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- 現代美術史と天才芸術家たち -
<美術の道もいいなあ>
 文字しか使っていないこのサイトで、20世紀の美術を扱うなんて実に無謀だと思います。
 子供の頃、僕は絵を描いたり、粘土細工を作るのがけっこう好きでした。しかし、美術を本格的に勉強することはなく、美術に興味をもつようになったのは、大学に入り多摩美を卒業し彫刻家になった友人(木村謙一氏)ができてからです。彼の家によく遊びに行き、そこで美術館系の本を読ませてもらい、美術の話を聞くうちに興味をもつようになり、美術館や絵画展にもかなり行きました。

<美術作品を語るということ>
 美術作品ほど見るのに時間がかからない芸術はありません。映画なら2時間、本なら2,3日、音楽なら60分、それに比べ絵画はわずか一瞬のことです。美術作品のほとんどは、その一瞬の間に「美しい」「癒される」「息苦しい」「悲しすぎる」「怒りを覚える」「可笑しい」「考えさせられる」・・・などの感情を生み出させるわけです。
 ある作家の個展を見る時、人はその作家の作品を並べて見ることで、そこに作者の人生をみようとします。そこに作品にこめられた作者の思いをみようとします。しかし、それは一瞬の間に、作家の人生を追体験しようということと同じことかもしれません。そんなこと、どう考えても無理に決まっていますが、優れた作家はそれを可能にさせるのです。
 美術史の研究や美術評論の存在意義は、そんな素晴らしい作家の作品を少しでもわかりやすくすることにあるのでしょう。とはいえ、ピカソの「ゲルニカ」はそれがどんな場面を描いたものか知らなくても十分に感動的だ!そう言いきれる人には美術評論など不要かもしれません。
 まあ能書きはこれくらいにします。ここでは、一般的に有名な作品もしくは代表作を年度別に書き出してみました。有名な作家さんばかりなので、この人はこの時代に活躍していたんだという程度にわかればいいかな・・・そのぐらいしか役立たないかもしれませんが、今後は個々の作家についてのページを少しずつ増やそうとも思っていますので、今後ともよろしく!

・・・商業的な理由のために、たとえば多くのアメリカ映画が画一化しちゃってるし、映画が経済とともにグローバル化しちゃってるわけ。
 じゃあ、絵画はどうかっていうと、時代の流れとともに、逆にものすごく進化している気がする。

「北野武によるたけし」より

美術作品を評価するとは?
(売れる絵画の条件とは?)
 

<色とは何か?各色の特徴は?>
色彩メカニズムその歴史
「100語でわかる色彩」より

<芸術家・作品を描いた映画>
芸術家の人生・作品の映画


<抽象芸術について>
 抽象芸術は刺激的だ。それは真の革命を意味する。美術の発展は、何世紀もの間、画家たちが自ら見た世界をいかに再現したか、そして「自然を忠実に描く」という錯覚であるところの理想像にどれほど近づけたか、その巧みさによって評価されてきた。だが1900年を目前とした何年かの間に事態が変わった。自然をゆがめて表すことが、美術における表現の一手段として認められたのだ。そして、その「ゆがめる」という手法が、絵画と彫刻のあらゆる具象表現を最終的に根絶させうる道を示したのだった。

「サザビーズで朝食を」フィリップ・フック

1900年代 1910年代 1920年代 1930年代 1940年代 1950年代 1960年代 1970年代 1980年代
1990年代  2000年代  2010年代            
アントニオ・ガウディ 「神への愛を永遠のものにした男」
アンディ・ウォーホル 「20世紀の肖像を描き続けたポップ・ヒーロー」
一原有徳 「新たな技法への挑戦が生んだ異世界」
伊藤若冲 「再発見し続けられる18世紀日本画のl奇才
ヴァシリー・カンジンスキー 「20世紀前衛芸術の始祖、その激動の人生」
エドヴァルド・ムンク 「世界の叫びを聞いた男」
岡本太郎 「爆発し続けたベラボウな芸術家」
ギィ・リブ  「伝説の贋作画家、波乱の人生」 
グスタフ・クリムト 「黄金に輝くエロスの女神たち」
クロード・モネ 「光によって心を描き出した画家」
ジャクソン・ポロック 「重力と無意識による新時代の絵画」
ソール・ライター  「NYの街をカメラで描き続けた孤高の天才」
パブロ・ピカソ 「多才で多作な美の活火山」
ハーブ&ドロシー・ヴォーゲル 「アートの世界の妖精夫婦物語」
バルテュス 「美少女と神を賛美し続けた最後の巨匠」
ヒエロニムス・ボス 「エロくてグロくて神聖なボスの世界」
ニコ・ピロスマニシビリ 映画「ピロスマニ」より
藤田 嗣治 「芸術の都に生きた日本人画家」
フランシス・ベーコン 「暴力の怪物を世界に解放した画家」
ポール・ゴーギャン 「我々は何処から来たのか、我々は何者か、我々は何処に行くのか」
伝記「楽園への道」
マーク・ロスコ 感情を体験させる抽象絵画の巨匠
マルセル・デュシャン 「芸術とは何かを問いかけ続けた20世紀のカリスマ」
ヨハネス・フェルメール 「光をあやつる謎の錬金術師」
「クール・ジャパン」の原点となった美学 日本の美学の特徴とは?どこがヘンでどこが凄いのか?
アール・ヌーヴォー 「パリ万国博覧会と19世紀の終わり」
「100語でわかる色彩」より 
キュビズム 「キュビズムという名の破壊衝動」
シュルレアリスム 「世界を変えた前衛芸術運動の原点」
フォーヴィズムとブリュッケの作家たち 「未来を描いた野獣たち」
未来派 「雑音芸術と未来派宣言」
写真技術の発展からフォトジャーナリズムへ 「カメラが捕らえた二十世紀」
アンドレ・マルローと日本の芸術 「フランスからやって来た日本の美の探求者」
心を震わせる芸術の秘密 芸術とは何か?

