「地獄の黙示録 Apocalipse Now」 1979年
「闇の奥」 1899年

- ジョセフ・コンラッド Joseph Conrad、フランシス・フォード・コッポラ Francis Ford Coppola -

<戦争映画、二つのタイプ>
 戦争映画は、およそ二つのタイプに分けられると思います。ひとつは、最近ではめっきり少なくなった戦場を舞台にしたアクション映画で、敵役、見方役がはっきりした作品。古くは「大脱走」、「ナバロンの要塞」、「眼下の敵」から、最近ではクリント・イーストウッドの「ハートブレイクリッジ」などがあります。しかし、この分野は「スター・ウォーズ」、「スターシップ・トゥルーパーズ」「インデペンデンス・デイ」などのSF版戦争映画に取って代わられようとしています。
 そしてもうひとつのタイプは、人類が生み出した戦争という行為を見つめ直すために作られたシリアスな映画です。このタイプは、近年の戦争映画のほとんどがそれに属していると言えるでしょう。古くは「西部戦線異常なし」、「戦場にかける橋」などから、「プラトゥーン」(個人的には、この映画は大嫌いです。なぜなら、かってに押し入ったアメリカ人の心の苦悩ばかり描いて、現地に住むヴェトナムの人々の苦しみをまったく無視しているから!)、「プライベート・ライアン」など。戦場と兵士達をリアルに描いた作品がどんどん増えており、血を見るのが嫌いな僕にとっては、ホラー映画よりも怖い存在です。(もちろん、そんなジャンル分けに意味があるのか?と言われると返す言葉もありませんが・・・)

<映画「地獄の黙示録」>
 それでは、1979年ベトナム戦争を題材に作られたフランシス・フォード・コッポラ監督の超大作「地獄の黙示録」は、どちらに属する作品なのでしょうか?
 僕が思うに、この映画は戦争映画ではありません。それは戦争というものの愚かさ、残虐さを描いているのではなく、まして戦場を舞台にしたアクション映画でもないことは明らかです。あえて言うなら、それは戦場を舞台にした「異文化衝突ロード・ムービー」とでも言うべきだろうと思います。(実は、この映画の最初の脚本(ジョン・ミリアス作)では、戦争礼賛ともいえる内容だったそうです。そう、この映画のキルゴア大佐の活躍を描いた部分がすべてだったわけです)
 元々この映画の原作ジョセフ・コンラッドの「闇の奥」は、ベトナム戦争より遙か昔に書かれた作品で、舞台もまったく別の場所で、そこは戦場ではありませんでした。(アフリカの奥地、コンゴが舞台でした)
 「植民地を訪れた西欧社会の人間が異文化との衝突、交流によって、しだいにそれまでの考え方を捨ててゆき、ついには新たな世界観を受け入れるようになる」というストーリー。これはかつて植民地時代に世界を制覇していたイギリス人が得意とする文学テーマのひとつでした。そして、、それは数多くの傑作映画を生み出す元にもなっています。インドが舞台なら「インドへの道」、中東なら「アラビアのロレンス」、アマゾンの奥地なら「フィツカラルド」、「エメラルド・フォレスト」、開拓時代のアメリカなら「小さな巨人」、モロッコなら「シェルタリング・スカイ」、チベットなら「セブン・イヤーズ・イン・チベット」、さらにSFの元祖「ガリバー旅行記」(映画ではないですが)や鯨との出会いを描いた「白鯨」もまた異文化衝突ロード・ムービーの代表作です。
(ちなみにアメリカにおいては、この「旅もの」がフロンティアを求めるアメリカ開拓史にと融合することで、「ロード・ムービー」という新たなジャンルを生み出しました。「イージー・ライダー」はその系譜に位置しているのです)
 そして、この作品では主人公のウィラード大尉の目を通して、観客はメコン川をさかのぼりながら、東南アジアという異文化のさらに奥地へと旅をし、そこからしだいにカーツ大佐の狂気の世界へと分けいることになるのです。その旅がしだいに混沌としたものになってゆくのは、「狂気の世界」が成せる技なのか、それともコッポラの脚本自体がが破綻してしまったからなのか?とにかく、それもまた映画という総合芸術の成せる技なことだけは確かでしょう。

