<忘れかけていた歌>
このアルバムには、多くの人々が忘れかけている「歌」があります。格好いいリズムでもなく、売れ筋のヒップ・ホップ調でもなく、かといって最新のハイテクを取り入れているわけでもない、ごくありきたりのフォーク・ロック調の曲ばかりなのに・・・。歌詞だって、どこにでもある人生の、どこにでもある物語ばかりなのに・・・。そんな曲を、どこにでもいそうな普通の男、カナダに生まれ地方の郵便局に6年勤め、二人の子供をもつ30男が静かに歌っているだけなのです。(そう、映画「ガープの世界」にでてきた「ダーティー・サーティー」、30代のしがない男の歌です)
しかし、このアルバムの一曲目「シークレット・ハート」が始まった瞬間、誰もが、この歌い手が作り上げた静かで優しい空間に引き込まれてしまいます。そして、こんな風にしみじみと歌を聴いたのは、いつ以来だろうか、とふっと思うのです。
<人を感動させる歌>
声高に政治的主張を叫ばなくても、人種や性の差別に対するプロテスト・ソングでなくても、バックに美しく華麗なオーケストラ・サウンドが響いていなくても、しゃれたプロモーション・ビデオの映像がなくても、困っている人々への感動的なチャリティー・ソングでなくても、ごく当たり前の生活の中の些細な出来事に、美しいメロディーと心を込めた詞があれば、それだけで十分「感動」を生み出すことができる。そんな当たり前のことを、ロン・セクスミスは思い出させてくれました。
<歌い手不在の時代に>
かつて、レコードという音楽の記憶装置が存在しなかった時代、人々はギターやその親戚の楽器を手に弾き語りをする「歌い手」たちの生の歌にじっと耳を傾けていました。しかし、レコードの登場と音楽産業の発展とともに、歌い手たちの目標は、ポピュラー音楽としての宿命「売れる音楽を生み出すこと」へと傾いて行かざるを得ませんでした。すると、スタジオで歌を吹き込む行為は、大量の売れ筋商品を生み出すためのプロジェクトにおける一工程に過ぎなくなって行き、今や、ミュージシャンよりも売れるアルバムを生み出すプロデューサーの方が重要な存在になってしまいました。
<再び「歌」の時代が来るのか?>
このアルバムは、そんな時代の流れとは、まったく対照的に、ゆっくりとしたペースの口コミによってで世界中へ拡がり、いつしか世界的な大ヒット作となっていました。人々は「心に残る歌」を求めていたのです。その証拠に、同じようにじっくりと歌を聴かせるアーティストたちが、90年代に入って急に増えてきたことがあげられるでしょう。80年代から活躍を続けるトレーシー・チャップマンやスザンヌ・ヴェガは、相変わらず根強い人気を保っていたし、ヴェテランのB.スプリングスティーンも、ギター1本でじっくりと歌うアルバムを制作するようになりました。このアルバムが気に入り「僕は一年間このアルバムを聞き続けた!」と絶賛したエルビス・コステロは、その後バート・バカラックとコンビを組んで、じっくりと恋の歌を聴かせるアルバムを制作し始めています。90年代に入って、アコースティック・スタイルに立ち返ったボブ・ディランの復活も忘れてはいけないでしょう。ヴェテラン以外でもアーニー・ディフランコ、ショーン・コルヴィン、k.d.ラング、ジェフ・バックリー、サラ・マクラクランなど、スタイルの違いこそあれ「生歌」にこだわったアーティストたちは、確実に増えています。
<歌いたい歌がヒットする幸福>
時代の流れの中、その時々に人々に求められる音楽が存在します。アーティストたちは、それぞれ歌いたい歌を歌っているだけかもしれませんが、時代の影響を確実に受けているはずです。その中で聞き手との間に「共鳴現象」が生じた時、その歌はヒット曲として世の中に拡がって行くことになるわけです。しかし、その「共鳴現象」を予測することは、不可能に近いでしょう。だから、アメリカの巨大企業が巨額の経費をかけたからといって、その作品がヒットするとは限らないし、このアルバムのように低予算で作られ発売された作品が世界的な大ヒットになる場合もあるのです。ポピュラー音楽の面白さは、そんなところにもあるのではないでしょうか。
アンダーラインの作品は特にお薦め!
