天才ジャズ・シンガーの早すぎた栄光と死

- エイミー・ワインハウス Amy Winehouse -

ドキュメンタリー映画「AMY」

<天才ジャズ・シンガー登場>
 エイミー・ワインハウス Amy Winehouse は、1983年9月14日イングランドのミドルセックス州で生まれました。両親はユダヤ系の労働者階級で共働きをしながら、彼女を育ててくれました。彼女はいつも忙しい親の元で、父親の影響からジャズを聞きながら育ちました。そのおかげで、様々なジャズ・シンガーの歌マネが上手な少女に成長します。そして、10代でジャズ・クラブなどで歌うようになり、スカウトされて18歳でアルバムを録音することになります。10代ですでにベテラン・ジャズ・シンガーのように歌う彼女を周囲は天才ジャズ・シンガーと認めました。たまたま同級生が歌手で、そのつてでデモテープを持ち込んだところ、見事に契約成立。10代でデビューのチャンスを獲得します。
 こうして発売された2003年のデビュー・アルバム「フランク」は、ジャズ・ファンを中心に話題となり、いきなり67万枚を売り上げるヒット作となりました。しかし、ここまでのブレイクがあまりに早すぎたことが、その後の彼女を運命を変えることになります。
 デビュー作の予想外のヒットにより、彼女は様々なプレッシャーに晒されることになります。そして、長くつき合っていた恋人にすすめられ、彼女はマリファナだけでなく、コカインやヘロインにまで手を出すようになって行きます。いつしか新作の制作どころではなくなった彼女は、薬物依存のリハビリ施設に入所しようとしましたが、家族が介入。結局、施設に入ることなく家族と共に薬物からの依存脱却を行うことになりました。それでも一応この時点で一度は立ち直ったのですが、それは付焼刃的な処置だったことがその後明らかになります。
 そして、彼女が自らの体験をもとにリハビリ施設のことを歌った曲「リハブ」がまさかの大ヒットになってしまったことから、再び歯車が狂い始めることになります。

<ブレイクから再び泥沼へ>
 マーク・ロンソンの協力を得て発表されたアルバム「バック・トゥ・ブラック」(2006年)は、シングル「リハブ」の大ヒットもあり、見事全英ナンバー1の大ヒット作となりました。それまではジャズ系シンガーとして一部のファンの間に人気の存在だった彼女は、ここから一気にポップ・スターの仲間入りを果たします。ポップ・ソングを歌う「ビリー・ホリディ」として扱われ、時代の兆児となったのです。
 一躍セレブとして扱われることになった彼女は、再びそのプレッシャーから薬物依存状態に戻ってしまいます。ついに彼女はリハビリ施設に入所することになりますが、ここで彼女に薬物依存への道を歩ませた夫と共に入所できる施設を選択します。腐れ縁となっていた夫とここで完全に別れられたら、もしかすると彼女の人生は変っていたかもしれません。結局彼女はとりあえず薬物依存からは回復しますが、その代わりアルコール依存症が悪化してしまいます。

<グラミー賞獲得の快挙>
 2008年、彼女のアルバム「バック・トゥ・ブラック」がアメリカでグラミー賞の候補作に選ばれます。一応その時点で回復していたとはいえ、彼女の薬物依存はアメリカでも問題視されていて、グラミー賞授賞式出席のための彼女の入国ビザ取得は認められませんでした。そこで、彼女は英国の特設スタジオから発表を見守ることになりましたが、そうした状況にも関わらず、彼女は最優秀新人賞や最優秀楽曲賞など5部門を受賞します。
 この時の受賞式で、賞を発表するためにステージに上がったジャズ・シンガーのトニー・ベネットを英国の会場のテレビ画面で見た時の彼女のチャーミングな笑顔は忘れられません。そのトニー・ベネットとはこの後、彼のデュエット・アルバム「デュエットⅡ」(2011年)で共演することになります。
 ポピュラー音楽の最高峰とも言えるグラミー賞を獲得し、子供時代からの憧れだったトニー・ベネットとの共演も実現。20代にして、幼いころから描き続けてきた夢を実現してしまった彼女は、この時点で目標を失ってしまったのかもしれません。そんな彼女に追い打ちをかけるように、彼女とは別居状態になっていた夫から離婚を求める書類が届きます。最愛の夫を失ってしまった彼女の精神状態はいよいよ危機的状況になります。

