「1Q84」までの道のり

- 村上春樹 Haruki Murakami -
Part 2

<久々の新作「1Q84」>
 以前、中学生だった息子にもうそろそろ大人向けの本を読ませたい。そう思い「羊をめぐる冒険」を渡したら、なぜかツボにはまったらしく、それ以来、彼は家にある村上春樹作品を次々に読破。2009年の「1Q84」発売のニュースを知るとさっそく紀伊国屋さんに予約。おかげさまで、久しぶりの村上作品を発売と同時に読むことができました。
 その後、東京に仕事に出かけた帰りに池袋のブックセンターで「モンキー・ビジネス」をお土産に購入して帰りました。その雑誌には、めったにインタビューを受けない村上春樹氏のロング・インタビューが載っていたのです。読んでみると、そのインタビューは「1Q84」執筆中に行なわれたらしく、作品の内容については、ほとんど触れられていませんでした。しかし、それまでの彼の作品を振り返りながら行なわれたそのインタビューを読んでいると、「1Q84」という小説が目指しているものが、かなりはっきりと見えてきました。2009年という年に「1Q84」という大作小説は生まれるべくして生まれたのだということがよくわかりました。
 そんなわけで、今再び小説「1Q84」が生まれるまでの長い道のりを追ってみたいと思います。

<小説好きから作家へ>
 スコット・フィッツジェラルドやレイモンド・カーバーらの短篇小説を愛する村上春樹は、同時にディケンズやドストエフスキーらの分厚い長篇小説への憧れを語たる大の読書家であることは有名です。しかし、熱烈な読書家と作家とは、まったく別もの。彼自身、まさか自分が小説家になるとは考えたこともなかったといいます。それが天からの啓示によって、ある日突然その使命をおびたというのですから、人生わからないものです。

「・・・ある日の午後、ヤクルト=広島戦を見ているうちに、本当に空から羽根が降ってくるみたいに、『書きたい』と強く思ったんです。たしか安田と外木場の投げ合いだったと思うけど。そういう啓示というのかな、エピファニーみたいなものが、今でも感覚としてありありとぼくの中に残っているんですね。ぼくみたいなのは特殊な例かもしれません。だからこそやっぱりそれだけ、書くことについての畏敬の念みたいなものがぼくの中にあります。・・・」

 こうした彼のスタート時のエピソードを考えると、彼の作品が私小説でありながらファンタジー的だったのもうなずける気がします。彼が作品の中で現実世界とは異なるもうひとつの世界を描き続けているのも、自分がかつてもうひとつの世界と、ほんの一瞬とはいえ交信を行なうことができたという実感があるからなのでしょう。彼が作品の中で描くことの多い題材として「異なる世界との交信」があるのもそのせいなのでしょう。

<異世界を結ぶ>
 「1Q84」は、そんな「異なる世界との交信」を大仕掛けで描き出した集大成的作品だといえます。その中で、主人公の青豆を異世界に運んだのはヤナーチェック作曲の「シンフォニエッタ」というクラシックの名曲でしたが、そこから生まれた異世界を生きることになった主人公の川奈天吾には自らの文章によって異世界を結びつけるという使命が与えられます。

「彼女の目で世界を眺めるんだ。君が仲介になり、ふかえりの世界とこの現実の世界を結ぶ。君にはそれができる、天吾くん。・・・」
by 小松 「1Q84」より

 「1Q84」における天吾の作業と同じことを昔から、コツコツとやり続けている作家が村上春樹だといえます。しかし、そうした彼の作品テーマとそのために必要な文章力は、長い年月をかけて少しずつ身につけられたものでした。
 彼の作家人生は、短距離走から始めて少しずつ距離をのばし、マラソンへと移りかわった後、ギリシャでの本家本元のマラソン、そしてウルトラ・マラソンにまで挑戦するようになったランナーとしての人生と見事にシンクロしています。
 いつかは、ドストエフスキーの「罪と罰」や「カラマーゾフの兄弟」のような総合長篇小説に挑みたい。彼はその夢に向かってデビュー当初から一歩一歩歩みを進めてきました。そんなデビュー当時の彼の小説に対する思いは、もしかすると「1Q84」の天吾の言葉に表されているのかもしれません。

