1979年、激動の中の母と子と仲間たち 

「20センチュリーウーマン 20th Century Woman」

- マイク・ミルズ Mike Mills -
<見逃すところでした>
 母と息子の感動の青春ドラマらしいけど、出演俳優は地味だし、監督も知らないし、どうなんだろう?と思いつつ見逃していました。
 しかし、見てビックリ!ドはまりの作品でした。
 かつて「ガープの世界」に泣いた方、トーキング・ヘッズのファンだった方、1970年代末に青春時代を送った方、パンク・ロックとニュー・ウェーブの時代を生きた方には必見です。
 物語の舞台は、1979年のアメリカ西海岸のサンタバーバラの街です。

<1979年のアメリカ>
 この映画と背景となっている1979年のアメリカの状況は、映画の物語上重要です。
 アメリカは民主党カーター政権の活躍により、中国との国交を正常化させました。
 ペンシルバニア州スリーマイル島で原子力発電所で事故が大規模な発生しました。
 イスラム系の学生がイランのアメリカ大使館を占拠し、大使館員が人質となりました。
 中米のニカラグアで「ニカラグア革命」が起き、左翼政権が誕生しました。
 イランに右派の宗教指導者ホメイニ師が帰国し、イスラム革命が起きました。
 イラクでサダム・フセインが大統領に就任し、独裁体制を築き始めました。
 クーデターが起きたアフガニスタンに隣国ソ連の軍隊が侵攻作戦を開始しました。
 ・・・
 アメリカだけでなく世界にとって、その後の歴史を大きく変えることになる事件ばかりです。

 スリーマイル島原発事故は、科学による明るい未来を約束するエネルギーだった原子力が世界を破滅させかねない悪魔のエネルギーであることを示しました。
 イランのアメリカ大使館占拠事件は、アメリカによる中東支配の危機を示すだけでなくカーター政権の終わりと共和党政権への移項のきっかけとなります。そして、それはレーガンによる右派強行路線の始まりでもあります。しかし、イラン、イラクでは、イスラム過激派の政治体制が始まろうとしており、イスラム圏とアメリカの対立の構図がいよいよ9・11の悲劇に向かって動き出すことになります。
 同じようなアメリカ離れは、ニカラグアの左翼政権も同様で、アメリカはこの後、様々な方法で中米の左派政権をつぶしにかかり、そこから多くの悲劇が生まれることになります。
 そして、アフガニスタンでのソ連の侵攻作戦は、再び米ソ冷戦の危機を蘇らせることになり、1980年にはいよいよ世界は「キューバ危機」以来の危機に見舞われることになります。
 この映画の中で、カーター大統領が行ったテレビ演説は、そうした危機に向かうアメリカ国民への呼びかけだったわけです。

<混沌の中のロック>
 そんな1979年は、ロック・ミュージックにとっても重要な節目となる年でした。
 1960年代末のロックがあらゆるジャンルを花開かせた黄金期だったように、時代を映し出す鏡でもあるポップ・ミュージック世界でも、再び大きな爆発が起きようとしていたのです。それは、1975年頃に誕生したロックの原点回帰ともいえるパンクが、再び急激な進化を遂げる年でもあったのです。その新たな進化形を人びとは「ニュー・ウェーブ」と呼びました。
 1975年ニューヨークでパティ・スミスがアルバム「ホーセス」を発表。翌年にはイギリスでセックス・ピストルズはアルバム「アナーキー・イン・ザ・UK」を発表し、パンク・ロックの一大ブームが世界に広まりました。そんな中、様々なパンク・バンドが現れましたが、当初はどれもが同じように聞えたガレージ・ロック・スタイルだったといえます。ところが、その後、才能あるアーティストたちはしだいに独自のスタイルを見出し、当初の原点回帰的なロックから新たな段階へと進化し始めたのです。1979年頃ピークを迎えたその変化は、急激なだけでなく、様々な方向へと向かい、驚くほどバラエティーだ音楽を生み出すことになりました。中には、過激すぎて絶滅へと向かわざるを得ない音楽もありました。(主要メンバーの自殺やバンドの解散など)

