- 音楽は世界に主張する -

Artists United Against Apartheid

この年の出来事 代表的な作品 デビュー 物故者
<主張するための音楽>
 ラブ&ピースをテーマに行われたウッドストックでのコンサート以来、20世紀後半のポップスは成熟した大人の音楽として、数々の政治的、思想的主張を音楽によって行ってきました。
 バングラディッシュの難民救済を目的として行われた「バングラディッシュ」コンサート(出演は、ジョージ・ハリスン、レオン・ラッセルボブ・ディラン、ラヴィ・シャンカール、リンゴ・スターなど)、スリーマイル原発の事故により盛り上がった反原発運動によって生まれたライブ「ノー・ニュークス」(出演は、ジャクソン・ブラウンなど)、捕鯨禁止を訴えるためわざわざ日本で行われた「ローリング・ココナッツ・レビュー」(出演は、ジャクソン・ブラウン、エリック・アンダーソンなど)、無実でありながら殺人罪で投獄された黒人ボクサーを救うために行われた「ローリング・サンダー・レビュー」(出演は、ボブ・ディラン、ロバータ・フラックなど、この事件は後に「ハリケーン」というタイトルで映画化)キング牧師の誕生日を祝日にしようという運動のテーマ・ソングとなった「ハッピー・バースデー」スティービー・ワンダー)、アフリカ各地で飢餓に苦しむ人々を救うためにつくられたチャリティー・アルバム"We Are The World"マイケル・ジャクソンスティービー・ワンダーなどアメリカのロック、ソウル系ミュージシャンたち) "Do They Know It's Christmas?"(ブームタウン・ラッツのボブ・ゲルドフを中心とするイギリスのミュージシャンたち) , "Starvation"(アフリカを中心とするワールド・ミュージック系ミュージシャンたち)、これらに参加したミュージシャンたちによる巨大ライブ「ライブ・エイド」、さらにローカルなものでは、失業問題解決の基金づくりのために行われた「ライブ・フォー・アイルランドU2エルヴィス・コステロポーグス、クラナドなど、アイリッシュ系ミュージシャンたち)、アメリカの中小農家を守るために行われたライブ「ファーム・エイド」(ジョン・クーガー・メレンキャンプなど)、そしてエイズ撲滅のために行われた無数のチャリティー・コンサートやアルバム制作など。(ディオンヌ・ワーウィックの「愛のハーモニー」はグラミー賞も受賞した)数え上げればきりがありません。

<時代が生んだ音楽>
 ミュージシャンたちが、自らの意志で企画や主催をしたり、参加したこれらのコンサートやアルバムは、かつてはあり得なかったことです。これは、音楽がマスコミを通して大きな影響力を持つようになった1960年代以降、初めて可能になったと言えるでしょう。(そう考えると、1930年代、アメリカの労働者たちのために、全国各地を旅しながら歌い続けたウディー・ガスリーのようなアーティストは本当に偉大でした)そんな流れの中からつくられた数々の作品の中でも、その主張の力強さ、曲の素晴らしさ、どれをとっても未だにその輝きを失わない作品が「サン・シティ」です。

<サン・シティ>
 「サン・シティ」とは、南アフリカにあった白人専用リゾートの通称で、白人の金持ちでにぎわうその街は、いつしか南アにおけるアパルトヘイト(人種隔離政策)の象徴と呼ばれるようになっていました。さらにそこでは、多くの有名ミュージシャンたちが多額の出演料に引かれてコンサートを行っていました。その中にはアメリカの黒人ソウル・ヴォーカリスト、ミリー・ジャクソンの名前までありました。このアルバムは、サン・シティに象徴されるアパルトヘイトに抗議するため、世界中のアーティストたちによって制作された作品です。

