アメリカ人として生きるアフリカ移民たちの物語 


「アメリカーナ Americanah」

- チママンダ・ウゴズィ・アディーチェ Chimamanda Ngozi Adichie -
 小説「アメリカーナ」は、アフリカから大学に入学するためにアメリカに渡った女性が、様々な苦難に遭遇しながら成長し、アメリカ国籍を取得し「アメリカーナ」として故国ナイジェリアに帰国。そこで新しい人生を始めてゆく物語です。
 著者アディーチェは、この小説についてあくまでも「恋愛小説」であって人種問題を告発するための「社会派小説」ではないと言っていますが、アメリカに移住したアフリカ人にとっては「恋愛小説」=「社会派小説」にならざるを得ないのが現実なのかもしれません。主人公が始めたブログの中で、アメリカにおける国民の分裂について、こんな書き込みがあります。

非アメリカ黒人のためのアメリカ理解
- アメリカ式部族主義
 アメリカでは部族主義がみごとに健在だ。種類は四つある。 - 階級、イデオロギー、地域、そして人種だ。
 第一に階級。これはとても簡単。お金持ちの人と貧しい人だ。
 第二がイデオロギー。リベラルと保守。・・・
 第三が地域。北部と南部。・・・
 最後が人種。アメリカには人種によるヒエラルキーがある。最上部は常に白人、明確にいうなら白人のアングロサクソン系プロテスタント、いわゆるWASPで、最下部が黒人、その中間の人たちは時と場合による。アメリカ人はだれもが彼らの部族主義に通じているものとされる。ところがそれをすべて理解するにはいささか時間がかかるのだ。
・・・

 もし、あなたがアメリカで生まれ育ったアフリカ系アメリカ人なら、上記のヒエラルキーを学校や社会生活の中で少しずつ学び、それをごく自然の空気として身に着けることになるでしょう。アフリカ系アメリカ人の多くはそうして大人になります。しかし、この小説の主人公のようにアフリカ(ナイジェリア)で生まれ育って移民した新アメリカ人は、そうした過程を飛ばして、突然、人種のヒエラルキーの中へ投げ込まれることになります。当然、上記のようなアメリカにおけるヒエラルキーなど理解できなくて当然です。
 この小説を読んでいて、改めて思ったこと、それは日本人である我々は上記のヒエラルキーについて、ほぼほぼ考えることなく生きてきたということです。それは実に呑気で幸いなことであり、世界でも例外的に恵まれた国に住んでいることに感謝すべきかもしれません。残念ながら、世界の多くの国に住む人々は、こうした問題について常に悩み続けているのです。
 この小説の主人公は、人種問題に関するブログを立ち上げ、それによって人気ブロガーとなります。そのブログの中で彼女は様々な日常の人種に関する問題点をチェックし、分析し、文章化し、人々に問いかけています。例えば、こんなふうに・・・。

 わが同胞たる非アメリカ黒人へ
  - アメリカではあなたは黒人なのよ、ベイビー
 親愛なる非アメリカ黒人へ、アメリカに来るという選択をするなら、あなたは黒人になる。議論はやめなさい。自分はジャマイカ人だとか、ガーナ人だとかいうのはやめなさい。アメリカにとってはどうでもいいことだから。では、あなたが自分の国では「黒人」ではなかったら?いまあなたはアメリカにいるの。われわれは全員かつてのニグロ社会へ入るためのイニシエ―ションを受ける。


 故国アフリカでは「ナイジェリア人」だった主人公は、アメリカに住み出した瞬間から「黒人(ニグロ)」と呼ばれることになります。彼女は生まれて初めて差別の対象になったわけです。その衝撃はどんなに大きいかったことか!
 そんな差別と出会ったばかりの人々へ、彼女は自らのブログの中で様々な対応策を提案しています。

<黒人としての注意事項>(イフェメルのブログより)
 犯罪が起きたと報道されたら、それをやったのが黒人でないように祈り、それをやったのが黒人だと判明した時は、数週間は犯罪現場からしっかり遠ざかっていること。さもないと呼び止められて調書を取られかねない。・・・
(映画やドラマでも、こうしたちょっとしたきっかけから黒人たちが事件に巻き込まれるという設定は実に多い)

