- 悪魔と契約を交わした男たち -

ローリング・ストーンズ The Rolling Stones

この年の出来事 代表的な作品 デビュー 物故者
<ブライアン・ジョーンズの死>
 文句なしに、ローリング・ストーンズの最高傑作です。特に、このアルバムの一曲目「悪魔を憐れむ歌」は、ロックの歴史に深く刻まれるべき名曲です。かつて、フランス映画界の巨匠、ジャン・リュック・ゴダールは、この曲をストーンズが完成させるまでの過程を撮影し、それを一本の長編ドキュメンタリー映画に仕上げています。この曲は、その誕生の過程からして傑作に相応しいものだったのです。(「ワン・プラス・ワン」
 さらに、この作品は翌1969年に謎の死を遂げることになるブライアン・ジョーンズが参加した最後の作品でもあり、ドラッグづけになろうとしていたロック界の流れのなかで、押し流されまいとする彼らの意志の力強さを示した作品でもありました。
 この後彼らは、ドラッグでボロボロになったブライアン・ジョーンズを悪魔のような非情さで切り捨て、なんとかバンドの危機を乗り越えようとします。当時の彼らは、ブライアンの高い音楽性がなければ、ただのホワイト・ブルース・バンドだったにも関わらず、見事にその状況を切り抜けて行きました。この時の「悪魔のようなしたたかさ」こそ、ローリング・ストーンズがこの後20世紀いっぱい、休むことなく転がり続けることができた最大の原因なのかもしれません。

<悪魔に魂を売った男たち>
 ストーンズの結成当初、彼らはあこがれのブルースマンたち、マディー・ウォーターズロバート・ジョンソンから黒人たちの持つ「ディープなソウル」を、その後、ライ・クーダーボビー・ウーマックらの優秀なギタリストたちから「最新のギター・リフ」を、ピーター・トッシュジミー・クリフからは「レゲエのリズム」を、元祖カントリー・ロックのグラム・パーソンズからはカントリー・ロックのエッセンスを、そして準メンバーとして、影の存在であり続けたイアン・スチュアート、ビリー・プレストン、ニッキー・ホプキンスらのミュージシャンたちからは「素晴らしいバックアップ」を、…彼らは常にバンド以外のアーティストたちを利用してきました。こうした多くの犠牲やアイディアの盗用なくして、40年にわたるストーンズ栄光の時代は続かなかったでしょう。彼らはこうしてアフロ・アメリカン・サウンドのヒーローたちを目指し、エイリアンのように進化をし続けてきたのです。その意味で、彼らのサウンドの変化は、そのままアフロ・アメリカン・サウンドの進化の歴史とも言えるし、見方を変えると、それは白人によるアフロ・アメリカン・サウンドの略奪の歴史とも言えるわけです。

<伝説のブルース・マン、ロバート・ジョンソン>
 伝説のブルース・マン、ロバート・ジョンソンには悪魔に魂を売り渡すことによって、その天才的な才能を得たという有名な逸話があります。この逸話を元に、制作ライ・クーダー、監督ウォルター・ヒルという組み合わせで「クロスロード」という映画がつくられているほどなのですが、これを単なる作り話としてしまう訳には行かないでしょう。そして、ストーンズこそ、この伝説のブルース・マン、R..ジョンソンの現代版とも言える存在なのかもしれません。上記の映画「クロスロード」の主役のモデル、ライ・クーダーが、かつてスタジオ・ミュージシャン時代にストーンズにギターのリフを盗まれたという因縁話しも偶然ではなさそうです。
「ベガーズ・バンケット」
 このアルバムについて語るとき、そんなストーンズの伝説の影響もあり、どうしても「悪魔を憐れむ歌」の歌詞にある「悪魔的な魅力」に話しが集中してしまいます。
「キリストも、ケネディーも、ロシア最後の皇帝も、殺したのはあなたたち、人間と私、悪魔だ…」
そう宣言する不吉な曲は、その歌詞だけでも十分スキャンダラスでした。まして、この曲を発表する直前に起きたケネディー大統領の暗殺事件により、時代は再び暗いムードに飲み込まれ始めていたのです。それに追い打ちをかけるように、翌年オルタモントでのコンサートにおいて、黒人青年がストーンズのガードマン役だったヘルス・エンジェルスたちによって惨殺されるという事件が起き、いっきに「ラブ&ピース」の時代は終わりを迎えることになります。それは、あまりにも時代の雰囲気を反映した曲でした。