「小説を書くとき、僕は言葉を使って僕のまわりにある風景を、僕にとってより自然なものに置き換えていく。つまり再構成する。そうすることで、僕という人間がこの世界に間違いなく存在していることを確かめる。・・・」
by 天吾 「1Q84」より

<デビュー、訓練の開始>
 「風の歌を聴け」(1979年)でデビューした彼は、2作目の「1973年のピンボール」(1980年)もヒットさせ、一躍人気作家の仲間入りを果たします。しかし、本人はそのできに満足していなかったといいます。

「ぼくはもともとああいうタイプの小説を書きたいと思って書いたのではなくて、そのときはああしか書けなかったんです。最初のうちは、小説の書き方がよくわからなかったから。だから、自分が扱える限られた材料だけを使って作った間に合わせ料理のようなものなんです。・・・」
村上春樹
 そのままでは作家は続けられないと思っていた彼が始めたのは、まずは自らの体の鍛錬でした。

「・・・身体の動きと頭の動きって直結しているんですよね。若いときは上半身だけをつかってものを書けるけど、ある時点から足腰が大事になります。・・・」
 こうした、彼の考え方は、もともと彼が肉体を使う仕事をしながら作品を書いていたというデビュー当時の身につけたものでした。(バーを経営していた頃のこと)
「あの時期、厳しい肉体労働をしていたからこそ、肉体的にもしっかり素地ができていたし、机の前に座り続ける仕事の大変さも直感的に分かったんだろうと。・・・」
村上春樹

 「1Q84」にも、そんな彼の分身ともいえる肉体にこだわりをもつ人々が何人も登場しています。主人公の青豆、彼女に仕事を依頼する謎の女性、彼女のボディーガード、タマルは、それぞれ作者の分身的存在のように思えます。重要なのは、彼の肉体へのこだわりは単に健康を求めてではなく、心の不健康を見据えるために必要だということです。肉体と心、「二つの異なる世界」を統一することの困難さ。これもまた村上作品の重要なテーマなのです。

「・・・つまり、人が健康になろと思えば思うほど、地下にあるその人の不健全な部分は深くなっていくはずなんです。そしてそれが行き過ぎると、分裂的な傾向が出てくると思うんですね。ぼくもどちらかというとそういう傾向が強いんじゃないかと思うことがあります。・・・」
村上春樹

<活動拠点を海外へ>
 1985年、彼は「世界の終わりとハードボイルド・ワンダーランド」を発表します。それまでにない大作となったこの作品は、彼の小説家としての評価をワンランク上げるものとなりました。しかし、それでもまだ、彼が目指すものにはほど遠かったようです。

 「世界の終わりとハードボイルド・ワンダーランド」というのも、今から見ればもっともっとうまく書ける話で、当時のぼくとしてはいくぶん背伸びして書いた作品なんですよ。・・・
 若い作家が小説を書く時の良さっていうのは、文体がどこか抜けていようが、スカスカしていようが、澱んでいようが、ちょっとバランスが悪かろうが、熱意と勢いがあれば正面突破できちゃうところですよね。むしろそういうバランスの悪いところが、読者にとっては魅力になったりする。これは若い作家の - せいぜい四十歳までの- 得な点だと思います。・・・」

村上春樹

 しかし、現実には彼が不満足に思っていた以上に、彼個人もしくは彼の作品に対する文壇の評価は厳しく、そうした文学界の狭い世界での孤立状態に彼は困惑していたといいます。すると、村上春樹氏の奥さまが、一言、「それなら、海外に出ちゃえば」。(それにしても、村上氏の奥さんってどんな人なんでしょう?)ということで、彼は海外に活動の拠点を移すことになりました。当時の彼の文壇に対する気持ちは、「1Q84」において編集者の小松の口を借りて語られているのかもしれません。

「・・・俺が望んでいるのは、文壇をコケにすることだよ。・・・」
by 小松 「1Q84」より

<ファンタジーからの脱却>
 「不思議なスタイルを持つサスペンス・タッチの大人向けハードボイルド小説作家」彼に対する固定化されたイメージができつつある中、彼はそれを打ち壊すかのようにファンタジー色を配した作品「ノルウェイの森」(1987年)の執筆にかかります。

