ブラジリアン・ホラー作家による反体制ホームドラマ


「アクエリアス Aquarius」

- クレベール・メンドーサ・フィーリョ Kleber Mendoça Filhoha -
- ソニア・ブラガ Sonia Braga -
<音楽ファン必見>
 主人公が元音楽評論家という設定なので、適材適所で様々なヒット曲が使用され音楽ファンにはご機嫌な作品になっています。
 最初に彼女の部屋が映る時、レコード・CDの棚がアップになるので、できれば静止画像で見て下さい。懐かしいドリス・デイのアルバムから「ロッキー・ホラー・ショー」のサントラ版、この作品の舞台レシフェ出身のシコ・サイエンスのアルバム、新しいところではダフトパンクのヒット作など名作がずらりと並んでいて、主人公の音楽の趣味が分かります。素晴らしいセンスに、早くも僕は彼女のファンになってしまいました。
 オープニングの1980年の場面では、当時発売されたばかりのクイーン初の全米ナンバー1ヒット「アナザー・ワン・バイト・ザ・ダスト」がかかり、その後にも同じクイーンの「ファット・ボトムド・ガールズ」もかかり、ブラジルでのクイーン人気の高さを再確認しました。
 その後にも、ブラジリアン・ポップスの大御所マリア・ベターニャとジルベルト・ジルの曲が要所で使用され、MPB(ブラジリアン・ポップ)好きにはたまりません。
 先ずはあらすじをご紹介します。
<あらすじ>
 ブラジル北東部ペルナンブーコ州の州都レシフェ。その街に1940年代に建てられたアパート、「アクエリアス」は美しい海の目の前にありますが、再開発事業により壊されようとしていました。しかし、唯一の住人クララはそこから出て行こうとせず、度重なる業者の説得も無視していました。
 クララは有名な音楽評論家でしたが、今は引退し悠々自適な生活を送っています。そんな彼女にとってその家は家族や今は亡き夫の思い出が詰まった場所でありました。だからこそ、彼女は死ぬまでそこから離れるつもりはなかったのです。それに対して開発業者の担当者は、彼女を追いだそうと様々な嫌がらせを行い始めます。
 ある晩は彼女の部屋の真上の部屋で乱交パーティーが行われたり、ある日は庭でマットレスが燃やされたり、ある日曜日には多くの信者が集まる宗教的な集まりが行われたりします。
 そうした情況を知ったクララの子供たちや兄妹は、彼女に条件が良ければ立ち退くように説得し始めます。しかし、かつては右派政権による弾圧と闘い続けた家族の血を受け継ぐ彼女は、そうした理不尽なやり方に屈することなど考えられませんでした。逆に彼女は開発業者に対抗するための作戦を考え始めます。すると、ある日、対立する業者を辞めたという人物から不思議な情報を得ることになります。
「10号室と12号室を見てみろ!」
 その部屋にはいったい何があるのでしょう?そして彼女は開発業者との戦いに勝てるのでしょうか?

<ソニア・ブラガ>
 この作品の主人公クララを演じるのは、ブラジルを代表するベテラン女優ソニア・ブラガ Sonia Braga です。彼女の貫禄と美しさなしにこの作品は成り立たなかったでしょう。それほど、この作品での彼女の存在感は圧倒的です。69歳でのヌード、セックス・シーンまで本気の熱演で、老いてなおその美しさは本物です。
 彼女が生まれたのはブラジル南部パラナ州のマリンガで、1950年6月8日が誕生日です。子供時代からその美しさは目立っていたようで、14歳でテレビに初出演すると、1968年18歳の時に映画「O Bandido da Luz Vermelha」に初出演。ブラジルのテレビ・映画の世界でアイドル的存在になりました。
 ブラジル出身の監督エクトール・バベンコが「蜘蛛女のキス」(1985年)を映画化する際、ブラジルを代表する美貌の女優として彼女を「蜘蛛女」に抜擢。ウィリアム・ハート主演のこの映画は世界的な大ヒットとなり、彼女の名は世界中に広まることになりました。
 その後、彼女はその知名度を生かして、ハリウッドに活動の場を移します。
 テレビ・ドラマ「CSI:マイアミ」、「セックス・アンド・ザ・シティ」、「エイリアス」、「LAW&ORDER」などにゲスト出演し、映画では「ミラグロ 約束の地」(1988年)では監督のロバート・レッドフォードとの関係が接近。
 その他、「ルーキー」(1990年)、「フロムダスク・ティル・ドーン3」、イーサン・ホーク監督作「痛いほどきみが好きなのに」(2007年)などに出演しています。

