- 砂漠を吹き抜ける熱い風 -

シェブ・ハレド Cheb Khaled

この年の出来事 代表的な作品 デビュー 物故者
<世界初?のイスラム圏からのポップ・スター>
 ワールド・ミュージックというジャンルがどんどん勢力を拡大する中、この年の前後に世界各地の大物アーティストたちが、次々と世界進出を目指して、メジャー・レーベルからのデビューを果たしました。そして、これまで世界的には知られることのあまりなかったイスラム圏からも、ひとりのポップ・スターが世界の舞台に登場しました。それがイスラム圏が生んだ初めての世界的ポップ・スター、シェブ・ハレドです。「クッシェ」は彼が世界デビューを果たした記念すべき作品です。(録音は1987年らしいが)しかし、彼の活躍の場はフランスであり、彼の生まれ国アルジェリアではありませんでした。どうしてそうなったのでしょう?それは多くのイスラム圏のアーティストたちが共通に抱える問題であり、20世紀末、かつてない勢いで世界中に進出しつつある「イスラム」という強大な勢力のもつ根本的な問題でもありました。

<イスラム圏におけるアーティストたちの宿命>
 イスラム圏の国においては、人々は皆アラーの神の教え「コーラン」を基本に生きなければならないことになっています。そのため、イスラムの人々はアルコール類をほとんど口にしないし、女性の多くは外出時には顔を隠すことになっています。(実際は、国によってかなり違うのですが)それに、イスラム独特の抽象的な幾何学模様も、偶像崇拝を禁ずるイスラムの文化が生み出した皮肉な芸術です。このように、芸術や娯楽が常に宗教上の規制の対象に立たざるを得ない社会では、ポップスというものの存在自体も非常に微妙な立場に立たざるを得ません。おまけに、その国の内政が混乱していたり、クーデターによる軍事政権に支配されている場合はなおのことです。(シェブ・ハレドの故国アルジェリアは、その軍事政権下にありました)

<ポップスの存在価値>
 しかし、そんな状況下にあればこそ、ポップスのもつ存在価値もまた大きくなります。だから、20世紀も後半になると、イスラム圏でも少しづつ、古いイスラムの枠を越えようとする音楽が現れるようになりました。その代表格がアルジェリアの港町、オランで生まれ、フランスに住む比較的自由な立場にいるアルジェリア系移民たちの間で火がついた「ライ」というサウンドです。

<シェブ・ハレド>
 シェブ・ハレドは、アルジェリアの玄関口オランに生まれ、14歳でデビューして以来、常に「ライ」の先頭を走り続ける「ライの申し子」のような存在です。しかし、トップを走るが故に、彼は宗教的、政治的な面でアルジェリア政府に目を付けられる存在となり、しだいにその活動拠点をアルジェリアから多くの移民たちが暮らすフランスのパリへと移さざるを得なくなって行きました。そんな状況の下、彼がイスラムの枠を飛び出して世界進出の道を選んだのは当然の事だったのかもしれません。

<ワールド・ミュージックの仕掛け人、M.メソニエ>
 彼の世界進出第一弾「クッシェ」のプロデューサーには、フランス人のマルタン・メソニエがあたりました。彼はアフロ・ポップのブームを築いたキング・サニー・アデを世界的なスターに磨き上げた人物であり、「ワールド・ミュージック・ブームの仕掛け人」の一人でもありました。彼は「砂漠の民」ならではの泥臭いサウンド「ライ」の世界にエレクトリックな打ち込みリズムを導入し、よりポップで、ダンサブルなサウンドを作り上げることに成功しました。しかし、本当に凄いのはメソニエのプロデュースによって導入されたエレクトリックで強烈なリズムに対して、シェブ・ハレドのヴォーカルは押されるどころか、かえってそのパワーを増していることです。

<砂漠の国を旅して>
 実は、この年僕は北アフリカのモロッコへ一人旅に出かけました。バスを乗り継いで、カサブランカ、マラケシュ、フェズ、タンジールと回りましたが、モロッコでもやはりポピュラー音楽と言えばやはり「ライ」で、シェブ・ハレドの人気も凄かったのを憶えています。延々と続くバスの旅でも、車中では常に「ライ」がかかっていて、暑苦しいほどのその独特のコブシ回しは、意外に涼しさを感じさせるものであることに気がつきました。そう!暑い夏に「ライ」はピッタリなのです。それはアラブの人々がどんなに暑くても、飲み物には熱いチャイを選ぶのと共通しているのかもしれません。

