人生を切り取った映画、二人の監督

「6才のボクが、大人になるまで BOYHOOD」
「ビフォア・サンライズ」、「ビフォア・サンセット」、「ビフォア・ミッドナイト」

「愛、アムール AMOUR」


- リチャード・リンクレイター Richard Linklater -
- ミヒャエル・ハネケ Michael Haneke -
<二つの人生を描いた二本の映画>
 異なる国の監督が撮った異なる世代を主人公とする異なるテーマの映画二本を同時に取り上げたいと思います。なぜそうなってしまったのか?実は、この映画二本をたまたまTUTAYAで同時に借りてきました。そして、続けて観てビックリ。この映画は、まったく異なる映画のように観えて、実は非常に似ている点があるのです。
「映画とは、時間を切り取る芸術である」
 これは誰の言葉だったでしょうか?(確かEテレで岩井俊二監督が言っていたような気がしますが・・・)
 この二本の映画は、まさに「人生」という長い時間の中から、「6歳から18歳まで」と「85歳から死まで」の二つの部分を切り取った作品といえます。そして、どちらの作品も徹底的にリアリズムにこだわることで、他の作品とは一線を画す傑作となりました。さらにいうなら、どちらも人生も、観客たちにも起こり得る出来事の積み重ねなので、身につまされ、感動もさせられます。
 ただし、両作品は取り上げた部分が違うことから、「親離れ子離れ」と「老老介護問題」というまったく異なるテーマを扱うことになりました。そして、この違いはそのまま二人の監督の世代の違いに対応しています。
 どちらの監督も、脚本を自分で書いていて、「私小説的」な部分もあるはずです。とはいえ、この映画二本が傑作に成り得たのは人生の一部を限りなくリアルに切り取ることに二人の監督が見事に成功したからです。
「6才のボクが、大人になるまで」
 この映画の監督、リチャード・リンクレイターは、1960年7月30日にアメリカ南部ヒューストンで生まれています。僕と同じ年で、僕がそうであるように彼もまた子育ての終盤戦を迎えていたようで、監督の娘がイーサン・ホークの娘役で出演しています。この作品は、子育ても含めた彼の人生経験から生まれたのでしょう。彼の作品の多くが地元のヒューストンを舞台にしているように、この作品もまたヒューストンを主な舞台に展開しています。

 この映画における最も画期的な部分は、6歳の主人公が大人になるまでの人生をドキュメンタリー・タッチで描き切るために、あえて同じ俳優を12年かけて撮り続けることです。もちろん、撮影期間中の拘束期間は一年のうちのごく一部でしょうが・・・。
 大人の俳優が映画の中で年を重ねる作品はいくらでもありますが、少年が大人になるまでの期間を追い続けることは、その肉体的変化があまりに大きすぎて今までまったくありませんでした。それを可能にするには、複数のよく似た子役を探すか、CGの俳優を使うしかなかったのですから。その問題に対し、この映画では実に単純な方法を選んでいます。しかし、それはアイデアとして簡単でも、実行するには大きな困難が伴うもののはずです。だから今まで誰もやらなかったのでしょう。
 実行が困難なり理由はいくつも考えられます。先ず第一に12年間、出演者を拘束するのは大変なことだし、完成するまで映画の製作費が続く保証もないし、公開までに様々なトラブルの可能性があり、完成しても公開ができるかどうかは困難です。主演女優の一人に監督の娘を使ったのも、親馬鹿によるものというよりも、トラブルを少しでも回避するための苦肉の策だったのかもしれません。(若い女優さんの場合、結婚したり、妊娠したり、出演を拒否されたりする可能性が高いはずですから)
 とにかく、よくぞ12年間やり続けました。ただし、この方法で作られた完成作品を観ると問題点も見えてきました。シーンが突然変わると、同一人物にも関わらず、少年の成長による変化があまりに大きく、観客がどれが主人公の少年なのかがわかりずらくなっているのです。何の情報もなく、この映画を観たら、もしかすると区別がつかなくて混乱するのではないでしょうか。皮肉なことに、異なる俳優がメイクによって似た容姿になっても問題なかったかもしれません。(ただし、精神的には同一人物であることに意味はあるかもしれませんが・・・)
 映画のラストに主人公は「人生は瞬間瞬間の積み重ねなんだ」といいます。(「映画とは、時間を切り取る芸術である」というセリフと同じことを言っているともいえます)
 それとは対照的に、彼の母は息子との別れに際し、子育ての終わりを実感して「こんなに短いはずじゃなかった」と泣き出します。
 「時」の感じ方は、それぞれの世代、それぞれの立場でまったく違ってくるのです。

