

ロック、ポップ系
"All or Nothing " Small Faces(全英1位)
"Blond On Blond" "Royal Albert Hall Live" Bob Dylan
(ディランと観客のやり合い、緊迫感が最高です)
"Bluesbreakers" John Mayall & The Bluesbreakers With Eric Clapton
"Bus Stop" The Hollies(全英5位)
"Cherish" The Association
"Daydream" Lovin' Spoonful(全英2位)
"Dedicated Follower of Fashoin" The Kinks(全英4位)
"Deadend Street" The Kinks(全英5位)
"Distant Drums" Jim Reaves(全英5週連続1位)
"Don't Bring Me Down" The Animals(全英6位)
"East-West" Paul B. Blues Band (ホワイト・ブルースの名作)
"Good Lovin'" The Young Rascals(60年代ポップスのスタンダード、初の全米1位)
"God Only Knows" The Beach Boys(全英2位)
"Give Some Lovin'" The Spencer Davis Group
霧の8マイルThe Byrds(ドラッグの影響で作られた曲ということで放送禁止となる)
黒くぬれThe Rolling Stones(全英1位)
この胸のときめきを」 Dusty Springfeeld(全英1位)
19回目の神経衰弱The Rolling Stones(3週連続全英2位)
想いでのグリーングラス」 Tom Jones(ブルー・アイド・ソウルの大スター、後に「マーズ・アタック」で再登場!全英7週連続1位1000万枚の大ヒット)
"I Can't Control Myself" Trogs(全英2位)
"If I Were A Carpenter" Bobby Darin(ティム・ハーディンのカバーで全米8位のヒットとなり、カムバックに成功)
"I'm A Boy" The Who(全英2位)
"Keep on Running" Spencer Davis Group(全英1位)
"Live At The Matrix" The Great Society
(グレイス・スリック在籍のジェファーソンの前身バンド)
"The Mamas & The Papas" The Mamas & The Papas
"Mother In The Shadow" The Rolling Stones(全英5位)
"Morningtown Ride" The Seekers(全英2位)
"My Minds Eye" Small Faces(全英4位)
にくい貴方」 Nancy Sinatra (もちろんフランク・シナトラの娘)
"Pet Sounds"The Beach Boys(究極のビーチ・ボーイ・サウンド、今や伝説)
"Good Vibration" The Beach Boys(全英2週連続1位)
"Paperback Writer" The Beatles(全英2週連続1位)
"Pretty Flamingo" Manfred Mann(全英1位)
"Shapes of Things" The Yardbirds(全英3位)
"Somebody Help Me" Spencer Davis Group(全英1位)
"Sorrow" Merseys(全英4位)
"Stranger In The Night" Frank Sinatra (60年代を代表するエンターテナー、全英で3週連続1位))
"Substitute" The Who(全英5位)
"Sunny Afternoon" The Kinks(全英2週連続1位)
"Sunshine Superman" Donovan(全英2位)
"These Boots are Made for Walkin'" Nancy Sinatra(4週連続全英1位)
"Parsley,Sage,Rosemary and Time" Simon & Garfunkel
(「スカボロー・フェア」収録の初期の名作)
"Revolver" The Beatles
(サイケデリック・サウンドに本格的に取り組んだ作品)
"Wild Thing" The Trogs(全英3位)
"With A Girl Like You" The Trogs(全英2週連続1位)
"Yellow Submarine" The Beatles(全英4週連続1位)

