「大統領の陰謀 All the President's Man」 1976年

- アラン・J・パクラ Alan.J.Pakula 、ロバート・レッドフォード Robert Redford -

<新聞記者が活躍する映画>
 意外かもしれませんが、新聞記者が主人公として大活躍する映画はそう多くありません。逆に新聞記者ほど多くの映画に登場する職業もないでしょう。犯罪、政治、災害、スポーツ、芸能、怪獣、オカルト・・・etc.あらゆるジャンルの映画に新聞記者は登場しています。その仕事上、彼らほどどんな映画にも登場できる職業はないのです。しかし、彼らのほとんどは英雄的存在として描かれてはいません。彼らの多くは、事件についての傍観者にすぎなかったり、取材活動によって捜査を妨害する邪魔者だったり、主人公のスキャンダルを暴いて彼を窮地に陥れる存在だったりとあまり良いイメージとは結びつきません。それはたぶん、新聞記者には、記事を書くことはできても、法廷に訴えたり、逮捕したり、やっつける権限も腕力もないからかもしれません。(「スーパーマン」のように変身してしまえば可能かもしれませんが・・・)「ペンは剣よりも強し」といいますが、ペンを使って闘う新聞記者が剣を振り回す英雄に比べ絵になりにくいのも確かです。それでも、架空の物語なら新聞記者に大統領の不正を暴く特ダネを書かせることもできるし、スーパーマンに変身させることもできるでしょう。しかし、実際にあった事件を実在の人物を主役にして描くとなると話は別です。そうなれば映画の中にカーチェイスも、銃撃戦も、妖しい美人とのキスシーンも、危機一髪の暗殺未遂事件も描くことはできないでしょう。そう考えると、新聞記者を主役にした実録犯罪映画「大統領の陰謀」は意外に貴重なタイプの作品だったのです。
 しかし、この映画の本当の貴重さは、そうしたジャンルとしての珍しさにあるのではありません。そうした映画化困難な題材を取り上げながらも、観客を引き込んで飽きさせないエンターテイメント性を見事に実現していることにこそ、この映画の価値があるのです。それはもちろん、この映画の監督であるアラン・J・パクラの手腕によるところ大なのですが、それ以上にこの企画を実現した影のプロデューサー、ロバート・レッドフォードの先見性と情熱によるものでしょう。

<映画化実現までの道のり>
 驚くべきことに、この作品の映画化準備は現実の事件報道とほとんど同時進行で進んでいました。民主党本部のあるウォーターゲイト・ビルに浸入し盗聴工作をしようとした元CIAのジェームズ・W・マッコードJrらが逮捕されたのは、1972年6月17日のことです。その後、ワシントン・ポストの若手記者ボブ・ウッドワードとカール・バーンスタインがこの事件に注目し調査を開始します。当初、ホワイトハウスはこの事件を政治的狂信者が起こしたものとしていましたが、二人の記者は明らかにおかしいと感じ、徹底的に調査を行いながらワシントンポスト紙によって次々に事実を明らかにしてゆきました。
 ちょうどこの頃、ロバート・レッドフォードは自らが主演した「候補者ビル・マッケイ」のキャンペーン中で多くの新聞社記者たちが二人の記事に冷笑的であることに驚くと同時に、その責任感のなさに怒りを覚えたといいます。1973年にいよいよ事件の全貌が明らかになると、レッドフォードはさっそくウッドワードに会いにワシントンに向かいました。そして是非二人の活躍を映画化したいと申し出たのです。この時点ではまだ首謀者でもある大統領のニクソンは辞任しておらず、辞任しておらず、事件は未解決だったといえます。しかし、レッドフォードの申し出にウッドワードはさっそくそれまでの出来事をまとめて出版する準備を始めました。こうして、レッドフォードの働きかけにより、二人の共著であり映画の原作ともなった「大統領の陰謀」執筆の作業が始まったわけです。レッドフォードは二人のこう言ったそうです。
「これは、おそらく世界中の他のどの国でもできないことだ。アメリカほど開放的な社会を誇れる国はない。だからこそ私は映画化してみたい」
 こうして、レッドフォードは自らが設立した独立プロ、ワイルドウッド・エンタープレイズが二人の原作を映画化する権利を得たのです。とはいっても、映画を製作するためには、多額の製作費を出資してくれる企業が必要です。当初、レッドフォードは無名の俳優を使ってドキュメンタリー・タッチの小規模な作品を撮るつもりでしたが、原作が出版されると急に各映画会社が動き出し映画化権が高騰してしまいました。そのため、レッドフォードと組むことになったワーナー・ブラザースは、映画化権獲得のために予想以上の金額45万ドル+歩合という契約を交わすことになりました。この時点で、映画をヒットさせることは至上命令となります。そのため、映画化の企画は一気に大きくなり主役はレッドフォード自らが勤めることになり、相手役にも大物俳優ダスティン・ホフマンが選ばれることになったのでした。実は、ダスティン・ホフマンもまた、この企画の映画化権を獲得したいと考えていた一人でした。