<音楽家としてのコッポラ>
 コッポラ監督の音楽センスの良さは、この作品に限ったことではありませんが、その才能は彼の父親であり、作曲家として活躍していたカーミン・コッポラから受け継いだもののようです。(「地獄の黙示録」の音楽は、コッポラ親子の共作です)そして、彼の脚本家としての才能は、哲学者であり作家でもあった兄の影響からきたもののようです。
 彼は、「映像による空間芸術としての映画は、音による空間芸術である音楽と非常によく似た存在なのだ」と言っています。

<「地獄の黙示録」の音楽>
 そんな彼が「地獄の黙示録」のために選んだ音楽は、まるで映画のためのオリジナルかと思えるほど素晴らしいものでした。
 先ず、旅のオープニング・テーマに選ばれたドアーズの「ジ・エンド」。不気味なヘリコプターの音とこの曲がシンクロするオープニング・シーンだけで、すでにこの映画は名作としての地位を確立してしまいました。
 慰問団のプレイボーイ・メイトの女の子たちが踊るシーンでかかる「スージーQ」(演奏はフラッシュ・キャデラック)のセクシーさ、舟が川をさかのぼるシーンでかかるローリング・ストーンズの「サティスファクション」の格好良さも印象的でした。しかし、なんといっても、キルゴア大佐(ロバート・デュバル)率いるヘリコプター部隊の爆撃シーンでかかるリヒャルト・ワグナー Richard Wagner の「ワルキューレの騎行」(演奏はゲオルグ・ショルティ指揮ウィーン・フィル)を忘れるわけにはゆきません。その勇壮さ、美しさは、まさに鳥肌ものでした。この曲はワーグナー作曲の楽劇「ニーベルングの指輪」の中の「ワルキューレ」第三幕の前奏曲で、実際の舞台では歌もついているそうです。そして、その「ニーベルングの指輪」というのは、4部作になっていて上演は4日間にわたる超大作です。「ワルキューレ」はその中で、二日めに演奏されます。
 「そうか、だからアメリカ人は戦争が好きなんだ・・・」と納得させるシーンです。空から見下ろし、まるで虫を踏みつぶすように攻撃を行う彼らにとって、戦争はスポーツと大差ないのかもしれません。この感覚ならミサイル戦争がコンピューター・ゲームに思えるのも当然でしょう。原爆の投下も、遙か上空の爆撃機から見れば、美しいキノコ雲を生み出す素敵な兵器に思えるのかもしれません。(最近のアメリカの核戦略を見ればそう思わざるを得ないはずです。残念ながら、21世紀最初のアメリカの大統領ブッシュはレーガン以上にキルゴア大佐に近い存在になりました)これは本当に「怖いぐらいに怖くない」戦闘シーンです。

<ワグナーとヒトラー>
 「ワルキューレの騎行」の作曲者リヒャルト・ワグナーとその妻コジマの息子、ジーグフリートの妻ヴィニフリートは熱心なナチス党員でした。ヒトラーの大ファンだった彼女は、1924年にミュンヘン暴動の首謀者として逮捕されたヒトラーにペンと紙を差し入れました。そして、そのペンと紙を使ってヒトラーが獄中で書いた文章が後に「我が闘争」として出版されることになります。ヒトラーはこのヴィニフリートと結婚するという噂もささやかれるほど親しい仲だったといいます。こうした、親族との直接的な関係もあり、ヒトラーは生涯ワグナーの曲を愛したのです。したがって、単に勇ましい曲だからワグナーの曲が戦闘シーンに使用されているわけではないのです。(映画「ブルース・ブラザース」の中でもネオ・ナチが登場するシーンでこの曲が使われています)