<現代美術年表>
アーティスト名 作品名 出身国 あえて分類すると(参考)
1471年
<カピトリーニ美術館>
教皇シクストラス4世がローマの「カピリーノの丘」に保管されていた古代彫刻のコレクションをローマ市民に寄贈したことで誕生した美術館 
1506年 
<バチカン美術館>
ローマのブドウ園で古代の彫刻が発見され、教皇ユリウス2世の依頼で調査が行われ、ギリシャ神話「ラオコーン」の彫刻と判明。
教皇はそれを自ら購入し、バチカンで展示を行うことにした。これがバチカン美術館の始まりとなりました。 
1765年
<ウフィッツィ美術館>
メディチ家末裔の死により、その遺産となるコレクションが公開されることになりました。そのための美術館としてフィレンツェ(イタリア)に誕生。 
1793年 
<ルーブル美術館>
フランス革命によって国王は不要となりました。そのため国王の財産は国民の所有品となりました。
そこでその中の美術品を公開するために美術館が創設されました。 
1814年
<インド博物館>
大英帝国の支配下のインドのカルカッタでヨーロッパ文化の影響を受けて設立された美術館
1819年
<プラド美術館>
スペイン国王フェルナンド7世が他国に遅れまいとマドリッドに創設した美術館
1822年
<マウリッツハイス王立美術館>
オランダ国王ウィリアム1世が王室コレクションをネーデル王国に寄贈し、一般公開するために創設された美術館
1830年
<ベルリン旧博物館>
「美しい作品を鑑賞すれば人々の思考は、より豊かになり、心はより美しくなるはず」
プロイセン王フリードリヒ・ウィルヘルム3世が国民のための博物館を設立し、自身のコレクションも展示しました。 
1838年 
<ナショナル・ギャラリー> 
英国王室は美術館の設立を望まず、英国政府が38点の絵画を購入して市民向けに公開するため、ロンドンに設立した。
1852年 
<エルミタージュ美術館>
ロシアの女王エカテリーナ2世がヨーロッパ中から美術品を購入。世界最大規模の絵画コレクションの基盤を作りました。
猫が住むことが許される世界唯一の美術館としても知られます。 
1863年
<落選展>
「サロン」にアカデミー会員が選ばなかった作品の中から選出した新たな時代の作品展。
それまで存在しなった「美術批評」を発展させるきっかけとなった展覧会 
1870年
<メトロポリタン美術館>
アメリカ、ニューヨークで最も古く最も広く最も有名な美術館。
伝統工芸や現代美術を公開するために、企業家、銀行家、芸術家らによって設立された。 
1874年
<第一回印象派展>
パリのサロンの審査に反発したグループが自分たちの作品展を写真スタジオを使って開催。
そこで展示されたモネの作品「印象、日の出」のタイトルから「印象派」という呼び名が生まれました。 
1884年
<アンデパンダン展>
保守的なパリのサロンへの反発から開催され、審査も賞もない展覧会。
印象派の画家がいよいよメジャーへと進出開始。 
1891年 
<ウィーン美術史美術館>
オーストリア国王フランツ・ヨーゼフ1世が城壁を壊した跡地に設立した美術館。
自然科学博物館と美術史美術館を設立し、自身のコレクションも公開。
1895年
<ヴェネチア・ビエンナーレ>
イタリアのヴェネチアで2年ごとに開催される世界最大規模の美術展。 
その年の世界中の旬のアートを見ることができる美術イベント。
 1897年
<ウイーン分離派>
革新的なアートを追求する画家、彫刻家、建築家が自分たちの展示施設を建設。 
アンリ・ルソー 「眠るジプシー女」 フランス 幻想派・素朴派
ポール・ゴーギャン 「我々は何処から来たのか、我々は何者か、我々は何処に行くのか」 フランス ポスト印象派
1900年代
1900年
パリ万国博覧会
 エクトール・ギマールによるパリ・メトロのエントランス。アルフォンヌ・ミュシャによる数々のポスター。
美術作品や工芸品だけでなく家具なども含め、パリの街全体がアール・ヌーヴォーのスタイルによって演出されました。
これによりフランスは世界に「パリこそが美の中心地である」ことを認識させました。
クロード・モネ 睡蓮の連作 フランス 印象派から独自の絵画へ
1901年
パブロ・ピカソがパリで個展を開催
「図案」創刊
 近代日本におけるデザイン・ジャーナリズムの原点となった浅井忠の「図案」は、デザインの重要性や基本についての教科書。
世界に日本の美術が受け入れられるための基礎となりました。この後、日本の美術作品、工芸作品におけるデザインは急速に進歩することになります。
そこでは江戸のデザインとアール・ヌーヴォーが融合され、クール・ジャパンがここから誕生することになります。。
グスタフ・クリムト 「ユーデットT」 オーストリア
1902年
「ヒルハウス」誕生
 チャールズ・レニー・マッキントッシュがスコットランド文化の影響を生かし、日本文化の簡素さを融合させた建築・家具・インテリアのブランドが「ヒルハウス」です。
その中で、最も有名なのが「ヒルハウス・チェア」です。 