「『ノルウェイの森』では頭から尻尾まで、全部リアリズムで書こうと決めたし、実際それができて、これでいわゆるリアリズムの作家たちとも同じ土俵で戦えるという自信がついて。・・・」

 さらにこの小説では、それまでの作品と違い主人公たちに名前がつけられていました。(それまでの作品では名無しの主人公でした)それは彼がデビュー当初の一人称小説から脱却し、よりスケールの大きなストーリー展開が可能な三人称の小説へと移り変わるための初めの一歩でもありました。

「三人称で押し切っていくと、なんかいかにも作家みたいというか、神様が上から見て、こいつがこっちへ行って、あいつはそっちに行かせてというふうに、作中人物たちの行動を動かしていくって、上から目線という感じがすごくしたわけ。一人称だと自分目線で動けるから、わりと地面に近い感覚でいられる。だからぼくはデビューの時からすっと一人称で書いていたわけだけど、それはすごく自分にとって自然ものだったんですよ。・・・」

「一人称で登場人物に名前がないと、主人公と相手という二人の会話まではできても、三人寄ると会話ができなくなっちゃう。それは明らかに小説の限界になりかねないわけで、そのへんからやはり名前を付けなくちゃなと考え始めた。登場人物に名前を付け始めたのが、『ノルウェイの森』のあたりからですね」

村上春樹

<歴史観を持ち込んだ大作>
 1994年、彼はこれもまた「二つの世界」を結ぶ物語「ねじまき鳥クロニクル」を発表します。(ちなみに、この作品において二つの世界を結んでいたのは「井戸」でした)

「僕という人間は結局のところ、どこかよそで作られたものでしかないのだ。そしてすべてはよそから来て、またよそに去っていくのだ。僕はぼくという人間のただの通り道にすぎないのだ。」
「ねじまき鳥クロニクル」

「ぼくの場合は、最初がひどすぎたということもあるんだけど、四十歳を超えてものを書くテクニックもそれなりに身についていったという実感がありました。そしてもっと野心的な小説を書きたいという気持ちも充実していました。・・・
 そのために時間をかけて短篇小説や中篇小説をいくつか書きました。そういう作品を「探り針」みたいに使っていったわけです。短篇集「TVピープル」(1990年)とか、あるいは中篇に近い長篇「国境の南、太陽の西」(1992年)とかね。そこで得られたものが最終的に『ねじまき鳥クロニクル』に流れ込んでいったということになると思います。・・・」

村上春樹

 この作品で彼は、それまで彼が扱ってこなかった「歴史」としての異世界が題材として取り上げ、より重厚な世界観を生み出すことに成功。いよいよ彼の作品の評価は不動のものとなります。そして、この後の彼の作品において、「歴史」は重要な位置をしめるようになってゆきます。「1Q84」においても、オウム真理教の一連の事件や60年代の学生運動などの歴史がしっかりと織り込まれ、作品の重要な構成要素になっています。

「正しい歴史を奪うことは、人格の一部を奪うのと同じことなんだ。それは犯罪だ」
「僕らの記憶は、個人的な記憶と、集合的な記憶を合わせて作り上げられている」
「その二つは密接に絡み合っている。そして歴史とは集合的な記憶のことなんだ。それを奪われると、あるいは書き換えられると、僕らは正当な人格を維持していくことができなくなる」

by 天吾 「1Q84」より

 ただし、彼は歴史上の問題を扱うことで、現代社会を変えようと考えているのではないでしょう。彼が提示する問題に解決はありません。そのことについては、「1Q84」の中に彼の尊敬する作家アントン・チェーホフの言葉が書かれています。
「小説家とは問題を解決する人間ではない。問題を提起する人間である」

 そして同じく「1Q84」には、主人公の天吾による「物語論」が記されています。

「・・・物語の森では、どれだけものごとの関連性が明らかになったところで、明快な解答が与えられることはまずない。そこが数学との違いだ。物語の役目は、おおまかな言い方をすれば、ひとつの問題をべつのかたちに置き換えることである。そしてその移動の質や方向性によって、解答のあり方が物語的に示唆される。天吾はその示唆を手に、現実の世界に戻ってくる。・・・」
 ささやかながら、物語には世界に影響を与えることはできる。それもまた彼の考え方です。
「・・・もしここにビッグ・ブラザーが現れたなら、我々はその人物を指差してこう言うだろう、『気をつけろ。あいつはビッグ・ブラザーだ!』と。言い換えるなら、この現実の世界にもうビッグ・ブラザーの出てくる幕はないんだよ。そのかわりに、このリトル・ピープルなるものが登場してきた。・・・」
「1Q84」より