<映画製作という闘いのドラマ>
 それと、この映画には見えないところでの大変な苦労がありました。それはこの映画の撮影現場こそが「地獄の黙示録的状況」だったということです。高温多湿の現場(ほとんどはフィリピンで撮影されました)では、俳優をはじめスタッフたちの多くが次々に体調を崩し、心臓が悪かった主役のマーチン・シーンは降板ギリギリのところまで追い込まれました。(それは、映画全体の製作中止の危機でもあったようです)
 なおかつ、台風によってセットが破壊され、撮影が数ヶ月に渡って中断されるなど、資金面の苦労は当然のこととして、それ以上にきつい自然との闘いは監督自身の精神状態をギリギリにまで追い込んでいったようです。(この台風の猛烈な破壊シーンは2002年に公開された「地獄の黙示録」ロングバージョンにしっかりと収められているようです。さらに、この撮影の顛末記はドキュメンタリー映画として、一本の作品にもなっています)
 この映画の持つ凄みは、そんな撮影時の苦労や現場の状況があったからこそ生み出し得たものだったのかもしれません。そして、彼はこの作品以降、これほど重く、長く、宗教的な映画を作っていません。肉体的にも、精神的にも、彼があの苦難の旅を繰り返すことは、もう二度と無理なのかもしれません。
 しかし、この映画を見ることによって、誰もが再びあの「闇の奥」への旅に何度でも参加することができるのです。まだ、ツアーに参加したことのない方は、是非一度精神的な体力があるうちにご参加下さい!

<「闇の奥」の作者>
 この映画の原作「闇の奥」(1899年)の作者、ジョセフ・コンラッドは、イギリス人の海洋冒険作家として有名ですが、実はポーランド生まれで、本名もテオドール・ヨセフ・コンラード・ナレツ・コルゼニオウスキーと言います。彼は、1857年12月3日、南ポーランドに生まれましたが、ロシアに対する独立運動の活動家だった両親とともに抑留され、そこで両親を早くに失ってしまいました。それでも優秀だった彼は親戚の助けもあり大学進学も可能だったのですが、あえてフランス船の乗組員となり、17歳で大海原へと旅立ちます。その後、イギリス船の乗組員になった時、英語と出会い以後イギリス船の船長を務めるまでになり、37歳まで船員としての生活を続けました。そして船を降りた後、彼はイギリスに帰化し、作家活動に入ったのです。
 1895年に「オール・メイヤーの阿呆館」でデビューすると、すぐに本格的海洋文学小説の作者として評判となり、1924年に67歳で亡くなるまで、コンスタントに作品を発表し続けました。
 映画界でジョセフ・コンラッドのファンといえば、「エイリアン」、「ブレード・ランナー」のリドリー・スコットがいます。彼のデビュー作「デュエリスト」はコンラッドの短編小説をもとに作られた作品ですが、実は彼はデビュー作として同じコンラッド原作の「闇の奥」を考えていました。ところが、すでにその映画化権がコッポラに渡っていたことを知り仕方なく「デュエリスト」にしたということです。彼の「闇の奥」もきっと美しく残虐だったことでしょう。

<異文化との出会い>
 彼はポーランドでの子供時代(ロシア抑留時代)に、本と出会い、その後オーストラリアや東南アジア、アフリカの中央部コンゴ(現ザイール)まで、世界中を旅しながら自らの作品の下敷きとなる体験をし続けたわけですが、中でも彼にとって最も衝撃的だったのが、コンゴでの出来事だったようです。
 それは、コンゴ川上流の奥地で代理人として現地人たちと交渉を行っていたクラインという人物が重病になり、彼を救出に川をさかのぼって行った時の体験でした。彼はこの時白人たちによる搾取の現実と非人間性を目の当たりにし、「暗黒大陸」と呼ばれるアフリカ以上に人間の心の奥には暗い闇が存在することを痛感しました。そして、これが彼にとって、その後の文学における原点となったのでした。
「・・・魂!もし誰か人間の魂と格闘した人間があるとすれば、それはこの僕だ。しかも僕の相手は狂人ではなかった。信じてもらえるかどうか、それは知らない。だが、彼の英知はむしろ明晰をきわめたとさえいえる・・・」
ジョセフ・コンラッド著「闇の奥」より

