- ファンク進化論 -
                                                パーラメント Paliament

この年の出来事 代表的な作品 デビュ 物故者
<進化の行き過ぎ>
 「生命の進化」とは、「適者生存」の原理、すなわち、よりその生活の場に合った特徴をもつ生物が生き残って行くことによって、押し進められてきたと言われています。そのために、生物の形やライフ・スタイルは、常に変化をし続けているわけです。しかし、時にこの進化は「進化の行き過ぎ」とも呼べる特殊な状況を生みだしてしまうことがあります。例えば、かつて地球上で繁栄を誇ったアンモナイトは、進化の行き過ぎによって、ねじれたり、細長くなったり異常な形のものが増え、ついには絶滅へといたりました。身近なところでは、海辺に住むシオマネキの巨大なハサミがあります。彼らは、より強く見せるために、あんなにも身体に不釣り合いな進化をとげてしまったのです。そして、同じような「進化の行き過ぎ」は、人類の文化にも存在します。
 アフリカに住むのスルマ族の人々にとって、美人とはより大きな下唇を持った女性のことです。そのため、スルマの女性たちはみな下唇をより大きくするため、そこに切れ目を入れ木製の円盤をはめ込んでいます。そして、その円盤を少しずつ大きくして、下唇の巨大化を目指すのです。中国の纏足や中世ヨーロッパのコルセットも、同じように「美の追求」による進化の行き過ぎが生んだ異常な風習です。
 ずいぶん前置きが長くなってしまいましたが、70年代ファンク・サウンドの歴史的傑作とされる「パーラメント・ライブ(P−ファンク・アースツアー)」を聴く度に、僕はこの進化の行き過ぎ現象のことを思い出します。彼らの場合、その現象は「バンドの人数の巨大化」となって発現しました。

<しがないコーラス・グループから巨大ファンク・バンドへ>
 もともとパーラメントは、パーラメンツという五人組のソウル・ボーカルグループでした。しかし、リーダーのジョージ・クリントンは背は低いし、顔もいまいち、特にこれと言った特徴のないヴォーカリストで、当然グループの人気もぱっとしませんでした。そこで彼らは、レコード会社をあちこち移り変わりながら、少しずつスタイルを変え、その頃大活躍していたスライ&ザ・ファミリー・ストーンにあやかり、ヴォーカル・インストロメンタル・グループとなって行きました。(この頃はまだファンク・バンドという言い方はありませんでしたが)そしてその過程で、ファンクの大御所ジェイムス・ブラウンのリズムの要として活躍していたブーツィー・コリンズやJB’sのリーダーだったメイシオ・パーカーフレッド・ウェズリーなど、次々にメンバーの補強を行って行きました。ジェイムス・ブラウンが時代から取り残され始める70年代半ばには、彼らは史上最強のファンク・バンドと呼ばれるまでに成長していました。

<グルーブがなけりゃファンクじゃない!>
 この時代に活躍したグループといえば、アース・ウィンド&ファイヤークール&ザ・ギャング、コモドアーズ、グラハム・セントラル・ステーション、ウォーなど、当時の彼らは最近では見られない大人数のバンドでした。そして、これらのバンドの間では、常に「メンバーの数の多さ」の競い合いがあったといいます。しかし、数が多いこと、それは単にかっこいいとか、売れていることの証明ということだけではありませんでした。そこには、より複雑で分厚い「グルーブ」を生み出したいというファンクに対する思いがありました。黒人音楽において大切なキーワード「グルーブ」は、素晴らしいジャズのジャム・セッションなどで聴くことができる「音と音」、「リズムとリズム」が複雑に絡み合うことによって生み出される不思議な効果のこと。この時代のファンク・バンドたちは、その効果を最大限に引き出すため、メンバーの増強に努めたわけです。そして、その競争において、常にそのトップを走っていたのが、「P−ファンク帝国」とまで言われた巨大ファンク軍団、パーラメントだったのです。彼らはそのピーク時、50名を越すメンバーを有していたと言われ、もうどこまでが本当のメンバーなのかわからない状態だったと言います。(実際、給料をもらっていないダンサーやコーラスなどのメンバーも多かったらしく、彼らはバンドの周りに集まってくる麻薬に引かれて加わったとも言われています)おまけに、そんな大人数のメンバーが全員思い思いのド派手な衣装を身にまとい、ステージの上でこぼれ落ちんばかりに暴れ回るのです。ピンク・フロイドがかつて巨大なセットによる大仕掛けなコンサートで有名でしたが、彼らのコンサートもそれに匹敵するものだったようです。そんな彼らの絶頂期のコンサートを丸ごと詰め込んだのが、このライブ・アルバムなのです。「汗くさくて」「ハレンチで」「マンガチックで」「B級SF的で」「パワフルで」「サイケデリックで」もちろん「ダンサブルで」、まさに「ファンクの真髄、ここに有り」がこのアルバムなのです。

