- ラスタマン、バビロンへ行く -

ボブ・マーリー  BOB MARLEY

この年の出来事 代表的な作品 デビュー 物故者
<バビロン制覇の出発点>
 1972年の発売当時、リアルタイムでこのアルバムを聴いた人は、そう多くないでしょう。もちろん、そのころ新興レーベルとして世界進出を果たそうとしていたアイランド・レーベルが目玉商品として押していたからには、それなりのプロモーションはしていたはずです。しかし、世界中にボブ・マーレーの名が知れわたるのは、エリック・クラプトン「アイ・ショット・ザ・シェリフ」をカバーして大ヒットさせ、あの驚異のアルバム「ライブ」が発表された1975年のことです。そのため、僕も含めて多くの人々は、偉大なるレゲエ・ヒーローのデビュー・アルバムを発売当初、聞き逃していたはずです。そのためか、このアルバムはその後発売された数々の名作の影にかすみがちで、聴いていない人もけっこう多いかもしれません。

<闘うサウンド「レゲエ」の出発点>
 しかし、改めてこのアルバムを聴いてみると、ボブ・マーリーの偉大さの本質が、この後発表された多くの作品以上に表れていることに気づかされます。特に印象的なのは、やはり一曲目の「コンクリート・ジャングル」です。重く引きずるようなイントロと呪術師の呪いの言葉のように低くうなるようなボーカルは、今まさに何かが起こりそうなスリリングさに満ちあふれています。南国カリブのダンス・サウンドらしい明るさは全く感じられず、このアルバムが録音された不況のどん底、パンク登場前夜のロンドンの暗く危険なムードそのものの音と言ってよいでしょう。そしてもちろん、ボブの故郷ジャマイカを含むカリブ海周辺の国々はそれ以上の経済的貧困にあえいでいたのです。その状況は、同時期に公開され、世界中で「レゲエ・ブーム」を巻き起こした映画ハーダー・ゼイ・カムにおいて、見事に再現されています。そして、そんな状況なくして、彼のあの傑作の数々は生み出されなかったのも残念ながら確かなはずです。元々、レゲエはジャマイカにおける現状との闘いの歌だったのです。 ボブは、あるインタビューで、歌い始めたきっかけを尋ねられ、こう答えています。
 「それは、嘆きから始まったんだ」
 こうして、彼の歌、レゲエはプロテスト・ソングとして世界中の若者たちに広まって行くことになったのです。そしてそれは、独立以来、先進国に搾取され続けてきた第三世界の国々だけでなく、不況により職を失ったイギリスの白人の若者たちの間にも熱狂的に歓迎され、後にパンク・ロックと深く結びつき、ポリスをはじめとする多くのホワイト・レゲエ・バンドを生むことにもなるのです。

<早すぎた死までの道のり>
 この後彼は、政治的に混乱していた母国ジャマイカ国内の安定化のために奔走し、二つの政治勢力の代表を自らのコンサートの舞台上で握手させ、和解への道を築くという、政治家以上の仕事を成し遂げます。それどころか、彼は黒人の故郷、アフリカへと渡り、独立へ後一歩まできていたジンバブエを応援するコンサートを行うなど、第三世界のために闘い続けました。それはまるで、36歳という若さで、この世を去らなければならないことを知っていたかのような駆け足の人生だったのです。ところが、そんな彼の人生において、このデビュー・アルバムほど暗く重苦しい作品は、その後生まれていません。かえって、死が近づくにつれ、彼の作品は明るさを増し、「嘆き」と「怒り」から、「喜び」の表現へと変わってゆき、ラスト・アルバムのラスト・ナンバー「リデンプション・ソング(贖いの歌)」によって、自らの人生を見事に締めくくってしまいます。その意味では、彼ほど見事に人生を生ききり、ある意味幸福な死を迎えたアーティストは、他にいないのかもしれません。
 わずか数年の間に、小さな島国から全世界を制覇するまでに広がっていった「レゲエ」、ボブ・マーリーの人生は、まさにそのレゲエの歴史そのものでした。それだけに、彼のデビュー作のもつ重くゆったりしたリズムは、多くの人々がレゲエにもつ「カリブの明るいサウンド」というイメージが生まれる前の「レゲエの原点」を思い出させてくれる大切な作品なのかもしれません。少なくともボブ・マーリーのレゲエは、「嘆き」から生まれたのだということを。