「地獄の黙示録」<特別完全版>

<ベトナム戦場版「オズの魔法使い」>
 およそ20年ぶりにこの映画(特別完全版)を見て、かつて自分が若かった頃には気づかなかったことがいろいろとがわかりました。
 先ず、この作品20年たっても驚くほど見応えがあります。まったく古さを感じさせません。それはなぜかと考えてみましたが、この映画、実は戦場を舞台にしたファンタジー映画なのではないでしょうか?それも、ベトナム戦場版「オズの魔法使い」なのでは?
 例えば、主人公のドロシーがたどるレンガの道は、メコン・デルタを流れる川です。虎に追われて逃げ出そうとするシェフこと、フレデリック・フォレストは、さしずめ「弱虫ライオン」でしょう。それと、新しい映像で見るとこの映画は戦争映画でありながら、実にカラフルな画面になっていることに気づかされます。特に発煙弾のカラフルなこと!紫の煙だけでなく、いろいろの煙が登場しています。その煙と美しい電飾をくぐり抜けてゆくウィラードの乗る哨戒艇の姿は、まさに「オーヴァー・ザ・レインボー」です!
(ついでながら、煙の色による演出と言えば、コッポラが師と仰いでいた黒沢明の「天国と地獄」がありました。やっぱり黒沢明は偉大な監督なんです)
 ロバート・デュバル率いるヘリコプター部隊の有名な戦闘シーンも、本物のナパーム弾を使い、後に「森林破壊」と非難されることになるド派手な爆撃シーンも、どちらも不思議とリアリティーがありません。コッポラは、リアルに撮影しておきながら、リアルな戦争には見せたくなかったではないでしょうか。それを大仕掛けなミュージカル・コメディー映画に見せたかったのかもしれません。
 たぶんこの映画は、年月を経る毎に、ベトナム戦争を描いた戦争映画ではなく、戦場を舞台とした巨大な寓話として見られて行くことになるでしょう。
 偉大な芸術作品というものは、こうして、時代が変わっても、新しい価値観もと、新たな評価を受けながら生き続けて行くものなのです。

<マーロン・ブランド恐るべし!>
 カーツ大佐を演じるマーロン・ブランドの抑えに抑えた演技は、まるで禅宗のお坊さんのようです。(ちょっと太り気味ではありますが・・・)
「何もせず、ただそこにあるのみ、これ役者の真髄なり」
といった感じでしょうか。
 演技もここまでくると、評価しようのない領域かもしれません。

<発見、あの人この人>
 今回、久しぶりに見て、画面の中にいろいろな人を発見しました。
 ハリソン・フォードが出発前のウィラードに任務を説明する軍人として登場しています。
 「マトリックス」のモーフィアスこと、ラリー・フィッシュバーンは、ジミヘン似の少年兵として大活躍していました。(実に若い!)
 プレイボーイの慰問団の司会&元締め役で登場しているのは、なんとあのフィルモアのオーナーだったプロモーターのビル・グレアムです。
 監督のコッポラ自身も、ニュース・フィルムの撮影隊を率いて登場しています。
 かなり細かいところでは、カーツ大佐を暗殺するために潜入しながらその見方になってしまったウィラードの前任者として「羊たちの沈黙」におけるクラリス捜査官の上司役、スコット・グレンが出ていました。(ウィラードを迎えるカーツお抱えの米兵たちの中にいます。ほんのワンシーンですので要注意!)
 とにかく、この特別完全版は、見る価値大ありです!

<音響設計>(追記 2015年6月)
 この映画は映画界で初めて「音響設計 Sound Design」という言葉が用いられた作品としても重要な価値があります。(NHKEテレ放送の「ハリウッド白熱教室」参照)
この映画では、当時まだ少なかったヴェトナム戦争の戦場を再現しなければなりませんでした。しかし、この戦争はそれまで映画で数多く取り上げられてきた第二次世界大戦とは、使われていた兵器も、戦場となった土地の気候もまったく異なりました。当然、映画で聴こえてくる戦場の音も、今までとはまったく異なるものになるはずでした。そこでコッポラは、それまでの作品にも関わりがあったウォルター・マーチに、それまでの映画とは異なるやり方での参加を依頼します。(マーチは、コッポラの盟友ジョージ・ルーカスと学生時代からの友人でした)
 コッポラは脚本や映画に関する資料を彼に渡し、この映画に必要な音をすべてを設計してほしいと依頼したのです。こうして、映画界に「音響設計(サウンド・デザイン)」という新たな仕事が誕生することになりました。彼はこの映画において、音だけでなく編集作業にも参加し、多重録音を行うことで音楽も含めすべての音の編集を行い、映画にもうひとつ別の命を吹き込むことに成功しました。この後彼は、コッポラの作品以外にも数多くの作品に関わり、この映画と「イングリッシュ・ペイシェント」の2作品でアカデミー音響賞を受賞しています。
 映画のデジタル化に伴い、映画はゼロからすべてを生み出すことが可能になりつつあるだけに、彼の仕事はさらにその重要性がましているといえます。

