- 世紀末の歌姫、舞い降りる -

ビョーク  Bjork

2000年2月12日改訂

この年の出来事 代表作 デビュー 物故者
アイスランドという国
 世界で最も自殺率が高いと言われる国、アイスランド。
 ほとんど一年中が冬、火山が多く、温泉も多いが地震も多い国。
 夏は白夜が続くが、冬は暗く長い夜が延々と続く国。
 バイキング一族の移民によって生まれた世界で最も純血が守られている国。
 同じ北国、北海道に住む僕ですら、考えただけで暗くなりそうな最北の島国。

ビョーク
 そんな北の果てから登場したビョークは、まさに「世紀末の歌姫」と呼ぶに相応しい不思議な存在感をもつアーティストです。アジア系のようにも見えるその顔立ちは、10代のあどけなさと猫のような気まぐれさを感じさせます。ところが、彼女は何年も前に子供を産んだれっきとした母親であり、アーティストとしても、10代前半から活躍を続けるベテラン・アーティストでもあります。しかし、本当に凄いのは、彼女の不思議な歌声とその独特のサウンドにあります。一度聴いたら忘れられない声とその声にピッタリの、ロックでもない、ハウスでもない、テクノでもないアバンギャルドな独特のサウンド。いったいこれはどうやって生み出されたのでしょうか?

「デビュー」
 彼女は10代にしてアイスランドにおける史上最高のヒットを飛ばし、その後はニューウェーブ系のバンド?、シュガー・キューブスのヴォーカルとして活躍した後、ソロ・デビューへと至っています。
 そのデビュー作がこのアルバムでした。アルバム・タイトルは、そのものずばり「デビュー」。シンプルで実に自身にあふれたタイトルです。そして、このアルバムはアットいう間に世界中に「ビョーク」の名を知らしめることになりました。

カオス的(摩訶不思議な)構造の原因
 彼女のソロ・アルバムの制作には三つの方向性があり、そのぶつかり合いがカオス的とも言える不思議な音楽構造の原因となったようです。主役であるビョークはハウスがお気に入り、しかし、バックをつとめるバンドのメンバーはロック畑出身で当然ロック指向。そして、プロデューサーをつとめたのが、当時「キープ・オン・ムーブィン」の大ヒットで一躍世界中から引っ張りだこになっていたソウルUソウルネリー・フーパー、彼は当然ヒップ・ホップ指向でした。この方向性の違いが、微妙なバランスの上で成り立つある種カオス的な構造を持ち得たことで、アルバム「デビュー」という傑作が生み出されたと言えるでしょう。

辺境の地、アイスランドとの関わり
 新しいスタイルのポップスは、いつも辺境の地において、異文化が衝突する中から生み出されてきました。これは、20世紀ポップスの歴史において、最も重要な法則だと思うのですが、彼女の登場もまたその現れのひとつなのではないでしょうか?
 もちろんこの特異なサウンドは、ビョークという個性があったからこそ生み出しえたものなのですが、それでもなお彼女の個性の基本には、アイスランドという同じように特異な個性をもつ国の文化が影響を与えていることは間違いないでしょう。

アイスランドという国
 ヨーロッパの一部であり、キリスト教文化圏に位置していながら、アイスランドには他の国にはない特殊な文化があると言われています。「霊魂は人々とともに存在し続け、生きている者とともに歩み、時には手助けをしてくれることもある」そう信じられているらしいのです。このことは、単身赴任中に亡くなった父親の謎を追って、アイスランドを旅する日本人青年の物語、永瀬正敏主演の映画「コールド・フィーバー」にじっくりと描かれています。この精神風土は、明らかに他のキリスト教文化圏の国々とは違うもののようです。

Dancer In The Dark
 ビョーク主演の映画「ダンサー・イン・ザ・ダーク」が、カンヌ映画祭で見事グランプリを獲得しました。この映画の監督ラース・フォン・トゥリアーは「奇跡の海」で一躍世界の注目を集めたデンマークの監督ですが、考えてみると「奇跡の海」の主人公もまたビョークに似た雰囲気をもっていました。北国の島、暗い空の映像と天上から鳴り響く鐘の音、まさにビュークの雰囲気だったじゃないでしょうか!「ダンサー・イン・ザ・ダーク」見ましたか?確かに、とことん暗い映画かもしれませんが、だからこそ、そこから見える青空が美しいのも確かです!

