絶滅か進化か、謎の領域に挑む女性たち |
<ファーストコンタクトSFの傑作>
日本では映画館で公開されず少々難解なこともあり、それほどこの作品は知られていません。しかし、原作の小説ジェフ・ヴァンダミアの「全滅領域」は、SF界の最高峰ネビュラ賞長編部門を受賞した傑作で、3部作のすべてを映画化する予定とのこと。(「全滅領域」は第一作)SFファンの多くが期待する映画だったようです。そのうえ映画化したのが映画界におけるSF映画に特化した巨匠アレックス・ガーランドなのですから、そもそも期待は大きかったはずです。そして、出来上がったこの作品は文句なしに傑作に仕上がっていると思います。
SF小説の歴史に残る名作J・G・バラードの「結晶世界」、ブライアン・オールディズの「地球の長い午後」、ストルガツキー兄弟の「ストーカー」、アーサー・C・クラークの「2001年宇宙の旅」を融合させたかのような世界観とストーリーを合わせもつファースト・コンタクトSFと世界終末SF両方の要素をもつSFファンにはたまらない作品と言えます。
<傑作SFへのオマージュ満載>
地球がアフリカの奥地から始まったすべての生物の結晶化によって終末を迎えつつある世界を描いた終末SF小説の最高傑作J・G・バラードの「結晶世界」。そこで描かれていた結晶化し光り輝く不気味な森を思わせる輝く木々がこの作品には登場しています。CGの発展によって可能になったこの映像は、SFファンなら長年見たかった映像です。(光り輝く鳥も登場したらもっと凄かったでしょう!)
地球が植物によって支配され、すべての生命が植物と化した遥か未来の地球を描いたSF小説「地球の長い午後」は、ブライアン・オールディズの最高傑作であり、世界終末後の地球を描いた傑作です。その中では人間さえも模倣する植物たちが登場します。この小説も長らく映像化不能とされてきましたが、この作品でその雰囲気を少しだけ味わうことができました。
危険な侵入禁止領域に入った案内人(ストーカー)たちの探査記録を描いたストルガツキー兄弟の小説「路傍のピクニック」は、アンドレイ・タルコフスキーにより「ストーカー」として映画化されていて、この作品と基本的によく似た物語です。この作品に登場する荒廃した建物の雰囲気は廃墟と化したその映画のイメージを思い出させます。ただし、この小説が発表されたのは1972年で、1986年に起きたチェルノブイリ原発事故後の廃墟の方がこの作品の基地内のイメージに近いかもしれません。
他にも、この作品からは過去のSF映画の傑作が思い起こされます。
人間の姿を模倣する生命体が登場する作品としては、その不気味さと美しさで「アンダー・ザ・スキン 種の捕食」が思い出されます。
隕石によってやって来た謎の生命体とのファースト・コンタクトの名作と言えば「遊星からの物体X」もありました。
映画をパート分けし、それぞれにタイトルをつけるというこの映画の構造は、SF映画の枠を越えた最高傑作スタンリー・キューブリックの「2001年宇宙の旅」へのオマージュかもしれません。
<世界を創造する>
SF映画成功のポイントは、「人間」や「宇宙人」を生き生きと描き出すことよりも、まったく新しい「世界」を創造し、それをリアルに描き出せるかどうかにあります。「愛」とか「憎しみ」とか人間的な感情を描くのが芸術作品の基本とされますが、SFの場合はそうではないのです。その点では、「芸術」ではないのかもしれませんがある意味SFとは、「芸術」をも越える存在であるべきなのです!ちなみにSFが「愛」を描くなら、それは人間同士の愛ではなく、異星人やロボットとの愛を描くべきです。(「her/世界でひとつの彼女」のような)しかし、SFの王道はあくまでも「新たな世界の創造」です。
「2001年宇宙の旅」、「ブレードランナー」、「トゥモローランド」、「インセプション」、「エイリアン」、「惑星ソラリス」など映画史に残る傑作は、どれもそれぞれ独自のまったく新しい「世界」を生み出すことに成功しています。これらの映画が生み出した画期的な「世界」は様々。
それぞれ「宇宙空間と宇宙船内」、「近未来の荒廃した都市」、「絶滅へ追い込まれようとする国」、「脳内記憶の中の世界」、「使い込まれた宇宙船と労働者」、「記憶と感情が生み出した脳内世界」など驚くべき世界が生み出されました。
そこで見事に映像化された「驚異の世界」はその後の多くの映画に影響を与えています。これこそがSF映画のやるべきことです。まったく新しい世界を創造し、それを観客に信じさせることができれば成功です。あとはその「驚き度数」が高いほどその作品は名作となりうるのです。
観客にリアルに体験してもらうためには音楽も重要な役割を果たしています。「エクスマキナ」(2015年)でも音楽を担当したベン・ソーリズブリーとジェフ・バーロウのコンビによる不気味なメロディーのない音楽は、アルフォンソ・キュアロン監督の「ゼロ・グラヴィティ」などの作品を思わせます。音響効果のような背景音は、観客に映画をリアルに体験させことに大いに貢献しています。
<アレックス・ガーランド>
この映画の監督アレックス・ガーランド Alex Garland は、1970年3月26日イギリスのロンドンに生まれています。マンチェスター大学を卒業後、1996年に自らの体験を生かした小説「ビーチ」を発表し、一躍有名になります。(後にレオナルド・ディカプリオ主演で映画化)さらに小説家として「四次元立方体」(1998年)、「昏睡」(2004年)を発表しています。