<早すぎた死への道のり>
 ここまでくれば、彼女の精神が崩壊することは目に見えていたはずですが、周囲は彼女をそこから救いだそうとはしませんでした。彼女の父親も、海外ツアーの契約を交わしていたことから、娘にツアーに参加するよう指示。彼女の精神的な危機について見て見ぬ振りを通しました。
 彼女が生涯、異常なまでに恋人に対し愛情を求め続けたのは、もしかすると両親からの愛を彼女が感じることができなかったからかもしれません。彼女がスターになったことで、突然彼女のそばに現れた両親を信じられないと思いながらも、自分がスターでいる限りは両親からの愛を受け続けることができる。そう彼女は信じたからこそ、ボロボロになってもライブに出演しようとしたのかもしれない。・・・そう考えると本当に彼女が可哀想になります。思えば、ジャニス・ジョップリンも同じように愛に餓え、それを求め続けるためにボロボロになるまで歌い続けたと言われています。本当は、じっくりと時間をかけてビリー・ホリディのような大人のジャズ・シンガーになれればよかったのかもしれませんが、彼女の人生はすべてが早すぎたようです。歌う場所も巨大なアリーナではなく地下の小さなジャズ・クラブなら、彼女の人生はもっと長く味のあるものになっていたかもしれません。でも、そうはならなかったからこそ、彼女の歌は世界中の多くの人の心に残ることになったのも事実です。
 2011年7月23日彼女は家でウオッカを2本飲み干すことで、ついに心臓麻痺によりこの世を去ります。彼女のやせ細った身体を見れば、もう彼女には身を削るにも何も残されていなかったことは明らかでした。
 考えてみると、この映画で使用されているプライベート・フィルムなどの映像も、本当に彼女のことを愛している家族なら公開を望まなかったのではないか?そうも思えてきます。彼女が残した貴重な記憶である映像までも、両親はお金に換えてしまった・・・もちろん、その映画を見ている自分にそんな両親を批判する資格はないのかもしれませんが・・・なんだか悲しい話です。

「AMY」(ドキュメンタリー映画) 2015年
(監)アシフ・カパディア(英)
(製)ジェイムス・ゲイ=リース(製総)デヴィッド・ジョセフ、アダム・バーカー
(撮)ラファエル・ベッテガ、ジェイク・クレネル、アーネスト・ハーマン(編)クリス・キング(音)アントニオ・ピント
(出)エイミー・ワインハウス、ジュリエット・アシュビー、サラーム・レミ、トニー・ベネット、ニック・シマンスキー
アカデミー長編ドキュメンタリー賞、グラミー賞ンベスト・ミュージック・フィルム
2011年7月23日27歳でこの世を去った天才シンガーのドキュメンタリー映画。
残された貴重な映像を使うことで、本人が主演した伝記映画を見ているかのように仕上がっています。
両親や音楽関係のビジネスマンやマスコミによって、死へと追い込まれて行く姿があまりに痛々しい。
彼女の周りの人間でで許せるのは、数人の女友達と黒人のガードマンぐらい・・・そう思えるはずです。
両親も彼女を愛しているとは思えず、それが彼女の精神的な問題の根源にあると思わせます。
一本の素晴らしいドラマ作品を見たかのような感動を与えてくれるはず、「逃げるは恥だが命は救える!」
<映画「AMY」の使用曲>
赤字以外の歌はすべてエイミー・ワインハウス
曲名  作曲・作詞 コメント 
「Moon River」  (曲)ヘンリー・マンシーニ
(詞)ジョニー・マーサー 
1961年公開の映画「ティファニーで朝食を」
多くのアーティストがカバーしたスタンダード
「(There is)No Greater Love」  (曲)アイシャム・ジョーンズ
(詞)マーティー・サイムズ
1936年発表のジャズのスタンダード
「Detachment」  Amy Winehouse
Lewinson
未発表曲
「Stronger Than Me」 Amy Winehouse
Salaam Remi
アルバム「FRANK」(2003年)収録
「I Heard Love Is Blind」  Amy Winehouse  アルバム「FRANK」(2003年)収録 
「In My Bed」  Amy Winehouse
Salaam Remi
アルバム「FRANK」(2003年)収録 
「What Is It About Men」  Amy Winehouse
Wtson,Smith,Jackson,Cole,Cooper
アルバム「FRANK」(2003年)収録
「Some Unholy War」  Amy Winehouse デモテープより
アルバム「Back To Black」(2006年)収録
「Maria Maria」 by Santana
Santana,McRae,Hough,Duplessis
アルバム「スーパーナチュラル」(1999年)収録 
「Like Smoke」  Amy Winehouse
Nasir Jones
NASとのコラボ・デュエット曲
遺作として2012年に発表されたシングル
「Tears Dry On Their Own」  Amy Winehouse  アルバム「Back To Black」(2006年)収録
「Back To Black」  Amy Winehouse   アルバム「Back To Black」(2006年)収録 
「Rehab」  Amy Winehouse  アルバム「Back To Black」(2006年)収録 
「We are still friends」  Donny Hathaway 
Grenn Watts
ダニー・ハサウェイのカバー
オリジナルは「ライブ」(1972年)
「(Not Just) Knee Deep」  by Funkadelic アルバム「Uncle Jam Wants You」(1979年)収録
「You Know I'm No Good」  Amy Winehouse  アルバム「Back To Black」(2006年)収録 
「Wake Up Alone」  Amy Winehouse  アルバム「Back To Black」(2006年)収録 
「Love is a Losing Game」  Amy Winehouse   アルバム「Back To Black」(2006年)収録 
「Body and Soul」 by Tonny Bennett & Amy Winehouse
(曲)ジョニー・グリーン、(詞)エドワード・ヘイマン
ロバート・サワー、フランク・エイトン
 トニー・ベネットのアルバム「デュエットⅡ」(2011年)
「Valerie」  Amy Winehouse  アルバム「Back To Black」(2006年)収録
マーク・ロンソンとのデュエット 

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