 ポリスエルヴィス・コステロXTCクラッシュスペシャルズ、マッドネス、プリテンダーズPIL、ブームタウン・ラッツ、ポップグループ、ギャング・オブ・フォー、ジャムDEVO、テレヴィジョン、ジャパン、イアン・デュ―リー、B-52’s、ザ・キュアー、ユーリズミックス、キャバレー・ボルテール、ジョー・ジャクソン、ヒューマン・リーグ、ジョーイ・ディビジョンU2・・・そしてトーキング・ヘッズ(思えば、ナックのあの究極の一発「ゲット・ザ・ナック」もこの年発表でした。これだってニューウェーブ系の一つでした)
 この時期に登場、もしくは活躍を始めたバンドたちは、皆当初の原始的な演奏スタイルではない独自のスタイルを見つけたことでブレイクしたと言えます。その多様性は、1960年代末にロック界が様々なジャンルに展開していった時期よりも幅が広かったと思います。
 レゲエ、スカ、ダブ、テクノ、ジャズ、ファンク、ソウル、ラテン、アフロビート、イスラム音楽、現代音楽、前衛音楽・・・ちなみにこの年は、シュガーヒル・ギャングの「ラッパーズ・ディライト」がヒットして、ヒップホップが世界へと広がり始めた年でもあります。

 この映画の主人公が大好きなトーキング・ヘッズは、アートスクールの学生たちが始めたバンドでラモーンズやブラック・フラッグのようなパンク・ロックのファンにとっては、まさに軟弱者のロック・バンドでした。かく言う僕も、トーキング・ヘッズの大ファンでプラスチックスとの共演ライブを見に行きました。

<マイク・ミルズ>
 この映画の主人公ドロシーとカメラマンのアビーは、この作品の監督、脚本家のマイク・ミルズ自身の母親と姉がモデルになっているそうです。
 マイク・ミルズ Mike Mills は、1966年3月20日カリフォルニア州バークレーに生まれた後、サンタバーバラで育ちました。
 サンタバーバラはカリフォルニア南部の街で「アメリカのリビエラ」とも呼ばれるスペイン風の街並みが美しいリゾート的な存在です。ロサンゼルスまでは120キロあり、都会から離れた静かな土地として芸能人なども多く住むようです。
 そんな街で育った彼はジェイミーと同じような青春時代を送った後、映像作家となり、アディダス、ナイキ、GAPなどのCM映像を演出したり、デザイナー、イラストレーターとして、ソニック・ユースやビースティー・ボーイズらのアルバム・ジャケットのデザインを担当。特にビースティー・ボーイズのアルバム「ホットソース・コミッティーPart2」のデザインは有名で、ロック・アルバムのアートワークを研究した「ロックの美術館」(著者は楠見清)でも取り上げられています。
 2005年「サム・サッカー」で長編映画デビュー。そして、2015年の「人生はビギナーズ」でいよいよ彼の映画監督としての評価は高まることになりました。

「サム・サッカー Thumbsucker」 2005年
(監)(脚)マイク・ミルズ
(製)アンソニー・ブレグマン、ボブ・スティーブンソン
(製総)アン・ケアリー、テッド・ホープ、キャシー・シュルマン、ボブ・ヤーリ
(撮)ホアキン・バカ=アセイ
(PD)ジュディ・ベッカー
(音)ティム・デローター
(出)ルー・テイラー・プッチ(ベルリン国際映画祭銀熊賞)、ティルダ・スウィントン、ビンセント・ドノフリオ、キアヌ・リーヴス、ベンジャミン・ブラット
<あらすじ>
 不安ばかりの17歳。親指しゃぶりがやめられないジャスティンを学校は精神疾患と判断し、彼は薬物療法を受けることになります。それにより、頭が冴えわたるようになった彼は、ディベート部で大活躍し始めますが、その反動で彼はいつしか尊大で自分勝手な性格に・・・・・
 母親は念願がかない薬物治療施設で心理カウンセラーとして働き始めますが、息子の変化に対応できずにいました。ジャスティンも自分が薬物依存状態にあることに気づき、薬を捨ててしまい再びもとの状態に戻ってしまいます。そして、母親が職場で入院中の人気俳優マット・シュラムと不倫している現場を抑えようと忍び込みます。するとそこで不倫相手のマットと偶然遭遇してしまいます。すると彼から意外な言葉を聞くことに・・・