<時代を代表する参加メンバーたち>
 タイトル曲は、抗議のメッセージをたたきつけるのに打ってつけの「ラップ」が使われました。そして、世界各地、各ジャンルの素晴らしいアーティストたちがワンフレーズづつ歌い継ぐかたちで、曲がつくられています。これほど多くのアーティストが、それぞれに主役の座を与えられて作られた曲は、これ以前にはなかったし、これ以後も現れないでしょう。
 ジャズ畑からは、マイルス・デイビス、スタンリー・ジョーダン、ハービー・ハンコック、ロン・カーター、トニー・ウィリアムス
 イギリスのロック界からは、ピーター・ゲイブリエル、ボブ・ゲルドフ(元ブームタウン・ラッツ)、U2ボーノピート・タウンゼント(元ザ・フー、キース・リチャーズ、リンゴ・スター、ロン・ウッド
 アメリカのロック系では、ルー・リードボブ・ディランブルース・スプリングスティーン、ホール&オーツ、パット・ベネター、ジャクソン・ブラウン、ピーター・ウルフ、ボニー・レイット
 ソウル、ラップ、ファンク界からは、アフリカ・バンバータ、カーティス・ブロウ、ジョージ・クリントン、ファット・ボーイズ、ノナ・ヘンドリックス、カシーフ、エディー・ケンドリックス、グランドマスター、デビッド・ラフィンRUN-DMC、ボビー・ウーマック
 その他、サルサのレイ・バレット、ルベン・ブラデス、レゲエのジミー・クリフ、ビッグ・ユース、リントン・クウェンシー・ジョンソン、アフリカからマロ・ポエッツ、そしてこの曲のビデオ・クリップを演出したのが、この頃MTVの傑作を連発していた最強コンビ、ゴドレー&クレーム(
元10CC)でした。

<アパルトヘイトのその後>
 この作品発表の5年後、1990年、南アフリカの黒人指導者ネルソン・マンデラ氏がついに釈放され、その翌年にはアパルトヘイトは終焉を迎えることになりました。しかし、考えてみると、20世紀が終わる直前まで、アパルトヘイトという政府公認の人種差別が地球上に存在していたという事実は、驚くべき事です。そしてなおかつ、現在でも地球上の各地で宗教や人種、性別、職業などによる差別が戦争や犯罪を生み出しています。残念ながら、21世紀になっても、アーティストたちが歌い続けなければならない問題は、山積みのようです。しかし、この頃に比べると、そんな音楽活動が減ってきたような気がしますが、・・・世代の変化でしょうか?

<追記-日本にだってRCサクセションがいる!>
 日本にだって「サン・シティ」に負けない素晴らしい作品があります。1988年にRCサクセションが発表した「カバーズ」です。文字どおりカバー・バージョンばかりで作られているにもかかわらず、オリジナルとも言える歌詞の放つパワーは本家本元をも越えていました。特に反原発のメッセージを込めた「サマータイム・ブルース」は、発売元の東芝EMIの親会社が原発に関わる企業だったことから問題となり、アルバムの発売中止へと追い込まれました。ところがどっこい、それを発売する会社が現れ(キティ・レーベルさん、よくぞやってくれました!)あれよあれよという間に、大ヒットとなってしまったのです。彼らの歌には、反骨と遊び心の素晴らしいバランス感覚があったからこそ、多くの人々に受け入れられました。その良さは軽薄なジャーナリストたちには、けっして理解できないでしょう。このアルバムの続編「コブラの悩み」も面白いです。発売元が再び東芝EMIに戻っているところも最高です。そんなら最初から出せばいいだろうが!

関連するページ
RCサクセション
(反原発など)



ロック系
"Afterburner" ZZ Top
"Be Yourself Tonight" Eurythmics
"Boys And Girls" Brian Ferry
"Brothers In Arms" Dire Straits (玄人受けバンドがついにブレイク!)
"Cry" Godley & Creme(MTV界のNo.1アーティスト、面目躍如!)
"Cupid And Psyche" Scritti Politti (エレクトリック・ソウルの名盤!)
"Centerfield" John Fogerty(甦ったC.C.R.,、これぞアメリカン・ロック!)
"Careless Whisper" Wham! (「お前も、ワムよのう」大ブレイク作品)
"The Dream Of Blue Turtles" Sting
"Little Creature" The Talking Heads(個人的に大好きな作品)
"Low Life" New Order
"Meat Is Murder" The Smith
"Our Favorite Shop" The Style Council
(第二期P.ウェラーの代表作、とにかくセンスが最高です!)
"The Power Station" The Power Station
"Rain Dogs" Tom Waits
"The Rhythmatist" Stewart Copeland (ポリスのリズム博士のソロ作)
"She's The Boss" Mick Jagger
"Scarecrow" John Cougar Mellencamp ,
"The Secret Of Association" Paul Young (本格派白人ソウル!)
"Song From The Big Chairs「シャウト」" Tears For Fears ,
"Steve McQueen" Prefab Sprout
"We Are The World" USA For Africa
"White City" Pete Townshend
アイリッシュ、ケルト系
"Anthem" De Dannan(ドロレス・ケーン、メアリー・ブラック在籍時の作品)
ソウル、ファンク系
"Around The World In The Day" Prince & The Revolution
(60年代サイケデリック・サウンド、私は好きです!)
"Can't Stop The Love" Maze (最高にいかしたソウル・ダンサー作品)
"Condition Of The Heart" Kasif
"King Of Rock" Run-D.M.C.
"Members Only" Bobby Bland (男の色気と哀愁が泣かせます!)
"Night Shift" Commodores(コモドアーズは不滅でした)
"Private Dancer" Tina Turner
"Promise" Sade
"Saturday Night Live" Trouble Funk
(ワシントンから登場した「ゴーゴー」の凄さを知るならこのライブ!)
"Whiteney Houston" Whitney Houston
ジャズ系
「ブラック・コーズ」Wynton Marsalis
サルサ系
"Llegaron" Los Titanes
"Especial No.5" Willie Colon
ココナッツ・ブリーズの誘惑」 Los Van Van(キューバのNo.1バンド)
メレンゲ系
"Nace Un Nuevo Estilo" Jerry Vargas
"Chullsima" Tempo Dominicano
"La Medicina" Wilfrido Vargas
"El Hombre Y Su Musica" Johnny Ventura
(メレンゲ界の大ベテラン、デビュー30周年アルバム)