<追記-今も生きるボブ・マーリーの魂>
 ビートルズ解散以降に青春時代を迎え、平和な時代に育った僕にとって、ボブ・マーリーのライブを生で見られたことは、本当に幸せな経験でした。その後、世界各地を旅する途中に、彼の歌を口ずさむことで、何度も友人を得ることができたのも、彼のおかげでした。1980年代に青春を過ごし、世界に目を向けていた若者たちにとって、ボブ・マーリーは文句なしに最大のヒーローであり、共通言語の1つだったのです。そして、これはあまり知られていないことですが、ボブ・マーリーの伝説は、未だにアフリカを中心とする世界各地で広がり続けているのです。
 ブルース・リーは、未だに第三世界において、伝説の武闘派ヒーローとしての人気を保っているのですが、ボブ・マーリーはそれ以上の存在であり、かつて彼自身がヒーローとして称えたアフリカにおける最初の独立国エチオピア独立の祖、ハイエ・セラシエ皇帝をも越える存在となりつつあるのです。これこそ、レコードという、20世紀が生んだ音の記憶装置が生み出した魔法と言えるでしょう。

関連するページ
ボブ・マーリー
(偉大なる人生)
ラスタファリニズム
用語集
リー・ペリー
(レゲエの進化)
1972年の代表作集
ホット・メニュー

     アンダーラインの作品は特にお薦め!

ロック系
"An Anthology" Duane Allman
"Argus" Wishbone Ash
"All The Young Dudes" Mott The Hoople
"Baby I'm A-Want You" Bread (美しい名曲「イフ」がはいってます)
"Caravanserai" Santana
"Carney" Leon Russell (名曲「マスカレード」収録)
"Close To The Edge危機" Yes (最高傑作とも言われる)
"Dicover America" Van Dyke Parks
"Eat A Peach" Allman Brothers Band
"Harvest" Neil Young (数ある作品の中、誰もが認める代表作)
ジギー・スター・ダストDavid Bowie (グラム・ロック・ミュージカル)
"Live In Japan" Deep Purple(「日本からブレイク」の先駆け的作品)
"Machine Head" Deep Purple(「ハイウェイ・スター」は永遠不滅の名曲だ!)
"Manasas" Manasas (C.S.N.&Y.の分派、良質のカントリーロック)
"No Secrets" Carly Simon(「うつろな愛」が大ヒット)
メイン・ストリートのならず者Rolling Stones
(最もストーンズらしい作品かもしれない。「ハッピー」が好きです)
名前のない馬」 America
ピアニストを撃つなElton John
"One Man Dog" James Taylor
"Rock Of Ages" The Band (これを聴きながら何度年をこしたことか?)
"Sail Away" Randy Newman(美しすぎるブラック・ユーモア)
"Something / Anything" Todd Rundgren (難解ポップの王者の代表作)
太陽と戦慄King Crimson (インプロヴィゼーション重視の傑作アルバム)
展覧会の絵Emerson, Lake & Palmer(プログレのポップ・アルバム?)
"The Slider" T-Rex
"School's Out" Alice Cooper
"Transformer" Lou Reed
"Three" Jackie Lomax
"Without You" Nilsson(今やスタンダードナンバー)
"Wet WillieU" Wet Willie(この泥臭さ、けっこうはまります!)
アイリッシュ、ケルト、トラッド系
"Morris On" V.A.(アシュリー・ハッチングス、リチャード・トンプソン、ジョン・カークパトリック)
"Prosperous" Christy Moore
(アイルランド・トラッド現代化の推進力となった重要作品)
"Fog On The Tyne" Lindisfarne(楽しいトラッドを聴かせてくれます)
ユーロ・ポップ系
愛の休日Michel Polnareff (仏版「井上陽水」、とにかくアイドルでした)
ソウル系
"Bump City" Tower Of Power (ファンク・バンドの最高峰)
"Back Stabbers裏切り者のテー" The O'Jays(フィーリー・ソウルの傑作)
ベンのテーマMichael Jackson(恐怖ネズミ映画のタイトル曲)
"Could It Be I'm Falling in Love" The Spinners
"Flack And Hathaway" Roberta Flack,Donny Hathaway
"Gumbo" Dr. John (ニューオーリンズ・ファンクの教科書です)
"Imagination" Gladys Knight & The Pips(これもまたソウルのスタンダード)
"I 'll Be Around" The Spinners
"Love Train" The O'Jays (初期のディスコ・ヒット)
"Papa Was A Rolling Stone" The Temptations (ソウルからファンクの時代へ)
"Super Fly"Back To The World" Curtis Mayfield
(ニューソウルの名作、美しい)
"Talking Book" Stevie Wonder (いよいよスティービーの時代始まる)
"The World Is A Ghetto" War(忘れちゃいけないファンクの大御所)
サルサ系
"Que Viva La Musica" "Acid" Ray Barretto
(サルサ界の先鋭派)
"El Gigante Del Teclado" Charlie Palmieri
"Payaso" Orquesta La Selecta De Raphy Leavitt