<追記-ファンクのその後>
 残念ながら、この時代に活躍したほとんどのファンク・バンドたちは、70年代後半から巻き起こった世界的なディスコ・ブームのなか、白人主導のレコード業界によりそのパワーを失い、薄っぺらなディスコ・サウンドを演奏するバンドになってしまいました。(ライオネル・リッチーのようにバラード専門の「黒いフリオ・イグレシアス」になってしまった歌手もいます)
 パーラメントも、かつて地上を制覇した恐竜たちが白亜紀末にその姿を消してしまったように、絶滅への道を歩みかけました。それでも彼らは少しずつ巨大なバンドを分裂縮小させながら、この後80年代までなんとか活躍を続けました。それが90年代、ヒップ・ホップ時代の到来とともに、再び脚光を浴びることになるのです。多くのヒップ・ホップ系のアーティストたちが、こぞって70年代ファンクのリズムトラックを使用し始めたせいです。いったいそれは何故か?
 それは、彼らの生み出したP−ファンクの分厚いグルーブほどサンプリングに適したサウンドは他になかったからです。そのうえ、あの頃のような大人数のバンドは経営的に成り立たなくなり、ジャズで鍛え上げられた優秀なミュージシャンも希少価値になってしまった今、あの強烈なグルーブを再現することは、非常に困難なことになってしまったようです。
 こうして「ファンクの恐竜たち」は、「サンプリング」という遺伝子操作によって見事よみがえり、今も生き続けているのです。もちろん、当の本人たち、中心メンバーだったジョージ・クリントン、ブーツィー・コリンズらが、相変わらず、はちゃめちゃなファンク活動を続けていることは言うまでもないでしょう。

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フィーリング」ハイファイ・セット
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夢で逢いましょう」シリア・ポール




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The Boomtown Rats "Boomtown Rats"
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The Damned  「地獄に堕ちた野郎ども」
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Peter Gabriel "Peter Gabriel"
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38 Special "38 Special"
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吉納昌吉&チャンプルーズ 「吉納昌吉&チャンプルーズ
(琉球のカリスマ・ヒーローはデビューから凄かった!)
松山千春「旅立ち」
原田真二「てぃーんず・ぶるーす」
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 Ronnie Van Zant ( Lynyrd Skynyrd )  10月20日  飛行機事故   29歳 
 Roland Kerk   12月 5日      ?  42歳
 Elvis Presley    8月16日  心臓麻痺   42歳
 Marc Bolan ( T-Rex )  9月16日  自動車事故  29歳
 Maysa  1月22日  交通事故  40歳




国連砂漠会議(ナイロビ)
国連総会でハイジャック防止決議採択
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<アメリカ>
ジェームス・A・カーター大統領に就任
エルヴィス・プレスリー死去
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喜劇俳優チャーリー・チャップリン死去
フランスのオペラ歌手、マリア・カラス死去
西ドイツ赤軍によるモガジシオ事件発生
ブレジネフ氏、ソ連の最高会議議長に就任
<中東・アフリカ>
サダト、エジプト大統領がイスラエルを訪問
エチオピア・ソマリア紛争
ザイール内戦
<アジア>
中国の文化大革命終結宣言
ヴェトナム国連加盟
在韓米軍の撤退が進む
<日本>
円高ドル安(1ドル250円を割り込む)
赤軍派によるダッカ事件
有珠山噴火
王貞治、ホームランの世界記録樹立

<芸術、文化、商品関連>
「約束の地」ロバート・B・パーカー著(エドガー賞)
パリを代表する文化施設「ポンピドゥー・センター」完成
マンハッタンに「スタジオ54」オープン
映画「サタデー・ナイト・フィーバー」のヒットで世界的なディスコ・ブーム始まる
松下電器「マックロード」ビデオのVHSの優位を決めるヒットとなる
タイトー「スペース・インベーダー」開発(ゲーム・ブームが始まる)


<音楽関連(海外)>
シカゴのクラブ「ウェアハウス」でフランキー・ナックルズがDJプレイ開始
(「ハウス」の名はこの店でかかる音楽から生まれた)
ザイールで、パパ・ウェンバがヴィヴァ・ラ・ムジカを結成
フェラ・クティのカラクタ共和国をナイジェリアの軍隊が襲撃
<音楽関連(国内)>
レコード大賞授賞式のテレビ中継が歴代最高の視聴率51.6%に達する
(「歌謡曲」の時代が頂点に達したといえるかもしれません)
鯨保護のためのコンサート、ローリング・ココナッツ・レビューが東京で開催される
キャンディーズ引退「普通の女の子に戻りたい」が流行語に

<映画>
この年の映画はここから!

[1977年という年] 橋本治著「二十世紀」より 2004年11月追記
「1977年は、『文化の分岐点』とも言える時期である。1976年、アメリカの西海岸で小さな会社が設立された。やがては時代の大きく変えることになる個人用コンピューター(パソコン)のアップル・コンピューターの誕生である。1975年の日本では、『家庭用ビデオ』の二つは、やがて『個人の机の上で文化を作り出す』ということを可能にする・・・それが信じられるようになるのはもう少し先だが、1977年のアメリカには、この二つを接近させる”触媒”となるものが登場した。映画「スター・ウォーズ」の公開である」
「大学闘争を経過して、大学の価値は若干低まった。しかし、その後も大学は大衆化して健在だった。その後の若者たちは、意味のないところへ行って、しかし「意味がない!(ナンセンス)」とは叫ばず、そこが社会人となるためのパスポート発効機関であることを十分認識していた。だから、団塊の世代が大学を卒業して以来、『社会変革』の声が社会から消える。社会とはもう、抵抗し変革するための場所でも対象でもないのである」

<作者からのコメント>
 受験生として東京の大学を目指していた僕も、ご多分にもれず、大学について将来の方向について、はっきりとした目標を持ってはいませんでした。ただし、読書好きでなんとなく「作家」に憧れていた僕は、この時なぜか文学部を目指すのではなく理系の道を選びました。それは、これからの作家は「科学」を理解できなければ「世界」や「文学」を語る資格はないのではないか?と漠然と思ったからでした。理想の文学として、僕が考えていたものに最も近かったのはSF小説でした。後にJ・G・バラードやフィリップ・K・ディックカート・ヴォネガット・Jrらと出会い、僕はそれが間違いではなかったと思ったものです。

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