神町をめぐる暴力とサイケの歴史


「シンセミラ」、「グランド・フィナーレ」、「ミステリアス・セッティング」、「ピストルズ」
完結篇「オーガ(ニ)ズム」

- 阿部和重 Kazushige Abe -

「シンセミラ」 2003年(朝日新聞社)
 著者の故郷、山形県東根市神町を舞台にその歴史の暗部である2000年の事件を描いた超大作。1999年にアサヒグラフで連載が始まり、その後連載の場所を「小説ストリッパー」に移して、2003年まで続いた著者の初期代表作で、伊藤整文学賞、毎日出版文化賞を受賞しています。
 闇の支配者、米軍、腐敗した警察、性的倒錯者、薬物依存者、カジノ依存症、倒錯愛に溺れる女性、謎の復讐者など、これでもかと言うくらいにダメダメ人間たちのよるドロドロの人間関係が街を吹き飛ばすまでを描いていて、正直途中でうんざいりしてしまいました。神町の人たちが、これじゃあみんな異常者みたいじゃないですか・・・って誤解されないか心配になりました。著者は里帰りできないのではないかと、・・・余計な心配ですが。良い人ばかりの物語もうんざりですが、悪い人ばかりの物語もどうもうんざりしてしまうのです。でも、ヒーローが一人も出てこないことこそ、この小説の新しさとも言えます。(アメリカならコーマック・マッカーシー作品と共通する部分があるかもしれません)

・・・町全体が生き急いでいた。そのせいか、目にし得ぬはずのものすらよく見えた。町のそこここで、不気味な幻像の揺らぐ様が見掛けられもした。頼みもしないのに、誰もが進んでそうしたことを語り出した。末期的なのかもしれなかった。

 もしかすると、著者は神町を巨大な人格として、時代の変化とともに変化する生き様を描いたのかもしれません。「時代」「社会」「町」「血縁」によって自由になれない人々が、そのままでは裏社会から逃げられないとわかっているのに、その町を逃れようとせずに、それぞれあえて崩壊への道を選んでしまうというのはなぜなのか?冷静に考えるとブラック・ユーモアとも思える展開です。これは壮大なる悲劇と言うよりも、お馬鹿ばかりの喜劇であり、ラストの惨劇は10人もの人が死んでいながらハッピーエンドのように思えてしまうというのも、そのせいでしょう。
 そう考えると、阿部和重ワールドのファンとはどんな人なのでしょう?僕は4冊読みましたが、正直自分が彼のファンだとは思っていません。でも、もしかすると「自分は阿部作品のファンではない」という人が、彼の小説の愛読者だったりして・・・あなたはいかがですか?

「グランド・フィナーレ」 2004年(講談社)
 自分のダメさかげんが認知できない性的な異常者である主人公が読者をイライラさせますが、彼の意識が少しずつ変化してゆくことで、読者は救いを求めて読み進めることができ、ついには主人公が救われる瞬間が訪れます。この小説では主人公の心の変化が、そのまま文章の変化に現れてゆくという画期的な手法が用いられています。この新しい手法により、彼は芥川賞を受賞しています。
 この作品の詳細については別のページ「グランド・フィナーレ」でどうぞ!

「ミステリアス・セッティング」 2006年(朝日新聞社)
 この小説では主人公が女性となり、今度はピュアすぎてダメダメなために騙されたり、利用されたりした末に、ついには「携帯型の核爆弾」を持たされてしまうという、トンデモ・ストーリーとなっています。なんだか冷静に考えると喜劇としか思えない展開にも関わらず、後半はその核爆弾を主人公がどう処理するかというハラハラの展開になり、読者は最後まで読まされます。この小説は、もともと朝日新聞社の携帯サイトに連載された作品なので、そんな展開も納得です。

 抱腹絶倒ものの、愉快なお話というわけではない。奇想天外でもないし、ちっともすかっとなんかしない。多少は波乱万丈かもしれないが、誰もが愉しめる物語でないことは確かだ。
 もうひとつ、確かなことがあるとすれば、それはいったい何だろう。
 それは恐らく、聞き終えたときに、誰もが多かれ少なかれ、悲しみの感情を覚えてしまう、ということかもしれない。・・・


 この文章はこの物語の書き手らしき少年が謎の老人から最初に「物語」を聞かされた時の印象を書いたものです。この印象はたぶん著者の阿部和重の他の小説にも当てはまる気がします。

