- 汚れた純情、グランジの悲劇 -

ニルヴァーナ Nirvana

この年の出来事 代表的な作品 デビュー 物故者
<オルタナティブ・ロックの登場>
 90年代前半のロックを語るうえで、最も重要な一枚と言えば、やはりこのアルバムということになるでしょう。
 80年代後半、結局アメリカでは受け入れられないまま終わりを向かえたパンク・ムーブメントの後を受け、アンダーグラウンドからゆっくりと広がり始めたオルタナティブ・ロックと呼ばれるサウンド。それは、カレッジ・FMなどのマイナーなメディアを通して、大学生を中心に聴かれるようになり、ついにはR.E.M.という80年代を代表するバンドを生み出すまでに成長しました。そのサウンドは、当時の主流だった「パンク」や「ニューウェーブ」と言うよりは、60年代後半のバーズジェファーソングレイトフル・デッドなど、サイケ、フォークロック系のバンドたちのサウンドに近かいものでした。

<80年代は大人のためのロックの時代だった>
 80年代の中頃、全米ロック界の主流はビリー・ジョエルB.スプリングスティーン、ジョン・クーガー、ボブ・シーガーなどの大人や労働者を対象としたロックと、ヒューイ・ルイス、ヴァン・ヘイレン、メン・アット・ワーク、TOTOなどの売れ線狙いの娯楽性の高いロックが幅を利かせ、かつてのように若者たちが飛びつくようなサウンドはすっかり姿を消していました。(メタリカやAC/DCなど、ヘビメタ系バンドたちは、その意味では例外的存在だったかもしれません)
 そんな状況のもと、オルタナ系のバンドたちが多くの若者たちの指示を集め、ついにはその代表格、R.E.M.がメジャーへと駆け上がるまでになったわけです。

<オルタナティブ・ロックの発展>
 そんな流れの中、サイケデリック・サウンド伝統の地、ニューヨークからは、ノイジーさと前衛性を強調したサウンドを武器にソニック・ユースが登場し、ハードロックやラップを導入したダイナソーJRレッド・ホット・チリ・ペッパーズなども活躍を始め、新しいロックの時代の準備が整いつつありました。(この状況の影には、アメリカの長引く不況があったことも重要かもしれません。それは、ロンドン・パンクがイギリスの不況なしには成立しえなかったのと似ています。芸術の原動力は「頽廃」か「不況」なのかも!) 

<ニルヴァーナ登場>
 そして、出来上がりつつあった舞台に飛び乗り、いっきにメジャーへの道を駆け上がったのが、アルバム「ネヴァーマインド」をひっさげて登場したニルヴァーナでした。
 彼らは西海岸のシアトルという大都会とは言えない中規模の街で、同じようなスタイルを持つバンドたちとともに、その時代のサウンドの影響をあまり受けることなく成長しました。(パール・ジャム、サウンド・ガーデンも、同じくシアトルの出身)彼らの着ている服がボロボロだったことから、マスコミは、そのサウンドに「グランジ(汚らしい)ロック」という名を付けました。しかし、そんな馬鹿にしたようなネーミングにも関わらず、彼らのサウンドは、ファッションとともに全米の若者たちに広まって行きました。(そうそう、この街はかつて、ジミ・ヘンドリックスというギター・ヒーローを生んだ街でもあります)

<ニルヴァーナの魅力>
 結局、彼らのこのアルバムは全世界で1000万枚を越える売上を記録します。いったい何故ここまで売れたのでしょうか?たぶんそれは、彼らのサウンドがもつ類いまれな「バランス感覚」によるところが大きいと僕は思うのですが。かつてのパンクに近い「荒っぽさ」と若者受けする「ヘビメタ感覚」、それにヒットして当然の「売れ線メロディー」、この三つに「シンプルでストレートな歌詞」が加わることによって、できた絶妙のブレンド。さらに加えるなら、発表された時期が絶好のタイミングであったことも挙げられるかもしれません。

<ニルヴァーナの悲劇>
 彼らの大ブレイクは、まさにアメリカン・ドリームそのものでした。ただし、それが彼らの望むものであったかどうか?そして、微妙なバランスに支えられた彼らのサウンドがこの状況でも、生み出してゆけるのか?この疑問に答えるべく、彼らはセカンド・アルバムを発表し、それなりの評価を得ました。しかし、あまりにもそのプレッシャーが重かったのか。リード・ヴォーカルのカート・コヴァーンは、1994年自らその命を絶ってしまいます。
 彼には、オノ・ヨーコのような力強いパートナーはいなかったし、パティ・スミスのような強靱な精神力も持ち合わせていなかった。もちろん、ジョン・ライドンのような「したたかさ」など持っているわけがなかっただろう。皮肉なことに、超メジャーになってしまったアンダーグラウンドのヒーローは、そんな状況の中で「解脱」(涅槃ニルヴァーナに達すること)することができなかったのです。

     アンダーラインの作品は特にお薦め!

