イラク戦争の英雄は誰を殺したのか?


「アメリカン・スナイパー American Sniper」

- クリント・イーストウッド、クリス・カイル -
<やっぱりイーストウッド>
 素晴らしい作品なのだとわかっていても、イラクに派遣された兵士の心の闇を描いた作品ということで、正直、「重いなあ」と思いつつ観ました。でも、やっぱりクリント・イーストウッド監督作品です。タイトルどうり、優秀なスナイパーを描いたヒーロー映画にもなっているし、スリス満点の戦争アクション映画でもあって娯楽映画として一級品です。それでいて、女性や子供たちまでもが犠牲となる戦争の悲劇を描いた反戦映画でもあり、偶然とはいえあまりに衝撃的なラストの展開も準備されています。
 さすがは、アメリカが誇る20世紀最後の巨匠です。というわけで、この映画の魅力について考えてみました。

<リアリズムへのこだわり>
<リアルな戦争>
 この映画の魅力は、イーストウッド作品の特徴ともいえるリアリズムへのこだわりから生まれています。
 この映画の見せ場となるイラクの街中での戦闘シーンは、モロッコのラバトの街を巨大なセットとして撮影されました。使用されている装甲車などは、どれもモロッコ軍の現役車両だし、装備や武器などもどれも本物。当然、それらを操る兵士たちは、本物を使い、実弾を使用した射撃練習を受けたそうです。シールズのメンバーの中には、実際にクリスト共に戦闘に参加した本物の兵士もいます。
<リアルな肉体>
 本物なのは、兵器だけではなく兵士の肉体も同様です。クリスを演じたブラッドリー・クーパーは、この映画のために83キロだった体重を肉体改造によって107キロにまで増量。もちろん、その増量分はすべて筋肉です。映画の中の訓練シーンで彼が持ち上げている190キロのベンチ・プレスは、本物のウェイトを使っているそうです。
 ブラッドリー・クーパーといえば、大ヒットしたコメディー映画「ハングオーバー!消えた花ムコと史上最悪の二日酔い」でブレイクした俳優さんです。あのオチャラケた俳優が、髭をたくわえ鋼の肉体を身にまとった彼の姿は、実物のクリスにそっくりです。その肉体だけでも、彼の俳優魂は大したものです。
<リアルな音響>
 この映画はアカデミー音響編集賞(Sound Effects Editing)を受賞しています。(アラン・ロバート・マレー、バブ・アズマン)
 さらに特徴的なのは、この映画には基本的に音楽が使われていません。作曲者のクレジットもなく、使われているのは不気味な通奏低音のような音響のみです。戦闘シーンは始まる前の不気味な効果音だけで、勇ましい戦争映画にありがちなマーチなどの音楽をあえて使用しないことで、この映画のリアルさがより増しているといえます。
<リアルな映像>
 2002年の「ブラッド・ワーク」以降のイーストウッド作品を手掛け続けているカメラマン、トム・スターンの手堅い映像もまたリアリズムを支えています。戦場ものとしては「硫黄島からの手紙」や「父親たちの星条旗」でも、彼はリアルな戦場を撮っています。けっしてこの映画では「美しい夕日」や「洒落た構図」などの絵的に優れたカットは使われていません。でも、それが逆にカメラの存在を忘れさせるわけです。そうすることで、ごくごく自然にカメラは観客の目となり、それが自分の目の前で起きているように感じられるわけです。

<映画の誕生まで>
 この映画の企画は、クリス・カイルという実在の伝説的スナイパーが自伝を発表する前、映画の原作者、製作者らがインタビューを行うところから始まっています。脚本を担当することになるジェイソン・ホールが直接クリスとの対話を行う中で、企画が具体的に脚本化されることになりました。当初、監督候補にあがっていたのは、スティーブン・スピルバーグだったそうですが、その後、スピルバーグと仲がいい、クリント・イーストウッドにまわり、脚本の完成段階から彼が参加することになったようです。
 しかし、監督がクリスと会う前に、衝撃的な事件が起きることになります。それはまるで、映画の結末を準備するかのような出来事でした。日本なら、事件の影響により映画はお蔵入りになるか、撮影延期ということになりるかもしれません。ただし、主人公のクリス以上に大物だった彼の奥さんの決断により、映画は前に進むことになりました。
 そんな彼女の願いに答えるようにこの映画は、クリスと彼の同僚たちの思いを映像化することに見事成功。多くの退役軍人たちがこの映画の完成版を観て、「よくぞ我々の戦争、我々の思いを映像化してくれた」と涙を流したといいますから、それだけこの映画は退役軍人たち気持ちに寄り添う作品なったということでしょう。
 けっして兵士たちの人生を否定せず、しかし、不条理な戦争を否定する。そんなイーストウッド監督のスタンスはなかなか他の監督にはできない技です。

<イスラムからの視点>
 イーストウッド監督は、「硫黄島からの手紙」と「父親たちの星条旗」二本の作品で、第二次世界大戦を日本側の視点とアメリカ側の視点、両方から描いてみせました。しかし、イラク戦争をイスラム教徒の側から描くことは、さすがに彼にも難しいでしょう。この映画では、シリア人スナイパーの自宅の部屋にオリンピックの授賞式の写真が飾られていて、それがかろうじて彼の人間性を表現していましたが、それ以上は踏み込めてはいません。思えば、「硫黄島からの手紙」が作られたのが、2006年ですから、太平洋戦争終結後60年がたっていました。一つの戦争を両方の立場から冷静に描くにはやはりそれくらいの年月は必要なのかもしれません。
 いつになったらムスタファや自爆テロの犯人を主人公にした映画が撮られる日が来るのでしょうか?