 もしも、レストランで食事することになったら、チップを奮発すること。さもないと次に入る黒人客がひどいサービスを受けることになる。だって黒人のテーブルを担当するウェイターたちは文句たらたらなんだか。・・・
(食事の時まで、こんなことを考える必要があるなんて、食べ物の味も楽しめないですよね)

 もしもあなたが自分に起きた人種差別的なことについて非黒人に語るときは、口調が激しくならないよう気をつけること。不平は言わない。鷹楊に許す調子で。できれば、笑い話にする。絶対に怒らないこと。黒人は人種差別で怒らないことになっているから。さもないと共感は得られない。・・・
(たとえ、相手が人種的な偏見をもたない人物だとしても、他の白人の悪口を言うことは彼らの反発を買いかねないのです。気遣いが大変です)

・・・さてここで黒人になるための取引がある。つまり、「ウォーターメロン」とか「タールベイビー」といったことばが冗談に使われたときは、それがなんについていわれているかまったくわからなくても、向かっ腹を立てていると態度で示さなければいけない - あなたが非アメリカ黒人であれば、ひょっとしたら知らないということもあるかもしれない。白人ばかりが住む地区でひとり黒人が会釈したら、会釈を返さなければいけない。それは黒人の会釈と呼ばれている。黒人たちにとて「きみは独りじゃないからね。わたしもここにいるんだから」と伝える方法なのだ。
(だからといって、黙っていてはいけない怒りの気持ちを表す必要もある・・・ややこしい)

 同じように肌の色が黒いからといって、アフリカからの移民たちが黒人としての同胞意識をすぐにもてるとは限りません。
 「だって、わたしはナイジェリア人なのです!」という民族的、国家的な意識が邪魔を
 確かにそのとおり、でもそうして、アメリカに住む移民たちが心を引き裂かれることにもなるのです。

<著者アディーチェ>
 この小説の著者チママンダ・ウゴズィ・アディーチェ Chimamanda Ngozi Adichieは、1977年9月15日ナイジェリア南部エヌグで生まれ、本書にも登場する大学町スッカで育っています。名前の「チママンダ」とは「わたしの神は倒れない」を意味しているそうです。
 父親はナイジェリア初の統計学の教授でその後ナイジェリア大学の副学長にもなった学者さんで、母親は大学初の女性職員でした。ただし、民族間の殺し合いとなったビアフラ戦争によって悲劇に見舞われたイボ族の出身だったことで、命の危険にさらされました。成績優秀な彼女は、ナイジェリア大学で医学と薬学を学びながら、文芸サークルで雑誌の編集もしていました。そして大学卒業後、19歳で奨学金を得て、アメリカに渡りました。イフェメルと同様、働きながらドレクセル大学、東コネティカット州立大学で政治学とコミュニケーション学を学びました。この時は大学の近くで診療所を開いていた姉イゲオマの家に寄宿していました。
 大学在学中に小説の執筆を開始し、ジョンズ・ホプキンス大学のクリエーティブ・ライティング・コースで修士号を取得しています。短編小説を発表し始めると、2003年にはOヘンリー賞を受賞。同年、彼女は初の長編小説「パープル・ハイビスカス」を発表。2007年の「半分のぼった黄色い太陽」では、ビアフラ戦争に巻き込まれた人々の悲劇と愛を描き、オレンジ賞を最年少で受賞。その後も彼女はナイジェリアとアメリカを行き来しながら、作家活動だけでなく故国における作家たちの育成活動にも力を入れた忙しい日々を送っています。
 どんなに差別が厳しくても、イフェメルもこの本の著者アディーチェも、やっぱりアメリカは大好きな国なはずです。かくいう僕も、確かにトランプ大統領を選択したアメリカ国民をお馬鹿な人々だとも思いますが、それでもアメリカが好きなことに変りはなさそうです。このサイトで取り上げている題材を見れば、そのことは明らかでしょうが・・・。