<ストーンズが好きな理由>
 しかし、このアルバムが本当に素晴らしいのは、全体を通して貫かれているテーマが、けっして「悪魔賛美」ではなく、「人類讃歌」にあるということです。そして、それを最も良く現しているのが、アルバムのラスト・ナンバー「地の塩」でしょう。この歌は、大地とともに生きる「地の塩」労働者への応援歌であり、力強い人民讃歌です。(「地の塩」とは、聖書の中で神が人間のことを「あなたがたは地の塩である」と呼んだことから取られている)この曲によって締めくくられることで、このアルバムは、悪魔の存在を認めつつも、しぶとく生きなければならない人類に、勇気と気力を与えてくれるポジティブさを兼ね備えたと言えます。
 「ビートルズのファンだからといって、信用できるとは限らないが、ストーンズのファンなら信用できる」
 そう言ったのは、内田裕也だっただろうか?ストーンズは、良くも悪くもあくまで人間的であり、禅問答のように二面性を兼ね備えたバンドであり、だからこそファンにとっては、無条件に信頼のおける存在だということなのだろう。

<サティスファクション>
 ストーンズ最大の名曲「サティスファクション」は、当時シングル化に対し作曲者でもあるキースが大反対したそうです。それは彼とって、この曲はマーサ&ザ・ヴァンデラスのヒット曲「ダンシング・イン・ザ・ストリート」のパクリだったからだと感じていたからといわれています。実際は、彼が夜中に突然あのギター・リフを思いつきそれをテープ・レコーダーに録音したのがきっかけでしたが、その時から彼の中にはモータウン・サウンドのホーン・セクションをギターに移し変えただけだという思いがあったようです。(まわりはそうは思っていなかったし、未だにそうは思えないのですが、・・・作曲者である彼にとっては事実だったのかもしれません)
 そして、そのギター・サウンドによるホーン・セクションのコピーを完全なものにしたのが、当時開発されたばかりの「ファズ・ボックス」だったのでした。「サティスファクション」の録音中、そのサウンドに満足できずに煮詰まってしまった彼らは、録音を中断。当時、ピアニスト兼ロード・マネージャーだったイアン・スチュアートは、解決策を求めてスタジオのむかえにあった楽器屋に行き、そこで店員に何か使えるものはないか?と訪ねたところ、「それじゃあ、今日入荷したばかりのこれを使ってみたら」ということで「ファズ・ボックス」がスタジオに持ち込まれることになったのでした。
 こうして誕生したキースの歪んだギター・サウンドは、その後のストーンズ・サウンドの重要な個性となり、その音楽性そのものに影響を与え続けることになります。

「『Sympathy for the Devil』は、日本では『悪魔を憐れむ歌』という題名が与えられている。これは明らかに誤訳であって、本来なら『悪魔とつるむ歌』と訳すべきところだろう。原作の背景となるロシア正教を換骨奪胎し、アフリカ化したキリスト教の世界へと強引に拉致してしまったストーンズの姿勢には、まさに面目躍如といったところがあった。彼らは黒人ブルースの模倣から始めて、ついに西欧文明をブードゥー化することに成功したのである。わたしはこの文化を自在に借り受けて変容させてゆく力が、ストーンズの本質ではないかと考えている」
四方田犬彦(著)「音楽のアマチュア」より

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ローリング・ストーンズ(前編)  ローリング・ストーンズ(後編) ロバート・ジョンソン ライ・クーダー