 リチャード・リンクレイターのこうした「時間」へのこだわりは、彼の作家性の基本なのかもしれません。彼の代表作であり出世作でもある「恋人たちまでの距離(ビフォア・サンライズ)」(1995年)とその続編の「ビフォア・サンセット」(2004年)、「ビフォア・ミッドナイト」(2013年)もまた「時間」が主役の映画といえます。
 偶然の出会いから恋に落ちたアメリカ人(イーサン・ホーク)とフランス人(ジュリー・デルピー)のカップル。彼らの出会いから9年後の再会、そしてさらに9年後に結婚している二人。それぞれの二人の時間をリアルタイムに近いかたちで切り取った3部作は、「6歳のボクが、大人になるまで」のカップル版でした。
 この18年をかけた「時間大作」に付き合ったイーサン・ホークは、この作品でも父親役で出演しているので、まさに監督の分身といえそうです。
 ちなみに「6才のボクが、大人になるまで」は、続編の可能性もあるようです。こうなったら、監督が死ぬまで撮り続けるのもありかもしれません。
「6才のボクが、大人になるまで BOYHOOD」 2014年(ベルリン国際映画祭銀熊賞、ゴールデングローブ作品賞、監督賞、助演女優賞
(監)(製)(脚)リチャード・リンクレイター Richard Linklater (この人、ジャック・ブラック主演の「スクール・オブ・ロック」の監督でもあります)
(撮)リー・ダニエル、シェーン・ケリー
(編)サンドラ・エイデアー
(音監)ランドール・ポスター、メーガン・カリアー(ポール・マッカートニーの「バンド・オン・ザ・ラン」良かった!)
(出)パトリシア・アークエット(アカデミー助演女優賞)、イーサン・ホーク、ローレライ・リンクレイター、エラー・コルトレーン



「恋人たちの距離(ディスタンス) Before Sunrise」(1995年)
(監)(脚)リチャード・リンクレイター(脚)キム・クリザン(撮)リー・ダニエル(編)サンドラ・エイデラー(音)フレッド・フリス
(出)イーサン・ホーク、ジュリー・デルピー
「Living Life」Kathy McCarty
<あらすじ>
 オーストリアのウィーン行の列車で偶然出会ったジェシーとセリーヌ。二人はすっかり意気投合し、ジェシーが翌日の朝、アメリカ行きの飛行機に乗るまでの間、一緒に過ごすことにします。
 街を歩きながら、人生、恋、未来、家族・・・様々なことを語り合う二人は、いつの間にか恋に落ちていました。そして、別れの時、二人はもう一度半年後に同じ場所で会う約束を交わします。

 「映画」=「人生」=「旅」というこの監督の基本哲学に基づいて作られた3部作?の第一作。思えば、僕自身、トランジットでうちの奥さんとウィーンに一泊だけしたことがあります。なんだか懐かしい・・・ただただ会話を交わすだけなのに、それが実に新鮮で聞いてて愛おしくなるのはなぜなのでしょう?
 ラストに二人が歩いた場所が、エンディングの音楽に合わせて再び映されます。どの場所も愛おしくて仕方ない。今まで自分が旅したり、生きてきた場所の今の映像が脳裏に浮かんできました。 
「神様は心の中にいるわけじゃない。いるとすれば人と人の間にいるんだと思うわ」
「もし、魔法があるとするなら、それは人と人が理解し合う力じゃないかしら」
「ビフォア・サンセット Before Suset」(2004)
(監)(製)(脚)リチャード・リンクレイター(脚)イーサン・ホーク、ジュリー・デルピー(原脚)キム・クリザン(撮)リー・ダニエル(編)サンドラ・エイデラー
(出)イーサン・ホーク、ジュリー・デルピー
「An Ocean Apart」、「A Waltz for a Night」、「Je T'aime Tant」ジュリー・デルピー
「Just In Time」 ニーナ・シモンNina Simone
<あらすじ>
 ウィーンでの出会いと別れから9年後、ジェシーは小説家としてパリを訪れ、街中の書店で講演会を行っていました。すると、そこへセリーヌが現れます。パリに住んでいた彼女は、偶然、彼がその書店に来ることを知り、やって来たのでした。ウィーンで再会するはずだった半年後、彼女は祖母の葬儀のためにウィーンに行けなかったことを謝罪します。
 お互いのその後の人生について語り合う二人は、9年前と変わらず意気投合しますが、それぞれ過去を懐かしみ後悔していました。なぜ、連絡先を教え合わなかったのか?どちらとも、現在の生活に不満を抱えていて、それは大切な人が忘れられないからであることを告白します。そして、ラストで二人の選択は・・・1作目とは違うようです。
 前作では、ラストに二人が歩いた場所をもう一度見せてくれましたが、この作品ではオープニングに二人が歩く場所を見せてくれます。ここもまた違うのです。かつての二人は、未来だけを見て生きていましたが、ここでは過去も見つめながら生きています。それでもなお、二人は過去を捨てて未来に賭けることができるのか?その決断は、次作へ!
「ビフォア・ミッドナイト Before Midnight」(2013年)
(監)(製)(脚)リチャード・リンクレイター(脚)イーサン・ホーク、ジュリー・デルピー(撮)クリストス・ヴ―ドゥーリス(編)サンドラ・エイデラー(音)グレアム・レイノルズ
(出)イーサン・ホーク、ジュリー・デルピー 