<マーネス芸術協会(オーギュスト・ロダン展)>
プラハでフランスの彫刻家ロダンのために展示施設を建設。1人のアーティストをテーマにした美術展として、図録などの販売を行った最初の例となった。 
パブロ・ピカソ 「月光に照らされたサン=ラザールの女」 スペイン 青の時代
グスタフ・クリムト ベートーヴェン・フリーズ オーストリア
1903年
ケーテ・コルヴィッツ 「死んだ子供を抱く女」 ドイツ ドイツ表現主義
1905年
フォーヴィズム誕生」第三回サロン・ドートンヌにて
アリスティード・マイヨール 「地中海」(彫刻) フランス
アンリ・マティス 「緑のすじのあるマティス婦人像」 フランス フォービズム
パブロ・ピカソ 「アルルカンの家族と猿」 スペイン ばらの時代
モーリス・ド・ブラマンク 「シャトー近郊の風景」 フランス フォービズム
1906年
アンドレ・ドラン 「ロンドン橋」 フランス フォービズム
ジョルジュ・ルオー 「娼婦」 フランス フォービズム
メダルド・ロッソ 「この子を見よ」(彫刻) イタリア
ラウル・デュフィ 「三つの傘」 フランス フォービズム
1907年
エミール=オトン・エリエス 「フェルナン・フルーレの肖像」 フランス フォービズム
コンスタンティン・ブランクーシ 「接吻」(彫刻) ルーマニア
パブロ・ピカソ 「アヴィニョンの娘たち」 スペイン
1908年
キュビズム命名される」カーンワイラー画廊でのブラックの作品展にて
キース・ヴァン・ドンゲン 「ソプラノ歌手モディエスコ」 フランス フォービズム
アルベール・マルケ 「冬のパリ」 フランス フォービズム
コンスタンチン・ブランクーシ 「接吻」 ルーマニア  
1909年
マリネッティによる「未来派宣言」
マックス・ペヒシュタイン 「室内の二人の裸婦」 ドイツ ブリュッケ
1910年代
1910年
エコール・ド・パリの時代はじまる(ユトリロ、モディリアーニ、シャガール、ローランサン、パスキン・・・)
素朴派アンリ・ルソーが無名のままこの世を去る
アントニオ・ガウディ設計の集合住宅「カサ・ミラ」完成!(スペイン・バルセロナ)
AEGタービン工場完成(ペーター・ベーレンス設計。世界初のコーポレート・アイデンティティに基づき商品デザインも展開)
ミハイル・ラリオーノフが「ダイヤのジャック」グループを結成(ゴンチャローヴァ、マレーヴィチら)
アルノルト・シェーンベルク 「赤いまなざし」 スイス 青騎士
ヴァシリー・カンディンスキー 「即興9」 ロシア 青騎士
エーリッヒ・ヘッケル 「公園の池」 ドイツ ブリュッケ
1911年
「青騎士展」開催(カンディンスキー、ブルリューク兄弟、マッケ、シェーンベルク・・・)
アンリ・マティス 「なすのある風景」 フランス フォービズム
ヴィルヘルム・レームブルック 「ひざまずく女」(彫刻) ドイツ
ウンベルト・ヴォッチョーニ 「決起する都市」 イタリア イタリア未来派
フェルナン・レジェ 「煙草を喫う人」 フランス キュビズム
フランツ・マルク 「青い馬 T」 ドイツ 青騎士
モーリス・ユトリロ 「コタン小路」 フランス エコール・ド・パリ
1912年
イタリア未来派展が世界各地で開催される
グルジアの画家、ピロスマニが発見される
ジャコモ・バッラ 「バルコニーを走る少女」 イタリア イタリア未来派
マルセル・デュシャン 「階段を降りる裸体」 アメリカ(フランス) キュビズム
1913年
<アーモリー・ショー>
アメリカ初のヨーロッパ近代美術展。
ここからアメリカにおける現代アートの歴史が始まりました。 
アウグスト・マッケ 「散歩」 ドイツ 青騎士
アメデオ・モディリアーニ 「頭部」(彫刻) イタリア
ヴァシリー・カンディンスキー 「コンポジションY」 ロシア 青騎士
エルンスト・ルートヴィッヒ・キルヒナー 「ベルリンの街頭風景」 ドイツ ブリュッケ
ケーテ・コルヴィッツ 「恋人たちU」(彫刻) ドイツ
ナターリア・ゴンチャローワ 「猫」 ロシア ロシア・アバンギャルド
フランシス・ピカビア 「エドタオニスル」、「聖職者」 フランス オルフィスム
ルイジ・ルッソロ 「自動車のダイナミズム」 イタリア イタリア未来派
1914年
イワン・プーニ 「静物 - ハンマー・レリーフ」 ロシア ロシア・アバンギャルド
カルロ・カッラ 「参戦宣言」(自由言語) イタリア イタリア未来派
1915年
スティーグリッツの雑誌「291」においてニューヨーク・ダダ誕生
エゴン・シーレ 「死と乙女」 オーストリア オーストリア表現主義
カジミール・マレーヴィチ 「シュプレスム No.56」 ロシア ロシア・アバンギャルド
ディエゴ・リヴェラ 「静物」 メキシコ キュビズム
パウル・クレー 「マルクの庭の熱風」 スイス 青騎士
「この世には、私のことを理解できる者はひとりもいない。なぜなら私は死者たち、そして生まれてきていない者たちのもとに住んでいるんだから。
ありきたりではない創造意欲に少し近いところ。とはいえ、まだまだ遠すぎるけれど」