ソウル、R&B系
"Ain't Proud To Beg"The Temptations(R&B1位を断続的に8週)
"Are You Lonely for me" Freddy Scott(R&B4週連続1位)
"Baby Scratch My Back" Slim Harpo(R&B2週連続1位)
"But It's Allright" J.J.Jackson(全英4位)
"Bear Footin'" Robert Paker(R&B2位)
"Beauty is oly skin Deep" The Temptations(R&B5週連続1位)
"Choosey Beggar" The Miracles(R&B5位)
"Cool Jark" Capitols(R&B2位)
ダンス天国」 Wilson Picket (最もR&Bらしいダンス・ナンバーのひとつ、R&B1位)
"Darling Baby" The Elgins(R&B4位)
"Don't Answer The Door"B.B.King(R&B2位)
"Get Ready" The Temptations(R&B1位)
"Going To A Go- Go" The Miracles(R&B2位)
"Good Time Charlie" Bobby Bland (多くのカバーを生んだ名曲、R&B6位)
"Hold On,I'm Comin'" Sam & Dave (R&B1位)
"l'm Losing You" The Temptations(R&B1位、4曲連続の快挙)
"I'm Ready For Love" Martha and the Vandellas(全英2位)
"It's A Man's Man's World" James Brown (R&B2週連続1位)
"I Fooled You This Time" Jene ChandIer(R&B3位)
"Let's Go Get Stoned" Ray Charles(R&B1位)
"Love is a Hurting Thing" Lou Rawls(R&B1位)
"Knock On Wood" Eddie Floyd(これもまたR&Bのスタンダード、R&B1位)
"Neighbor Neighbor" Jimmy Hughes(R&B4位、後にローリング・ストーンズがカバー)
この胸のときめきを」 Dusty Springfield(女性ブルーアイドソウルの先駆け)
風に吹かれてStevie Wonder (ボブ・ディランのカバー、R&B1位)
男が女を愛する時」Percy Sledge (R&B4週連続1位、全米でも1位となった60年代R&Bを代表するバラード。これでサム・クックのルックスが有れば…)
"One Done Doodle" Coco Tayler(R&B4位)
"Reach Out I'll Be There" The Four Tops(R&B2週連続1位、全米1位、全英1位にもなりモッズの定番曲となる)
"634-5789" Wilson Picket(R&B7週連続1位)
"Stop Her on Sight" Edwin Star(R&B9位)
"Sunny" Bobby Hebb(R&B3位、全米2位の大ヒット)
"Tell It Like It is" Aaron Neville(R&B5週連続1位、全米でも2位)
"This Old Heart of Mine" Isley Brothers(R&B6位)
"Up-Tight" Stevie Wonder (R&B5週連続1位)
"Whispers" Jacky Wilson(R&B5位)
"You Don't Know Like I Know" Sam&Dave(R&B7位、初のヒット)
"You Keep Me Hanging On"The Supremes (R&B1位、全米でも1位)
"You Can't Hurry Love" The Supremes (R&B2週連続1位)
"You've Got Mind Messed Up" James Carr(R&B7位)

サルサ系 
"Canonazo" Johnny Pacheco
"Descargas(Village Gate Live)" Tico All Stars
(サルサがジャムセッションから生まれる瞬間、歴史が甦る!)
ハラハラ・イ・ブーガルー」 Richard Ray Y Bobby Cruz
(最高に格好いいアルバム!「ハラハラ」)
"Subway Joe" Joe Bataan(元祖ラテン系ストリート・ミュージック、格好いい!)
"Uno Dos Tres" Willie Bobo
 (こんなかっこいいサウンドがあったのか!ジャズ系サルサの傑作)
"Young Man With A…Horn" Bobby Valentin
(サルサ直前の生きのいいサウンド、ブーガルーやジャズもあり)
"Bajandote-Getting Off" Orchestra Harlow
(ユダヤ系ピアニスト、ラリー・ハーロウのごった煮サルサ)
ブラジリアン・ポップ系
"Simplesmente" Doris Monteiro
男と女」サウンドトラック Francis Lai (ボサノヴァへの愛に満ちた逸品)
"Sergio Mendes & Brasil '66" Sergio Mendes & Brasil '66
ジャズ系
"Dream Weaver" "Forest Flower"The Charles Lloyd Quartet
(フラワー・ムーブメントにも呼応し、ロックとの共演もあり)
"Gypsy '66" Gabor Szabo (ハンガリー生まれの元祖フュージョン・ギタリスト)
黒いオルフェ」 Barden Powell (ブラジルが生んだジャズ・ギターの巨人)
「ソウル・エスパニョール Soul Espanol」オスカー・ピーターソン
ユーロ・ポップ系
愛は限りなく」 Gigliola Cinquetti
歌謡曲
お嫁においで」加山雄三
悲しい酒美空ひばり
君といつまでも」加山雄三(若大将シリーズが大ヒット)
こまっちゃうな」 山本リンダ
空に星があるように」荒木一郎(デビュー)
バラが咲いた」 マイク真木
霧氷」橋幸夫(レコード大賞)
夕陽が泣いている」ザ・スパイダース
若者たち」 ザ・ブロードサイド・フォー(同名テレビの主題歌として大ヒット)