アンダー・ミ・スレンテン」 Wayne Wonder(打ち込みレゲエの元祖)
ブラジリアン・ポップ(MPB)系
サンバの女王」 Ivone Lara
アフリカン・ポップ系
"Starvation" K.S.Ade,S.Keita,M.Dibango…
(アフリカ人によるアフリカ難民救済アルバム)
"Apartheid Is Nazism" Alpha Blondy(アフリカン・レゲエのNo.1バンド)
インディアポップ
"A Sound Affair" Jagjit Singh & Chitra Singh
(まるで天国の音楽、その美しさにみんな驚いた)
アジアン・ポップ系
愛人」 テレサ・テン
メイド・イン・タイランド」 カラバオ(タイのロック・バンドの大ヒット曲)
J−ポップ系
卒業」尾崎豊 
飾りじゃないのよ涙は」中森明菜
KAMAKURAサザン・オールスターズ(中期サザンの最高傑作、魅力満載)
Good Evening Wonderful Friend」ウィラード
しあわせ」爆風スランプ 
ジュリアに傷心」チェッカーズ
スピリッツ」ハウンド・ドッグ
空色帽子の日」ゼルダ
Disillusion〜撃剣霊化」ラウドネス
フォルテッシモ」ハウンド・ドッグ
フラワー・パワー」白井貴子
ミ・アモーレ」中森明菜
未成年」大江千里
ヤング・ブラッズ佐野元春 
REBECCA W〜Maybe Tomorrow」レベッカ




ロック系
a〜ha "Hunting High And Low"
Charley Sexton "Pictures For Pleasure"
The Dream Academy "The Dream Academy"
(「ライフ・イン・ア・ノーザンタウン」を小樽のテーマ・ソングにしたい!)
Fine Young Cannibals "Fine Young Cannibals"
Go West "Go West"
Hooters "Nervous Night"
Indigo Girls "Crazy Game/Someone To Come Home"
Jesus & The Marry Chain "Psychocandy"
Los Lobos "How Will The Wolf Survive?"
Suzanne Vega 「街角の詩」
Simply Red "Picture Book" (イギリス人はソウルがお好き!)
The Stone Roses "So Young"
ソウル、ファンク系
Derrick May "Let's Go" (デトロイト・テクノの大物登場)
Fishbone "Fishbone" (ソウルもファンクもパンクも何でもありの傑作!)
Freddie Jackson "Rock Me Tonight"(ソウルのニュー・ウェーブ登場)
Lisa Lisa & Cult Jam "Lisa Lisa & Cult Jam With Full Force"
Whitney Houston "Whitney Houston"

アジアン・ポップ系
Sheila Majid 「ディメンシ・バル(新しい局面)」
J−ポップ系
おニャン子クラブ「セーラー服を脱がさないで」
中村あゆみ「翼の折れたエンジェル」
ピチカート・ファイブ 「オードリー・ヘップバーン・コンプレックス」
BOOWY「BOOWY」
ラフィン・ノーズ「ラフィン・ノーズ」


 Ian Stewart
 (R.ストーンズ準メンバー)
12月12日  心臓病  47歳
 Ricky Nelson 12月31日  飛行機事故  45歳 
 Joe Turner 11月24日  心不全  71歳
 Matt Monro
 (ロシアより愛をこめて)
 2月 7日  肺癌  54歳
 Doctor Nico(リンガラ・ポップ)  9月22日    ?  46歳
 笠置シヅ子  3月?日  乳ガン  70歳
 坂本九   8月12日  飛行機事故  43歳