ロック系
"Achtung Baby" U 2
"Girlfriend" Matthew Sweet
"Green Mind" Dinosaur Jr.
"Kill Uncle" Morrissey
"Mighty Like A Rose" Elvis Costello
"Mama Said" Lenny Kravitz
"Metallica" Metallica
"Out Of Time" R.E.M.
"Screamadelica" Primal Scream
(ロックとハウスの融合の先駆作は未だ魅力を失っていない)
"Use Your Illusion T・U" Guns n' Roses
"Weld" Neil Young
トラッド、アイリッシュ系
"Bringing It Back Home" V.A.(Irish Allstars)
ドーナル・ラニー制作、アイルランド音楽の教科書的オムニバス・アルバム、圧巻!)
"Ordinary Life" Van Morrison
"Babes In The Wood" Mary Black
"Delirium" Caparcaillie(スコットランドのトラッド系ロック・バンド)
ファンク、ラップ系
"Bazerk,Bazerk,Bazerk" Son Of Bazerk
"Bringing The Gap" Roger
"Death Certificate" Ice Cube
"Law And Theory" A Tribe Called Quest (ジャズ系ラップの先駆け)
"Nature Of A Sista'" Queen Latifah
"Waveform EP" Underground Resistance
主張あるニガー Niggers With Attitude」 NWA
サルサ系
サルサに国境はない」 Orquesta De La Luz
(世界に誇る日本のサルサ・バンド、驚きでした!)
"Caminando" Ruben Blades
"The Mambo Kings 100th LP" Tito Puente
"Honra Y Cultura" Willie Colon
その他のカリビアン系
"Live Au New Morning" Kali , "iGuaquissimo!" Guaco
"Boukman Eksperyans" Voudou Ajae
ブラジリアン・ポップ(MPB)系
"Jorge Benjor-Ao Vivo No Rio" Jorge Benjor
(再評価のきっかけともなったパワフルなライブ・アルバム)
"Joao" Joao Gilberto(10年ぶりのアルバム、さすがのジョアン節)
アフリカン・ポップ系
"Chamunorwa" Thomas Mapfumo
(ジンバブエのカリスマ、「チムレンガ」のリーダー)
"New Fuji Garbage" Sikiru Ayinde Barrister & IMA
(ナイジェリアのポップス、「フジ」のNo.1スター。怒濤のリズム!)
"Le Voyageur" Papa Wemba
(お洒落なP.ウェンバ、パワーのバリスター、カリスマのS.ケイタ。アフリカ黄金時代?)
アジアン・ポップ系
"Shahbaaz" N.F.Ali Khan , "Pacifica" Sandii
Ikawuネーネーズ(美しくて、悲しくて、楽しくて、琉球サウンドの魅力満載)
カラハーイりんけんバンド(本格的琉球ポップ・ブーム到来!)
"Dari Sunda" Detty Kurnia
(ポップ・スンダの人気アイドル、久保田麻琴が共同プロデュース)
J−ポップ系
Artisan山下達郎
歌でしかいえない中島みゆき (昔の作品よりもパワフルで格好良い)
狂った太陽」Buck-Tick
最後の晩餐Moonriders (ベテラン・バンド久々の若々しく且つ渋いロック)
桜の森の満開の下」人間椅子
少年時代」井上陽水
Sweet」Chara
Say Yes」Chage & Aska
それが大事」大事MANブラザースバンド
天国のドア松任谷由美
どんなときも」槇原敬之
日本の心」HIS
ヒゲとボイン」ユニコーン
ひるね」たま
不滅の男 - 遠藤賢司バンド大実況録音盤」遠藤賢司バンド
ヘッド博士の世界塔フリッパーズ・ギター
Memphis忌野清志郎(ブッカー・Tとの夢の共演、ライブ盤も最高!)
雷蔵参上」雷蔵
ラブ・ストーリーは突然に」小田和正
Love ! Love ! & Love !」オリジナル・ラブ
ワイルドで行くぞ」ランキン・タクシー





ロック系
Alanis Morissette "Alanis"(カナダ国内でのデビュー)
blur "Leisure" (ブリット・ポップ時代のヒーロー登場)
Massive Attack
"Blue Lines" (美しくダンサブルな快作)
Peal Jam "Ten"
Smashing Pumpkins "Gish"
The Young Disciples "Road To Freedom"
アイリッシュ、ケルト系
Sharon Shannon "Sharon Shannon"
(アイリッシュ・ポップのニュー・ヒロイン、アコーディオン奏者)
ラップ・ハウス系
Boys UMen "Cooleyhighharmony"
C.M.B. "C.M.B."
Cypress Hill
"Cypress Hill"
Naughty By Nature "O.P.P."
2 PAC "Same Song"
J−ポップ系
Chara 「スウィート Sweet」
King Giddra 「空からの力」
Luna Sea 「Luna Sea」