「愛、アムール」 
 この映画の監督、ミヒャエル・ハネケは、1942年12月11日ドイツのミュンヘンに生まれたオーストリア人です。この映画の撮影時、彼は70歳。映画の中で描かれている「老老介護」と「人生の終わり」のドラマは、世代的には彼の周りで常に起きている事と言えます。
 この作品の「時間」に対するこだわりのリアリズムで特筆すべきなのは、二人の主演俳優の「老いた肉体」による表現そのものにあります。アカデミー賞主演女優賞に最年長85歳でノミネートされたエマニュエル・リヴァは、けっして醜くなどなく、老いてなお美しい女優さんであることを示していますが、それでも映画の中ではあえて「老いた肉体」を示すように裸体をさらしています。この女優魂はさすがフランスの女優さんです。思えば、昔からカトリーヌ・ドヌーブやロミー・シュナイダーなどフランスの女優さんたちは、けっして整形やメイクに頼らず、生身の肉体を見せることで「老いの美学」を表現してくれています。
 もちろん、「老い」を表現するのは、女優さんだけの仕事ではありません。彼女の夫を演じている実年齢82歳のジャン=ルイ・トランティニャンもまた見事な役者魂を見せてくれます。実は僕自身、久しぶりに見た彼の老いたる姿に、僕は最初彼だとは気づきませんでした。フランス映画を代表する名作「男と女」ではイケメンのレーサーを演じていた人気俳優が年老いた80代男性をこれまたリアルに演じています。思えば、子役の顔つきなどが変わり過ぎてわかりにくくなったように、あまりにリアルな老いた彼の容姿に「ジャン=ルイ・トランティニャン」だと気づかなかったのは皮肉なことです。
 前述のエマニュエル・リヴァも、このサイトで取り上げているアラン・レネ1959年の代表作「二十四時間の情事」の主演女優です。60年近い時代に渡り女優として活躍してきた彼女によって、女優という仕事は死ぬまで可能な職業であることが証明されたといえます。
「愛、アムール AMOUR」 2012年(カンヌ映画祭パルムドール、アカデミー外国語映画賞
(監)(脚)ミヒャエル・ハネケ Michael Haneke 他の監督作「フラグメンツ」(1994年カタロニア映画祭グランプリ)、「ファニーゲーム」(1997年シカゴ映画祭監督賞)
「ピアニスト」(2001年カンヌ映画祭グランプリ)、「隠された記憶」(2005年カンヌ映画祭監督賞)、「白いリボン」(2009年カンヌ映画祭パルムドール、ゴールデングローブ外国語映画賞)
(撮)ダリウス・コンジ
(美)ジャン=ヴァンサン・ピュゾ
(編)モニカ・ヴィッリ、ナディン・ミュズ
(出)エマニエル・リヴァ Emmanuelle Riva 他の出演作「二十四時間の情事」(1959年)、「トリコロール/青の愛」(1993年)
ジャン=ルイ・トランティニャン Jean-Louis Trintignant 他の出演作「男と女」(1966年)、「Z」(1969年)、「離愁」(1973年)、「男と女Ⅱ」(1986年)、「トリコロール/赤の愛」(1994年)
イザベル・ユペール Isabelle Huppert 他の出演作「夕なぎ」(1972年)、「バルスーズ」(1974年)、「ヴィオレット・ノジェール」(1978年カンヌ映画祭女優賞)、「天国の門」(1980年)
「パッション」(1982年)、「主婦マリーがしたこと」(1988年ヴェネチア女優賞)、「ボヴァリー夫人」(1991年)、「ピアニスト」(2001年カンヌ映画祭女優賞)
「8人の女たち」(2002年ベルリン映画祭女優賞)

<追悼>
エマニエル・リヴァさんが、2017年1月27日、89歳でお亡くなりになられました。ご冥福をお祈りします。

<それぞれの時間、それぞれの人生>
 「6才のボクが、大人になるまで」の12年と「愛、アムール」の数か月、あなたにはどちらが長く感じられるでしょうか?
 2016年時点の僕にとっては、子育てを終えようとしている母親はまさに同世代ですが、それと共に最近肉体の衰えも感じる僕的には残念ながら少しづつジャン=ルイ・トランティニャンの気分になりつつあります。これで、もし病気にでもなれば、僕ももう完全に高齢者目線の仲間入りです。
 どちらにしても、他人事とは思えない二作品です。長く生き人生体験が増えれば、確かに「映画」は身近で考えさせられるものになりますが、この映画はそれを強く実感させてくれます。これもまた優れた映画であることの証明です。

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