雲間からのぞく光
 北国に住んでいると良くわかるのですが、青空の美しさが最も素敵に見えるのは、重い雲の切れ間から、さぁっと光が射し込んできた瞬間です。ビュークの歌には、そんな雰囲気があるのです。それが彼女の魅力であり、だからこそ「世紀末の歌姫」と呼びたくなるのです。多くの子供たちが無垢の笑顔を失いつつある現代において、彼女のもつ「屈折しながらも、純粋さに満ちた歌声」の魅力は、時代のリアリティーを感じさせる危うい美しさにあります。もちろん、そこにはアーティストとしての計算もあるかもしれませんが、21世紀に向けたひとつの救いのように思えます。(空港でのアナウンサーへの暴力事件のフィルムを見る限り、どうやら天然のぶっ飛び感覚のようですが・・・)

追記-フェイ・ウォン、そして素敵な女性たち
 ビョークは、不思議なルックスとアーティストとしての個性が見事なバランスをなす存在ですが、彼女と同じ時期に活躍を始めたフェイ・ウォンもまた、同じように魅力的なアーティストです。
 彼女は北京生まれで、現在は香港を中心にアジア全域で活躍し、世界進出を果たそうとしています。ルックスは、まさに絵に描いたような「チャイニーズ・ビューティー」。しかし、幼く見えても、実際は子供をもつ母であり、テレサ・テンを尊敬する政治的にもしっかりとした考えをもつ人物のようです。20世紀を終えようとしている今、彼女だけでなく世界中でワン・アンド・オンリーの魅力をもった女性アーティストたちが数多く活躍しています。
 シンニード・オコーナーk.d.ラングシェリル・クロウミシェル・ンデゲオチェロサンディーエリカ・バドゥアニー・ディフランコカサンドラ・ウィルソンP.J.ハーヴィー椎名林檎などに、その先輩格パティ・スミスマドンナ中島みゆき矢野顕子などなど。彼女たちは、自らがゲイであることを告白したり、自らのヌード写真をアルバム・ジャケットに使ったり、自分のコンサートで星条旗を焼いたり、男のアーティストたち以上に自由で過激な活動を繰り広げています。だからこそ、彼女たちの音楽はみなジャンルの枠を飛び越えた自由さに満ちているし、それが評価される時代でもあるです。(1997年この流れは女性だけのコンサート・ツアー、リリス・フェアを生むことになります)
 フェイ・ウォンのようなアーティストが中国という共産圏の国から登場してきたこと自体、時代の変化を物語るものですが、20世紀、音楽の世界においては、人種の壁、政治の壁だけでなく、性の壁もまた取り除かれたと言えるのかもしれません。

[追記の追記](2001年2月12日)
「ダンサー・イン・ザ・ダーク」
 やっと「ダンサー・イン・ザ・ダーク」を見ました。ドキュメンタリー・タッチの揺れる画面とこれでもか、これでもかと続く悲惨な運命の連続に、絶えきれない気分になった頃、突然始まるビョークの力強い歌声。背筋ゾクゾクの瞬間でした。すべてを吹き飛ばす彼女の歌声に改めて感服しました。ジャンマルク・バールなど脇を固める俳優達も相変わらず元気そうで嬉しかったし、カトリーヌ・ドヌーブの変わらぬ美しさにも驚かされました。
 でも、それよりなにより、この映画を輸入した松竹国際部の責任者、鈴木忍君に「大ヒット、おめでとう!」と、言いたいと思います。映画のラスト「最後から二番目の歌」を聞きながら、昔いっしょに映画を見に行ったこと、レコードを聞きながらああだこうだと、話し合ったことなどを懐かしく思い出しました。素晴らしい弟を誇りに思います。

      アンダーラインの作品は特にお薦め!