 完成度の高い超大作「ねじまき鳥クロニクル」を書き上げて、彼はしばしの休養に入ります。

<歴史に生命を吹き込む作業>
 1997年、彼は異色の作品「アンダーグラウンド」を発表します。この作品は、彼がオウム真理教による地下鉄サリン事件の被害者62名にインタビューを行い、それを書き起こすことから生まれたノンフィクション・ノベルに限りなく近いルポルタージュ大作です。詳細は別ページへ!「アンダーグラウンド」

(2000年)
 2000年の作品「神の子どもたちはみな踊る」において、ついに彼は三人称による完全な小説を完成させました。面白いのは、彼が自ら目標を設定することで、この三人称の小説を完成させたということです。

「・・・とにかくこの連作では、三人称で、人物にみんな名前を付けて、各篇違う登場人物で、地震という統一テーマで、一週間か二週間で一本書いてやろうと最初に決めてとりかかった。・・・」
村上春樹

(2001年)
 こうした、彼の小説家としての幅を広げる挑戦は、2001年発表のルポルタージュ作品「シドニー!」でも行なわれていました。

「シドニーにいるあいだ、本当にただただ書いていましたね。考える速度で文章を書いていた。そのときにとにかく、自分には文章が書けるんだという確信みたいなものを得ました。具体的に言えば小説を書いていて、自分の頭の中に浮かんだ情景や設定で、これまでのように、「こういうところをこういうふうに書きたいけど、まだちょっと技術的に書けないな」というのがなくなってきたということですね。・・・」

 下記の言葉を読むと、オリンピックとは彼が目指すところの「総合小説」的な存在であることがわかります。
「・・・結局のところ、僕らは投下資本と巨大メディア・システムの作り上げた『不思議の国』に住んでいるのだ。そしておそらく、オリンピック・ゲームというのは、その最高の位置に置かれたとびっきりの、懇切丁寧な解説とプレイバック付きの、共同幻想なのだ。
 しかし、その幻想の複合性が生み出すものの中には、我々の実存に明らかに結びついている何かがある。幻想の実存性と、実存の幻想性がどこかで交叉する。それが、オリンピックという巨大な装置を通して僕の眺めた風景だった。でもそれはあくまで僕の個人的なパースペクティブであるかもしれない。・・・」

 ただし、それはけっして彼の小説のように面白い展開ばかりとは限りません。逆にほとんどは眠くなるような退屈な時間の連続です。
「競技場に来てみると、ひとつの競技はぽんと独立して存在しているのではなく、その前とあとがちゃんとあるのだ、ということがよくわかる。新しい発見だった。前の長い沈黙と、あとの長い沈黙とのあいだの中に、それはあるのだ。我々観客も選手と同じように、長い沈黙の中から浮かび上がって、その競技に入り込み、そしてまた長い沈黙の中に沈んでいく。そういう沈黙は、当たり前のことだが、テレビ中継ではきれいに切り取られてしまう。・・・・・」

 しかし、それでもなお、そこに人々は忘れられない感動を見ます。
「でもひとつだけ認めなくてはならないことがあります。ある種の純粋な感動は、限りのない退屈さの連続の中からこそ - 麻痺性の中からこそ - 生まれてくるのだということです。そーと告白します。この大会で今までに起こったいくつかの出来事は、僕の心に深く突き刺さりました。・・・」

 考えてみると小説とは、そんな巨大な人間たちのイベントを創造の世界でたった一人の人間が作り上げてゆくという大変な作業なのです。

(2002年)
 こうした長きに渡る訓練により、彼は着実に小説家としての力をつけ、さらなる完成型ともいえる小説「海辺のカフカ」(2002年)を発表します。

「今振り返ると、特に意識してやってきたわけじゃないけれど、ぼくの小説はこの三十年という時間をかけて、一人称から三人称に少しずつ確実に、段階的にシフトしていっているようですね。・・・」
「だから『海辺のカフカ』では、自分が書きたいことはだいたい全部書くことができたし、そういう意味では心残りなく書き上げた作品でした。・・・」