<ワールド・ミュージックとは?>
 彼の強烈な歌声には、「世界中がメディアによって画一化されて行く中で、ワールド・ミュージックと呼ばれるジャンルが目指すべき方向性は何なのか?」と言う問いに対する答えが隠されている気がします。
「第三世界のポピュラー音楽は、自らのサウンドを世界に向けてマイルドにするのではなく、かえってその個性を研ぎ澄ますことによって、世界に認められることを目指すべきだ!」これを実現してみせたのが、シェブ・ハレドだったと思うのです。

<追記-魂の声、ヌスラット・ファテ・アリ・ハーン>
 シェブ・ハレドより早く、1987年に「ライブ・イン・パリ」で一躍世界の注目を集めたヌスラット・ファテ・アリ・ハーンもまた、イスラム圏(パキスタン)を代表するアーティストです。彼の歌は元々はアラーの神を賛美する歌であり、「イスラムのゴスペル」とでも呼ぶべきものでしたが、次第に世界中のロック・ミュージシャンたちと共演をするようになり、ワールド・ミュージックを代表する偉大なる存在となりました。彼の歌は、歌詞のわからない多くの人々にとっては、意外にダンサブ」ルで、かつソウルフル、そして何よりパワフルでした。国立劇場で行われた初来日コンサートでも、僕は友人たちと手拍子で参加させてもらいました。(まわりの多くのお客さんたちは、神聖な歌に対して失礼と思ったのか、皆黙って聴いていた。でも彼らは確かに僕らが手拍子してくれるのを期待していました)
 彼は1997年、48歳という若さでこの世を去ってしまいましたが、彼ほど「魂の声」という形容がピッタリする歌い手は、80年代以降存在しなかったと言って良いでしょう。オーティス・レディングと同じように、彼もまた魂を歌に込めすぎたことで、寿命を縮めてしまったのでしょうか。(彼のページが登場しました。ここからどうぞ!ヌスラット・ファテ・アリ・ハーン

関連するページ
WOMAD
(ワールド・ミュージック)
N.F.アリ・ハーン
(カッワーリー)

     アンダーラインの作品は特にお薦め!