パウル・クレー「クレーの日記」より
1916年
フーゴ・バルのキャバレー・ボルテールにてチューリッヒ・ダダ誕生(トリスタン・ツァラ、ジャン・アルプら)
ジャン・アルプ 「トリスタン・ツァラの影の肖像」 スイス チューリッヒ・ダダ
ナウム・ガボ 「構成された頭部No.2」 ソ連 国際構成主義
マン・レイ 「女綱渡り芸人は自分の影を伴う」 アメリカ ニューヨーク・ダダ
1917年
[ダダの時代]
 バーンホフシュトラーセのコレイ画廊で「第一回ダダ展」開催。その成功をうけて「ダダ画廊」が開業。
 ダダは世界各地のアバンギャルド芸術運動と交流しながら一大ブームとなり、時代の波となってゆきます。
「デ・ステイル」グループ結成(モンドリアン、ドゥースブルコら)
ワシーリー・カンディンスキーがモスクワ芸術文化研究所の館長に就任
マルセル・デュシャンの「泉」、ニューヨーク独立美術協会年次展で出品を拒否される
オスカー・ココシュカ 自画像 オーストリア オーストリア表現主義
ジャン・アルプ 「偶然の法則に従って配置された矩形」 スイス チューリッヒ・ダダ
ジョルジョ・デ・キリコ 「偉大な形而上学者」 イタリア 形而上絵画
パブロ・ピカソ バレエ「パラード」の幕 スペイン
ピエト・モンドリアン 「白地の上の色面のコンポジションA」 オランダ デ・ステイル
マックス・ベックマン 「キリストと姦通した女」 アメリカ(ドイツ) 新即物主義
マルク・シャガール 「杯を掲げる二重肖像」 ロシア エコール・ド・パリ
1918年
エルール・ノルデ 「兄と妹」 ドイツ ブリュッケ
マルセル・デュシャン 「Tum'(おまえは私を)」 アメリカ(フランス) ニューヨーク・ダダ
レオノール・フィニ 「テラスの人々」 アルゼンチン シュルレアリスム
1919年
ヴァルター・グロピウスがワイマールに「バウハウス」創設
アメデオ・モディリアーニ 「扇をもつ女(ルニア・チェホスカの肖像)」 イタリア エコール・ド・パリ
オットー・ミュラー 「二人の裸体少女」 ドイツ ブリュッケ
パウル・クレー 「R荘」 ドイツ バウハウス
マリー・ローランサン 「鳩と二人の女:マリー・ローランサンとニコル・グルー」 フランス エコール・ド・パリ
ライオネル・ファイニンガー 「大聖堂」 ドイツ バウハウス
1920年代
1920年
メキシコ壁画運動始まる
ウラジミール・タトリン 第三インターナショナル記念塔模型 ソ連 ロシア・アバンギャルド
ゲオルゲ・グロス 「技師ハートフィールド」 ドイツ 新即物主義
ラウール・ハウスマン 「ダダ万歳」 ドイツ ドイツ・ダダ
1921年
マックス・エルンスト 「近づく思春期・・・あるいはプレイアデス達」 ドイツ シュルレアリスム
藤田 嗣治 「私の部屋、目覚まし時計のある静物」 日本(フランス) エコール・ド・パリ
1922年
ハンナ・ヘッヒ 「わが家訓」 ドイツ ドイツ・ダダ
藤田 嗣治 「ジェイ布の寝台の裸婦」(寝室の裸婦キキ) 日本(フランス) エコール・ド・パリ
1923年
ヴァシリー・カンディンスキー 「コンポジション8」 ロシア バウハウス
エル・リシツキー 「ブロウンRUN2」 ソ連 国際構成主義
マルセル・デュシャン 彼女の独身者たちによって裸にされた花嫁、さえも」(大ガラス) アメリカ(フランス) ニューヨーク・ダダ
1924年
アンドレ・ブルトンが「シュルレアリスム宣言 - 溶ける魚」を発表
コンスタンティン・ブランクーシ 「世界の始まり」 ルーマニア
ジョージア・オキーフ 「フラワー・アブストラクション」 アメリカ アメリカン・モダン
マン・レイ 「アングルのヴァイオリン」 アメリカ エコール・ド・パリ
1925年
パリ万国博覧会開催でアール・デコが注目を集める
第一回シュルレアリスム展開催
「抽象の部屋」(ハノーファー市立美術館)
新館長となったアレクサンダー・ドルナーは美術館の内装を作品に合わせて改装。窓から見える風景も展示に取り入れました。
ロシアの前衛芸術家エル・リシツキ―に依頼し、抽象芸術作品を集めた展示室を作りました。
これが最初の抽象作品のための展示コーナーとなりました。 
1926年
ヴァシリー・カンディンスキー さまざまな円 ロシア バウハウス
クロード・モネ オランジュリー美術館に「睡蓮」の部屋完成 フランス