村上春樹

「海辺のカフカ」は、ときに紋切り型に流れるところがあり、ほかの本だったらこれは致命的だろう。だが、そこが「海辺のカフカ」という本の不思議なところで、型にはまった文句さえ、神秘の雰囲気を帯びるのだ。たとえて言えば、音楽家の座った椅子がこすれる音の聞こえる録音のようなものである。音楽が十分によければ、椅子でさえも音楽の一部となるのだ。
ポール・ラファージ(作家)「ヴィレッジ・ヴォイス」より

(2004年)
「会話のところをまずざあっと書いて、そのあとで地の文章を当てはめていくというか、巻き込んでいったんです。そういうことを一度やってみたかったので」
村上春樹

(2007年)
「・・・いくつかのキーワードをざあっと紙に書き並べて、そこから三つずつ選んで、それをもとにひとつの短篇を書くという作業をやっていたと思います。・・・」
村上春樹

<価値観の崩壊と海外での村上春樹ブーム>
 1990年代、着実にその幅、奥行きを広げてきた彼の作品が海外で静かなブームとなります。

「・・・ぼくの小説が外国で比較的広く受け入れられるようになったのは、冷戦が完全に終わってからなんですよね。つまり、それまであった世界の体制というものが崩れて、一種のカオスのような状態が現れてきた。そこで、ぼくの小説が、なんだかそういう世界のカオスと呼応し合うところがあるからじゃないかな、とは思います。・・」
村上春樹

 こうした価値観の崩壊は、共産圏での内部崩壊だけでなく、日本でも起きていました。その象徴的な年が1995年です。「オウム真理教の地下鉄サリン事件」は日本人の心の内部崩壊であり、「阪神淡路大地震」は、避けがたい運命がもたらした外部からの崩壊だったといえます。

「・・・そういう意味では1995年は象徴的な年でした。バブルの崩壊と重なって、そのあと規範みたいなものが急速に失われていった。そして旧来のものに代わる新しい価値体系がまだ見つけられていない。・・・」
村上春樹

 「アンダーグラウンド」はまさにその事件を直接、被害者の視線で描き出した作品でした。ところが、そうした視線によってとらえられた「現実であるはずの社会」は、明らかにリアリティーを失いかけています。それはなぜなのでしょうか?
 ネット社会(ヴァーチャル社会)の広がり、 リアルなつながりを求めなくなった人間性の変化は、その重要な原因といえるでしょう。今や戦争も音楽も食べ物も、香りも記憶などの基本的な感覚までもが、そのリアリティーを失いつつあります。そして、その象徴ともいえるのが、あの9・11のテレビ映像だったのではないでしょうか?

「ここ数年、アメリカに行ってそのたびに感じるのは、一種のリアリティというものが、この現実世界からどんどん希薄になっていきつつあるということですね。・・・・・
 9・11の事件が本当にああいう形で起こったということを、まだうまく呑み込めてはいない。つまり腹の底までその実感が達していない。そういう気がしてならないんです。・・・」
「・・・言い換えれば、この今ある実際の世界の方が、架空の世界より、仮説の世よりリアリティがないんですよ。言うならば、ぼくらは間違った世界の中で生きている。それはね、ぼくらの精神にとってすごく大きい意味を持つことだと思う。・・・」

村上春樹

<リアリティーの復活に向けて>
 リアリティーを失いつつある世界に再びリアリティーを復活させることは可能なのか?もしくは、その世界を認めそこで最善をつくすべきなのか?いよいよ、長年にわたって彼が目指していた総合小説を書く条件がととのいました。

「いろんな話が出てきて、絡み合い一つになって、そこにある種の猥雑さがあり、おかしさがあり、シリアスがあり、ひとつには括れないカオス的状況があり、同時に背骨をなす世界観がある。そんないろんな相互するファクターが詰まっている、るつぼみたいなものが、ぼくの考える総合小説なんですよ。・・・」
村上春樹