<シールズSEALsとは?>
 クリスが所属していたSEALsとは、「米国海軍特殊部隊」の略称です。その原点となったのは、「米国海軍設営部隊」(海から上陸して戦闘準備を担当する部隊)と呼ばれる部隊でした。それが、より攻撃的要素を強めた「偵察襲撃部隊」(スカウツ&レイダース)となり、第二次世界大戦中には、アクアラングなどの装備を用いた海の中での戦闘も行う「水中破壊工作部隊」(UDT)へと進化。さらにそれがケネディ政権時代に、より広い範囲の偵察、戦闘を行える「特殊作戦部隊」(SDF)へと発展。現在のSEALに至っています。正確に言うと、SEALsというのは、SEALの中の一部隊のことです)
 元々は海の中の特殊部隊だったものが、海からの上陸だけでなく様々な形で敵地域に侵入し、偵察、爆破、暗殺など様々な攻撃を行う究極の特殊部隊へと進化した歴史は、ある意味、20世紀の戦争の進化を表す存在だともいえます。
 明確な敵国との富と名誉をかけたガチンコの戦いだった第一次世界大戦。
 世界を二分する大規模な戦闘となり、核兵器までも生み出した第二次世界大戦。
 米ソの代理戦争として、兵器と物資の供給合戦となった朝鮮戦争。
 森の中でのゲリラ戦によりそれまでの戦いとは大きく変化し、米国が敗北に追い込まれたベトナム戦争。
 軍隊ではなくテロリストという見えざる敵を相手にすることになった同時多発テロ事件以後の戦争。
 特に、テロ事件が頻発し、世界各地で要人だけでなく一般市民までもが誘拐される時代となった21世紀、彼らの敵地への侵入と人質奪還や要人の暗殺任務の重要性は増すばかりです。しかし、その任務のほとんどは極秘作戦なため、その部隊の活動のほとんどは知られることがありません。
 シールズに関しては、シールズの隊員となった息子と彼の母親とのメールのやり取りから、彼の死までを描いた11日間の物語「11日間」という小説があります。

「アメリカン・スナイパー American Sniper」 2014年
(監)クリント・イーストウッド
(製)ロバート・ロレンツほか
(原)クリス・カイル「ネイビー・シールズ最強の狙撃手」
   スコット・マキューアン、ジム・デフェリス
(脚)ジェイソン・ホール
(撮)トム・スターン
(編)ジョエル・コックス、ゲイリー・ローチ
(出)ブラッドリー・クーパー、シエナ・ミラー、ルーク・グライムス、ジェイク・マクドーマン、ケヴィン・レイス、サミー・シーク(ムスタファ)
アカデミー音響編集賞
<あらすじ>
 クリス・カイルは、テキサス生まれのテキサス育ちで、弟と共に典型的な南部の保守的な家庭で育てられました。
父親は、彼ら兄弟にお前たちは、「ひつじ」のような大衆ではなく、「ひつじ」を守る番犬になるのだ。そして、「狼たち」から大衆を守る立場になれ、そういって育てたといいます。
 そんな愛国的な教育を受けて育った彼は、プロのカウボーイとして暮らす生活をしていましたが、1998年のケニヤ、タンザニアにおけるアメリカ大使館へのテロ攻撃のニュースを見て、イスラム過激派との闘いに参加する決意を固めます。こうして軍に志願した彼は、最も優秀な兵士たちからなるシールズのメンバーに選ばれ、スナイパーとしてイラクに派遣されることになります。
 戦場でスナイパーとして160人以上を射殺し、レジェンドと呼ばれることになった彼は、名誉と称賛を得ながら心を少しずつ病んで行きます。数度のイラク出兵の後、結婚し、子供にも恵まれた彼ですが、家庭でもしだいに心がイラクへと向かうようになります。
 4度目のイラクで彼はシリア人スナイパーを射殺する任務に就きますが、仲間と共に建物で絶体絶命の危機に追い込まれます。
 オリンピックのメダリストで1900mの距離で敵兵を射殺した謎のシリア人スナイパー「ムスタファ」との勝負は?
 彼はチームのメンバーと共に無事脱出できるのか?
 彼の壊れかけた心はもとに戻るのか?
 しかし、最後に驚きの結末が訪れます。

21世紀の代表作へ   映画史の代表作へ   トップページへ