2002年にダニー・ボイル監督のゾンビ映画のヒット作「28日後・・・」で脚本を担当。映画界入りを果たし、その続編の「28週後・・・」(2007年)では製作総指揮。再びダニー・ボイル監督の「サンシャイン2057」(2007年)で脚本。その後は、ダニー・ボイル監督から離れて、次々に映画の仕事に関わって行きます。
2010年マーク・ロマネク監督の「わたしを離さないで」では脚本と製作総指揮。ピート・トラヴィス監督「ジャッジ・ドレッド」(2012年)でも脚本と製作。ジャルマリー・ヘランダー監督の冒険アクション「ビッグゲーム大統領と少年ハンター」(2014年)の製作総指揮。そして、ついに2015年「エクスマキナ」で初監督(兼脚本)を務め、この作品が監督としては2作目となりました。これまで関わってきた全8作品のうち、7作はSF映画です。ここまでSF映画に特化した監督は、他にいないと思います。それも、イギリス人らしく悲劇的な結末の暗い映画が多いのもこの監督の特徴でしょう。
「28日後・・・」「28週後・・・」は、ゾンビによって人類が絶滅しそうな世界を描いた作品。
「サンシャイン2057」は、死にかけた太陽に核爆弾を打ち込むため、命をかける宇宙飛行士たちの物語。
「わたしを離さないで」は、臓器を提供するために生み出されたクローン人間の悲劇。
「ジャッジ・ドレッド」は、犯人逮捕だけでなく審判から処刑までを実行するドレッドが活躍するディストピアSF。
「エクスマキナ」は、究極の人造人間とその試験を任された若者、神になろうとしたその開発者の対話を描いた哲学的SF。
タイプは異なるものの、様々な未来に起こりうる悲劇を描いた作品ばかりです。その意味では、この作品はこれまで彼が関わってきたSF映画の集大成いえるかもしれません。
<あらすじ>
生物学の教授レナは元軍人ですが、彼女の夫で軍人のケインは特殊任務に向かったまま一年間行方不明になっていました。その夫が突然家に現れますが、記憶が曖昧で、多臓器不全で倒れてしまい救急車で運ばれます。ところが搬送途中に軍隊によって拉致され、レナも気がつくと軍の施設サザン・リーチに閉じ込められていました。レナはそこで心理学者のヴェントレスから、施設の近くにある日隕石の落下後に「シマ―」と呼ばれる領域が誕生。そこに入った探査チームがことごとく行方不明となり、唯一戻ったのがケインだったことを聞かされます。
広がりつつあるシマ―によって世界が覆われれば人類は絶滅してしまうかもしれない。それを止めるには、中に入りその秘密を知る必要がある。ということで、再び新たな探査チームが編成されることになっていました。選ばれたチームのメンバーは、物理学、心理学などのスペシャリストですべて女性。レナは、まだ生きていたケインの命を救うため、チームに入ることを決断します。そして、シマ―内に侵入した彼女たちは隕石が落下した灯台を目指して旅を始めるのですが、そこには想像を超えた不思議な生命体や危険な生物が待ち受けているのでした。
<注目ポイント>
「熊もどきの声」
「熊もどき」に襲われたシェパード(犬ではなく人間)の死体はのどが食いちぎられ、食べられていたわけではありませんでした。それはもしかすると「熊もどき」が悲鳴を上げるシェパードの声を求めてその発生源の「のど」を噛んだのかもしれません。だからこそ、「熊もどき」はシェパードの声を再現して「助けて」と声を出しながら襲ってきたのではないでしょうか?彼は単に好奇心から「声」を求めたとも考えられます。
「それぞれの運命」
侵入者たちは、それぞれの理由を抱えてチーム入りしていました。そのため、彼女たちはそれぞれの心の問題を抱えていて、その違いが異なる結末の原因となります。物理学者(テッサ・トンプソン)は、逃げる気も戦う気もなく、ただ静かにそこでの運命を受け入れる選択をしたからこそ、植物へと変身していったのでしょう。そして戦い続けることを選択した主人公は、唯一生き残り、その戦いを続けることになるのだと思います。
「アナイアレイション - 全滅領域 - Annihilation」 2018年
(監)(脚)アレックス・ガーランド
(製)スコット・ルーディン、アンドリュー・マクドナルド、アロン・ライヒ、イーライ・ダッシュ
(製総)ジョー・バーン、デヴィッド・エリクソン、デイナ・ゴールドバーグ、ドン・グレンジャー
(原)ジェフ・ヴァンダミア「全滅領域(サザーン・リーチ)」(ネビュラ賞長編小説賞)「監視機構」「世界受容」と3部作
(撮)ロブ・ハーディ―
(PD)マーク・ディグビー
(衣)サミー・シェルドン
(編)バーニー・ピリング
(音)ベン・ソーリズブリー、ジェフ・バーロウ
(出)ナタリー・ポートマン、ジェニファー・ジェイソン・リー、オスカー・アイザック、ジーナ・ロドリゲス、テッサ・トンプソン、ツヴァ・ノヴォトニー
<使用されている曲>
曲名 演奏 作曲 コメント 「Helplessly Hoping」
(どうにもならない望み)Crosby Stills & Nash Stephen Stills ファースト・アルバム「クロスビー、スティルス&ナッシュ」(1969年)収録
シングル「マラケシュ急行」のB面「The Mark(Interlude)」 Moderat Gernot Brosert
Sebastian Szary
Sascha Ringモデラットはドイツのエレクトロダンス・ユニット
アルバム「Ⅱ」(2013年)収録「Sex Music 」 BEAK
Billy Fuller
Geoff Barrow
William YoungBilly Fuller
Geoff Barrow
William Young英国のエレクトロ・ダンス・ユニット
アルバム「Sex Mucsic」(2017年)収録