 では小説のテーマに何を選ぶべきか?そして、その巨大なテーマを描き出すための舞台と役者たちをどうそろえるかです。
 そうして選ばれた小説の舞台が「1984年の日本」でした。それは、ジョージ・オーウェルによるディストピア小説の名作「1984年」の舞台ともなった年であり、あのオウム真理教の母体となったオウム神仙の会が設立された年でもありました。それは、このオウムのメンバーの中に1960年代の学生運動の歴史を背負っている人物がいたことと、1980年代末「バブルの時代」の狭間にあったことから、必然的に選ばれた時代だったともいえます。

「オブライエンはそれには答えなかった。
『次の質問は?』と言った。
『”偉大な兄弟”(ビッグブラザー)は実在するのですか』
『もちろん、実在するとも。党も実在する。”偉大な兄弟”は党の化身だ』
『彼はわたしと同じように実在しているのですか』
『君は実在しないのだよ』」

ジョージ・オーウェル「1984年」より

「彼はもう革命の可能性やロマンスを本心から信じてはいなかった。しかし、かといってそれを全否定することもできなかった。革命を全否定することは、彼がこれまで送ってきた歳月を全否定することであり、みんなの前で自らの誤りを認めることだった。それは彼にはできない。・・・」
「1Q84」より

 オウム真理教の登場と発展、崩壊の歴史は、まさに日本の1980年代以降の変化を象徴するものでした。あの事件当時、メンバーの個性や顔つきの多彩さを見ていて、どんな映画よりも「映画的」であることに驚かされたた方は多いはず。本当は、そうした教団内部の人間群像も作者は描きたかったのではないか?そんなことも思います。そうなれば、もう一冊増えてしまったかもしれませんが、これだけ売れたのですから3部作にしてもよかったかもしれません。

 他にも、オウム真理教以外に、この作品に登場する映画、小説、音楽など、モチーフになっていると思われる作品はいろいろいろあります。

[青豆と教団リーダー]「地獄の黙示録」
 青豆が暗闇の中で、これから殺す教団リーダーと会話するシーンがありました。これは間違いなく映画「地獄の黙示録」の中でマーロン・ブランドが演じたカーツ大佐と彼を暗殺するためにその村に侵入したウィラード大尉の対決の場面そのものです。以下の会話はまるでカーツ大佐の台詞のようです。

「『暗がりの中にいる方がものごとはむしろよく見える』、男は青豆の心を見通したように言った。
 『しかし、暗がりにいる時間が長くなりすぎると、地上の光ある世界に戻るのがむずかしくなる。あるところで切り上げなくてはならない』」

「1Q84」より

[セーフハウスとタマル]「レオン」と「ニキータ」
 謎の女性が運営する家庭内暴力の犠牲者を守るための家「セーフハウス」は、ジョン・アーヴィングの小説「ガープの世界」を思い起こさせます。主人公ガープの母親ジェニー・フィールズが運営するのが同じように夫からの暴力に苦しむ女性たちを助けるための家でした。さらにその母親を守るガードマンとして活躍していたロバータ・マルドゥーン(ジョン・リズゴー)は、元アメリカン・フットボール選手で性転換手術を受けた人物でした。これって、タマルですよね。
 ただし、タマルについては、「レオン」の主人公レオンのことも思い起こさせます。考えてみると、あの映画のレオンはゲイだったのかもしれません。青豆が大切にすることになった「ゴムの木」もまた「レオン」からきているのかも?となると、青豆は同じリュック・ベッソン監督作品の「ニキータ」の主人公なのでしょう!そうか「レオン」と「ニキータ」夢の共演だったのか。

[二つの親子]「ペーパー・ムーン」
 作品冒頭に歌詞が使用されている曲をもとにした映画「ペーパー・ムーン」は大恐慌時代のアメリカを描いた作品です。作り物の「月」のことを歌った曲は、この作品にぴったりでしたが、映画における主人公、旅回りの詐欺師親子(ライアン・オニール、テイタム・オニール)は青豆と天吾の子供時代の親子関係を思い起こさせます。
「ここは見世物の世界
 何から何までつくりもの
 でも私を信じてくれたなら
 すべてが本物になる」

