犬たちと共に巡る20世紀戦争史


「ベルカ、吠えないのか?」

- 古川日出夫 Hideo Furukawa -

<戦う犬たちの大河小説>
 パワフルでドラマチックな大河小説です。しかし、主人公は人ではなく犬。このサイトでは、以前、「忠犬」を主人公にした「エドガー・ソーテル物語」を紹介しましたが、こちらの犬たちは戦うために育てられた「軍用犬」です。そして、それを象徴するような本の装丁が見事です。
 この作品は、もうひとつの見方として「20世紀後半の戦争の歴史記録」という側面もあります。犬たちの物語の背景となっている歴史に関しては、史実に限りなくのっとっているようです。そして、そんな様々な戦争を一つの物語の中に収めることができたのは、犬たちを主人公にしたことで可能になったといえます。ここがこの小説の最も画期的な部分です。

 「太平洋戦争」-「朝鮮戦争」-「ベトナム戦争」-「アフガン戦争」-「中米の麻薬戦争」-「ソビエト連邦の崩壊」、これらの戦争が4頭の犬から始まった血脈によって、一つの長大な大河小説にまとめられています。これはまさに「犬たちの20世紀戦争史」です。
 登場人物ならぬ登場犬を次々にバトンタッチさせることで、歴史を進める著者の手法に脱帽です。さらに犬たちの血のつながりを、毎回実に的確にわかりやすく説明してくれるのも有難いです。このあたりの書き方がダメだと、かなりわかりにくい小説になっていたはずです。
 とはいえ、一気に読み終わってから、犬たちの系統図が知りたくなってしまいました。なにせ多くの犬たちが登場するので・・・。そこで、ここではそんな犬たちの系統を時代を追って説明しながら、あらすじを書いてみようと思います。この小説、絶対に面白いので是非お読みください。そして、その時には、ここでの説明を是非、読書のお供にしていただければと思います。きっと参考になると思うので・・・。

<物語のはじまり>
 物語は太平洋戦争における米軍と日本軍の激戦地のひとつ北太平洋のアリューシャン列島から始まります。アッツ島で全滅した日本軍はキスカ島を捨てて密かに全軍退却を実施します。しかし、その際に軍は軍用犬を島に置き去りにします。その中の3匹、「北」(オス)、「勝」(オス)、「正勇」(オス)と米軍から接収されたシェパードのエクスプロージョン(メス)の4匹は、米軍によるキスカ島占領後、アメリカに連れ帰られることになります。帰る船の中で、「正勇」とエクスプロージョンの子供、バッドニュースが生まれます。
 彼らの子孫たちによって、この物語が始まります。

<朝鮮戦争にて>(1950年代)
 バッドニュース(オス)の子どもたち17匹の子供たちは、優れた軍用犬の血をひいていたため、そろって朝鮮戦争に派遣されます。しかし、過酷な戦場でほとんどが死亡し、生き残った3匹が北朝鮮側と共に戦っていた中国軍(人民解放軍)に接収されます。
 しかし、3匹のうち2匹オーガとニュースニュースはオスだったために処分され、残る1匹のジュビリー(メス)が人民解放軍の軍用犬になる31匹の子を残すことになりました。

<アメリカにて>
 バッドニュースが生んだ子の中で軍用犬に不適とされたシェパードの純血種シュメール(メス)。彼女はイリノイ州でコンクールに出場する血統書付の犬たちを産むことになります。しかし、飼い主の逮捕などがあり、逃亡し南へと旅を続けます。

<シベリアにて>
 「北」の子供たちの中の1匹が犬橇レースのためにもらわれますが、飼い主がわざと狼と交尾させ、狼との子供を産ませます。その子「犬神(アヌビス)」(オス)は犬橇ひきとして活躍します。しかし、シベリアの厳しい自然の中、飼い主の失敗から命を落としかけた後に逃亡。ヤクーツク近郊の軍用犬養成施設にたどり着きます。そして、彼は「S」の一員になります。