"The Harder They Come" Jimmy Cliff & V.A.
(レゲエ・ブームのきっかけとなった映画のサントラ)
ブラジリアン・ポップ系
ツァラトストラはかく語りき」 Eumir Deodato(一世を風靡した大ヒット・インスト)
ジャズ系
"On The Corner" Miles Davis (マイルスって、本当に凄い!最高にファンキーです)
"Return To Forever" Chick Corea
(文字通り、ジャズのターニング・ポイントとなった作品)
フォーク、J−ポップ系
あの鐘を鳴らすのはあなた」和田アキ子
学生街の喫茶店」 Garo 
喝采」ちあきなおみ(レコード大賞)
元気です」吉田拓郎(「旅の宿」収録)
ケンとメリー〜愛と風のように〜」 Buzz
さなえちゃん」 古井戸
春夏秋冬泉谷しげる
頭脳警察セカンド頭脳警察
誰もいない海」「虹と雪のバラード」トワ・エ・モア
どうにもとまらない」山本リンダ
Happy End」 はっぴいえんど(はっぴえんどのラスト・アルバム)
メリージェーン」つのだひろ




ロック系
Billy Joel "Cold Spring Harbor"
Blue Oyster Cult "Blue Oyster Cult"
Camel "Camel"
Daryl Hall & John Oates "Whole Oats"
Dan Fogelberg "Home Free"
Eagles "Eagles"
Jackson Browne "Jackson Browne"
Jim Croce 「ジムに手をだすな」
Joe Walsh "Barnstorm"
Loggins & Messina "Sittin' In"
Malo "Malo"
Roxy Music "Roxy Music"
Rick Springfield "Beginnings"
Slapp Happy "Sort Of"
Silverhead 「恐るべきシルバーヘッド」
Steely Dan "Can't Buy A Thrill"
(70年代を代表するアーティストが続々デビューした年だった)
アラビック・ポップ
Jil Jilala "Jil Jilala" (モロッコの大衆歌謡を現代風にアレンジ)
アジアン・ポップ系
Dick Lee "Life Story" (全曲英語のアルバムだった)
J-ロック、フォーク系
RC Succession 「初期のRCサクセション」
(デビュー・アルバムにこのタイトルとは、さすがです!)
荒井由美「返事はいらない」
井上陽水「断絶」(井上陽水として再デビュー、「傘がない」収録)
大滝詠一 「大滝詠一」
五輪真弓 「少女」(LAにてキャロル・キングらを使って録音された)
友部正人 「大坂へやってきた」
チューリップ 「魔法の黄色い靴」 
なぎら健壱 「万年床」
古井戸「古井戸の世界」
ファニーカンパニー「スウィート・ホーム大阪」(桑名正博在籍)


Belly Oakley ( Allman Brothers Band ) 11月11日 オートバイ事故  24歳
Billy Murcia (New York Dolls) 11月 6日 窒息死 21歳
Brian Cole ( The Association )  8月 2日 薬物中毒 29歳
Danny Whiten (Crazy Horse) 11月18日 麻薬 29歳
Mahalia Jackson(ゴスペル)  1月27日 心臓麻痺 60歳
Clyde McPhatter(R&B)  6月13日 心臓麻痺 38歳
Lale Andersen(「リリー・マルレーン」)  8月29日  ? 62歳