「It's Only A Paper Moon」

<僕が村上春樹作品が好きな理由>
 僕が村上春樹作品が好きな理由のひとつ。それは彼の小説の登場人物が、みなそれぞれの立場で常に全力をつくしていることです。悪役も脇役もみなそれぞれの役どころを心得て、やるべきことをしっかりとやっている。それが読んでいて心地よいのです。それは青豆のこの言葉によく表されています。

「好もうが好むまいが、私は今この「1Q84」に身を置いている。私の知っていた1984年はもうどこにも存在しない。今は1Q84年だ。空気が変わり、風景が変わった。私はその疑問符つきの世界のあり方に、できるだけ迅速に適応しなくてはならない。・・・・・」
「1Q84」より

 小説を書くという行為は偉大な創造行為です。しかし、人間は自らの創造力がもとで人を殺し、戦争を始めることもあります。人間のもつ創造力とは偉大かつ危険なことこのうえありません。だからこそ、人間には創造をする力と同時に人を愛する力も与えられているのかもしれません。
 やはり最後は「愛こそはすべて」なのです。

「そう、1984年も1Q84年も、原理的には同じ成り立ちのものだ。君が信じなければ、またそこに愛がなければ、すべてはまがい物に過ぎない。どちらの世界にあっても、どのような世界にあっても、仮説と事実とを隔てる線はおおかたの場合、目には映らない。その線は心の目で見るしかない」
「1Q84」より

「・・・私は彼のために死んでいこうとしている。私自身のために生きることはできなかった。そんな可能性は私からあらかじめ奪われてしまっていた。でもそのかわり、彼のために死ぬことができる。
それでいい。私は微笑みながら死んでいくことができる。
嘘じゃない。・・・」

「1Q84」より

 エントロピー増大則によって、宇宙は確実に崩壊の道を歩んでいます。すべてがより乱雑な状態、より無秩序な状態へと向かう中、秩序を生み出すことのできる生命体だけが、その流れに反旗をひるがえしています。人類はそんな生命体の中にあり、「愛」と「憎しみ」によって、時には宇宙の破壊者となり、時にはその救世主ともなりうる存在です。だからこそ、人間はうまくいってもいかなくても、一生懸命生きなくてはならないのです。
 最後に一言。あまりにも有名な言葉ですが、「Sidney!」の中で改めて村上春樹が紹介している名言で締めさせていただきます。

「人生において大事なことは、勝利ではなく、競うことである。人生に必須なのは、勝つことではなく、悔いなく戦ったということだ」
ピエール・ド・クーベルタン男爵


<参考「1Q84」に出てくるキーワード>
ヤナーチェック「シンフォニエッタ」
フランツ・カフカ
アルバート・アインシュタイン
マイケル・ジャクソン「ビリー・ジーン」
ジュンコ・シマダ
ナット・キング・コール
ショーン・コネリー
「イッツ・オンリー・ア・ペイパームーン」
サダム・フセイン、ウォルター・モンデール、ゲイリー・ハート
モルガン・スタンレー、メリル・リンチ
スタンリー・キューブリック「突撃」
タマルとプログレッシブ・ロック(ピンク・フロイドイエスキングクリムゾンエマーソン、レイク&パーマー
エジソン、チャーリー・ミンガス、アインシュタインと読字障害(ディスレクシア)
「平家物語」
森鴎外「山椒大夫」
バッハ「平均律クラヴィーア曲集」、「マタイ受難曲」
ワレサ議長と「連帯」
チャールズ王子とダイアナ妃
サダト大統領暗殺
ジョージ・オーウェル「1984」、ビッグ・ブラザー
クイーンとアバ
青豆とマーシャル・アーツとブルース・リー
小松とアリストテレス「ニーコマコス倫理学」
天吾とディケンズ「オリバー・ツイスト」
アントン・チェーホフ「サハリン島」

謎の婦人とハイドン「チェロ・コンチェルト」
オウム真理教と「エホバの証人」
クルゼンシュテルンとギリヤーク人
マルキシズムとロシア革命
「ゲッタウェイ」「俺たちに明日はない」「華麗なる賭け」スティーブ・マックウィーンとフェイ・ダナウェイ
チベットの煩悩の車輪
フロイト博士

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