ロック系
"Avalon Sunset" Van Morrison
"Crossroads" Tracy Chapman 
(当時、旅行中のモロッコでも大人気、歌詞がわかりやすく、明解なのがみそか?)
"Freedom" Neil Young
"I Do Not Want What I Haven't Got" Sinead O'Connor
(アイリッシュ・パンク風賛美歌?、新しい時代の女性アーティスト)
"Mother's Milk" Red Hot Chili Peppers , "Mind Bomb" The The
"Mystery Girl" Roy Orbison
"New York" Lou Reed
"Nick Of Time" Bonny Raitt (この作品でついにブレイク、素敵なお姉さま)
ならず者」 Happy Mondays
"Orange & Lemons" XTC
"Oh Mercy" Bob Dylan (ニュー・ディラン時代の幕開けとなった作品)
"Pump" Aerosmith (ラッパーのおかげで甦ったが変わらないことが魅力)
"Peace And Love" The Pogues(スケールの大きな傑作)
"Rei Momo" David Byrne(ここからバーンはブラジルにのめり込む)
"Seeds Of Love" Tears for Fears
"Steady On" Shawn Colvin
"Steel Wheels" Rolling Stones
"Spike" Elvis Costello (パワフルなコステロ復活の一枚)
"Transverse City" Warren Zevon
"The Trinity Session" Cowboy Junkeys
アイリッシュ、ケルト系
"Lion In A Cage" Dolores Keane
(トラッドからポップへと変身した作品、タイトル曲はN.マンデーラの歌)
"No Frontiers" Mary Black
(現代アイルランドのライターの力を世界に示した大ヒット作)
月下の一群」 De Dannan
(D.ケーンを輩出した後、アイルランドを代表するトラッド・バンドが発表した新作)
ソウル、ファンク系
"The Cindella Theory" George Clinton
"The Force Of Nature" Jungle Brothers
"Rhythm Nation" Janet Jackson
"Straight Outta Compton" N.W.A.
"String of Life" Derrick May(ヨーロッパで大ヒット、レイブ・カルチャーの代表曲となる)
"TTD's Neither Fish Nor Flesh" Terence Trent D'Arby
"Voodoo" The Dirty Dozen Brass Band
"Zap Vibe" Zapp
"Yellow Moon" Nevil Brothers
(ニューオーリンズ・ファンクの枠を越えた傑作)
サルサ系
"Top Secret" Willie Colon
"Suenos Del Caribe" Isla Bonita
(サルサ・ロマンティカを代表するプエルトリコのバンド、ゴージャスです)
ブラジリアン・ポップ(MPB)系
バイヨンの王様」 Luiz Gonzaga
"Benjor" Benjor(ジョルジ・ベンの第一線への復帰作)
アフリカン・ポップ系
"The Lion" Youssou N'Dour
"The Palm Wine Sound Of S.E.Rogie" S.E. Rogie
(シエラレオネのアコースティック・ギター・サウンド、まさに楽園の音楽)
"Pamberi !" The Bhundu Boys
(ジンバヴエのロックバンド・スタイルのポップス、「ジット」を世界に広めた)
無国籍ポップ系
"Heart Of Uncle" 3 Mustaphas 3
アジアン・ポップ系
"The Mad Chinaman" Dick Lee
(世界に向けたアジアン・ポップの歴史的作品、世界中でヒット!)
"Desert Wind" Ofra Haza
"Beyond W" Beyond(80年代香港のバンド・ブームを代表するヒット作)
"Smokey Mountain" Smokey Mountain
(フィリピンから登場したジャニーズ風ロック・バンド、中身は濃かった)
"Someone Somewhere" Jyagjit & Chitra
札束 Salli Miti Ganan」 Nihal Nelson
(スリランカを代表するポップス、バイラの大スターの作品)
J−ポップ系
「Three Cheers For Our Side - 海に行くつもりじゃなかったFlipper's Guitar
CAROL」TMネットワーク
川の流れのように美空ひばり
君と踊り明かそう日の出を見るまで」じゃがたら
クリスマス・イブ山下達郎
世界で一番暑い夏」プリンセス・プリンセス
それからJagatara 
Diamond」プリンセス・プリンセス
タイム・ザ・モーション」小比類巻かほる
Delight Slight Kiss」松任谷由美
Toybox」パール兄弟
ナポレオン・フィッシュと泳ぐ日佐野元春(中期の傑作!イギリス録音)
90’sバラッド泉谷しげる
服部」ユニコーン
Vibra Is Back近田春夫&ビブラストーン
Beauty」坂本龍一
靖幸」岡村靖幸
ribbon」渡辺美里





ロック系
Green Day "1000 Hour"
Indigo Girls "Indigo Girls"
Lenny Kravitz
"Let Love Rule"
Nine Inch Nails "Pretty Hate Machine"
Nirvana "Bleach"
The Stone Roses 「石と薔薇」
Soundgarden "Ultramega OK"
Skid Row "Skid Row"
ソウル、ファンク、ヒップホップ系
De La Soul "3 Feet High And Rising"
(サンプリングの導入によりヒップ・ホップの歴史を変えた重要な作品)
Soul USoul "Keep On Movin'"(新しいダンス系ソウルの傑作)
Gang Star "No More Mr.Nice Guy"
Dr.Dre "Staright Outa Compton"
Queen Latifar "All Hail The Queen" (フィメール・ラップの第一人者)
ユーロポップ系
Les Negresses Vertes "Mlah"
アジアン・ポップ系
Faye Wong フェイ・ウォン "Wong Chin Man"
J−ポップ系
岡村靖幸「靖幸」 
ボ・ガンボス「Bo&Gumbos」
THE BOOM宮沢和史) "A Peacetime Boom"
The Newest Model "Soul Survivor"
(中川敬がボーカルで後に、ソウル・フラワー・ユニオンに発展)


John Cipollina(Quiksilver M.S.)  5月29日 気胸 45歳
Pete De Fritas(Echo & The Bunnymen)  6月14日 交通事故 27歳
Trevor Lucas(Fairport Convention)  2月 4日 心不全 45歳
Ewan MacColl 10月22日 心不全 74歳
Carmen Cavallaro 10月12日 76歳
King Tubby  2月 6日 射殺  ?
Luiz Gonzaga  8月 2日 肺炎 76歳
Nara Leoa  6月 7日 脳腫瘍 47歳
Perez Prado  9月14日 脳卒中 72歳
Franco 12月19日   ? 51歳
美空ひばり  6月24日 52歳