<初めてのベトナム戦争映画>(追記 2016年4月)
 それまでタブーとされてきたヴェトナム戦争を戦場の兵士たちの立場からきちんと描くことが出来るようになったのは、1974年にニクソンがウォーターゲート事件によってホワイトハウスを去ってから。コッポラが「地獄の黙示録」の製作を発表したのが大きかった。それがタブーを壊した。(ただし、この映画は様々なトラブルにより完成時期が大幅に遅れたため、「ディア・ハンター」が先に公開されることになりました)
川本三郎「映画の戦後」より

「地獄の黙示録 Apocalypse Now」 1979年(日本公開1980年)
(監)フランシス・フォード・コッポラ Francis Ford Coppola
(製)F.F.コッポラ、フレッド・ルース Fred Roos
(脚)F.F.コッポラ、ジョン・ミリアス John Milius
(撮)ヴィットリオ・ストラーロ Vittorio Storaro
(編)ジェラルド・B・グリーンバーグ Gerald B.Greenberg
(音響)ウォルター・マーチ Walter Murch
(音)カーミン・コッポラ Carmin Coppola、F.F.コッポラ
(出)マーロン・ブランド Marlon Brando
   マーティン・シーン Martin Sheen
   デニス・ホッパー Dennis Hopper
   ロバート・デュバル Robert Duvall 「朝のナパームは格別だ! I love the smell of napalm in the morning」(「アメリカ映画の名セリフベスト100」第12位)
   フレデリック・フォレスト Frederic Forrest
   サム・ボトムズ Sam Bottoms
   ラリー・フィッシュバーン Larry Fishburne
   ハリソン・フォード Harrison Ford
   スコット・グレン Scott Glenn
カンヌ映画祭 パルム・ドール賞受賞
アカデミー撮影賞、音響賞受賞

<あらすじ>
 ベトナム戦争が泥沼化する状況下、ウィラード大尉は上層部からカーツ大佐の殺害命令を受け、彼が自らの軍隊を率いて王国を築いているといわれるカンボジアとの国境地帯へと向かいます。彼とその部下たちは、船でメコン川をさかのぼりますが、その間彼らは無差別攻撃を仕掛けるアメリカのヘリコプター部隊や慰問に訪れたピンナップ・ガールたち、麻薬におぼれる兵士たちなどと出会いながら地獄の旅を続けます。ついに目的地に到着した彼らは、まるで神のごとき存在となっている反乱軍のリーダー、カーツ大佐と出会います。彼らは、計画通りカーツ大佐の殺害に成功するのでしょうか?

<この年の映画>
「ブリキの太鼓」がカンヌ映画祭グランプリ受賞し、ニュージャーマン・シネマの黄金時代到来
「家族の肖像」「イノセント」「郵便配達は二度ベルを鳴らす」の公開によりルキノ・ビスコンティのブーム到来

