虚言によってすべてを小説にした男

映画「全身小説家」

- 原一男 Kazuo Hara 、井上光晴 Mitsuharu Inoue -

<ついに観た!>
 以前から観たかった映画でした。2000年にもDVD化はされていたようですが、その時は見逃してしまい、2015年再びDVD化されやっと観ることができました。かつて「ゆきゆきて神軍」で衝撃を受け、ドキュメンタリー映画がフィクションをも上回るドラマチックな作品に成りうることを教えられていただけに、同じ原監督のこの作品も観たかった。
 それにしても、今回もタイトルが見事です。「全身小説家」って、何だ?
 人生のすべてを小説化した作家のことでしょうか?(趣味も、食も、戦争も文学のネタにした開高健?)
 身体をはった小説を書く武闘派作家のことでしょうか?(武闘派ならば、やはり中上健次?)
 先ずは、この作品のタイトルに観客は想像力をかき立てられ、様々なイメージをこの作品に抱くはずです。でも、この作品はそうやって観客が抱いたイメージをも越えるインパクトをもたらすはずです。この作品に登場する人物たちのもつ「昭和のパワー」は、あまりに情熱的過ぎて同じ国の出来事のように思えないかもしれません。

<小説家という職業>
 思えば、「小説家」という職業ほど自らの存在を大衆の前から消し去り、「虚像」として提示できる仕事はないかもしれません。かつて「映画俳優」は、「スター」としての「虚像」を作り上げ、ファンに大きな夢を抱かせる特異な職業でした。しかし、原節子と高倉健亡き後、「全身映画俳優」と呼べる存在はほとんどいなくなった気がします。(永瀬正敏、宮沢りえ・・・?)
 その上、プライベートも含めすべてを暴露してしまう大衆紙による取材とインターネットの登場は、そんな「虚像」の存在を許さなくなりました。テレビや雑誌などへの露出を必要としない小説家という職業でさえ、自らの存在を虚像化することは困難な時代になったといえます。(村上春樹はその数少ない例外でしょう)
 それでも、昭和の時代にはまだ多くの人々が自らの存在を「虚像化」することが可能でした。(力道山山口百恵渥美清寺山修二・・・)だからこそ、その時代、小説家の中にもカリスマ的なスター作家が数多く存在しました。この映画の主人公、井上光晴は、けっしてベストセラー作家ではありませんでしたが、一部のファンから熱い支持を得るカルト的人気作家だったといえます。そうなったのには、彼が書いていた作品のテーマには重いものが多かったせいもあるでしょう。「部落差別」、「在日朝鮮人問題」、「被爆者差別」、「労働運動」・・・。
 映画化もされた特に有名な作品として、二つの作品があります。「部落差別」の問題を扱った「地の群れ」は、熊井啓監督が1970年に映画化していて、最近DVD化もされています。原子爆弾が投下される直前までの長崎に住む人々を描いた「明日 - 1945年8月8日・長崎」は、黒木和雄監督によって「戦争レクイエム3部作」の1作目「TOMORROW 明日」(1988年)として映画化されています。
 僕自身も、彼の作品は映画「地の群れ」の原作者であることぐらいしか知らず、彼の小説は読んだことがありませんでした。そんな僕ですら、この映画は面白かったので、いかにこの作品が凄いかがわかります。とはいえ、ここでは主人公である作家、井上光晴の生い立ちを紹介するところから始めようと思います。そこから始めて、映画の「あらすじ」へと移行し、この作品の魅力を書いてみようと思います。そんなわけで、この映画は井上光晴という作家のことを知らなくても十分に面白い作品です。

