
- アフリカの響き、原始から未来へ -
ブライアン・イーノ&デビッド・バーン
Brian Eno & David Byrne
<第三世界の逆襲>
パンク・ロックが音楽業界に開けた風穴は、ニューウェーブ系バンドの登場を容易にしたと同時に、ロックと他のジャンルの音楽との融合を押し進めるのにも大きな役割を果たしました。特に、ジャマイカからやって来たレゲエやスカは、パンクと同時期にブームとなったツートーン・ブームやカリスマヒーロー、ボブ・マーレーの活躍により、一気にロックとの融合を進め、ポリスのような白人レゲエバンドを生み出すまでになって行きました。
そして、その後を追うようにして登場してきたのが、同じ第三世界音楽のルーツとも言えるアフリカン・サウンドでした。それは、レゲエの盛り上がりに便乗した業界による「二匹目のドジョウ」的な戦略という側面もあったのですが、先ずは、白人ロック系アーティストたちによるアフリカン・ダンス・リズムの導入という二次的なかたちで、その進出は始まりました。
<エスノ・ロックと呼ばれたヒットの数々>
こうして1980年から1981年にかけて、白人ミュージシャンたちによるちょっとしたアフリカン・サウンドのブームが起きてゆきました。
Pop Group "For How Much Murder …"
Peter Gabriel "Peter Gabriel V"
Adam & The Ants "King Of The Wild
Frontier"
Bow Wow Wow "See Jungle …"
The Boomtown Rats "Mondo Bongo"
Talking Heads "Remain In Light"
King Crimson "Discipline"
PIL "Flowers Of Romance"
そして、この年アルバム「ブッシュ・オブ・ゴースト」が、元ロキシーミュージックのブライアン・イーノとトーキング・ヘッズのデビッド・バーンによって発表されたのです。
<「ブッシュ・オブ・ゴースト」の秘密>
実はこのアルバムは、デビッド・バーン率いるトーキング・ヘッズが1980年に発表した歴史的名盤「リメイン・イン・ライト」よりも先に完成していて、先行して発売される予定でした。ところが、このアルバムの中でサンプリング使用されていた女性宣教師の説教を使用する許可が得られなかったため、アルバムを作り直すことになり、結局発売が一年以上遅れることになってしまったのです。しかし、この順番の入れ替わりは、結果的には良かったかもしれません。なぜなら、この作品はあまりにも時代の先を行き過ぎていて、一年遅れでもまだそのすごさを理解できる人は少なかったからです。
<「ブッシュ・オブ・ゴースト」の未来性>
このアルバムは、サンプリングの多用によるダンス・ミュージックという新しいスタイル、「テクノ・ポップ」から「ヒップ・ホップ」や「ハウス」への流れの先駆的作品でもありました。
80年代のアフリカン・ダンスサウンド・ブームの先取りだっただけでなく、90年代フランスから広まったアラビック・ダンスサウンド「ライ」のブームをも先取りしていました。まさに原始のサウンドを基にした未来のサウンドだったのです。
<J.G.バラードと「ブッシュ・オブ・ゴースト」>
僕はこのアルバムを聴くと、なぜか「沈んだ世界」「太陽の帝国」「結晶世界」などで有名な20世紀後半を代表する小説家J.G.バラードの近未来SF小説のイメージを頭の中に浮かべてしまいます。
「西暦20XX年、名誉を重んじ恐れを知らないイスラム圏の国々が、アメリカに核攻撃をしかけ、かつて西欧文明の中心地だったアメリカは廃墟の砂漠と化してしまいました。アメリカという名前は、今や砂漠の名前に過ぎづ、そこではもう風の音とコーランだけしか聞こえなくなりました。かろうじて生き延びた人々は、手にたいまつをかかげた自由の女神像を心のよりどころに、海辺の洞穴に隠れながら細々と集落を築き、かつてのピューリタンたちのようにゼロからの生活を始めていました。…」
そんな不気味な平行宇宙的未来像が見えてくるような、不思議な感覚を持たされてしまうのだ。そして、1991年、この不気味なイメージは突然現実のものとなった。「湾岸戦争」の勃発である。そして、この時のアメリカ合衆国大統領の名が「ブッシュ」だった!なんたる偶然。おまけに、21世紀には、再びこの過激な大統領の息子がアメリカ合衆国大統領に就任するかもしれないのだ!(2001年には、あの同時多発テロ事件が発生。まさか、ここまでリアルに現実のものになるとは、・・・)
このアルバムは、音楽的スタイルだけでなく、全ての面で不気味に未来を予見する作品だったのです。本当に優れた作品は、多かれ少なかれそう言うものなのかもしれません。
<追記>(2012年12月)
この作品のタイトル「ブッシュ・オブ・ゴースト」は、ナイジェリア出身の作家エイモス・チュツォーラの小説のタイトルから取られたものです。英語で書かれたアフリカン・ファンタジーの傑作として世界に衝撃を与えた作品「やし酒飲み」が言語によって世界に与えた影響を、音楽によって再現する。それがこの作品の目指すところだったということなのかもしれません。是非、「やし酒飲み」もご一読ください!
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ロック系
Black Flag "Damaged"
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Hanoi Rocks 「白夜のバイオレンス」
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Was(Not Was) "Was(Not Was)"
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イヌ 「メシ食うな」
野宮真貴 「ピンクの心」 (後にピチカート・ファイブで活躍するカリスマ・レディー)