ロック系
Cream "Fresh Cream" (シングル「ラッピング・ペーパー」は全英34位)
David Bowie "Can't Help Thinking About Me"
Janis Ian "Society's Child"
(16歳でデビューした早熟の少女シンガー・ソングライター)
Jefferson Airplane "Takes Off"(シングル"It's No Secret")
Laura Nyro "More Than A New Discovery"
The Left Banke 「いとしのルネ」
(バロック・ロックと呼ばれたソフト・ロックの伝説的バンド)
Marianne Faithful "Stereo"
The Monkeys 「恋の終列車」(アメリカ製対ビートルズ用兵器!)
Mothers Of Invention( Frank Zappa ) "Freak Out"
(このアルバムは、二足早いパンクに聞こえます)
Paul Butterfield Blues Band"Paul Butterfield Blues Band"
Small Faces "Small Faces" (英国モッズの基本、S.マリオット)
The 13th Floor Elevators "The Psychedelic Sounds Of"
Tim Buckley "Tim Buckley"
(F.ザッパ系列のサイケデリック系フォークだったらしい。T.バックリーの父親)
Tim Hardin "Tim Hardin 1" (今や伝説のフォーク歌手、生前ヒットに恵まれず)
The Young Rascals "The Young Rascals"
(ブルーアイド・ソウルの最高峰登場)
ラテン系
セルジオ・メンデス&ブラジル’66 「フール・オン・ザ・ヒル」
(ブラジリアン・ポップのアメリカ進出、世紀末まで活躍)
ユーロ・ポップ
Michel Polnareff 「ノンノン人形」
歌謡曲
荒木一郎 「空に星があるように」
ワイルド・ワンズ 「想いでの渚」
加藤登紀子 「赤い風船」



Johnny Kidd ( & The Pirates) 10月 7日 交通事故  27歳 
Mississippi John Hurt 11月 2日 心不全  73歳
Bud Powell  7月31日 結核、栄養失調  41歳
Lenny Bruce(コメディアン)  8月 3日 麻薬  40歳