客観的な「生い立ち」>
 井上光晴は、1926年(大正15年)5月15日に福岡県の久留米市に生まれました。彼がまだ小さかったうちに両親が離婚。炭鉱で働いていた父親と共に長崎県の埼戸町で暮らし、祖母が母親代わりを務めていたようです。高等小学校を中退後、彼は独学でいくつかの検定試験に合格。戦後すぐに共産党に入党し、共産主義革命を目指します。しかし、すぐに共産党内部の軟弱さに嫌気がさし、その批判を共産党系の雑誌「新日本文学」に「書かれざる一章」として発表します。そのため党指導部から批判され、除名処分となった彼は文学の道へと方向を転換します。
 1958年、「ガダルカナル戦詩集」を発表した彼は詩人として文学界にデビュー。小説も書き始めると、大岡昇平、野間宏、埴谷雄高らとともに戦後の文学界を代表する作家となってゆきます。
 1977年、彼は自らの創作活動とは別に、小説家を育てるための養成講座「文学伝習所」を佐世保で開講します。この講座は日本各地に広がりを見せ、北海道、山形、群馬、新潟、長野などへと広がりました。この映画には、伝習所の生徒たちが数多く登場し、インタビューにも答えています。
 彼のもう一つの顔は、カリスマ的な作家であると同時にイケメンのモテモテ作家だったことです。様々な女性たちと浮名を流した彼は、当時の人気作家、三谷晴美との不倫関係を続けますが、彼女はその関係を絶つために自ら俗世間を離れ、ついには出家。瀬戸内寂聴と改名した彼女は、その後、井上と生涯、友人としての関係を続けることになります。
 彼は、この映画で撮られている闘病生活の後、1992年(平成4年)5月30日、癌によってこの世を去りました。(ちなみに、彼の娘、井上荒野は父親と同じ小説家の道を選び、「切羽へ」(2008年)で直木賞を受賞しています)

<カルト集団・生と死>
 この映画に収められているのは、井上の晩年、死までの5年間です。もともとこの映画は、カリスマ的作家の伝習所の様子を記録するのが目的だったようで、映画の前半部は伝習所の授業風景や打ち上げの様子を淡々と収めた映像が続きます。監督自身が、コメントでこの部分は目的がなくただ撮っているだけだったと語っています。
 とはいえ、井上と生徒たちの関係の濃密な関係はまるで新興のカルト教団のようにも見え強烈なインパクトがあります。おまけに、参加している女子生徒(といっても、みなおば様)たちが、それぞれ井上とのセクシャル(肉体的、精神的)な関係についての思い出を語るのですから、いよいよ驚きです。ここまでは、まさに不思議なカルト集団の映像記録といった感じです。この部分だけ観ると、「面白くない」と思ってしまう人もいるかもしれませんが、そのままでは終わりません。
 この後、井上が病院で癌を告知されたところから、映画の流れが変わってきます。手術により一度は回復するものの、再検査により転移が確認されると映画は一小説家と妻による癌との闘病生活を追う「生と死」に迫るドキュメントへとなるのです。ただし、それだけのことなら、どこにでもある病院を舞台にしたドキュメンタリー作品にとどまったかもしれません。この作品の本当の見どころは、ここから見せるもう一つ新たな展開にこそあります。

主観的な「生い立ち」>
 撮影が2/3ぐらい進んだ頃、井上自身が書いた生い立ちを信じて撮影を進めていた監督の原一男は、井上の過去を知る友人や親戚たちへのインタビューの中で、彼の生い立ちに関し様々な食い違いがあることに気づきます。
 例えば、満州で生まれたとしていた出生地は、戸籍によると福岡県の久留米市だったことがわかりました。そして、両親の離婚後、父親に捨てられ祖父と共に極貧生活を送り、子どもの頃から炭鉱で働いていたというのも、実際は炭鉱で正社員として働く父親のもとで何不自由なく育てられていたこともわかりました。
 15歳で朝鮮人女性の売春宿で童貞を失い、そこで働いていた憧れの少女に笑われてしまった彼の有名なエピソードなどは、まったくの創作でとわかりました。(このエピソードを再現した映像部分で見せる朝鮮人女性たちの踊りと演奏は、実に怪しく美しい、この作品のもう一つの見せ場になっています)
 ついには井上の実の妹さんが、兄が小学校時代「嘘つきみっちゃん」と呼ばれていたことを明かします。
 このあたりから、井上の講演会や勉強会の映像と彼の嘘を示す関係者のインタビュー映像が交互に映し出されるようになります。(このあたりの編集が絶妙です)
 実は原監督自身が、撮影中に井上の嘘に気づき始め、彼の生い立ちを再確認するべく関係者へのインタビューを行おうとしたところ、井上からストップがかかったといいます。さらに井上の長年の友人でもある埴谷雄高から、井上が死ぬ前に映画を完成させるよう頼まれ、一度は了解させられました。
 しかし、中途半端な状態で完成させる気にはなれず、結局、完成しないないまま主人公の死を迎えてしまいました。こうして彼の死後、改めて関係者へのインタビューが行われ、井上の書き残した生い立ちの真偽を確かめながら映画は完成させられることになりました。