オゾン層保護ヘルシンキ宣言(フロンガス全廃へ)
第15回主要先進国首脳会議(アルシュ・サミット)
<アメリカ>
米国共和党のブッシュ氏が大統領に当選
米ソ首脳マルタ会談開催
米軍機地中海でリビヤ戦闘機を2機撃墜
アメリカ空軍にステルス爆撃機「B−2」
アメリカ軍がパナマに侵攻、独裁者ノリエガ将軍を逮捕
ニューヨーク株式一時的暴落
<ヨーロッパ>
ベルリンの壁撤去が始まる(東、西ドイツ)
ポーランド、連帯主導のマゾビエツキ内閣発足
ハンガリー新国家体制発足
チェコ大統領にヴァーツラフ・ハベル就任(「プラハの春」の名誉回復)
NATO首脳軍縮会議
英国シェフィールド競技場で、フーリガンによる騒動が原因の事故で94人が死亡
フランス機、ニジェールの砂漠に墜落171人死亡
ルーマニア、チャウセスク政権崩壊、大統領夫妻が処刑される
イギリスの俳優ローレンス・オリビエ死去
フランスの劇作家サミュエル・ベケット死去
スペインの芸術家サルバドール・ダリ死去
<アフリカ・中東>
イランのホメイニ氏が89歳で死去
パレスチナ大統領にアラファト氏就任
レバノン大統領爆殺事件
アンゴラ停戦実施
<アジア>
学生による民主化要求デモ多発、天安門事件発生
ヴェトナム軍、カンボジアから撤退
ダライ・ラマ14世がノーベル平和賞を受賞
<日本>
昭和天皇崩御
3%の消費税が導入される
バブル経済の絶頂期、竹藪から2億円
坂本弁護士一家失踪事件
宇野内閣崩壊し自民党総選挙大敗し海部内閣成立
ヴェトナム難民、長崎に漂着

<芸術、文化、商品関連>
「日の名残り」カズオ・イシグロ著(ブッカー賞受賞)
「ブリージング・レッスン」アン・タイラー著(ピューリツァー賞受賞)
イッセイ・ミヤケ「プリーツ・プリーズ」でブーム到来
リーボック社のスニーカー「パンプ」発売(イギリス)
ソニー製8ミリビデオ・カメラ発売


<音楽関連(海外)>
MTVでアンプラグド・ライブがスタート、クラプトンのヒットで一躍ブームとなる
マイク・バンクスとジェフ・ミルズがアンダーグラウンド・レジスタンスを結成
(デトロイト・テクノに新時代始まる)
西ドイツの指揮者ヘルベルト・フォン・カラヤン81歳で死去
アメリカのピアニスト、ウラディミル・ホロヴィッツ死去
<音楽関連(国内)>
中島みゆきが「夜会」をスタートさせる(渋谷シアター・コクーンにて)
TBS系ヴァラエティー番組「いかすバンド天国」放映開始
この番組から、フライング・キッズ、クスクス、ビギン、たま、マルコシアス・バンプがデビューし、バンド・ブームが本格化
美空ひばり死去

<映画>
この年の映画についてはここから!

[1989年という年] 橋本治著「二十世紀」より 2004年11月追記
 昭和天皇が死んで昭和が終わり、手塚治虫が死んでマンガが終わり、松下幸之助が死んで日本的経営が終わり、美空ひばりが死んで歌謡曲が終わった。さらに次々と大事件が起きた。
「リクルート疑惑」「消費税導入」「中国で民主化運動激化」「宮崎勤による幼女連続誘拐殺人」「サンフランシスコ大地震」「ベルリンの壁崩壊」それでも、日本経済だけはその勢いを失わず、平均株価が3万円に到っする。しかし、これもあと数ヶ月で終わりを迎える運命だった。
「1960年代末の段階で、既に20世紀は行き詰まりを見せていた。・・・1995年の日本で起こったオウム真理教事件も、その流れに位置するものである。20世紀後半の何十年もの間、人は『終末』を思っていた。・・・」
<作者からのコメント>
 いまから考えると、確かにこの時すでにバブルははじける直前であり、同時に20世紀自体が終わりを迎える直前だったのかもしれません。ただ、次から次ぎへと世界的な大事件が続く中で、日本だけが世紀末を意識する余裕をもっていたというのは皮肉なことです。(アメリカも当時は余裕でしたが)ベルリンの壁が崩壊した東欧や民主化に揺れ動いた中国の人々にとっては、その日その日が常に「世紀末」だったのですから。

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