     アンダーラインの作品は特にお薦め!
ロック・ポップ系
"Astral Weeks" Van Morrison (ジャズ的な独特のサウンド、後に評価を受ける)
"Another Place Another Time" Jerry Lee Lewis(カントリーに転向し、カントリーチャートで4位)
"Begin" The Millennium(ソフトロックの幻の名盤)
"Blood,Sweat&Tears" Blood,Sweat&Tears (ブラス・ロックの最高峰の傑作)
"Cheap Thrills" Janis Joplin(永遠の名唱「サマータイム」収録の名盤)
"Congratulations" Cliff Richard(ユーロビジョン・コンテスト2位、全英2週連続1位)
"Crimson & Clover " Tommy James & The Shondells(全米1位)
クリームの素晴らしい世界The Cream(絶頂期のスタジオ、ライブ2枚組)
悲しき天使」 Merry Hopkin(全米3週連続1位)
イーライと13番目の懺悔Laura Nyro F.ディメンションB,S&Tなどにカバーされ一躍有名ソングライターに)
"Electric Ladyland" Jimi Hendrix (ジミヘンは今聴いても全然古くない!ヌードのカバーが問題視され発売拒否の店もあったとか)
"The Hangman's Beautiful Daughter" The Incredible String Band(サイケからトラッドへ、イギリスの不思議なバンド)
"Hey Jude" The Beatles(全英3週連続1位)
アルバム「ジョン・ウェズリー・ハーディング」 Bob Dylan(全米アルバム・チャート2位)
"Kick Out The Jams" MC5(激動の60年代末からパンクへとつながる過激集団のライブ・アルバム、全米30位のヒット)
"In-A-Gadda-Da-Vida" Iron Butterfly
恋は水色」 ポール・モーリア・オーケストラ
"Last Time Around" Buffalo Springfield(タイトル通り、ラスト・アルバム)
"Light My Fire" Jose Feliciano(もちろんドアーズのカバー)
"Livin' The Blues" "On The Road Again" Canned Heat(60年代ホワイト・ブルースの代表格)
"Mr.Bojangles" Jerry Jeff Walker (本物のホーボー・シンガー、タイトル曲がニッティー・グリティー・ダート・バンドらによってカバー)
"Mrs. Robinson"(「卒業」より) "Bookends" Simon & Garfunkel
"Ogden's Nut Gone Flake" Small Faces(全英アルバムチャート6週連続1位)
"Roger Nichols & The Small Circle Of Friends" Roger Nichols(LAが生んだソフト・ロックの傑作、P.Williamsとコンビを組むライター)
ロデオの恋人The Byrds(元祖カントリーロック、グラム・パーソンズ在籍時唯一のアルバム)
"The Secret Life Of Harpers Bizarre" Harpers Bizarre(名プロデューサー、テッド・テンプルマン在籍のソフト・ロック系バンドの傑作)
"Simon Says" 1910 Fruitgum Company(これぞバブルガム・サウンド)
"Sugar Sugar" The Archies(テレビ番組「アーチー」から生まれたヒット曲で全世界で600万枚突破)
"Super Session" Mike Bloomfield & Al Cooper & Steven Stills
"The Twain Shall Meet" Eric Burdon & The Animals
"Undead" Ten Years After (早弾きギターの名手アルビン・リー率いるバンドのライブ作品)
"(The Kinks Are the )Village Green Preservation Society " The Kinks(キンクス初のコンセプト・アルバム)
"( White Album)" "Hey Jude" The Beatles(唯一の2枚組、史上最高の売上をもつ2枚組でもある)
"Waiting For The Sun" The Doors(ポップな内容だが、「名もなき兵士」でベトナム戦争を批判)