<人生を小説に仕上げた「嘘つきみっちゃん」>
 興味深いのは、井上の虚言は映画の中で少しづつ明らかにされますが、誰一人そんな彼の嘘を批判する人がいないことです。伝習所の生徒だけでなく友人や親戚たち、誰もが彼の虚言もまた小説家である彼の作品であり、人生の一部であると認めているのでしょう。
 何せ、彼は自らの講演会でどうどうと聴衆に虚言のすすめを行っていたのです。
 「不倫でもなんでもしてください!やりたいことをやればいいんですよ」と女性たちを扇動。そして「不倫してもばれないようにすればいいんです。ただし、上品に、そして激烈に!」と続けます。
 伝習生だけでなく講演会の聴衆を喜ばせることが大好きだった彼は、ステージに上がってストリップだってやるし、占い師にだってなります。それどころかこの映画では、癌の開腹手術を公開し、お腹の中までも見せてくれるサービスぶりです。人を喜ばせるためなら、嘘をつくなんてどうってことないのです。「上品に激烈に」嘘をつくことで、「全身小説家」井上光晴は誕生したのです。
 この作家魂に感嘆です。

<最後の嘘つき合戦>
 映画のラスト、井上の葬儀で瀬戸内寂聴は、こう死者に語りかけました。
「男性と女性はセックスぬきの友人関係を築くことは困難だと言われます。しかし、私はあなたとその稀有な関係を築くことができたと思っています・・・」
 この言葉について、葬儀委員長を務めていた埴谷は、二人の関係が肉体も含めた関係だったことは作家仲間なら誰でも知っていることと説明。そのことを彼女は井上にとっての最後の公の場で否定し、それを既成事実にすることで見事に井上の上を行ってみせたと、語ります。
 しかし、それを観ていた僕は、ここまでくるとそんな埴谷氏の発言や文学界における二人の噂もまた信じられなくなってきました。この映画は、登場する伝習生たちも含めて、その多くが作家仲間の証言でできています。その意味で、この映画は「嘘つきたちの証言集」ともいえる作品とも考えられます。ドキュメンタリー映画とはいっても、本当は自作自演のフィクションを集めた劇映画なのかもしれません。ただただ事実を集めた映像集ではないからこそ、この映画は「ドラマチック」で「驚きに満ち」、「サスペンス満点」でありながら「奥の深い」作品に仕上がったのです。
 リアリズムとフィクションの境界線上にこそ、本当にスリリングな映画は誕生しうることを証明する作品ともいえます。
<注>
 2015年版のDVDに付けられた特典映像「原監督と精神分析医の先生との対談」は見ごたえがあります。是非、最後にそちらもお見逃しなきよう!本編も初公開時より20分ぐらい追加されているようです。

「全身小説家」 1994年
(監)(撮)原一男
(製)小林佐智子
(編)鍋島惇
(音)関口孝
(出)井上光晴、井上郁子(妻)、埴谷雄高、瀬戸内寂聴、野間宏、金久美子

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