Dave Guard(Kingston Trio)  3月26日  ?  56歳
Eric Carr(Kiss) 11月25日 41歳
Freddie Mercury(Queen) 11月24日 エイズ 45歳
Gene Clark(The Byrds)  5月24歳  ? 46歳
Johnny Thunders(New York Dolls)  4月28日  ? 38歳
Rob Tyner(MC5)  9月17歳 心不全 46歳
Steve Clark(Def Leppard)  1月 8日  ?   30歳
Steve Marriott(S.Faces, H.Pie)  4月20日 焼死 44歳
David Ruffin(The Temptations)  6月 1日 麻薬 50歳
Slim Gaylard  2月26日 75歳
Miles Davis  9月28日 肺炎、卒中 65歳
Stan Getz  6月 6日 肝臓癌 64歳
Yves Montand 11月 9日 心不全 70歳
Serge Gainsbourg(フランスのカリスマ)  3月 2日 心臓病 62歳
Bill Graham(Promoter) 10月25日 ヘリコプター事故 60歳
Bobby Holcomb(タヒチのポップス)  2月
ディック・ミネ  6月10日 急性心不全 82歳




第17回主要先進国首脳会議(ロンドン・サミット)
NATO首脳会議、ローマ宣言(冷戦構造消滅)
国連事務総長にエジプトのプトロス・ガリ氏就任
<アメリカ>
イラク・米国の「湾岸戦争」勃発、多国籍軍による「砂漠の嵐作戦」開始
米ソ戦略兵器削減条約(START)調印
ハイチでクーデター、軍政に移行
<ヨーロッパ>
欧州連合(EU)の創設に向け、EC首脳会議開催
ロシア共和国大統領にエリツィン氏が就任
コメコン解散、ワルシャワ条約機構解体
ソビエト連邦消滅
<アフリカ・中東>
アフリカ北東部の飢餓拡大
南アフリカのアパルトヘイト体制が終結
アンゴラの内戦終結
<アジア>
ミャンマーの民主運動家、アウンサン・スーチー女史がノーベル平和賞を受賞
カンボジア和平パリ国際会議、最終文書に調印
バングラディッシュ、サイクロンにより大きな被害
インド北部で大地震
フィリピン、ピナトゥボ火山噴火
中国揚子江で大水害
韓国、北朝鮮が同時に国連加盟
<日本>
長崎の雲仙普賢岳が噴火、大きな被害を生む。
大手証券会社の損失補填が大きな問題となる
ソ連ゴルバチョフ大統領来日
ジュリアナ東京オープン
千代の富士引退、若貴時代に突入
きんさん、ぎんさんが国民的アイドルになる

<芸術、文化、商品関連>
「さよならウサギ」ジョン・アップダイク著(ピューリツァー賞受賞)
オリビエロ・トスカーニ、ベネトンの広告写真が話題となる
テレビ・ドラマ「東京ラブ・ストーリー」放映


<音楽関連(海外)>
オルタナティブ・ロックの音楽フェスティバル、第一回ロラパルーザ開催
<音楽関連(国内)>
ウォーマッド’91が横浜市にて開催、ワールドミュージックが日本でも定着
ユーミンのアルバム「天国のドア」が200万枚突破

<映画>
この年の映画についてはここから!

[1991年という年] 橋本治著「二十世紀」より 2004年11月追加
 1991年1月、多国籍軍がイラクえお攻撃。湾岸戦争が始まる。
「・・・ソ連の社会主義革命が潰えて、『革命』という言葉は色褪せたように見えた。しかし、『革命の二十世紀』は、まだイスラムの世界に生きているのである。そう考えてもいいし、そう考えるべきではないかと思うのは、もちろん、この『湾岸戦争の1991年』が、同時に『ソ連崩壊の年』であり、『社会主義終焉の年』と言われるような年だからである」
「1991年8月、保守派はゴルバチョフ追放のクーデターを越す。大統領ゴルバチョフは監禁され、しかし保守派の出動させた軍隊は、もうモスクワ市民を黙らせることが出来なかった。『ソ連の首都』であったモスクワは、”進歩派”エリツィンを大統領として選出する『ロシア共和国の首都』となっていたからである。クーデターは頓挫し、保守派である共産党員を逐ったゴルバチョフは、ソ連共産党の解散を指示する」
<作者からのコメント>
 1990年代前半を代表する最大のヒーローは、ゴルビーことゴルバチョフ大統領かもしれません。この時期の彼の活躍に匹敵するヒーローは、天安門広場で戦車の前に立ちふさがったあの中国人男性ぐらいかもしれません。混沌としてはいても、「自由」という旗のもとに、世界は21世紀に向けて着実な一歩を踏み出したようにも思える、そんな希望が感じられる時期だったと言えると思います。

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