R&B・ソウル系
"Ain't Nothing Like The Real Thing" Marvin Gaye & Tammi Terrell(コンビ初のR&B1位)
"A Tribute to a King" William Bell(R&B16位)
"Chain of Fools" Aretha Franklin (R&B4週連続1位)
"Cloud Nine" The Temptations(R&B2位、デニス・エドワーズが加入し、新たな挑戦となった曲)
"Cowboys o Girls" Intruders(R&B1位)
"Dance To The Music"Sly & The Family Stone (R&B9位)
"(Sittin' On ) The Dock Of The Bay" Otis Redding(68年飛行機事故で死亡後、R&B、全米共に1位となった大ヒット)
"Dose Your Mama Know About Me" Bobby Tayler & the Vancouvers(R&B5位)
"Everyday People" Sly & The Family Stone (R&B2週連続1位、ファンクの歴史を築いた男、時代とともに燃え尽きた男)
"For Once In My Life" Steve Wonder(R&B2位)
"Freedom Train" James Carr(R&B39位)
"Girls Can't Do What the Guys Do" Betty Wright(当時14歳の初ヒットでR&B15位)
"Girl Watcher" The O'Kaysions(R&B6位)
"God Bless Our Love" The Ballads(R&B8位)
"I Got The Feelin'" James Brown(R&B1位、スカスカの音なのに、最高にきまっていた時代)
"I Got A Sure Thing" Ollie and The Nightingale(R&B16位)
"I've Got Dreams To Remember" Otis Redding(遺作ながらR&B6位)
"I Thanky You" Sam&Dave(R&B4位)
"I've Never Found A Girl" Eddie Floyd(R&B2位)
"I Want To Take You Higher" Sly & The Family Stone (R&B24位、"Stand!"のB面)
"I Wish It Would Rain" The Temptations(R&B1位)
悲しいうわさ I Heard It Through The Grapevin」 Marvin Gaye (R&B7週連続1位のソウル史に残る名曲)
"Lady Soul" Aretha Franklin
"La-La Means I Love You" The Delfonics(達郎のカバーで有名な名曲、デルフォニックスの初ヒットでR&B2位)
"Love Child" The Supremes(R&B最高位2位だが全米チャートでは1位)
"Love Makes A Woman" Barbara Acklin(R&B3位)
"Say It Loud I'm Black And I'm Proud"James Brown(R&B6週連続1位)
サンホセへの道」 Dionne Warwicke
"Security" Etta James(オーティスのカバーでR&B11位)
"Stand!" Sly & The Family Stone (R&B14位)
"Stay In My Corner" The Dells(3週連続1位)
"Slip Away" Clarence Carter(R&B2位)
"Stoned Soul Picnic" The 5th Dimension (ローラ・ニーロのカバーで大ヒット)
"Soulful Strut" Young-Holt Unlimited(R&B3位)
"Sweet Inspiration" Sweet Inspiration(R&B5位)
"Tell Mama" Etta James (アレサの先輩格、マッスル・ショールズ録音)
"There Is" The Dells (R&B11位、40年代からソウル・ヴォーカル・グループの王道を行く)
"There Was A Time" James Brown(R&B3位)
"Think" Aretha Franklin (R&B3週連続1位)
"Tighten Up" Archie Bell & The Drells(R&B2週連続1位)
"Too Weak To Fight" Clarence Carter(R&B3位)
"We Are A Winner" The Impressionsカーティス・メイフィールドが中心となってからの代表曲、R&B1位)
"Who's Making Love" Johnny Taylor (R&B3週連続1位、スタックス最大のヒット、ソウルの名曲目白押しの時代でした)
ブルース系
"Electric Mud" Muddy Waters
ジャズ系
"Memphis Underground" Herbie Mann
(ジャズ・フルート奏者のロック・ソウル系ジャズの傑作)
My Favorite Instrumentオスカー・ピーターソン
"Puttin' It Together" Elvin Jones (独特のポリリズムを導入したドラマー)
ロード・ソング」 Wes Montgomery
永遠のリズム」 Don Cherry
アフリカ系
"Grazing In The Grass" Hugh Masekela(南アフリカ出身のアーティスト、全米R&B4週連続1位の大ヒット)
サルサ系
"Live At The Red Garter" Fania All Stars
(ライブ・アット・ザ・チーターより、ジャム・セッション的な良さあり)
ブラジリアン・ポップ系
"Tropicalia" Caetano Veloso & others
(「サージェント・ペパーズ」へのブラジルからの回答、MPBの未来を変えた)
"Mutantes" Os Mutantes (時代を越えたミュータント・サウンド)
「ジョアン・カエターノ劇場のエリゼッチ・カルドーゾ」Elizeth Cardoso
(歴史的ライブを記録した名盤)

"Do The Reggae" Toots &Maytals (元祖レゲエ)
ユーロ・ポップ系
さよならを教えてFrancois Hardy(日本では70年代にヒット)
恋は水色」 Caudine Longet
(パリ出身のアイドル、タイトル曲はポール・モーリアで有名になった)
歌謡曲、フォークなど
おとぎばなし」五つの赤い風船
恋の季節」ピンキーとキラーズ
サイケデリック・サウンド・イン・ジャパン」モップス
山谷ブルース」「手紙」「チューリップのアップリケ」 岡林信康
自衛隊に入ろう」 高田渡
受験生ブルース」 高石ともや(関西フォークが活躍の中心人物)
ジャックスの世界ジャックス 
天使の誘惑」 黛ジュン(レコード大賞)
長い髪の少女」ゴールデン・カップス
「ヤングサウンドR&Bはこれだ」ダイナマイツ(幻のバンド唯一のスタジオ盤)