<アラン・J・パクラ(監督)>
 監督を担当することになったのは、アラン・J・パクラ Alan.J.Pakula。1928年4月7日ニューヨークのブロンクスに生まれたチャキチャキのニューヨーカーです。 もともとは精神病院の医師になるつもりが、エール大学でチェーホフの芝居を演出したことから演劇の魅力にひかれ舞台の演出家になった人物です。その後、舞台から映画へと活動の場を移し、パラマウントでプロデューサーとして活躍し始め、独立後は「アラバマ物語」や「下り階段をのぼれ」などをプロデュース。1968年に自らのプロデュース作品「くちずけ」で初めて監督も兼任。この映画では、ライザ・ミネリがアカデミー主演女優賞にノミネートされることになり、早くも彼の監督としての手腕は高く評価されます。さらに次作の「コール・ガール」(1971年)では、ジェーン・フォンダがアカデミー主演女優賞を受賞。一躍一流監督の仲間入りを果たすことになります。そんな彼にとって「大統領の陰謀」は初めて監督の仕事に徹することができる作品となりました。この作品を代表作として、ハリウッドでは珍しい政治サスペンス映画の巨匠として、この後も活躍することになります。(1998年11月19日、交通事故のため亡くなりました。ご冥福をお祈りいたします)

<ウィリアム・ゴールドマン(脚本)>
 地味で複雑な原作をエンターテイメントとして楽しめる映画になるよう上手く脚本家したのは、レッドフォードと何度もコンビを組んできたウィリアム・ゴールドマン William Goldmanでした。彼はレッドフォード主演の「明日に向かって撃て!」(1969年)「華麗なるヒコーキ野郎」(1975年)「ホット・ロック」(1971年)で脚本を担当。レッドフォードは映画化権を獲得する一年も前から彼を連れてワシントン・ポストを訪れ、取材を重ねていました。
 ちなみに彼はもともと小説家で、ポール・ニューマンの「動く標的」で初めて脚本を担当した後も、平行して小説も書いていて、この後、ダスティン・ホフマン主演で映画化され大ヒットすることになるサスペンス小説「マラソン・マン」も彼の作品です。

<ゴードン・ウィリス(撮影)>
 もうひとり、この映画の撮影を担当したゴードン・ウィリス Gordon Willisの存在も忘れられません。特に有名なのは、二人が国会図書館で膨大な書類の山から重要な手がかりを探す様子をとらえたシーン。上から彼らの姿をとらえたカメラが少しずつ引いてゆくと、膨大な書類の中に彼らがどんどん小さくなってゆきます。それは、巨大な政治組織に挑んだ二人の存在がいかに小さなものかを象徴する重要な映像でした。(実は、こうした映像テクニックはあくまでリアリズムにこだわる彼のやり方とは相反するものだったようなのですが、・・・)
 本当に彼がこだわったのは、新聞社内での撮影を蛍光灯の明かりだけで行ったことかもしれません。新聞という人工的な印刷物の無機的なイメージを映像化するため、ワシントン・ポスト社内の蛍光灯だけで撮影を行えるよう、より明るく撮影に影響しない蛍光灯が準備されました。一見ごく普通の新聞社の中に見えるようでも、そこには隠れた工夫があったのです。

<デヴィッド・シャイア(音楽)>
 この映画の音楽を担当したデヴィッド・シャイア David Shire は、1937年7月3日ニューヨーク州バッファローに生まれています。父親がミュージシャンだったことから、音楽的に恵まれた環境で育ち、エール大学では音楽を学びました。同級生だった作詞家のリチャード・マルトビーJrとコンビを組んでソングライティングを始める。この頃の作品「ワシントン広場の夜はふけて」はヴィレッジ・ストンパーズが演奏して大ヒット。1946年「彼女は億万長者」で初めて映画音楽を手がけた彼は、1970年代に入ると数多くの作品を手がけることになります。
「カンバセーション」(1974年)、「サブウェイ・パニック」(1974年)、「さらば愛しき女よ」(1975年)、「ヒンデンブルグ」(1975年)、「サタデー・ナイト・フィーバー」(1977年)、「ノーマ・レイ」(1979年)、「ショート・サーキット」(1986年)など
 フランシス・フォード・コッポラの妹で女優のタリア・シャイアの元夫でもある。