ロック系
"Are You Gonna Go My Way" Lenny Kravitz
(ジミ・ヘン以来のブラック・ロック・ギタリストの大ヒット作)
"Get A Grip" Aerosmith(相変わらず元気です!)
"In Utero" Nirvana (大ブレイクの後のセカンド、プレッシャーに耐えて)
"Kamakiriad" Donald Fagen(久々のS.ダン節復活、大人向けファンク)
"Music Box" Mariah Carey
"Rid Of Me" P.J.Harvey
"River Of Dreams" Billy Joel
"Spilt Milk" Jellyfish (マニアック・ポップ・バンドのヒット作)
"Stain" Living Colour(ブラック・ロックのジャンルを切り開いた重要なバンド)
"To Long In Exile" Van Morrison(名曲「グロリア」が復活!)
"The 30th Anniversary Concert Celebration" Bob Dylan & V.A.
"Unplugged" Rod Stewart (アンプラグドで魅力を発揮、見事に復活)
"Vs." Pearl Jam
"Wild Wood" Paul Weller (いよいよ独自のR&Bが開花)
"Yellow Shark" Frank Zappa(ザッパの遺作となったオーケストラ作品)
"Zooropa" U2
ファンク、ラップ、ソウル系
"Black Sunday" Cypress Hill
"The Chronic" Dr.Dre
"Galaxy 2 Galaxy" Underground Resistance
"Hey Man …Smell My Finger" George Clinton
"Janet" Janet Jackson
"Love Affair" Toni Braxton
"Midnight Marauders" A Tribe Called Quest
"19 Naughty V" "Hip Hop Hooray" Naughty By Nature
"TTD's Symphony or Dawn" Terence Trent D'Arby
アイリッシュ・ポップ系
"Island Angel" Altan(80年代から活躍するアイリッシュ・トラッド・バンドの代表作)
"Another Country" The Chieftains(トラッドとカントリーの共演)
ラテン・ポップ系
"Mi Tierra" Gloria Estefan (90年代末のラテン・ポップ・ブームの先駆者)
"Hecho En Puerto Rico" Willie Colon
(自らの故郷に帰って作り上げた哀愁に満ちたアルバム)

"Tease Me" Chaka Demus & Pliers
(最高に格好良いアルバム。スライ&ロビーは相変わらず達者!)
ブラジリアン・ポップ(MPB)系
"Timbalada" Timbalada
カルリーニョス・ブラウンが結成した最強の打楽器集団)
"Paratodos" Chico Buarque(4年ぶりのスタジオ録音)
魚の目」 Lenine & Marcos Suzano
(90年代MPBブームのきっかけともなった重要作)
アフリカン・ポップ系
"Underground System" Fera Kuti(最後までパワー全開だったフェラの遺作)
ジャズ系
"Blue Light" Cassandra Wilson(ジャズのジャンルを越えて人気爆発)
テクノ、ハウス系
"Music For Astro Age" ヤン・富田
アジアン・ポップ系
あしび」ネーネーズ
十万回のなぜFaye Wong (世界的ブレイクのきっかけとなった作品)
J−ポップ系

犬は吼えるがキャラバンは進む小沢健二
Escencia」チカ・ブーン
オキナワ・ラティーナ」 Diamantes (琉球サルサ最高峰!)
カムイ・イピリマ」ソウル・フラワー・ユニオン
クロス・ロード」 Mr.Children
C.B.Jimブランキー・ジェット・シティー
トラヴェル・ロック」小泉今日子
ボサ・ノヴァ2001」 ピチカート・ファイブ (いよいよピチカートがブレイク!)
僕たちの失敗」森田童子(リバイバル・ヒット)
ユーフォー・クラブ」コレクターズ
ラッキー・セブン」森高千里
Repeat Performance」 おおたか静流(トラッド系ヴォーカリスト、CMで活躍)
Wild Fancy Alliance」 スチャダラパー(日本を代表するラッパー・チーム)





ロック系
Ace Of Base "All That She Wants"
Beck "Mellow Gold" (いよいよベック時代の始まりです)
Counting Crows "August And Everything After"
Jamiroquai "Emergency On Planet Earth"(イギリスではこの人の時代開幕)
ケン・イシイ "Garden On The Palm"
Sheryl Crow "Tuesday Night Music Club" (90年代を代表する女性ギタリスト)
ファンク、ラップ、ソウル系
Luscious Jackson "In Search Of Many"
Me'Shell Ndegeocello "Plantation Lullabies" (異色の女性ファンク・ベーシスト)
Snoop Doggy Dogg "Doggystyle"
SWV "It's About Time"
Toni Braxton "Love Affair"
Wu-Tang Clan "Enter The Wu-Tang
J−ポップ系
ギター・ウルフ "Wolf Rock!"
ディアマンテス「オキナワ・ラティーナ」
ライム・スター Rhymester 「俺に言わせりゃ」


Frank Zappa 12月 4日  癌 52歳
Mick Ronson  4月29日 肝臓病 46歳
Mike Clarke(The Byrds) 12月19日 肝臓病 49歳
Toy Caldwell(M.Tucker Band)  2月25日 呼吸障害 45歳
Arthur Alexander  6月 9日 心不全 53歳
Albert Collins 11月21日  癌 61歳
Hector Lavoe  6月 9日 心不全 46歳
ウォン・カーコイ(Beyond)  6月30日 転落事故 31歳
Dizzy Gillespie  1月 6日  癌 75歳
Sun Ra  5月30日 脳卒中 79歳
Richard Tee(Stuff)  7月21日  癌 49歳