「ピストルズ Pistils」 2010年(講談社)
 この小説は、一連の神町シリーズの総集編ともいえる超大作です。それはこの小説に、これまでなかった年号表示がやたらと多いことからもうかがえます。
 今までの作品に比べ、ここではさらに女性比率が高まっています。主人公もダメダメ人間ではなく、さらに極悪人も性的倒錯者もぐっと減り、一番読みやすかった気がします。読者の中には、毒気が減ってつまらないという方もいるかもしれませんが、「暴力色」「変態色」が薄まった分、「サイケ色」「オカルト色」「ファンタジー色」は強まりました。
 遥かなる過去から、魔力ともいえる特殊な能力(他人の意思を自由に操る超能力)を伝承し続けてきた菖蒲一族の歴史を綴った大河小説。たまたま一族の一人である作家と関わりをもった神町の書店店主(「シンセミラ」で自警団結成のきっかけを作った人物)が、その作家、菖蒲あおばへのインタビューを行いそれを記録したという形式の作品になっています。それぞれの時代ごとに、それぞれの時代の空気を感じさせる物語が展開しています。それは、おおよそこんな感じにまとめられるでしょう。

1945年~1967年(戦中世代の時代)
 菖蒲一族の謎の歴史はいつからかは不明ですが、それまで孤立してその文化を継承していた一族は、太平洋戦争を機に大きく方向転換することになります。
 祖父瑞木は橘家の一員となり、その伝統を表社会において継承する道を歩み始めます。同じ頃、終戦の後に神町では進駐軍とのパイプとなった町のメンバーらが力を持ち始めます。そして、1951年街に誕生した治安維持のための自警団は暴走を始め、街に数多くいた娼婦のひとりを監禁暴行の末に死なせてしまいます。ここから神町の裏社会のメンバーが町を牛耳る構図が生まれます。

1968年~1999年(戦後世代の時代)
 瑞木をその子、水樹が倒し、菖蒲家の新世代の時代が始まった。それはサイケデリック・ムーブメント世代でもありました。

2000年~(新世紀、新世代の時代)
 水樹の指導の元でその能力を開眼させたみずきの時代。それは混沌の時代であり、テロの時代でもありました。

 のんびりよりもせっかちのほうが受けがいい。攻めの姿勢でくるせっかちは、もともと優勢な印象を与えやすい。その上せっかちの論理は明快さが売りだから、賛同も得やすいというわけだ。・・・遅さよりは速さが、弱さよりは強さがもとめられる世の中だからな。ただな、せっかちな人間は、まさに急ぎすぎるゆえにどうしても、こまかいことや長期的な進展の見とおしを避けられない。そこに致命的な隙が生じちまう。
「ピストルズ」より

「What the world needs now」
What the world needs now
Is love , Sweet love
It's the only thing
That there's just too little of
What the world needs now
Is love , sweet love
No , not just for some
But for everyone
バート・バカラック(1968年)、ディオンヌ・ワーウィックなど

 この小説のテーマ曲ともいえるこの曲は、著者の阿部重和氏が生まれた1968年にバート・バカラックによる曲で、彼の代表曲のひとつになりました。バカラックの妻となったディオンヌ・ワーウィックのバージョンが一番有名で、大ヒットしたわけではないものの時代の雰囲気を象徴する曲として忘れられない存在です。当時、ファッション・ブランド「JUN」の専門店だった我が家では、この曲が飽きるほど流れていたので忘れられません。(ちなみに、ほかの曲としてはジョン・レノンの「イマジン」「ラブ」、クロスビー、スティルス、ナッシュ&ヤングの「ウッドストック」、サイモン&ガーファンクルの「ミセス・ロビンソン」、ディオンヌ・ワーウィックの「サンホセへの道」、フィフス・ディメンションの「アップ・アップ&アウェイ」、B・J・トーマスの「雨にぬれても」などが忘れられません)

 巨大な神町年代記の全貌がこの作品でおおよそ明らかになったといえます。最後に、この作品で書かれていた年号をもとに年表を作ってみました。
 きっとまだ神町の歴史は完成していないのでしょう。今後も、歴史が書き継がれるのを楽しみにしています。