生物兵器禁止条約調印
海洋汚染防止条約調印
ストックホルムで開催された国連人間環境会議で人間環境宣言発表
<アメリカ>
ニクソン米国大統領、中国訪問
米ソがSALTに調印
ウォーターゲート事件発覚
<ヨーロッパ>
ミュンヘン・オリンピックでアラブ・ゲリラによるテロ事件発生
イギリスが北アイルランドの直轄統治を発表
「血の日曜日事件」イギリス軍が北アイルランドでデモ隊に発砲多くの死者をだす
<アフリカ>
モザンビークで大虐殺
タンザニア・ウガンダ紛争
ケニアで250万年前の最古の人骨発見される
<アジア>
バングラディッシュが独立を宣言
北ヴェトナム軍が全面攻勢、和平会談再開
金日成国家主席に就任(朝鮮民主主義人民共和国)
<日本>
日本赤軍による浅間山荘事件発生
田中角栄新首相訪中、日中国交正常化実現
横井庄一軍曹、グアム島で発見される
沖縄が日本復帰
札幌オリンピックのジャンプ競技で、日本がメダルを独占
飛鳥高松塚古墳の壁画発見
「ピア」創刊

<芸術、文化、商品関連>
「G」ジョン・バージャー著(ブッカー賞受賞)
「ジャッカルの日」フレデリック・フォーサイス著(エドガー賞)
UNESCO世界遺産条約採択
ポラロイド「SX70システム」開発
ブルーリボン・スポーツ社がナイキと社名変更
日本を代表する文化となる「カラオケ」が誕生する
ポッカコーヒー世界初のホット・コールド兼用自動販売機登場


<音楽関連(海外)>
スタックス・レコードが黒人解放を訴える巨大イベントワッツタックス開催
ローリング・ストーンズの北米ツアーが行われ、大型スタジアムを使用したコンサート・ツアーの先駆けとなる
ウィリー・ネルソンが本拠地をオースティンに移し、レッドネック・ロックの中心地になる
黒人スタッフによる劇場用映画「シャフト」公開、テーマが大ヒット
ニューオーリンズ・ブームの中心人物アラン・トゥーサンがスタジオを設立
レゲエ・ブームのきっかけとなったジャマイカ映画「ハーダー・ゼイ・カム」(監督ペリー・ヘンゼル)公開
ポール・サイモン、ジャマイカで「母と子の絆」録音
ワーナー・レコードのプロモーション・アルバム「ホット・メニュー’73」発売
<音楽関連(国内)>
頭脳警察」、過激な内容のファースト、セカンド・アルバムともに発売禁止

<映画>
 この年の映画についてはここから!
「惑星ソラリス SOLARIS」 1972年公開
(監)(脚)アンドレイ・タルコフスキー

[1972年という年] 橋本治著「二十世紀」より(2004年11月追記)
 (藤純子が引退し)ヤクザ映画の美学が終わる年、後のニューミュージックの女王が『返事はいらない』でデビューした。1972年、大学に入った荒井由美(後の松任谷由美)は、全共闘の時代の痕跡がまだ残るキャンパスの風景を、ただ『汚い』と見た。新しい時代のヒロインは、まだ残る古い男達の姿を、あっさりと一蹴した。・・・
「若者達はまだ貧しく、その心情を歌ってフォークソングは、歌謡曲と接近し、やがて離れた。フォークソングは、『ニューミュージック』へと変わる。フォークソングからニューミュージックへの変化は、『貧乏からオシャレへの変化』である。
 ニューミュージックは『俗に冒されないオシャレ』を守って、歌謡曲との間に一線を引いた。ニューミュージックの女王は1972年に登場し、やがて『オシャレ』は、思想とも成り行くのである」


<作者のコメント>
 正直、僕は吉田拓郎や井上揚水までは好きでしたが、「神田川」は嫌いでした。たぶん、この頃僕はすでにビートルズなどのロックも聴くようになっており、「神田川」のもつ女々しい情緒が許せなかったのだろうと思います。何を生意気な、という感じですが、とにかくそのせいで、僕の耳は邦楽からしばらく離れてしまうことになります。残念なことに、そのおかげで、僕ははっぴいえんどをリアルタイムで聞くことができませんでした

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