巨匠が生み出した新たな3D世界

「さらば、愛の言葉よ adieu au langage 3D」

ジャン=リュック・ゴダール Jean-Luc Godard

<3D映画デビュー作>
 小説家も、音楽家も、映画監督も、デビュー作には、個々の作家性がすべてが映し出されているとよくいいます。「勝手にしやがれ」で鮮烈なデビューを飾ったジャン=リュック・ゴダールは、その典型ともいえる映画監督です。
 手持ちカメラによるブレブレの映像。場面転換をブツッと切って、異なる場面へとつなぐ「ジャンプカット」と呼ばれる手法。演技する余地を与えないアドリブ的なセリフのやり取り。ロケーション撮影の多用と同時録音。そこから生まれた新たな映画手法は、その後の多くの作品に影響を与えることになりました。
 そんなゴダールも、83歳となりました。(2014年)そして、自らがこれが遺作になるかもしれないと語った新作で、なんと彼は再び映画界を驚かせました。3D映画という新たな映像技術を用いることで、彼は映画の世界に再び新たな可能性を見出したのです。
 思えば、デジタルによる3D映画が登場したのは、2005年の「チキン・リトル」からで、2009年の「アバター」により3D映画は、一気に世界中に普及しました。しかし、これまで3D映画の技術は、娯楽映画もしくは記録映画の世界でしか使われていませんでした。それは「飛び出す映像」を用いた映画の域を出てはいなかったのです。
 3D技術を用いることは、観客に映像のリアリティー(現実感)を2D以上に認識させることが目的であり、それにより映画の迫力を倍増させようと考えていました。逆にいうと、映像作家たちのほとんどは、3D映画にそれ以上の何かを求めてはいなかったといえます。実際、3D映画として公開された作品を2Dもしくはテレビで見ても、その魅力が半減するようなことは今までなかったのではないでしょうか?僕の見た中では、「ゼロ・グラヴィティ―」はさすがに3Dの価値がある作品だと思いましたが・・・。
 ところが、ゴダールのこの作品は、タイトルをあえて「adieu au au langage 3D」としているだけあって、映像的に2Dで見ることはできない作品になっています。今まで、2Dで見ることができない映画は、劇場用作品としてはなかったはずです。

<究極の3D映画>
 この映画において、ゴダールは3D技術をリアリティー(現実感)を追及するために用いるのではなく、逆にリアリティーから離れるために用いています。映画の中には、現実とはかけ離れた別世界が映し出されているのです。それも、様々な手法を用いた画面が、まるで新しい絵具セットをもらった子供の描いた絵のように次々に展開してゆきます。
 特に凄いのは、右の目で見える映像と左の目で見える映像がまったく違う部分です。この手法は立体的に見せるためのものではありません。3Dでもなんでもありません。最初は目がおかしくなったのかと思いましたが、そう作られているのです。
 かつて、アンディ・ウォーホルは映画「チェルシー・ホテル」において、同時に左右に違う二つの映像を映し出す手法を用いました。ここでゴダールは、それを眼の中で行ってしまったのです!(ウォーホルのその映画は、4時間近い作品ですが・・ゴダールの場合は一瞬だけなのでお見逃しなく!)思えば、あなたの頭の中でだって、現実世界とは別の妄想世界が同時に展開することって、ありますよね?

<立体感のある物語>
 この映画は、究極の「スライス・オブ・ライフ」(人生の一部を切り取って映像化)作品なため、全体を通してのストーリーはさっぱりわかりません。説明もなく、場面展開もジャンプ・カットの連続です。2組の恋人たちが主人公のようですが、もしかすると2組のカップルは、異なる人物像によって「愛の形」に立体感を持たせようとしているのかもしれません。さらにいうと、その立体感の基準となる存在として、ゴダール自身の愛犬ウェルシュ・シープドッグのロキシーが活躍しています。彼はこの映画での演技により第14回のパルムドッグ審査員特別賞を受賞しています。この名犬が登場するシーンは、映像的に安定した画面になっていて、観客の心も落ち着くようにできている気がします。そしてそれによって、次のシーンがより立体感持つように計算されているのだと思います。
 ラストでロキシーのなき声に赤ちゃんの泣き声がかぶさるのは、犬に代わる新たな存在が誕生したことを暗示しているのかもしれません。(子はカスガイってやつでしょうか?)