1927年
サルバドール・ダリ 器官と手 スペイン シュルレアリスム
ジュール・パスキン 闘牛士姿のアルフレート・フレヒトハイムの肖像 ブルガリア エコール・ド・パリ
ディエゴ・リベラ 解放された大地と人間によって支配される自然力(壁画) メキシコ メキシコ壁画運動
1928年
ジョアン・ミロ オランダの室内T スペイン シュルレアリスム
パブロ・ピカソ 鉄線による構成 スペイン
1929年
<ニューヨーク近代美術館(MOMA)>
11月8日現代アートに特化した最初の美術館が開館。設立者は、裕福な3人の婦人たちでした。
フランシス・ピカビア 「スフィンクス」 フランス ニューヨーク・ダダ
1930年代
1930年
エドワード・ホッパー 「アーリー・サンデー・モーニング」 アメリカ アメリカン・モダン
ルネ・マグリット 「自由への戸口で」 ベルギー 形而上絵画
1931年
「アブストラクシオン=クレアシオン」グループ結成(モンドリアン、カンディンスキー、ジャン・アルプ、ブランクーシ、岡本太郎ら)
ジャン・アルプ トルソ(彫刻) スイス
1932年
アルベルト・ジャコメッティ 「午前4時の宮殿」(オブジェ) スイス
オスカー・シュレンマー バウハウスの階段 ドイツ バウハウス
ベン・シャーン 「サッコとバンゼッティの受難」 アメリカ(リトアニア) アメリカン・モダン
1933年
バルテュス 「街路」 スイス
アルベルト・ジャコメッティ シュルレアリスム的なテーブル スイス シュルレアリスム
ピエト・モンドリアン 「コンポジション」 オランダ パリ抽象美術
1934
バルテュス 「ギターのレッスン」 スイス  
ホセ・クレメンテ・オロスコ 「アメリカ文明の叙事詩 - ケツァルコアトルの到来」(壁画) メキシコ メキシコ壁画運動
1935年
ジャン・エリオン 「イル・ド・フランス」 フランス パリ抽象美術
1936年
「バウハウス」閉鎖
オーギュスト・エルバン 「コンポジション」 フランス パリ抽象美術
ジョアン・ミロ 「日没のオブジェ」 スペイン
ヘンリー・ムーア 「横たわる人」(彫刻) イギリス
1937年
<退廃美術展>7月19日
ミュンヘンの考古学研究所内で開催。ナチ政権がドイツ国内で集めたモダン・アートの作品展。
国家による芸術への批判を大仕掛けで実行した世紀の愚行。その近くに建てられたばかりの「ドイツ芸術の家」で同時期に「大ドイツ美術展」も開催される。
こちらは政府公認の芸術展。「退廃美術展」は4ヶ月で200万人を動因。
<ナショナル・ギャラリー>
ソ連政府が売却したエルミタージュ美術館のコレクション21点をアンドリュー・メロン財団が購入した始まったワシントンの美術館
イヴ・タンギー 「緩慢な日」 フランス シュルレアリスム
ダビィド・アルファ・シケイロス 「悲劇のこだま」(壁画) メキシコ メキシコ壁画運動
パブロ・ピカソ 「ゲルニカ」 スペイン パリ万博スペイン館にて発表
バルテュス 「少女と猫」、「ブランシャール家の子どもたち」 スイス  
1938年
クルト・シュヴィッタース 「Eva Stee」 ドイツ ドイツ・ダダ
バーバラ・ヘップワース 「並んだフォルム」(オブジェ) イギリス
マルク・シャガール 「白い磔刑」 ロシア
1939年
フリーダ・カーロ 「二人のフリーダ」 メキシコ
1940年代
1942年
ピエト・モンドリアン 「ニューヨーク・シティ・T」 オランダ
1943年
藤田 嗣治 「アッツ島玉砕」 日本(フランス)
 戦争画家は、市場にとって、軍事画家よりも魅力的だ。この二つの区別は、第一次世界大戦を境に明らかになった。
その時点までは、軍事画家たちは武装戦闘を、ほとんど絵のように美しい独立した活動として、一つのスペクタクルとして扱っていた。
・・・(イタリアの未来派はまさにその典型でした)
 幻想と感情のほとばしりを混合させたこのタイプの戦争画は、しかし1914年に終わりを迎えた。
新しいタイプの戦闘画によってとってかわられ、カーキ色の色彩と泥におおわれた光景に置き換えられたのだ。
そして、戦争画家が初めて登場した。最前線で制作している画家たちということである。
彼らは徴兵の対象であり、しばしば実際に兵士として従軍していた。
そして自らの経験を、直截的な痛ましい衝撃をもつ絵画へと変えたのだった。