 長編デビュー作でいきなり世界的に注目されることになった作品。伝記的作品ではないものの、後の彼らしい感性に満ちた作品です。
曲名  演奏者  作曲 
「Spirit of Reiki」  Shastro Shastro&Nadama 
「Trouble」 Elliott Smith  Cat Stevens 
「Let's Get Lost」  Elliot Smith  ← 
「Thirteen」  Elliott Smith  Alex Chilton & Christopher Bell 


「人生はビギナーズ Bigginers」 2010年
(監)(脚)マイク・ミルズ
(製)レスリー・アーダンク、ディーン・ヴァネック、ミランダ・ドゥ・ペンシェ、ジェイ・ヴァン・ホイ、ラース・クヌードセン
(撮)キャスパー・トゥクセン
(PD)シェイン・バレンティノ
(音)ロジャー・ニール、デイヴ・パーマー、ブライアン・レイツェル
(音監)ロビン・アーダング
(出)ユアン・マクレガー、クリストファー・プラマー(アカデミー助演男優賞)、メラニー・ロラン、ゴラン・ビシュニック、メアリ―・ペイジ・ケラー、キーガン・ブース
 妻の死後、75歳になって、自分はゲイであるとカミングアウトし、男性と付き合うと宣言した父親と38歳独身の息子の物語です。
 子供の頃から両親の関係が不幸に思えていたオリヴァーは、大人になっても恋人との関係が長続きしませんでした。しかし、母親の死後、彼は癌との闘病の後この世を去った父親を看取ってからは、女性と付き合うこともなくなっていました。父親が残した犬と共に暮らし始めたオリヴァーは、ある日、パーティーで女優を目指すアナと出会います。彼は、久しぶりに恋に落ちますが、またいつものように長く続かないかもしれないという不安から逃れられませんでした。

 この作品もまた主人公は自分自身で、彼と父親の関係を描いたようです。主人公が映画の中で描いているアルバム・ジャケットのイラストは、ビースティー・ボーイズのアルバムのために描いたイラストとそっくりです。(本人が描いているのでしょう)