<オバマ大統領誕生>
 イフェメルは、アメリカ初の黒人大統領となったバラク・オバマの誕生について、その時の感動についても書き込んでいます。

「若い人も高齢の人も、裕福な人も貧しい人も、民主党員も共和党員も、黒人も、白人も、ヒスパニックも、アジア人も、ネイティヴ・アメリカンも、ゲイもストレートも、障害者も非障害者も、アメリカ人は世界に向かってあるメッセージを送りました。われわれはたんなる赤い州と青い州の集合体ではないというメッセージです。われわれはこれまでも、いまからも、ずっとアメリカ合衆国でありつづけるのです」
 バラク・オバマの声は高くなり低くなり、その表情は厳粛だった。彼のまわりを、膨大な数の、きらきらと輝く、希望に満ち満ちた群衆が取り囲んでいた。イフェメルはそれをうっとりと見ていた。彼女にとっては、その瞬間、アメリカほど美しいものはなかった。


 写真で見ると彼女の色の黒さは、漆黒の美しい黒で、まさにブラック・ビューティーです。アジア系の血が混じり薄い黒色のオバマ大統領が、彼女と同じように漆黒の女性を奥さんに迎えたことを評価するのも実感なのでしょう。未だにアメリカでは、男性と違い女性の有名人にはハル・ベリーのような白っぽい肌が多いのは事実です。

・・でも、いまだって、エンターテイメントや公人として成功しているアメリカ黒人の大半は肌の色が明るい。とりわけ女性がそうだ。多くの成功したアメリカ黒人の男性は白人女性を妻にしている。ありがたくも黒人女性を妻にする人たちは肌が明るい色の妻をもつ。これが、黒い肌の女性たちがバラク・オバマを愛する理由だ。彼は型破りをやった!彼は自分の同類と結婚した。彼は世界がどうやら知らないことを知っている。つまり色の黒い黒人女性がサイコーだとわかっているのだ。・・・ご存知のように、アメリカのポップカルチャーでは美人で肌の黒い女性は、見えない存在だ。映画には色の黒い女性は太った気の良いマミー役か、たくましくて厚かましい、ときに怖いような脇役として登場する。・・・

 語り口の素晴らしさと描写力の的確さにより、この小説は誰が読んでも、その世界観に引き込まれ、人種差別に悩み、恋に悩み、家族との関係に悩むことになるでしょう。スティーヴン・キング、村上春樹、西加奈子、カズオ・イシグロに匹敵する作家になるかもしれません。

<あらすじ>
 ナイジェリアで生まれ育ったイフェメルは、両親のもとを離れ、アメリカで医師として働こうとしていた伯母を頼ってアメリカに渡ります。しかし、父親は職を失ったばかりで仕送りをあてにできない彼女は、自分で生活費を稼ぐ必要がありました。
 ところがアフリカ系黒人である彼女は、なかなか仕事を見つけることができず、ついには性的なサービスを要求される仕事をすることになり、そのショックでナイジェリアに残してきた恋人オビンゼとの連絡を絶ってしまいます。
 それでも彼女は、ベビーシッターのバイトを見つけ、大学生生活を続けることができ、優秀な成績を収めることになり、裕福な白人青年カートと付き合うようにもなります。人種についての偏見のない恋人との暮らしは結婚を意識するまでになります。ところが、ちょっとした誤解から二人の仲は終わりを迎えてしまいます。
 そんな自分の体験をもとに、彼女は「人種問題」についての意見をブログに書き込み始めると、そのブログは大きな話題となります。人気ブロガーとなった彼女は、一人で新たな人生を歩み出します。一方、ナイジェリアに取り残されたオビンゼは、ナイジェリアを出てイギリスに渡り、そこで国籍を取得しようと危険な賭けに出ますが・・・・。

「アメリカーナ Americanah」 2013年
(著)チママンダ・ウゴズィ・アディーチェ Chimamanda Ngozi Adichie
(訳)くぼたのぞみ
河出書房新社

小説「半分のぼった黄色い太陽」

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