化学兵器禁止条約調印(130カ国)
世界人権会議開催、ウィーン宣言採択(180カ国)
第19回主要先進国首脳会議(東京サミット)
ウルグアイ=ラウンド(GATTの新多角的貿易交渉の最終妥結)
<アメリカ>
ビル・クリントン、アメリカ大統領に就任
女優オードリー・ヘップバーン死去
<ヨーロッパ>
欧州連合(EU)条約発効(EC十二カ国が批准)
ボスニアの混乱続く、3分割案合意
チェコとスロバキアが分離独立
ドイツ極右政党共和党が国会に議席を得る
ローマ教皇、ユダヤ教と和解
ロシア大統領にエリツィン就任、国会大混乱
<アフリカ・中東>
米英仏軍、イラクを空爆
イスラエルとパレスチナ解放機構との相互承認により暫定自治協定調印
エリトリア、エチオピアから独立
南アで国政に黒人が初参加
<アジア>
江沢民、中国国家主席に就任
金泳三、韓国大統領に就任
パキスタンで総選挙、ブット政権復活
カンボジア、立憲君主制としてシアヌークが国王就任
<日本>
日本新党、細川内閣が発足
円高騰100円40銭まで達する
冷夏で米が緊急輸入
Jリーグ発足、サッカー・ブーム到来
皇太子結婚
曙、初の外国人横綱となる
田中角栄死去

<芸術、文化、商品関連>
「不思議な山からの香り」ロバート・バトラー著(ピューリツァー賞受賞)
「シッピング・ニュース」E・アニー・プルー著(全米図書賞)(1994年ピューリツァー賞受賞)
「真犯人」パトリシア・コーンウェル著(英国推理作家協会賞受賞)
パタゴニア社、ペットボトルのリサイクル素材「PCRシンチラ」発表


<音楽関連>
オルケスタ・デ・ラ・ルスが国連平和メダルを受賞
ダンス系サウンドのプロデューサーとして、小室哲哉が大活躍

<映画>
この年の映画についてはここから!

[1993年という年] 橋本治著「二十世紀」より 2004年11月追記
 1993年は中東和平の年である。パレスチナ解放機構(PLO)のヤセル・アラファト議長とイスラエルのイツァーク・ラビン首相が両者間の戦闘停止に合意する平和条約を結んだ。
「・・・1993年の中東和平は、『イスラエルという国』と『まだ国家にはなっていないパレスチナ人の組織』との間の和解である。あえて言ってしまえば、これは、1990年代の東欧でポピュラーになる『民族の独立問題』に近い」
<中東問題の発端について>
「1945年ナチス・ドイツによって虐殺されたユダヤ人たちが自らの国をもつことを目指し、ユダヤ人問題に理解があるイギリスに働きかけたのがきっかけ。彼らはイギリス領だったパレスチナに移住し、強引にイスラエルという国家を建設したのです。
「・・・しかし、問題は、そう簡単にユダヤ人問題の舞台をパレスチナに移してしまったことにあるのではないか?
 イギリスがパレスチナを『委任統治領』にしていたのは、19世紀ヨーロッパの帝国主義が、アラブ人の住む中東地域をを支配下に置いていたからである。そして、その頃のヨーロッパ=キリスト教社会は、ユダヤ人を追い立てていた。つまり、その後のパレスチナに起こった『宗教対立』は、本来ヨーロッパで処理されるべきものではなかったのか、ということである」

<作者からのコメント>
 中東問題についてよくきかれるのは、「イスラム教とユダヤ教の対立は、日本人には到底わからない」という投げやりな発言です。しかし、問題を複雑化しかえって分かりにくくするのは、日本人の悪い癖かもしれません。それは問題点をはっきりさせることで、自分が判断を下す立場に追い込まれることを恐れる日本人特有の逃げの手法の一つです。
 僕に言わせれば、イスラエルがパレスチナというユダヤ教、イスラム教、キリスト教にとって最も重要な土地を独り占めしようという考え方が、根本的に間違っていると思います。それも武力を用いるなど論外です。それは過去にユダヤ人がどんなに迫害されていようと関係ないことです。

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