<クレベール・メンドーサ・フィーリョ>
 ブラジルを代表する監督として評価が高まるクレベール・メンドーサ・フィーリョ Kleber Mendoça Filhohaは、1968年にこの映画の舞台でもあるペルナンブーコ州レシフェに生まれました。ほとんどの時期を故郷レシフェで過ごした彼はペルナンブーコ連邦大学でジャーナリズムを専攻した後、映画評論家として新聞、雑誌、自身のサイトで映画評を執筆。
 90年代に入ると自らも映画を作り始め、ドキュメンタリーや実験映画を製作。2002年にはホラー映画の短編作品「A Meninado Aigodao」を友人と共同監督。「トイレの花子さん」のブラジル版的な都市伝説を映画化したその作品に早くも今の彼に通じる作風が生み出されていたようです。
 2005年製作のホラー短編映画「Vinil Verde」は、呪われたレコードにまつわる恐怖を描いた作品で、カンヌ国際映画祭の監督週間で上映され話題となりました。
 2012年「ネイバリング・サウンズ O Som ao Redor」で長編映画デビュー。治安の悪化が増しつつあるレシフェの住民たちが感じる不安感を不気味な音によって表現したこの作品により、彼は社会派のホラーという独自の世界を築き、ロッテルダム国際映画祭で批評家賞を受賞するなど高い評価を得ました。
 ドゥニ・ヴィルヌーヴ、ダリオ・サルジェント、黒沢清、ジョン・カーペンターなど都会派のホラーを得意とする作家たちの新たな才能が登場したと言えますが、彼の作品は単なるホラーではなく様々な顔を合わせ持っています。
 そして2作目となったこの作品「アクエリアス」では、ホラー色も生かされているものの、基本的には社会派のドラマであり、家族愛の物語でもあります。
 1980年のレシフェを描いたこの作品の第一部に登場する主人公の叔母さんは、かつて民主化運動で命がけで戦った闘士でもありました。クララはそんな叔母から生き様を学び、誇り高い生き方を受け継いだと言えます。そうした「生き方の継承」もまたこの作品の重要なテーマです。その心を子供たちに受け継ぐため、彼女は最後まで戦い続けることになるのです。

<マリア・べターニャとジルベルト・ジル>
 この作品でクララは甥っ子に、彼女に告白するなら、その時はマリア・べターニャの曲をかけなさい!と言います。それと重要なところで使用されているジルベルト・ジルの2曲は、この作品のテーマをする存在です。
 カエターノ・ヴェローゾの妹でもあるマリア・べターニャとジルベルト・ジルは、ヴェローゾ、ガル・コスタと共に1960年代末のトロピカリズモ運動の中心的メンバーでした。右派政権に対し、民主化を求める彼らの運動は当時徹底的な弾圧を受け、ヴェローゾとジルベルト・ジルは逮捕され、共に英国に亡命することになりました。彼らは亡命先でロックやレゲエの影響を受けて帰国し、雑食的なブラジリアン・ポップの新たなブームを巻き起こすことになります。当然、彼らの曲には今で社会や政治に対するメッセージが込められた曲が多く、その影響は今でも継承されています。
 マリア・べターニャの場合、彼女は兄たちとは異なり政治的なメッセージよりも、ステージ・シンガーとして歌い手として独自の世界を築く孤高の存在となりました。美貌と忘れがたい声をもつヴォーカリストとして彼女の存在は「MPB界の女神」と称されるようになります。
 この作品における家族にとっての偉大な母親としてのクララの存在は、MPB界におけるマリア・べターニャの存在感に匹敵すると言えます。さらに言うと、巨大な開発業者に戦いを挑むクララは、巨大な右派政権に戦いを挑んだジルベルト・ジルでもあります。
 そう考えると、クララの部屋に置かれた古い木製のチェストが、アパートと住人たちの歴史を見続けてきたように、壁の棚の中に収められたレコードにも歴史が刻まれているのです。
 この作品「アクエリアス」はブラジル、レシフェの様々な歴史を継承するための作品でもあるのです。