「アルタード・ステーツ/未知への挑戦 Altered States」 (音)ジョン・コリリアーノウ(ケン・ラッセル監督の内宇宙SFアドヴェンチャー、モデルはジョン.C.リリー
「オール・ザット・ジャズAll That Jazz」(音)ラルフ・バーンズ アカデミー編曲賞1980年度カンヌ映画祭パルムドール受賞(ボブ・フォッシーの半自伝的ミュージカル、ダンス、音楽ともに素晴らしかった)
「エイリアン Alien」(音)Jerry Goldsmith (監)リドリー・スコット(脚)ダン・オバノン(SFサスペンス映画の傑作)
「エボリ」(監)(脚)フランチェスコ・ロージ(原)カルロ・レーヴィ(脚)トニーノ・グエッラほか(出)ジャン・マリア・ボロンテ、イレーネ・パパス
「女の叫び」(監)(脚)ジュールス・ダッシン(撮)ヨルゴス・アルヴァニティス(出)メリナ・メルクーリ、エレン・バースティン
「The Great Rock'N'Roll Swindle」(監)(脚)ジュリアン・テンプル(世紀の詐欺師、セックス・ピストルズのドキュメンタリー)
「クレイマー、クレイマー Kramer vs.Kramer」(監)ロバート・ベントン(アカデミー作品、監督、主演男優、助演女優ダスティン・ホフマン、メリル・ストリープ受賞)
「結婚ゲーム Starting Over」(監)アラン・J・パクラ(出)バート・レイノルズ、ジル・クレイバーグ
「さらば青春の光 Quadrophenia」(監)フランク・ロッダム(原)ザ・フー「四重人格」(フィル・ダニエルズ、スティング出演のモッズ時代の青春物語)
「ジャスティス ...and Justice for all」(監)ノーマン・ジェイソン(出)アル・パチーノ
「死霊伝説」(監)トビー・フーパー(原)スティーブン・キング(出)デヴィッド・ソウル、ジェームス・メイスン
「第2章 Chapter Two」(監)ロバート・ムーア(脚)ニール・サイモン
「チャイナ・シンドローム The China Syndorome」(監)ジェームス・ブリッジス
(原発の危険性を世界中に知らせた問題作、娯楽性もあり!ジャック・レモンがカンヌ映画祭主演男優賞受賞)
「チャンス Beeing There」(監)ハル・シュビー(脚)(原)イエールジ・コジンスキー(出)ピーター・セラーズ(メルビン・ダグラスがアカデミー助演男優賞受賞)
「注目すべき人々との出会い」(監)(脚)ピーター・ブルック(原)G・I・グルジェフ(脚)ジャンヌ・ド・サルツマン(撮)ギルバート・テイラー(出)ドラガン・マクシモヴィク、テレンス・スタンプ
「テスTess」(監)(脚)ロマン・ポランスキー(原)トーマス・ハーディ(音)Philippe Sarde (主演のイザベル・アジャーニ、綺麗でした)
「テンTen」(監)ブレイク・エドワーズ(音)Henry Mancini (ラブ・コメディー)
「ノーマ・レイ Norma Rae」 (監)マーティン・リット(音)David Shire アカデミー歌曲賞
(主題歌はジェニファー・ウォーンズ、女性労働運動家の物語、サリー・フィールドがアカデミー主演女優賞カンヌ映画祭主演女優賞受賞)
バディ・ホリー・ストーリーThe Buddy Holly Story」 (監)スティーブ・ラッシュ(音)ジョー・レンゼッティーアカデミー編曲賞(ロックン・バンドの基礎を築いた重要人物、悲劇の物語)
「悲愁 Fedora」(監)ビリー・ワイルダー(出)マルト・ケラー、ウイリアム・ホールデン
「ブラックジャック Black Jack」(監)ケン・ローチ(カンヌ映画祭国際批評家連盟賞受賞)
ブリキの太鼓 Die Blechtrommel」(監)フォルカー・シュレンドルフ(音)Maurice Jarre (ギュンター・グラスの不気味な寓話の映画化、カンヌ映画祭パルムドール受賞)
「ヘアー Hair」(監)ミロシュ・フォアマン(60年代を代表するロック・ミュージカルの映画化)
「マリア・ブラウンの結婚」(監)(原)ライナー・ヴェルナー・ファスビンダー(脚)ペーター・メルテスハイマー(出)ハンナ・シグラ、クラウス・レーヴィッチ
Manhattan  (監)ウディ・アレン(音)Dick Hyman(ウディ・アレンの代表作)
「ヤング・ジェネレーション Beaking Away」 (監)ピーター・ウェーツ(編曲)パトリック・ウィリアムズ(自転車野郎の青春物語)
「リトル・ロマンス A Little Romance」(音)Georges Delerue アカデミー作曲賞受賞ジョージ・ロイヒル監督の子供による大人のためのラブ・ロマンス)
「ローズ The Rose」(監)マーク・ライデル(出)ベット・ミドラー、アラン・ベイツ(ジャニス・ジョプリンをモデルとしたロック神話の映画化)