先進5ヶ国蔵相会議
第11回主要先進国首脳会議(ボン・サミット)
<アメリカ>
アメリカがユネスコ脱退(2003年まで復帰せず)
ニューヨーク株価過去最高の1300ドル
ブラジルが民政復帰
メキシコ大地震(マグニチュード7.8)
チリ地震
<ヨーロッパ>
ソ連最高幹部会議議長にグロムイコ就任
ゴルバチョフによるペレストロイカ、グラスノスチ政策が始まる
イギリス、ブラッドフォード・サッカー場で火災事故
ベルギーでイングランド、イタリアのファン激突(フーリガン政治問題化)
核実験抗議船「にじの戦死」爆破事件
フランスの画家、マルク・シャガール死去
<アフリカ・中東>
イラン・イラク、ミサイルによる都市攻撃が激化
スーダン、ウガンダでクーデター
南アフリカで黒人による暴動多発(非常事態宣言発令)
<アジア>
第一回南アジア首脳会議SAARC開催
中国空軍機、韓国へ着陸し亡命
インドで爆弾テロ事件続発
ヴェトナム軍、シアヌーク派拠点を制圧
<日本>
科学万博つくば’85開催
民営化により、日本電信電話会社(NTT)、日本たばこ産業会社(JT)が発足
日航ジャンボ機墜落事故(死者520人)
男女雇用機会均等法が成立
対米黒字34億円に拡大
ロス疑惑、三浦和義逮捕される
阪神タイガースが27年ぶりに優勝(バース、掛布大活躍)

<芸術、文化、商品関連>
「ザ・ボーン・ピープル」ケリ・ヒューム著(ブッカー賞受賞)
「ホワイト・ノイズ」ドン・デリーロ著(全米図書賞)
「世界の終わりとハードボイルド・ワンダーランド」(村上春樹著)
「母Tヨークシャー・ムアズ」デヴィッド・ホックニー


<音楽関連(海外)>
ブラジルのリオで過去最大のロック・フェス開催、その後のMPBに大きな影響を与える
ブラジルでパゴージ・ブームが起きる
アルジェリアのオランで「ライ・フェスティバル」開催、いよいよ黄金時代突入
デフ・ジャム・レコード Def Jam設立 (リック・ルービン、ラッセル・シモンズ)
NYを中心にサルサを押しのけメレンゲがブームになり始める
バイオリニスト、エフレム・ジンバリスト死去
<音楽関連(国内)>
中村とうよう監修「大衆音楽の真実」発売。日本のワールド・ミュージック・ブームの火付け役となる。
おニャン子クラブの「セーラー服を脱がさないで」が大ヒット、素人系アイドルの火付け役となる
中森明菜、チェッカーズの黄金時代

<映画>
この年の映画についてはここから!

[1985年という年] 橋本治著「二十世紀」より 2004年11月追記
 プラザ合意により、日本政府は「円高」を容認。「金持ち」になった日本は、輸入促進のために国民に対し「一人あたり1000ドル相当の外国製品購入」を呼びかける。(中曽根総理大臣)
 1980年のマンザイ・ブームから1982年の「笑っていいとも!」へ、「笑い」は「シロートの時代」に突入。シュールな「おもしろCM」やおしゃれなキャッチ・コピーを用いた商品戦略が一躍文化の最先端となる。
「1970年代末の新しい文化は「既成」を素通りして、であるがこそそれは、世代の交替も文化的な変革も実現させなかった。その奇妙な逸脱の流れは、”上位文化”を形成する人達に理解されず、大量消費を必要とする企業に取り込まれる。日本社会に必要なのは、消費する大衆の消費欲を刺激することだけだったのだ。かくして世の中は変わった。既成の文化は。”権威”という年金をもらうだけの定年状態となり、知性を欠落させた「大衆の時代」が定着する。・・・・1980年代の中頃に、言うべき事はなにもないのである」
<作者からのコメント>
 当時の僕は自動車関連企業の開発部で働くサラリーマンでした。すでに吉祥寺芽瑠璃堂の常連客になっていた僕は、二週に一度はブルースやR&B、サルサのアルバムをごそっと買い込み、別の週は伊豆七島にスキューバ・ダイビングに出かけるオタク&オウトドアの不思議な生活をしていました。「他人の二倍生きよう」と思っていた僕は、ほとんどテレビを見ない忙しい生活をしていました。二週間以上も休みをとってインドやトルコなどに冒険旅行に行くようになったのもこの頃です。そう考えると、僕こそ中曽根総理の思わくどおり海外にお金を落としに出かけ、輸入製品を買いあさる優良日本人の典型の一人だったのです。やれやれ・・・。
                  

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