「20センチュリーウーマン 20th Century Woman」 2016年
(監)(脚)マイク・ミルズ
(製)ミーガン・エリソン、アン・ケアリー、ユーリー・ヘンリー
(製総)チェルシー・バーナード
(撮)ショーン・ポーター
(PD)クリス・ジョーンズ
(音)ロジャー・ニール
(音監)ハワード・パー
(出)アネット・ベニング(ドロシア)、エル・ファニング(ジュリー)、グレタ・ガーウィグ(アビー)、ルーカス・ジェイド・ズマン(ジェイミー)、ビリー・クラダップ(ウィリアム)
<あらすじ>
 トーキング・ヘッズが好きな15歳の少年ジェイミーはアパートを経営するシングル・マザーの母親ドロシアに育てられてきましたが、思春期となり反抗期を迎えていました。彼のことが心配になってきたドロシアは、息子の幼馴染のジュリーと店子の女性カメラマン、アビーに息子を教育してほしいと依頼します。彼女自身も、息子のことを理解しようとクラブに行ってみたりしますが、理解できなくなっていることを自覚。同居人の中には、男性の便利屋ウィリアムもいましたが、彼を信頼はできず、あえて二人の女性に息子の未来を託したのです。
 しかし、子宮頸がんで子供を産むことができないと言われたアビーは、フェミニズムの思想に傾倒し、ジェイミーもその影響を受け始めます。さらに彼女は、何度も部屋に泊まっていながら、ジェイミーを男性として扱わないジュリーにジェイミーと二人で家なければ人生を変えられないと進言します。
 混沌とした60年代を行き抜いた強い女性である母親の影響から逃れるには、独立するしかない・・・そしてついに二人は車を借りて旅へと出発しますが・・・
「20センチュリー・ウーマン」使用曲リスト
 この映画の音楽は当然重要な意味を持っています。ほとんどは1979年前後のニューウェーブのヒット曲です。
曲名  アーティスト  作曲・作詞  発表年、収録アルバムなど 
「Don't Worry About The Goverment」 トーキング・ヘッズ
Talking Heads
デヴィッド・バーン
David Byrne
1977年のアルバム「サイコキラー’77」収録 
「(White Mam)In Hammersmith Palais」  ザ・クラッシュ
The Crash 
Mick Jones,Joe Strumeer,Paul Gustave Simon
Topper Headon
1977年のアルバム「白い暴動」収録 
「This Heart Of Mine」  フレッド・アステア
Fred Astaire 
Harry Warren,Arthur Freed  1946年のミュージカル映画「ジーグフェルト・フォーリーズ」
主演のフレッド・アステアが歌って踊っています 
「In A Sentimental Mood」  ベニー・グッドマン
Benny Goodman &
His Orchestra 
デューク・エリントン Duke Ellington
Irving Mills,Manny Kurtz
1935年デューク・エリントン楽団の曲がオリジナル
1936年にベニー・グッドマンがカバー 
「Fairy Tale In The Supermarket」  ザ・レインコーツ
The Raincoats 
Ana De Silva,Vicki Aspinall,Gina Birch
Paloma Romaro
1979年のアルバム「ザ・レインコーツ」収録 
「As Time Goes By」  ルディ・バリー
Rudy Vallee 
Herman Hupfeld  1935年のブロードウェイ・ミュージカル「Evarybodys Welcome」
俳優・歌手のルディ・バリーがカバーするがヒットせず
映画「カサブランカ」に使われて初めてヒットした
「I've Had It」  ブラック・フラッグ
Black Flag 
Greg Ginn  1979年のアルバム「Nervous Breakdown」収録
ブラックフラッグは南カリフォルニア出身のハードコア・パンク・バンド
「Media Blitz」  ザ・ジャームス
The Germs
Dorby Crash ,George Rothenberg  1979年アルバム「(GI)」収録
ザ・ジャームスはアメリカLAのパンク・バンド
「Drugs」  トーキング・ヘッズ
Talking Heads 
デヴィッド・バーン David Byrne
ブライアン・イーノ Brian Eno
1979年のアルバム「Fear of Music」収録 
「Love On A Void」 スージー&ザ・バンシーズ
Siousie and The Banshees
Susan Janet Ballion,Kenneth Morris
Steven John Bailey,Peter John Fenton 
1978年のアルバム「The Scream」収録
スージー・スーを中心に1976年に結成されたニュー・ウェーブ・バンド
「Chant D'Amour」  Lars Clutterham  ジグムント・ストヨフスキ
Zygmunt Stojowski 
ストヨフスキは19世紀から20世紀にかけ活躍したポーランドの作曲家
「Basin Street Blues」  ルイ・アームストロング
Louis Armstrong &
His Hot Five 
Spencer Williams  1926年に発表されたデキシーランド・ジャズの代表曲
ルイ・アームストロングは1928年に録音しています。 
「Cheree」  Suicide   Alan Vega,Martin Rew 1977年のアルバム「Suicide - Suicide」 収録
「Get Feeling/(Slap Your Mammy)」  DEVO Gerald V.Casale,Mark& Bob Mothersbaugh  1978年のメジャー・デヴュー・アルバム「頽廃的美学論」収録 
「Vag Punch」  Phlash  Tyler Leyva,Cameron Simons,Avi Boyko 
「D.J.」  デヴィッド・ボウィ
David Bowie 
David Bowie,Brian Eno,Carlos Aloman  1979年のアルバム「LODGER(間借人)」 収録
「Lila Engel(Lilac Angel)」  ノイ!
NEU!
Klaus Dinger,Michael Rother  1973年のアルバム「NOU!2」収録
その後のエレクトロ・ポップに大きな影響を与えた旧西ドイツのバンド
「So Blue Love」  ブリック・フリーグル
Brick Fleagle 
Brick Fleagle ブリック・フリーグルは20世紀前半に活躍したジャズ・ギタリスト
「The Big Country」  トーキング・ヘッズ
Talking Heads 
デヴィッド・バーン
David Byrne 
1978年のアルバム「モア・ソングス」収録 
「Nervous Breakdown」  Black Flag   Greg Ginn  1979年発表のシングル曲 
「Why Can't I Touch It ?」  Buzz Cocks  Peter Shelley  1979年のアルバム「A Different Kind of Tension」収録
バズ・コックスは英国マンチェスター出身のパンク・バンド 
「After Hors On Dream Street」  Sandy Williams  Brick Fleagle  サンディ・ウィリアムスはアメリカの黒人ジャズ・トロンボーン奏者 

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