「ああ野麦峠」(監)山本薩夫(原)山本茂実(脚)服部佳(製)伊藤武郎(出)大竹しのぶ、原田美枝子
「赫い髪の女」(監)神代辰巳(製)三浦朗(原)中上健次(脚)荒井晴彦(出)宮下順子、石橋蓮司、亜湖、阿藤海
「エーゲ海に捧ぐ」(監)(脚)(原)池田満寿夫(出)イロナ・スターラ、クラウディオ・アリオッティ(異業種監督登場)
「限りなく透明に近いブルー」(監)(脚)(原)村上龍(出)三田村邦彦、中山真理、平田満(異業種監督登場)
「月山」(監)(製)村野鐡太郎(原)森敦(脚)高山由紀子(撮)高間賢治(出)河原崎次郎、友里千賀子
「Keiko」(監)(製)(脚)クロード・ガニヨン(撮)アンドレ・ペルチエ(音)深町純(出)若芝順子、きたむらあきこ
「絞殺」(監)(脚)(製)新藤兼人(出)西村晃、乙羽信子、狩場勉(ヴェネチア映画祭イタリア批評家連盟主演女優賞
「十九歳の地図」(監)(製)(脚)柳町光男(原)中上健次(撮)榊原勝己(出)本間優二、蟹江敬三、沖山秀子、山谷初男
「衝動殺人 息子よ」(監)(脚)木下恵介(製)飯島敏宏他(原)佐藤秀郎(脚)砂田量爾(出)若山富三郎、高峰秀子、田中健
「太陽を盗んだ男」(監)(脚)長谷川和彦(原)(脚)レナード・シュナイダー(製)山本又一朗(出)沢田研二、菅原文太、池上季美子
「東京大空襲 ガラスのうさぎ」(監)橘裕典(原)高木敏子(脚)立原りゅう(出)蛯名由紀子、長門裕之(インド国際児童映画祭最優秀賞
「復讐するは我にあり」(監)今村昌平(製)井上和男(原)佐木隆三(脚)馬場当(撮)姫田真左久(出)緒方拳、三国連太郎、小川真由美、倍賞美津子
「もう頬づえはつかない」(監)(脚)東陽一(製)有馬孝他(原)見延典子(脚)小林竜雄(音)田中未知(出)桃井かおり、森本レオ

「銀河鉄道999」「ルパン三世」などのヒットからアニメ映画時代始まる

水谷八重子(俳優)死去(74歳)

<この年の出来事>
国連インドシナ難民対策会議
WHO天然痘の根絶を宣言
国際金相場が急騰
<アメリカ>

米中国交正常化
スリーマイル島放射能漏洩事故発生
米ソSALT U基本合意成立
イランの米国大使館占拠事件発生
エルサルバドル政変
ソモサ体制をサンディニスタたちが倒し、ニカラグア革命成立
<ヨーロッパ>
サッチャー女史、英国首相に就任(超保守派内閣成立)
ソ連、アフガニスタンに侵入(カルマル政権樹立)
<アフリカ・中東>
エジプト・イスラエル中東和平条約調印
イラン革命、ホメイニ氏によるイスラム教主導の政権へ
OPEC原油値上げを決定
ウガンダ、アミン大統領の独裁政権崩壊
ジンバブ=ローデシアに黒人政権成立、ジンバブエ誕生
<アジア>
ヴェトナム軍、プノンペンを攻略
中国軍、ヴェトナムを攻撃(カンボジア問題)
韓国、釜山で暴動発生
KCIA部長の金載圭、朴大統領を射殺
<日本>
東京サミット開催(第5回主要先進国首脳会議)

<芸術、文化、商品関連>
「カチアートを追跡して」ティム・オブライエン著(全米図書賞)
「テムズ河の人々」ペネロピ・フィッツジェラルド著(ブッカー賞受賞)
「利腕」ディック・フランシス著(英国推理作家協会賞受賞)
「針の眼」ケン・ウォレット著(エドガー賞)
エズラ・ヴォーゲル著「ジャパン・アズ・ナンバー・ワン」発表される
小説「風の歌を聴け」で村上春樹デビュー
SONYが「ウォークマン」を発売
テレビ・アニメ「機動戦士ガンダム」放映開始

<この年の音楽>

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