ロック系
"all you can eat" k.d.lang (いよいよ貫禄の世界的スターへ)
"Anthology vol.1" The Beatles
(未発表曲も含めた幻のニューアルバム、世界中で大ブレイク)
"Circus" Lenny Kravitz
"Fight For Your Mind" Ben Harper
(多彩な音楽を聴かせる黒人シンガーソングライター)
"Gash" Foetus (オーストラリア出身、不気味な音空間)
"Insomniac" Green Day (オルタナきってのポップバンド、再びヒット)
"Jagged Little Pill" Alanis Morissette
(カナダのポップスターが一躍世界的アイドルに!)
"Life" The Cardigans (スウェディッシュ・ポップ・ブームの中心)
"Maxinquaye" Tricky
(ブリストル・サウンドを代表する黒人アーティスト・映画俳優)
"Made In Heaven" Queen (死後4年たって発表された未発表作)
"Mellon Collie And The Infinite Sadness" The Smashing Pumpkins
(ツェッペリンを思わせるスケールの大きなバンド)
"(What's The Story) Morning Glory" Oasis
(ブリット・ポップの人気バンドから世界へ、初期ビートルズの現代版)
"One Hot Minute" Red Hot Chili Peppers
"Orange Crate Art" Brian Wilson,Van Dyke Parks
(まるで映画のようなアメリカの音風景が広がる黄金コンビの名作!)
"Stanley Road" Paul Weller
(パワフルなバンド・スタイルにこだわるブリット・ポップの大御所)
トラッド・アイリッシュ系
"Long Black Veil" The Chieftains
(ケルト音楽の大御所の世界向け作品、ストーンズ、スティング…豪華ゲスト)
ユーロ・ポップ系
"Boheme" Deep Forest
(フランス人チームによるエレクトリック・ケルト系民族音楽の世界)
"Post" Bjork (不思議の世界の天使、さらなるパワー・アップ)
「ネフェリス通りにて」 Haris Alexiou
(ギリシャ歌謡の女王が世界へ向けて発表した愛の歌集)
ヒップ・ホップ、ファンク系
"Gangster's Paradise" Coolio
"ready to die" The Notorious B.I.G.
"Me Against The World" 2 Pack
"Vibrator" Terence Trent D'Arby
ジャズ系
"Blood on the Fields"Wynton Marsalis
レゲエ系
"'Til Shiloh" Buju Banton
(レゲエ界のニューヒーロー、まさにライオンのような声)
"Tougher Than Love" Diana King(日本でブレイク!)
ブラジリアン・ポップ(MPB)系
「曖昧な存在 The Subtle Body」 Arto Lindsay
(ブラジル育ちのアート系ギタリストによる不思議なボサ・ノヴァ)
「粋な男ライブ」 Caetano Veloso
(ブラジルが誇る天才のゴージャスなライブ・アルバム)
"Da Lata" Fernanda Abreu (ブラジル的ごった煮クラブ・サウンド)
"Segundo Esperanca" Trio Esperanca
(フランスで活躍、サンバ・カンソン・グループ、美しすぎる!)