<アメリカ>
フランキー・ヴァリが「Heart Yourself」でソロ活動開始
ザ・バーズの「キリの8マイル」がドラッグ体験を基にしているとして放送禁止となる
音楽評論家ポール・ウィリアムスが雑誌「クロウダディ」創刊
「エド・サリバン・ショー」にローリング・ストーンズが2度目の出演。司会者は前回出演時、視聴者からのクレームに「二度と出演させない」と番組で語っていたが・・・(2月13日)
スティーブン・スティルス、ニール・ヤングらがバッファロー・スプリングフィールドを結成
ブライアン・ウィルソンがソロ曲「キャロライン・ノー」発表
オーティス・レディングが「ウィスキー・ア・ゴー・ゴー」に初出演(4月8〜10日)し、後にライブ盤として発売される
ブルース・スプリングスティーン(16歳)がキャスティルズのメンバーとして音楽活動開始
ハリウッド・ボウルで「サマー・スペクタキュラ―」開催(ビーチボーイズ、バーズ、ラヴィン・スプーンフル、サーダグラス・クインテット・・・)
ボブ・シーガーがラスト・ハードのメンバーとして「イーストサイド・ストーリー」発表しローカル・ヒットとなる
ヴィ―・ジェイ・レーベルが事実上の倒産
ジャニス・ジョプリンがビッグブラザー&ザ・ホールディング・カンパニーに加入し、サンフランシスコで初ライブ開催(4月11日)
ビートルズの米国向けアルバム「イエスタデイ&トゥデイ」ジャケットの「ブッチャー・カバー」が変更される
グレイトフル・デッドがヒッピーカルチャーの聖地ヘイト・アシュベリーに拠点を移動させる
ニューポート・フォーク・フェスティバル開催(7月21日〜24日)
(出)フィル・オクス、ジュディ・コリンズ、ハウリン・ウルフ、バフィー・セントメリー、ジャック・エリオット、ボブ・ディラン・・・
ジェームス・テイラーがダニー・クーチマーのバンド、フライング・マシーンに参加し音楽活動開始
ベトナム反戦を訴えるジョーン・バエズのワシントンDCでのコンサートが強制的に中止に追い込まれる
NBC「ザ・モンキーズ」放映開始
「モンタレー・ジャズ・フェスティバル」にジェファーソン・エアプレインが出演
カリフォルニア州オークランドで反徴兵主義者124人が逮捕され、ジョーン・バエズも10日間収監される
後にサンタナとなるサンタナ・ブルース・バンド結成(10月)
LAで警官に抗議する市民暴動発生し、事件に触発されてスティーブン・スティルスが「For What It's Worth」を書く
スティーブ・ミラー・バンドがクラブ「マトリックス」で初ライブ(11月)
バッキンガムズの「カインド・オブ・ア・ドラッグ」が全米2位の大ヒット
<イギリス>
ジョージ・ハリソンがパティ・ボイドと結婚
オーヴァー・ランダースのビートルズ・カバー「ミッシェル」が全英1位、ピーター・セラ―ズの朗読による「ア・ハードデイズ・ナイト」全英14位のヒット
リヴァプールのクラブ「キャバーン」が破産し、閉店
ウェンブリーで開催された「NMEポール・ウィナーズ・コンサート」にビートルズ、ローリング・ストーンズが出演
ヤードバーズのギタリストとしてジミー・ペイジが参加
第6回「ナショナル・ジャズ・アンド・ブルース・フェスティバル」にクリームが出演。これがメジャー・デビュー・コンサートとなった
ビートルズがサンフランシスコのキャンドルスティック・パークでコンサート・ツアーを終える(これが最後の公式ライブとなった)
元アニマルズのチャス・チャンドラーが見出したギタリスト、ジミ・ヘンドリックスがイギリスに到着。ノエル・レディング、ミッチ・ミッチェルとエクスペリエンスを結成
後にジェネシスとなるバンド、アノン結成(ピーター・ゲイブリエル、マイク・ラザフォード、トニー・バンクスほか)
ヤードバーズからジェフ・ベック脱退



アジア開発銀行創立
宇宙天体平和利用条約採決
<アメリカ>
黒人解放運動の過激化
ストークリー・カーマイケルらにより、ブラック・パンサー党設立
キング牧師に次ぐ黒人解放運動の指導者ジェームス・メレディスが狙撃される
フラワームーブメントの盛り上がり
サンフランシスコに数千人のヒッピーが集合し、「ラブ・イン」開催
<ヨーロッパ>
フランスがムルロア環礁で核実験実施
<アフリカ>
アフリカ各地(ナイジェリア、ガーナ、ブルンジなど)でクーデター発生、混乱の時代へ
<アジア>
中国で文化大革命始まる
<日本>
日本の政界における「黒い霧事件」発覚
禅の世界的導師、鈴木大拙氏死去

<芸術、文化、商品関連>
「ダイナ」 ジョージ・シーガル
「緑の家」バルガス=リョサ著(ペルー)
フィルモア「トリップ・フェスティバル」開催
レニー・ブルース、ドラッグの過剰摂取で死亡
「ウルトラQ」「ウルトラマン」「宇宙家族ロビンソン」「サンダーバード」放映開始
テレビ・シリーズ「宇宙大作戦 スター・トレック」「タイム・トンネル」放映開始




<音楽関連>
サンフランシスコのプロモーター、ビル・グレアムがロック専門のコンサート・ホール、フィルモア・オーディトリアムを開設。(フィルモア・イースト)
老舗R&Bレーベル「ヴィージェー」が倒産
ボブ・ディラン、バイク事故で重傷を負い、1年半姿を消す
ロンドンで、「モッズ」ブームがピークを迎える
ビートルズがライブ活動の休止を発表
ジャマイカでは、「スカ」から「ロック・ステディー」へと進化が進む
エチオピア皇帝ハイレ・セラシエがジャマイカを訪問。ラスタファリニズムが広まる
ティコ・オールスターズがNYのヴィレッジ・ゲイトでコンサート開催(サルサへ)
ニューヨークで「ブーガルー」がブーム
ハイチで、代表的なコンパ・バンド、タブー・コンボが結成される
エレキ・ブームからモダン・フォーク・ブームへ
ビートルズ来日コンサート(ロック・アーティスト初の来日)