ロック系
Arlo Guthrie 「アリスのレストラン」
ウディ・ガスリーの息子、映画化されて出演、監督はアーサー・ペン)
The Band "Music From Big Pink" (これでデビュー作、言わずと知れた名作です)
Blood,Sweat And Tears "Child Is Father of the Man"
Creedence Clearwater Revival "Sugie Q"(デビューアルバム「Creedence Clearwater Revival」)
Deep Purple "Hush"
Dr. John "Gris-Gris"
Fairport Convention"Fairport Convention"
Fleetwood Mac "Peter Green's Fleetwood Mac"(シングル「Black Magic Woman」は全英37位のヒットとなり、ブルースロック・ブーム始まる)
Genesis "The Silent Sun" 
Gram Persons "Safe At Home"
It's A Beautiful Day "It's A Beautiful Day"(激動の時代に咲いた美しい花)
James Taylor "James Taylor" (シンガー・ソングライター・ブームの先駆け、アップル・レコードとの契約第一号) 
Janis Jopplin "Cheap Thrills" (Big Brother & The Holding Companyとしてのデビュー。「ビッグ・ブラザー」とはSF「1984」から)
Jerry Jeff Walker "Mr.Bojangle"
(本物のホーボー歌手、この名曲を生んだのもその成果)
Jethro Tull
「日曜日の印象」
Jeff Beck "Truth" (ロッド・スチュアート、ロン・ウッドも在籍)
Joe Cocker "With A Little Help From My Friend"
Joni Mitchell "Joni Mitchell" (21世紀まで活躍を続けている天才女性アーティスト、スタートはフォーク)
Led Zeppelin
"Led Zeppelin"
Leonard Cohen "Songs of Leonard Cohen
Nazz "Open My Eyes/Hello It's Me" (トッド・ラングレンが在籍)
Neil Young
"Neil Young"(B.スプリングフィールド解散後の初ソロアルバム)
Nico "Chelsea Girl" (V.アンダーグラウンドとの共演デビュー後の初ソロ作)
Quicksilver Messenger Service "Q.Messenger Service"
Randy Newman "Randy Newman"
Soft Machine "Soft Machine"(プログレ、ジャズ・ロックの原点となったバンドのひとつ)
Steppenwolf "Steppenwolf ワイルドで行こう"
Steve Miller Band 「未来の子供たち」(シングル「Sit'n in a Cercle」がデビュー曲)
Santana
"Santana"
Tyrannosaurus Rex "My People Were Fair And Had Sky In Their Hair"(シングル「デボラ」が全英34位)
Van Dyke Parks "Song Cycle"(デビュー作にして歴史的作品)
(ロックの歴史はこの年からそれほど進んでいないのかもしれない?)
R&B・ソウル系
Ann Peebles "Walk Away"(デビュー曲で、R&B22位)
トラッド・アイリッシュ系
The Pentangle "The Pentangle"
(トラッド・フォークにジャズ、ブルースを導入した先駆的バンド)
ブラジリアン・ポップ系
Caetano Veloso "Domingo( Sunday)"
フォーク、グループ・サウンズなど
岡林信康 「山谷ブルース」
ジャックス「ジャックスの世界」
パープル・シャドウズ 「小さなスナック」 
オックス 「ガールフレンド」
ザ・ゴールデン・カップス「ザ・ゴールデン・カップス」


Frankie Lymon (ティーンエイジャーズ)  2月28日 麻薬 25歳
Red Foley (カントリー歌手)  9月19日 心不全 58歳
Little Walter(ブルースハープ奏者)  2月15日 刺殺(路上での喧嘩) 47歳
Little Willie John(R&Bヴォーカル)  5月26日 心不全(殺人罪で終身刑だった) 30歳
Wes Montgomery (ジャズ・ギタリスト)  6月15日 心不全 43歳