「アクエリアス Aquarius」 2016年
(監)(脚)クレベール・メンドンサ・フィリオ
(製)エミリー・レクロ、サイード・ベン・サイード、ミヒェル・メルクト
(製総)ドラ・アモリン
(撮)ペドロ・ソテロ、ファブリシオ・タデウ
(編)エドゥアルド・セラーノ
(美)ジュリアーノ・ドルネレス、タレス・ジュンケイラ
(出)ソニア・ブラガ、メイブ・ジンキングス、イランヂール・サントス
<使用されている曲>
曲名  演奏  作曲  コメント 
「HOJO」  タイグアラ
Taiguara 
Taiguara Chalar Da Silva 1945年ウルグアイ生まれのシンガー・ソングライター
ブラジルで反体制派の歌を数多く作り政府の弾圧を受け続けました 
「Another One Bites The Dust」  クイーン
Queen 
ジョン・ディーコン
John Deacon 
クイーン初の全米ナンバー1ヒット
1980年のアルバム「ザ・ゲーム」収録
「Sentimental Demais」  アルテマール・デュトラ
Altemar Dutra
Jair Amorim
Evaldo Gouveira 
1940年ミナスジェライス州生まれのシンガー・ソングライター 
「Toda Menina Baiana」  ジルベルト・ジル
Gilberto Gil 
Gilberto Passos Gil Moreira  1979年発表の名盤「Realce」収録 
「Dois Navegantes」  アヴェ・サングリア
Ave Sangria 
Almir De Oliveira Rodrigues  ペルナンブーコ出身のブラジリアン・ロックバンド
1974年にアルバム・デビュー 
「Um Jeito Estupido De Te Amar」  マリア・べターニア
Maria Bethania 
Isolda
Milton Carlos
1987年のアルバム「Personalidade」収録
「Yo Me Enamore」  アマル・アズール
Amar Azul 
Amar Azul アマル・アズールはコロンビアのダンス音楽クンビアのシンガー
ダンス・パーティー会場で使用された2014年のヒット曲
「La Vecina」  Amar Azul   Amar Azul   上記アマル・アズールの2014年のヒット曲 
「O Quintal Do Vizinho」  ロベルト・カルロス
Roberto Carlos 
Roberto Carlos
Erasmo Carlos 
1941年ブラジル南東部生まれのシンガー・ソングライター
ブラジルでは「キング」とも呼ばれる大物です
1966年発表の代表曲 
「Recife,Minha Cidade」  レジナルド・ロッシ
Reginaldo Rossi
Reginaldo Rodrigues Dos Santos 1943年レシフェ生まれのシンガー・ソングライター
1984年発表。故郷レシフェを歌っている曲 
「O Ar (O Vento)」  ボカ・リヴレ
Boca Livre
ヴィニシウス・ジ・モライス
Vinicius De Moraes
トッキーニョ Toquinho
1978年活動を開始したリオ・ジャネイロのMPBのバンド
1981年発表の子供向けの曲 
「Fat Bottomed Girls」  クイーン
Queen 
ブライアン・メイ
Brian May 
1978年のアルバム「ジャズ」収録のシングルヒット
「Sotoco」  アルシオーネ
Alcione
Antonio Jose
Chico Da Silva
1947年マラニャン州生まれの女性ヴォーカリスト
「Meu Som E Pau」  Avioes Do Forro  Cleder Do Carmo Costa
Dyego Rikasio
Valentim Da Silva
ブラジル、サンパウロ出身のポップ・デュオ 
「Washboad Wiggles」  ティニー・パラム
Tiny Parham 
Traditional  1900年カナダ生まれの黒人ジャズ・ピアニスト
「Pai e mae」  ジルベルト・ジル
Gilberto Gil
Gilberto Gil  1975年発表のアルバム「Refazenda」収録 
 

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