サザビーズで朝食を Breakfast at Satheby's」(著)フィリップ・フック
1944年
フランシス・ベーコン 「ある磔刑の足元にいる人物たちのための3つの習作」 アイルランド 抽象表現主義
ジャン・フォートリエ 「人質」 フランス アンフォルメル
ポール・デルヴォー 「眠れるヴィーナス」 ベルギー 形而上絵画
1946年 
バルテュス 「美しき日々」 スイス  
1947年
アーシル・ゴーキー 「婚約U」 アメリカ(アルメニア) アメリカ抽象表現主義
エドゥアルド・パオロッツィ 「私はお金持ちのおもちゃだった」 イギリス ポップ・アート
1948年
<リオデジャネイロ近代美術館(MAM)> 
ジャクソン・ポロック 「第一番A」 アメリカ アメリカ抽象表現主義
1949年
<プラハ国立美術館> 
岡本太郎 「コントルポアン」 日本 パリ抽象美術
1950年代
1950年
ジャン・デュビュッフェ 「踏み迷う旅行者」 フランス アンフォルメル
パブロ・ピカソ 「猿の親子」(彫刻) スペイン
岡本太郎 「森の掟」 日本
1951年
ハロルド・ローゼンバーグが「アクション・ペインティング」と命名(ジャクソン・ポロック
ジョルジュ・マチュー 「赤と黒」 フランス アンフォルメル
1952年
アンリ・マティス 「王の悲しみ」 フランス
ヴィレム・デ・クーニング 「女工」 アメリカ(オランダ) アメリカ抽象表現主義
マリノ・マリーニ 「騎手」 イタリア
1953年
フランシス・ベーコン 「ベラスケスによる教皇インノケンティウス十世の肖像にもとづく習作」
「ふたりの人物」
アイルランド 抽象表現主義
1954年 
バルテュス 「部屋」 スイス  
1955年
サム・フランシス 「濃いオレンジ色と黒」 アメリカ アメリカ抽象表現主義
ジャスパー・ジョーンズ 「旗」 アメリカ ネオ・ダダ
ジャン・ティンゲリー 「メタ=メカニック」 スイス ジャンク・アート
ロバート・ラウシェンバーグ 「ベッド」 アメリカ ネオ・ダダ
1956年
エミリオ・グレコ 「うずくまる女 No.2」 シチリア
リチャード・ハミルトン 「いったい何が今日の家庭をこれほど変え、魅力的にしているのか?」 イギリス ポップ・アート(元祖!)
1957年 
第1回東京国際版画ビエンナーレで浜口陽三、もりまなぶが入賞 
1958年
グッゲンハイム美術館竣工(現代美術の重要拠点となる)設計はフランク・ロイド・ライトで美術館自体がアートとなる建造物
1959年
クリスト・ヤヴァシェフ 「梱包された缶」 ブルガリア ヌーボー・レアリスム
フランツ・クライン 「オレンジと黒の壁」 アメリカ アメリカ抽象表現主義
ヘスス・ラファエル・ソト 「白の振動」 ベネズエラ キネティック・アート
1960年代
1960年
第12回読売アンデパンダン展(工藤哲巳ほか)
第1回ネオ・ダダ・オルガナイザーズ展(赤瀬川原平、篠原有司男、荒川修作ほか) 
アルベルト・ジャコメッティ 「立つ女」 スイス
イヴ・クライン 「人体測定プリントANT-66」
「空中浮遊」
フランス ヌーボー・レアリスム
ジョン・チェンバレン 「帽子のリボン」 アメリカ ジャンク・アート
ニコラ・シェフェール サイバネティックな空間力学の塔 ハンガリー キネティック・アート
マーク・ロスコ (赤紫色の上の暗黄褐色、その上の黒色) アメリカ アメリカ抽象表現主義
1961年
「ヤング・コンテンポラリーズ」展開催(パオロッツィ、ハミルトン、ホックニー、キタイら)