<映画>
(←ここをクリックしてください!)
男と女Un Homme et une Femme」(監)クロード・ルルーシュ(音)フランシス・レイ
(ボサノヴァへの愛に満ちた傑作、ピエール・バルー出演、カンヌ映画祭パルムドール


[1966年という年] 橋本治著 「二十世紀」より(2004年11月追記)
 この年の初めに、早稲田大学では全学ストライキが行われた。これはこの後日本中盛り上がりをみせることになる「学生運動」の幕開けだった。同じ頃、中国では毛沢東による文化大革命がスタートしている。
「『世界は間違った方向に進んでいる。だからこそ、これに対する若者の造反には意味がある』とする毛沢東の言葉『造反有理』は、当時の状況に関する最も深い認識であろう。しかし、問題は、それをいう毛沢東が、やっぱりどこかでズレていたことなのだ」

「この年の6月、日本にビートルズがやって来る。ビートルズは前年、「外貨獲得の功績」によって、女王から勲章を与えられている。ミニ・スカートの発明者マリー・クワントも、やがては同じ趣旨の勲章をもらう。世界に先駆けて産業革命も達成したイギリスも、今では『サブ・カルチャーを最大の貿易品目』とする国になっていた。・・・・」

<作者のコメント>
 しかし、ミニ・スカートというものが発明品だったとは?考えてみると、スカートという衣装は、足を動かし安く、かつ隠すために作られたもの。もとはと言えば防寒が目的だったものが、いつしか女性の足を「色欲」から守るための「鎧」となったものです。(ある時は移動式トイレの役目も果たしていたというのは有名な話です)
 そんな「隠すための衣装」を、足を「見せる」ため、いや「魅せる」ための衣装に変えてしまったというのは、まさに一つの革命だったと言えるのかもしれません。


総参加国数 51
本戦参加チーム(16ヶ国)
西欧圏(資本主義国) イングランド、フランス、西ドイツ、スペイン、スイス、ポルトガル、イタリア
東欧圏(共産主義国) ハンガリー、ブルガリア、ソ連
南米           ウルグアイ、アルゼンチン、ブラジル、チリ
中北米          メキシコ
アジア          北朝鮮
ベスト8(予選リーグ突破チーム)
イングランド×アルゼンチン、西ドイツ×ウルグアイ、ポルトガル×北朝鮮、ソ連×ハンガリー
ベスト4
西ドイツ×ソ連、イングランド×ポルトガル
決勝
西ドイツ×イングランド
優勝
イングランド(初優勝)
<活躍した選手>
エウゼビオ(ポルトガル、但しモザンビーク出身の黒人)
ベッケンバウアー、ロター・エメリッヒ(西ドイツ)
ジェフ・ハースト、ノビー・スタイルズ、ボビー・チャールトン(イングランド)
<イングランドの記念すべき優勝>
イングランド・サッカー協会設立100周年を記念して行われた大会で、見事に地元イングランドが優勝を飾った。
<アジア・アフリカのボイコット事件>
アジア・アフリカ諸国が各大陸から1チームづつ代表を出場させて欲しいとFIFAに要求したが認められず、結局予選をボイコットするという戦略をとった。しかし、この動きに同調しなかった北朝鮮は、アジア・アフリカからの出場枠1を棚ぼたで得ることになった。しかし、この北朝鮮は意外な活躍をみせて、ベスト8に進出。そのおかげで、次回大会よりアジア、アフリカは各大陸から1チームづつ代表が参加できるようになりました。(2002年と同様、この時もイタリアがその犠牲となった)
<ブラジル、まさかの予選敗退>
ブラジルは、ペレが徹底したマークによって潰され、予選で敗退してしまった。しかし、それは連続優勝によってチームの若返りをしきれなかったためとも言われている。(2002年のフランスを思わせます)

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