「オーガ(ニ)ズム Orga(ni)sm」 2019年(文藝春秋)
 菖蒲家シリーズ完結篇となった作品がついに出版されました。
 時は2014年、大統領に再選されたオバマさんがアメリカから訪日することになっていました。
 その時、首都での国会爆破事件の影響から、日本は首都を山形県の神町に移転しています。
 主人公は、これまでこのシリーズを書いてきた阿部和重自身。
 彼が3歳息子と共にアメリカCIAのラリーを助けたことから事件に巻き込まれて行きます。
 (この作品を書き上げるまで著者が子育てに苦労したであろうことがしのばれます!)
 オバマ大統領に対する菖蒲家によるテロ攻撃の可能性を調査するため二人と子どもは神町に向かいます。
 菖蒲家のアヤメメソッドにより多くの人物が操られている可能性が明らかになり、CIAメンバーすら信じられない状況に・・・
 北朝鮮、アラブのテロ組織なども絡み、事態などんどん複雑になって行きます。
 そして、ラストには2040年の東京が描かれます。すると日本はなんと…!
 アメリカも巻き込んだスケールの大きな展開となり、850ページを一気に読みました。
 ただし、僕は正直、菖蒲家の作戦阻止が失敗した2040年が見たかった気がします。
1919年  菖蒲一族の曾祖母がスペイン風邪からの肺炎で死去   
1936年 菖蒲家の祖父、瑞木が徴兵検査を受けるが色弱、精神障害とされ不合格となる   
1944年 神町に海軍航空隊の飛行場が作られる   
1945年 神町が軍事基地として米軍による空爆を受ける(この時、ホシカゲさんが戦災孤児となった)
終戦後、進駐軍が駐屯 
 
1946年 瑞木が橘家の一人娘、寿実と入籍し、橘家に入り込む   
1950年 CIAによる精神操作実験「ブルーバード計画」
自警団による娼婦の監禁暴行致死事件「郡山橋事件」
(この事件で死亡した女性の子が隅元として2000年に起きる事件の中心人物となる)
瑞木の長男として水樹誕生
「シンセミア」
「ピストルズ」
1953年 タヌキセンセイ誕生。その後、養護施設で育てられる   
1956年 米軍による占領が終わり、進駐軍が神町から撤退   
1968年 瑞木52歳で死去。(直接の死因は肝不全だが、水樹によって死へと追いやられた)
後継者となった水樹が父は行っていた菖蒲健康相談所を閉鎖 
サイケデリックなコミューンへと移行
 
1972年 祖母寿実がなだれの下敷きとなるが助かり、その後人格が前向きに変化   
1975年 守藤智子、木原聿子が水樹と出合う  
1976年 水樹と智子の間の子、そらみ誕生   
1978年 守藤智子が出産がきっかけとなった病のために死亡   
1980年 水樹と聿子の間の子、あおば誕生   
1982年 木原聿子が家出し行方不明となる
片山笙子の息子カイト誕生
 
1983年 レーガン大統領来日中に国防総省陸軍関係の人物が水樹のもとを訪れる
片山笙子、吾川捷子が水樹と出合う(コミューンの退廃期だった) 
 
1987年 カイトがイギリス帰りの三上と知り合う   
1989年 水樹、捷子に一族の秘密を明し子供を作る協力を求める   
1990年 9月23日水樹と捷子の子、みずき誕生   
1991年 水樹の母親、寿実が68歳で死去   
1993年 カイトが神町へ、菖蒲家の一員となる   
1995年 捷子が菖蒲家を出て行方不明になる  
1997年 菖蒲健康相談所からヒーリング・サロン・アヤメへ方向転換(シュガーこと佐藤さんらが中心)  
1998年 笙子が自動車事故で死亡   
2000年 神町の青年団が作った自警団によるリンチ事件発生
パン屋の田宮家に対する誹謗中傷と火災、トラック事故、殺人事件、米軍不発弾の爆発事件などの同時発生
「シンセミア」
みずき、隠岐の島で父親の指導の下で最終修行
行方不明になっていた捷子から絵葉書が届く(アマゾンから)
「ピストルズ」
2001年 能力を発揮し始めたみずきが、麻生家 が仕切る非合法カジノへ
みずきが校内暴力事件を能力を用いて解決
 
2002年 いじめの対象になっていた鵜谷亜美、石川麻弥をみずきが救う  「グランド・フィナーレ」
2003年 神町子供クラブ結成50周年l記念芸能祭開催に鵜谷、石川二人の少女が出演 「グランド・フィナーレ」
2004年 菖蒲家にアメリカ大使館からテロ予防作戦へ援助要請が来る   
2005年 天童市で幼女誘拐殺人事件発生
7人の少女がオカルトの同窓会「ヒルデガルトの光」結成
(参)ヒルデガルト・フォン・ビンゲン(1098年~1179年、中世ドイツのベネディクト会系女子修道院長で神秘家、幻視者)
中三生徒殺人事件をみずきが解決
「ピストルズ」
2006年 石川書店店主が作家、菖蒲あおば(三月)へのインタビューを行い菖蒲家の歴史を記述  「ピストルズ」
2011年 スーツケース型爆弾が国会議事堂周辺地下で爆発(シオリの犠牲で被害が最小となった)  「ミステリアス・セッティング」
2014年 オバマ大統領が首都機能が移転したばかりの神町を訪れます  「オーガ(ニ)ズム」 
2040年  日本国は消滅しています・・・ 「オーガ(ニ)ズム」をお読みください! 「オーガ(ニ)ズム」 

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