<モラヴィア美術館>
チェコのブルノに設立された2番目に大きな美術館
フランシス・ベーコン 「ある磔刑のための3つの習作」 アイルランド 抽象表現主義
1962年
アンディー・ウォーホルが「キャンベル・スープ」を発表、ポップ・アートが始まる
「ニュー・リアリスツ」展開催(シドニー・ジャニス画廊にて)(リキテンシュタイン、オルデンバーグ、ウォーホルら)
ポップ・アートの時代始まる
ロイ・リキテンスタインが初の個展開催(コミックを題材とした作品を発表)
小野洋子作品発表会」草月会館ホールで開催
「フルクサス」グループ結成(マチューナス、ヒギンズ、ヴォイス、ナムジュン・パイクら)
1963年
「ハイレッド・センター」(高松次郎、中西夏之、赤瀬川原平)による第5次・第6次ミキサー計画実施
<中国美術館(NAMOC)>北京に設立
トム・ウェッセルマン 「バスタブ・コラージュ ♯2」 アメリカ ポップ・アート
ロイ・リキテンシュタイン 「どうにもならない」 アメリカ ポップ・アート
1964年
「東京オリンピック」開催(ロゴマーク、写真を用いたポスター、ピクトグラムなど様々なデザイン革新が行われました) 
赤瀬川原平が模型千円札事件で書類送検される
ハイレッドセンターが帝国ホテルでイベント「シェルター計画」開催
銀座でイベント「首都圏清掃整理促進運動」
読売新聞社が「読売アンデパンダン展」中止を発表
マックス・エルンスト 「山羊座」 ドイツ
1965年
フランク・ステラ 「De La Nada Vida a la Nada Mueurte」 アメリカ アメリカ抽象表現主義
1966年
ヴェネチア・ビエンナーレで池田満寿夫が版画部門で外国人作家最高賞受賞 
アンドリュー・ワイエス 「マガの娘」 アメリカ
クレス・オルデンバーグ 「やわらかい便器」 アメリカ ポップ・アート
ジョージ・シーガル 「ダイナー」 アメリカ ポップ・アート
1967年
<アート・ケルン美術市>
デイヴィッド・ホックニー 「大きな水しぶき」 イギリス
ブリジッド・ライリー 「大滝 3」 イギリス オプティカル・アート
1968年
ヴィクトル・ヴァサル 「ヴェガ200」 フランス(ハンガリー) オプティカル・アート
岡本太郎 「明日の神話」 日本 壁画
1969年
アース・アート展開催(ロバート・スミッソンらによる)
多摩美術大学学生による「美術家共闘会議(美共闘)」結成(彦坂尚嘉、堀浩哉、宮本隆司ら)
イサム・ノグチ 「黒い太陽」 日系アメリカ
クリスト&ジャンヌ=クロード 「梱包された海岸」(オーストラリア) ブルガリア、モロッコ アース・ワーク(ランド・アート)
1970年代
1970年
ロンドンのテート美術館にマーク・ロスコ作品を展示する「ロスコ・ルーム」登場。しかし、ロスコは完成前に自殺。
岡本太郎 「太陽の塔」 日本 立体作品
ロバート・スミッソン 「螺旋状の突堤」 アメリカ アース・ワーク(ランド・アート)
1971年
フランシス・ベーコン 「ジョージ・ダイアーを偲んで」 アイルランド 抽象表現主義
ジョルジョ・デ・キリコ 「広場に昇る太陽」 イタリア
ナム・ジュン・パイク テレビ・チェロ(シャーロッテ・モーマンとの共同イベント) 韓国
1972年
横尾忠則がニューヨーク近代美術館で個展開催
1973年
人形作家四谷シモンの個展「未来と過去のイヴ」開催 
チャック・クロース 「レスリー」 アメリカ スーパー・レアリスム
1974年
<ダリ美術館>