<渋い傍役たち>
 レッドフォードとダスティン・ホフマン以外にも、この映画には渋い役者たちが数多く出演しています。ワシントン・ポストの上司役としては、「十二人の怒れる男」にも出演しておりウォーレン・ベイティの「シャンプー」でアカデミー助演男優賞にノミネートされたジャック・ウォーデン Jack Warden。同じくワシントン・ポストの編集局長役で出演しているのは、「4人の道化師」でアカデミー助演男優賞を獲り、「十二人の怒れる男」、「波止場」、「サブウェイ・パニック」など数多くの作品に出演している傍役の中の傍役マーチン・バルサム Martin Balsam。それとワシントン・ポストの編集主幹として出演し、この映画でアカデミー助演男優賞を受賞した大物俳優ジェーソン・ロバーズ Jason Robards。彼は当時アメリカ演劇界で最も優れた俳優と呼ばれる重鎮的な存在でした。映画では、サム・ペキンパーの「砂漠の流れ者」、フレッド・ジンネマンの「ジュリア」などの名作に主演している大物俳優です。
 それから、事件の重要な情報を提供する謎の人物ディープ・スロートを演じるのは、「警察など公的組織内にいながら実は悪者でした」的人物を演じると右に出るもののない存在だったハル・ホルブルック Hal Holbrookです。「ダーティー・ハリー2」、「カプリコン1」などでの悪役ぶりは忘れられません。
 他にも、ロバート・アルトマン作品などで活躍している名傍役のネッド・ビーティも出演。主役も含めて、それぞれの俳優が抑えた演技を見せながらリアルな新聞社の雰囲気を見事に再現しています。

<撮影開始>
 1974年5月、いよいよこの映画の撮影が始まりました。撮影に関しては当然リアリズムが重視され、映画の重要な舞台ともなるウォーターゲイト・ビルは実際に映画でも使われ、犯人逮捕のきっかけとなった通報者の警備員も本人が出演するという徹底ぶりでした。ホワイトハウスでの撮影は許可が下りなかったのですが、この時点でまだニクソンは大統領を辞任してはいなかったのですから仕方なかったかもしれません。しかし、それ以外のワシントン・ポスト社、国会図書館、国会議事堂、FBI本部などの重要な建物はそのまま本物が撮影に使用されました。現職大統領を犯罪者として追求する映画の撮影がこうして自由に国の施設を使用して行えるということ自体、なんだかんだいってもアメリカは自由の国であるという証明なのかもしれません。
 撮影完了ははニクソンが辞任した翌月の9月。現実の結末がわかったところで、いよいよ編集作業が始まりました。複雑な事件を2時間という枠に収めるために、撮影されたフィルムはさらに短く刈り込まれ、ついに「大統領の陰謀」が完成しました。
 大統領をトップとする国家の上層部を敵に回し、一企業のごく限られた人間たちが闘いを挑んで見事にやっつける。「まるで映画のような」お話が本当に起きてしまう国、アメリカ。そして、そんな事件の顛末を見事なエンターテイメントに仕上げる映画人たちの誇りと手腕。
 やはりアメリカという国は凄い。盗み聴きをする男が大統領になってしまうというのも、どうかと思いますが、それを「ペン」でやっつけることができる国は、世界中にいくつあるでしょうか?こうして、この映画はアメリカの恥を世界に暴露しつつも、アメリカの民主主義がいかに素晴らしいものであるかを誇らしく世界に示す作品となったのです。
 同じ年、アメリカン・ドリームの素晴らしさを世界に示した映画「ロッキー」も公開されています。ヴェトナム戦争での敗北や経済不況により、国への信頼を失っていたアメリカ国民は、この日本の映画によって、アメリカという国を再評価し、再び元気を取り戻すことになるのです。

「大統領の陰謀 All the President's Man」 1976年公開
(監)アラン・J・パクラ
(製)ウォルター・コブレンツ
(原)ボブ・ウッドワード、カール・バーンスタイン
(脚)ウィリアム・ゴールドマン
(撮)ゴードン・ウィリス
(編)ロバート・L・ウォルフェ
(音)デヴィッド・シャイア
(出)ロバート・レッドフォード、ダスティン・ホフマン、ジェーソン・ロバーズ、ジャック・ウォーデン、ハル・ホルブルック、ネッド・ベイティ

<あらすじ>
 1972年、アメリカにおける当時の野党、民主党本部があるウォーターゲイト・ビルで数名の浸入犯が逮捕されました。盗聴装置を設置しようとしていた犯人の中にはCIAの職員だった人物もいましたが、政府は政治的狂信者による犯行と声明を発表し、単なる不法侵入事件として収めようとします。
 しかし、ワシントン・ポストの記者、ボブ・ウッドワード(ロバート・レッドフォード)とカール・バーンスタイン(ダスティン・ホフマン)は、そこには裏があると調査を始めます。上司もその調査にGOサインを出しますが、しだいにその仕掛け人は政府上層部共和党選出の大統領ニクソンであることが明らかになってゆきます。
 二人はその疑惑を裏づける証拠探しのために事件関係者への取材を重ね、「ディープ・スロート」という謎の内部告発者とも知り合います。
 事実が明らかになるにつれ、二人には調査を中止するよう、圧力がかかり始めます。当然、ワシントン・ポストにも圧力がかかり始めますが、彼らの上司は二人を守り、取材を続けるよう激励します。二人は大統領を犯罪者として訴えることができるほどの証拠をつかむことができるのでしょうか?

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