<アメリカ>
ウディ・ガスリー・メモリアル・コンサート開催(NYカーネギーホール)
(出)ボブ・ディラン&ザ・バンド、アーロ・ガスリー、ピート・シーガー、ジュディ・コリンズほか
第10回グラミー賞でビートルズの「サージェント・ペパーズ・・・」が最優秀アルバム賞なdぽ4部門獲得
テレビ「ザ・モンキーズ」最終回
アル・クーパーがBSTを脱退しソロとしてコロンビアと契約
ビーチボーイズがマハリシ・マヘシ・ヨギを講演ゲストにツアー開始。不評により1週間で中止になる
バッファロー・スプリングフィールドが分裂し、スティーブン・スティルス、ニール・ヤングはC,S,N&Yへ、リッチー・フューレイ、ジム・メッシーナはポコへ
スタックスがアトランティックからガルフ&ウエスタンに買収される
キング牧師暗殺によりサンフランシスコでも暴動が起き、ビル・グレアムは「フィルモア・オーディトリアム」を移転し、「フィルモア・ウエスト」とする
バーズが南アフリカツアーに出発。反アパルトヘイトを理由にグラム・パースンズが脱退し、クラレンス・ホワイトが加入
ママス&パパス解散
ロイヤル・アルバート・ホールでのライブでナイスが星条旗を燃やし、ヴェトナム反戦を訴える
ビートルズのアニメ映画「イエロー・サブマリン」公開
ワン・オン・ワン(8月30日)
ビートルズの「ヘイ・ジュード」発売日、ジョン&ヨーコ主催で障害児のためのコンサート(出)スティービー・ワンダー、ロバータ・フラック、シャナナらが出演
ジム・メッシーナとリッチー・フューレイがポコ POCO結成
モータウンが独立したホランド=ドジャー=ホランドに400万ドルの損害賠償請求と他のレコード会社での活動差し止めを要求
エルヴィスの特別テレビ番組「エルヴィス」放映され、視聴率70%越え。カムバックのきっかけとなる
ジャニス・ジョプリンが新バンド、コズミック・ブルース・バンドと共に再デビュー
ロジャー・ホーキンズ(ドラム)とジミー・ジョンスン(ギター)がリック・ホールのフェイム・スタジオから独立し、「マッスル・ショールズ・サウンド・スタジオ」設立

<イギリス>
精神的に不安定になり、活動不能になったシド・バレットの代わり、ピンクフロイドにデイヴィッド・ギルモアが参加。
ジョージ・ハリスン、ジョン・レノンがマハリシ・ヨギの教えを受けるためインドへ。その後、ポール・マッカートニー、ドノヴァン、ミア・ファローらも加わる
ローリング・ストーンズが悪魔を憐れむ歌」録音中のスタジオで火災発生。この様子はジャン=リュック・ゴダールにより映画「ワン・プラス・ワン」として発表される
ウォーバン・ミュージック・フェスティバル(7月6,7日)
(出)ペンタングル、ジミ・ヘンドリックス、ドノヴァン、フリートウッド・マック、ジョン・メイオールズ・ブルース・ブレイカーズ、ティラノザウルス・レックス・・・
第8回ナショナル・ジャズ・アンド・ブルース・フェスティバル開催(8月9〜11日)
(出)トラフィック、ディープ・パープル、テンイヤーズ・アフター、ジェフ・ベック、ナイスなど
リンゴ・スターが「ホワイトアルバム」録音中に一時脱退(秘密裏に復帰)
ジョン・レノン夫人シンシアが離婚訴訟(ヨーコとの関係から)
ヤードバーズが解散し、ジミー・ページとジム・マッカーディが次のバンド・メンバーを探し始める。この後、ロバート・プラントとジョン・ボーナムが誘われることになる
ジミー・ページ、ロバート・プラント、ジョン・ボーナム、ジョン・ポール・ジョーンズがニュー・ヤードバーズ結成。10月にレッド・ツェッペリンに改名
ジョージ・ハリソンがビートルズのメンバーとして初のソロ・アルバム「ワンダーウォール・ミュージック」発表
ジョン&ヨーコがアルバム「トゥー・バージンズ」発表。アルバム・ジャケットの二人のヌードが問題となり、発売拒否店も多かった
ローリング・ストーンズによるテレビ・ショー「ロックン・ロール・サーカス」収録(12月)
エリック・バードン&ジ・アニマルズが解散し、エリック・バードンがカリフォルニアに移住。後にWARと出会うことになる