アフリカン・ポップ系
"Folon" Salif Keita(いよいよ円熟、マリの天才ヴォーカリスト)
ジャズ系
"New Moon Daughter" Cassandora Wilson
(ジャズの枠を越えたヴォーカリストの大ブレイク作)
"Modern Day Jazz Stories" Courtney Pine
アジアン・ポップス
「マイ・フェヴァリット」 Faye Wong (テレサ・テンに捧げられたカバー・アルバム))
J−ポップ系
「愛のために」奥田民生 (元ユニコーン、日本を代表するソング・ライター)
「エクストリーム・ビューティー」吉田美奈子
「エゴ・トピア」ライム・スター
「かせきさいだぁ」かせきさいだぁ
「奇跡の地球」桑田佳祐&Mr.Children
「スマイル」イエロー・モンキー
「SMAP 007 ゴールドシンガー」 SMAP
「ゾーン・トリッパー」フリクション(J−ロックの最高峰、偉大なるアルバム)
「29」奥田民生
「ブローイング・アップ」ハイ・スタンダード
「ホーム・シック」ECD
「ヨーロピアン・エクスペディション」モンド・グロッソ
「LOOSE」 B's
「ロビンソン」スピッツ
ロック系
Ben Folds Five "Ben Folds Five"
(ピアノでオルタナ・ポップになぐり込み!新鮮でした)
The Chemical Brothers "Exit Planet Dust"
(マンチェスターから登場、ブレイク・ビーツでイギリスに活を!)
Goldie "Timeless" (ドラムン・ベースがジャンルとして登場した記念作)
Hayden "Everything I Long For" (究極の宅録青年登場)
Ron Sexsmith "Ron Sexsmith" (本文参照)
Scatman John "Scatman's World" (ご存じプッチン・プリンのおじさん)
ソウル、ヒップ・ホップ系
Brandy "Brandy"
D'Angelo "Brown Sugar"
(ひさびさのマルチ型アーティスト、ジミヘンかD.ハサウェイか?)
レゲエ系
Diana King "Tougher Than Love"
J−ポップ系
Rip Slyme 「Rip Slyme」
Alan Hull(Lindisfarne) 11月18日 心不全 50歳 Charlie Rich 7月25日 肺内部の凝血 62歳 Dean Martin 12月25日 呼吸器障害 78歳 Eddie Hinton 7月28日 ? 51歳 Jerry Garcia (Grateful Dead) 8月 9日 心不全 53歳 Rory Gallagher 6月14日 肝移植時の合併症 53歳 Sterling Morrison
(V.Underground)8月30日 癌 53歳 Vivian Stanshall 3月 3日 火災による焼死 51歳 Wolfman Jack(DJ) 7月 1日 心不全 57歳 Darren Robinson(Fat Boys) 12月10日 インフルエンザ 28歳 Easy-E 3月26日 エイズ 31歳 Junior Walker 11月23日 癌 64歳 Melvin Franklin(Temptations) 2月23日 心不全 52歳 Ronnie White(Miracles) 8月26日 白血病 57歳 Sollie McElroy (Flamingos) 1月15日 癌 61歳 Don Cherry 10月19日 肝臓病 58歳 Selena(ラティーノ・ポップの女王) 3月31日 射殺 23歳 テレサ・テン 5月 8日 心不全 42歳
世界貿易機構(WTO)設立
第21回主要先進国首脳会議(ハリファックス・サミット)
第4回国連世界女性会議(北京)
国連核実験停止決議、しかし核実験は止まらず
<アメリカ>
モスクワで米ロ首脳会議
ヴェトナムとアメリカが国交樹立
<ヨーロッパ>
フランスが南太平洋、ムルロア環礁で地下核実験を強行
ボスニア和平協定調印
サハリン大地震、死者2040人に達する
ロシアのチェチェンで紛争続く
ドイツのファンタジー文学作家、ミヒャエル・エンデ死去
フランスの映画監督、ルイ・マル死去
<アフリカ・中東>
PLOとイスラエル、パレスチナ自治拡大協定調印
イスラエル、ラビン首相暗殺される
ブルンジで内戦始まる
ルワンダで難民が虐殺される
<アジア>
フランスに続き、中国も地下核実験実施
ミャンマーの民主化運動指導者、スー・チー女史釈放される
ヴェトナム、ASEANに正式加盟
朝鮮半島エネルギー開発機構KEDO発足
<日本>
阪神淡路大震災
円高が加速し1ドル80円台へ
沖縄で米兵3人による少女暴行事件発生
地下鉄サリン事件、オウム真理教の強制捜査
高速増殖炉「もんじゅ」でナトリウム漏れ事故発生
コスモ信用金庫、兵庫銀行など経営破綻
大和銀行ニューヨーク支店の巨額損失明らかになる
景気低迷による最悪の就職難
野茂英雄、大リーグで新人王獲得、日本人の大リーグ進出のきっかけとなる
<芸術、文化、商品関連>
「ストーン・ダイアリー」キャロル・シールズ著(ピューリツァー賞受賞)
「父の遺産」フィリップ・ロス著(全米図書賞)
インドで「ムトゥ 踊るマハラジャ」公開、後に世界的ヒットとなる
「アンダーグラウンド」(村上春樹著)
ウインドウズ95日本語版発売
<音楽関連>
年間のヒットチャート・ベスト10に小室哲也プロデュースの曲が7曲入る。(安室奈美恵、篠原涼子、華原朋美、・・・)その他、佐久間正英(元プラスチックス)、笹路正徳、奥田民生、つんく、小林武史、YOSHIKIなどプロデューサー中心の時代となる
<映画>
〈←ここをクリックしてください!)