Bob Marley |
5月11日 |
癌 |
31歳 |
Steve Curly (T-Rex) |
4月28日 |
自動車事故 |
33歳 |
Harry Chapin |
7月16日 |
交通事故 |
36歳 |
Bob Hite (Canned Heat) |
4月 5日 |
心不全 |
36歳 |
Mike Bloomfield |
2月15日 |
薬物中毒 |
36歳 |
Bill Haley |
2月 9日 |
心不全 |
55歳 |
Helen Humes |
9月18日 |
癌 |
63歳 |
Roy Brown |
5月25日 |
心不全 |
55歳 |
Hoagy Carmichael |
12月27日 |
心臓病 |
82歳 |
向田邦子 |
8月22日 |
飛行機事故 |
51歳 |

アフリカ難民救済国際会議
第7回主要先進7ヶ国首脳会議(オタワ・サミット)
<アメリカ>
ロナルド・レーガン大統領に就任
大統領狙撃事件発生
ニューヨーク・タイムスがエイズ問題を初めて大々的に報道
<ヨーロッパ>
ロンドンで黒人暴動発生、人種差別問題全国に拡大
フランス、ミッテラン社会党政権設立
5大企業グループ、36銀行などの国有化可決
ポーランドで戒厳令、「連帯」に対する弾圧が強まる
<アフリカ・中東>
サダト、エジプト大統領が暗殺される
イスラエル、ゴラン高原併合決議
イラン、バニサドル大統領亡命
全大統領、ASEAN訪問
<日本>
校内暴力事件が急増
行政改革推進本部発足、行政改革関連特例法設立
中国残留日本人孤児が初来日
東京で五つ子誕生
<芸術、文化、商品関連>
「真夜中の子供たち」サルマン・ラシュディ著(ブッカー賞受賞)
「視界」ライト・モリス著(全米図書賞)
「ゴーリキー・パーク」マーティン・クルーズ・スミス著(英国推理作家協会賞受賞)
アウズディン・アライアがミラノ・コレクションでボディコン・ファッション発表
黒柳徹子「窓ぎわのトットちゃん」
田中康夫「なんとなく、クリスタル」」
藤原新也「全東洋街道」
向田邦子、飛行機事故で死亡

<音楽関連(海外)>
イギリスのバンドがニュー・ロマンティックス系アーティストを中心にアメリカに進出
(ブリティッシュ・インベイジョンの再現と言われた)
アメリカでMTVがスタート(ミュージック・ビデオ時代の始まり)
サンプリング用機材E-mu イーミュレーター市場に登場
ホアン・アトキンス Juan Atkinsとリチャード・デイビス Richard Davisがサイボトロンを結成
(デトロイト・テクノ本格スタート)
オランダに国際ポピュラー音楽学会が設立される
<音楽関連(国内)>
貸しレコード店問題で、小売店、歌手が全国総決起大会開催
ビデオ・ディスクが販売される
<映画>
この年の映画についてはここから!
[1981年という年] 橋本治著「二十世紀」より 2004年11月追記
日本では山口百恵が結婚。イギリスではチャールズ皇太子とダイアナ嬢が結婚。日本では山口百恵と入れ替わるようにして松田聖子が登場。「ブリッ子」と非難されながらも、その人気は21世紀まで続くことになります。
「二十世紀は、『人間の欲望肯定』を一つの大原則とする時代である。『奔放な欲望充足がなぜいけない』と開き直られたら、もう反論のしようはない。『女のわがまま』は肯定されるべきであり、松田聖子は、『それを攻撃するのは古い硬直した社会だ』という前提に立った。そして、既成の社会が拘束力を失っていることを暴露してしまった。・・・」
<作者からのコメント>
一時期、ユーミンが松田聖子に曲を提供していたことがあります。80年代後半の松田聖子は、ある意味ユーミンの世界を代理で演じる存在だったとも言えるでしょう。僕もその頃の松田聖子の歌は大好きでした。確かに、良くも悪くもあの時代は「聖子ちゃん」の時代だったのです。
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