核拡散防止条約調印(96ヶ国)
<アメリカ>
ヴェトナム和平パリ会談開催、北爆の全面停止
マーチン・ルーサー・キング牧師暗殺される
ロバート・ケネディー暗殺される
メキシコオリンピックで米国の黒人選手が表彰台で人種問題をアピール
アンディー・ウォーホル狙撃される
<ヨーロッパ>
パリ大学の学生デモから市民全体が参加する大きな政治運動に発展、大統領を退陣に追い込む(五月革命)
「プラハの春」に対し、ソヴィエトがチェコへ侵攻し民主化の動きにストップをかける
<アジア>
インドネシアでスハルト氏が大統領に就任
<日本>
三億円強盗事件発生
在日韓国人、金嬉老13名を人質にとり籠城
70年安保に向け学生運動が激化
小笠原諸島が日本に返還される
川端康成がノーベル文学賞を受賞

<芸術、文化、商品関連>
「ナット・ターナーの告白」ウィリアム・スタイロン著(ピューリツァー賞受賞)
「第八の日に」ソーントン・ワイルダー著(全米図書賞)
「我輩はカモである」ドナルド・E・ウェストレイク著(エドガー賞)
イヴ・サンローランが「サファリ・ルック」発表
大塚食品「ボン・カレー」発売、「巨人の星」放映開始


<音楽関連(海外)>
フィルモア・イースト、ニューヨークにオープン
ビートルズがアップル・レコードを設立
ウォルター・カーロスのモーグ・シンセサイザーによる作品「スウィッチド・オン・バッハ」リリース
DJの元祖フランシス・グラッソが初めて2台のターンテーブルでDJプレイを行う
カエターノ・ヴェローゾが「トロピカリア」をリリース、トロピカリズモ運動始まる(ブラジル)
メイタルズが「ドゥ・ザ・レゲエ」を発表、レゲエの語源となる(ジャマイカ)
ロシアにロック・グループ、マシーナ・ブレーメニが登場する。
<音楽関連(国内)>
都はるみ、水前寺清子、森進一、青江美奈、藤圭子らのヒット曲が「演歌」と呼ばれるようになる
日本でグループ・サウンズ・ブームがピークを迎える(当時の人気グループと言えば、テンプターズ、タイガース、スパイダース、ブルー・コメッツ、ワイルドワンズ、カーナビーツ、オックス、ピンキーとキラーズ、オリーブ、ヴィレッジ・シンガース、ジャガーズ、ダイナマイツ、ゴールデン・カップス、モップス・・・・・etc.)
<GSブームがもたらしたもの>
1 脱スリーコード
2 8ビートを基本とし、ベースとドラムスの「リズム」を強調する音作り
3 ライブでのアクション、衣装、セットなどが重要視されるようになった
4 レコード会社の専属ではないフリーの作家(作曲家、作詞家、編曲家など)による曲作りの分業化が進んだ

<映画>
この年の映画についてかここから!

[1968年という年] 橋本治著「二十世紀」より(2004年11月追記)
「1968年がどんな年だったかを、一言で言うのは難しい。そして、1968年とは、その説明の”ややこしさ”がとても重要な意味をもつ年なのである」
「・・・1968年の大学闘争の多発は、実のところ、「70年安保の接近」とはあまり関係がない。そうであってもしかるべきところに、「様々な問題」が日本の大学には起こった。〜これが、1968年の日本に大学闘争が多発した最大の理由である。・・・」
 学生達は、戦前の古い体質のままの大学の管理体制や学費の値上げ、人事の不正など、具体的な大学の姿勢に対して反抗したのであって、けっして革命が目的だったわけではなかったのだということを忘れてはならないでしょう。そうでなければ、あれだけ多くの学生を動員することは不可能だったはずです。
「(東大と日大)両方の闘争に共通するものは、大学当局の”欺瞞”である。それ以上の理屈はない。だからこそ、この闘争は、多くの学生達の支持を集める。この闘争に参加した学生達にとって、すべては明確でわかりやすいのだ。・・・」

<作者のコメント>
 当時、担任としてやって来た新人の先生は、まさに革新的な教師でした。社会主義の理想を理解することができたのは先生のおかげです。しかし、その窮屈さと偏狭さに気づかせてくれたのもまた先生でした。当時からひねくれ者だった僕は、そんな目でいつも授業を見ていました。小学校高学年の3年間、ずいぶんと鍛えられた気がします。

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