スペインのワイゲラスにサルバドール・ダリ自身が建設した自前の美術館
ヨーゼフ・ボイス 「コヨーテ」 ドイツ パフォーマンス・アート
1976年
ロナルド・B・キタイ 「そうでなければ、そうでない」 イギリス ポップ・アート
1977年
<ポンピドゥー・センター>
フランス、パリにおける現代美術の重要拠点となる美術館誕生。配管、ケーブル、階段、エレベーターをあえて正面の外壁に設置。
設計者は、ジャンフランコ・フランキーニ、レンゾ・ピアノ、リチャード・ロジャーズら。
ウォルター・デ・マリア 「稲妻の荒野」 アメリカ アース・ワーク(ランド・アート)
1978年
フェルナンド・ポテロ 「横たわる男」 アメリカ
1980年代
1980年
デイヴィッド・シュナーベル 「長い望遠鏡で作者を見る」 アメリカ
1981年
ジュリアン・シュナーベル 「海」 アメリカ
フランチェスコ・クレメンテ 「二つの大地」 イタリア 新表現主義
1982年
アレックス・カッツ 「赤いコート」 アメリカ
ゲアハルト・リヒター 「オランジェリー」 ドイツ 新表現主義
1983年
アンゼルム・キーファー 「天使の秩序」 ドイツ 新表現主義
ギルバート&ジョージ 「神との饗宴」 イギリス
1984年
イサム・ノグチ イサム・ノグチ庭園美術館(アメリカ) 日系アメリカ
1985年
キース・ヘリング 無題 アメリカ
ジャスパー・ジョーンズ 「夏」 アメリカ
デイヴィッド・ホックニー 「母 T」、「ヨークシャー・ムアズ、1985年8月」 イギリス
赤瀬川源平 「超芸術トマソン」  日本  
1986年 
藤森照信・赤瀬川源平など  「路上観察学入門」  日本  
1989年
スペインの芸術家サルバドール・ダリ死去
1990年代
1991年
クリスト&ジャンヌ=クロード アンブレラ・プロジェクト(カリフフォルニア、茨城) ブルガリア、モロッコ
一原有徳 「一原有徳・版の世界・生成するマチエール展」 日本 版画
1992年
<グッゲンハイム美術館(分館)>
スペインの田舎町ビルバオにニューヨークの分館として設立され、一躍町を世界的な観光地に変身させた。 
1993年
村上隆 「村上隆 - なんでもない日、万歳!」広島市現代美術館にて 日本  
 2000年代
2000年
<テート・モダン>
ロンドン市内にあった発電所の跡地を再利用したモダンアートの美術館が、テート美術館の分館としてオープン
2006年
ソール・ライター  写真集「Early Color」 アメリカ  
2008年 
佐々木芽生 映画「ハーブ&ドロシー アートの森の小さな巨人」 日本
 2010年代
2011年
<グーグル・アート・プロジェクト>
グーグル社が創設したヴァーチャル美術館
バンクシー  映画「イグジット・スルー・ザ・ギフトショップ」 イギリス 覆面芸術家の記録映画
2013年
楠見清 「ロックの美術館」 日本  
2016年
<ルーブル・アブダビ>
アラブ首長国連邦の首都アブダビにルーブル美術館分館がオープン 


<参考資料>
「20世紀の美術」
末永照和(監修)
2000年 美術出版社

「現代アートの巨匠 先駆者たちの<作品・ことば・人生>」
 2013年
美術手帖(編)

「美術館って、おもしろい!」
モラヴィア美術館(チェコ・プラハの美術館メンバーによる)
阿部賢一(訳)
2020年 河出書房新社

その他の参考資料

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