<多彩なカメラたち>
 この映画のエンドロールでは、カメラの機種名がまるで傍役俳優の名前のように大きく紹介されています。それはこの映画の様々な「ルック(見え方)」を生み出した最大の貢献者がそれらのカメラたちの個性から来たものであることを示しています。
 映像のブレ具合、色合いの美しさ、3Dのリアルさを生かすクリアさ、奥行き感を出す深み・・・画面が変わるたびに、登場する別世界を生み出したのは、どうやらカメラマンの技術というよりもカメラの選択によるもののようです。この映画の撮影監督ファブリス・アラーニョは、もともとステージ照明の専門家で、場面を転換する技術者でした。けっして撮影技術の職人だったわけではありません。そこが、この映画の撮影における遊び心と自由さを生み出した理由のひとつかもしれません。
 その多彩な「ルック」は、ゴッホ、シャガール、ポロックウォーホルらによる異なるタッチ、異なる技法による絵画が並ぶ美術館の中を走り回るような感覚に近いかもしれません。実際、この作品の映像の多くは連続写真的に画像を撮影するカメラを多用しているようです。(映画「マトリックス」で使用され有名になったカメラの進化系というとわかりやすいでしょうか)ですから、この作品は、写真もしくは絵画を連続的に並べたアニメーション作品と見ることも可能なのです。
「実写によって撮影された連続写真を加工したデジタル技術絵画に、詩の朗読と音楽を融合させた映像体験」といった感じです。

<多彩な言葉たち>
 この映画では様々な言葉の引用が行われています。前述のカメラの機種名と同様に、エンドロールにはその言葉の作者の名前が紹介されています。この作品においては、「言葉(langage)」もまた重要な脇役なわけです。
 ソルジェニーツィンの「収容所列島」、メアリー・シェリーの「フランケンシュタイン」、クリフォード・D・シマックの「都市」は、特に印象に残ります。SF・ファンタジーの作家クリフォード・D・シマックの「都市」は、遥かな未来、人類に代わってそのペットだったはずの犬が地上の主役になっているというSF史に残る名作のひとつです。(ロキシーのための作品です)

そもそも、「映画」とはなんでしょう?
「2時間弱の時間つぶし」、「2時間弱の現実逃避」、「2時間弱の脳内旅行」、「2時間弱のもうひとつの人生体験」・・・そして、「2時間弱の覚醒体験」
 面白いだけが映画ではないように、悲しい映画もあれば、怖がらせる映画もあれば、感覚を集中させ、脳を覚醒させる映画もありなわけです。
 この作品は、たぶん多くの人にとって「娯楽作品」ではないでしょう。でも、この作品によって「覚醒」させられた人々の中から新たな3D映画の作家が現れるかもしれません。
 それにしても、もう遺作になるかもしれないというのに、ここに来て新たな映画史に残る作品を生み出してしまうなんて・・・ゴダール恐るべし!
 人間、好奇心さえ失わなければ、80歳を越えても創造的仕事は十分に可能なのです。逆に失うものがない分、誰よりも自由に我がままに創作活動ができるのかもしれません。

「さらば、愛の言葉よ adieu au langage 3D」 2014年
(監)(脚)(編)ジャン=リュック・ゴダール Jean - Luc Godard
(撮)ファブリス・アラーニョ Fabrice Aragno
(製)ジャン=ポール・バタジア Jean-Paul Battaggia
(出)エロイーズ・ゴデ Heloise Godet、カメル・アブデリ Kamel Abdeli、リシャール・シュバリエ Richard Chevallier、ゾエ・ブリュノー Zoe Bruneau、クリスチャン・グレゴリー Christian Gregori
   ロキシー・ミエヴィル Roxy Mieville(パルムドッグ賞受賞)
(カメラ)
Cannon 23.98、Fuji 24、Mini Sony 29.97、Flip Flop 30、Go Pro 15、Lumix 25
(引用 Quotatioon)
フロベール、ソルジェニーツィン、ドストエフスキー、エマニュエル・レヴィナス、エズラ・パウンド、ジャック・エリュール、ピエール・クラストル、サミュエル・ベケット、ニコラ・ド・スター(画集)
アラン・バディウ、ジャン=ポール・サルトル、サン=ジュスト、フィリップ・ソレルス、V・S・ナイプール、ボルヘス、ジャン・アヌイ、、ミュッセ、オットー・ランク、ポール・ヴァレリー、ライナー・マリア・リルケ、モーリス・ブランショ、新約聖書、ヴィクトル・ユゴー、ヴィヨン、ルイ・アラゴン、ジャック・デリダ、マルセル・プルースト、クリフォード・D・シマック、メアリー・シェリー、シェリー、ヴァン・ヴォークト
(映画の引用)
「コンドル」(ハワード・ホークス)、「恐るべき子供たち」(ジャン=ピエール・メルヴィル)、「ジキル博士とハイド氏」(ルーベン・マムーリアン)、「キリマンジャロの雪」(ヘンリー・キング)、「青い青い海」(ボリス・バルネット)、「メトロポリス」(フリッツ・ラング)

第49回全米批評家協会作品賞、第67回カンヌ国際映画祭審査員特別賞

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