「デッドマン・ウォーキングDead Man Walking」 Bruce Springsteen 、N.F.アリ・ハーンその他
(ティム・ロビンス初監督作、映画も音楽も最高級!スーザン・サランドンがアカデミー主演女優賞受賞)
<1995年という年> 橋本治著「二十世紀」より 2004年11月追記
1995年の日本を語るものは、阪神淡路大震災とオウム真理教である。
「1980年代には、宗教ビジネスとしての順調な発展を遂げ、それがバブル経済の終焉と共に壁にぶつかり、自身の手で『破滅への道』を秘かに選択していたということ。サリン製造や武器の密造は、『世界は滅んでも自分たちは生き残るーそのことを実証するために、強引にでも世界を滅ぼす』という無茶苦茶な構想の中から登場してきたものだということが、人にようやく理解される。がしかし、その構図が分かっても、『なぜそんなバカげたことを?』の根本は分からない。・・・」
「・・・1960年代末の『大学闘争』を経過して、大学は平静になった。豊かさへ向かう『日本株式会社』の一員となるためのパスポート発行所となった大学に、もう”思想”はなかった。・・・大学生は『バカ』と言われるようなものとなり、そこで『生きる』ということを考えようとする者に残されていたのは、新興宗教だけだった。『生きる』ということを考えること自体が、『新興宗教』と言われるような事態がやってくる。・・・」
「・・・事件が発生した時、『オウム信者の大半は三十代の人間で、高学歴を誇る優秀な人間達だ』と言われた。それはつまり、1980年代に大学生であった人間達の不幸を語るものでもある。
彼らは、時代の被害者でもあった。そして、被害者であることを前提にして、彼らは不穏な加害者となった。そうであることを自覚できないまま、彼は時代の被害者、破綻は訪れた。・・・」
<作者からのコメント>
1995年に大学の物理学科を卒業した僕は、一歩間違えばオウムのメンバーになっていたかもしれない真面目な学生でした。ただし、我が家が筋金入りのクリスチャン・ホームだったことから、「宗教」というものの功罪について、それなりに考えがありました。当然、宗教についての知識も人よりはかなりあります。だからこそ、今まで宗教系の怪しげな誘いには引っかかったことがありません。しかし、彼らがなぜオウム真理教にはまっていったのか、その気持ちも人一倍わかりつもりです。
問題なのは、そんな信者達の気持ちがまったく理解できない人のほうかもしれません。今の世の中を生きて行くのに、お金以外に生きる目的を求めたらいったい何があるでしょう。
「僕には守るべき愛する人がいる」そう言える人はOKです。
「僕には生き甲斐である仕事がある」これもまたOKです。
「僕には目指すべき目標がある」最高ですねえ。
たぶんこうして生きる目的について語れる人なら、かえってオウムのメンバーの心に空いていた暗い穴の深さを理解できるのではないでしょうか。