<スプートニクにより宇宙へ>
 1960年スプートニク5号によって宇宙へと打ち上げられた2匹の犬、ベルカ(オス)とストレルカ(メス)は、動物として初めて宇宙空間から無事に帰還した生物となりました。その後、彼らの子孫はソ連のトップに君臨していたフルシチョフによって軍用犬部隊の中心に指名されます。
 その後、1980年代に入り、KGBにおける特殊戦を担当するために創設された国防軍からは独立した部隊「S(エース)」において、軍用犬の部隊が誕生。その中心にも彼らの子孫が選ばれます。

<中米麻薬戦争にて>
 北とシベリアン・ハスキーの子供として生まれたアイス(メス)は、犬橇をひくためにアラスカからミネアポリスに飼い主と共に移住。しかし、そこを逃亡して、野犬の群れのリーダーとして南へと旅立ちますが、途中で交通事故で死亡。生き残った子供たち7匹を偶然そこに現れたシュメールが母親となって育てるようにまりますが、彼らを麻薬を扱うマフィアがメキシコの自宅へ連れ帰ります。
 アイスの子カブロン(オス)は母親代わりとなったシュメールと共に麻薬犬としてマフィアの元で働くようになります。カブロンと麻薬犬のラブラドールレトリバーの間に子供ギターが生まれます。

<ベトナム戦争にて>(1960年代)
 バッドニュース(オス)から7代目の軍用犬DED(ドッグ・イート・ドッグ)(オス)は、米軍の一員としてベトナム戦争に向かいます。ベトコン(ベトナム解放戦線)との戦闘中、彼は地下に張り巡らされたベトコンの基地内に敵軍と共に閉じ込められてしまいます。そこで生き残った中国軍の犬たちと戦闘を続けた後、彼は相手の生き残りとなっていたジュビリーの血をひく1匹と交わって子供を残します。
 その子は戦争終結後、地下から脱出し、ベトコンの支援に来ていたソ連軍の兵士に拾われソ連に向かいます。
<参考>
 この戦争において軍用犬は大活躍したと言われます。ジャングルの中で人間たちが右往左往する中、犬たちは的確に方角を判断し、ベトコンの居場所を嗅ぎ付けたといいます。1964年から1975年にかけて、ベトナムで活動した軍用犬は4900頭に及んだと言います。

<ハワイからタヒチへ原始の旅>
 DEDの兄妹でハワイの米軍所属のシェパード、グッドナイト(メス)はその優秀さを買われて、タヒチへと原始的な帆船で向かう旅に同行することになります。しかし、冒険旅行は失敗し乗組員が全滅。彼はサモア島にたどり着きます。
 麻薬取引のメンバーが住むサモアに来て交通事故に遭い命を落としたカブロンの代わりにグッドナイトは生き残ったギター(オス)の母親代わりとなります。

<アフガン戦争にて>(1980年代)
 ギターとグッドナイトは麻薬取引の中心となっていたアフガニスタンへ、マフィアの飼い主と共に旅に出ます。しかし、そこで宗教対立からきた抗争に巻き込まれてしまいます。銃撃戦でカブロンは命を落とし、生き残った子供のギターは戦場にいたロシアの軍人に拾われて、彼の所属する組織「S」の基地へ向かいます。

<ソビエト連邦の崩壊にて>(1990年代)
 1991年にソビエト連邦は崩壊。解体の危機に陥った「S」は政府に対し反乱を開始。「S」のトップだった老人とその部下の「オペラ」、「イチコとニーコ」、「ロシアばばあ」、そして日本のヤクザの娘だった「ストレルカ」が犬使いとして加わります。ギターアヌビスら犬たちの最終戦争の結果はどうなるのか?

「ベルカ、吠えないのか?」 2005年
(著)古川日出夫 Hideo Furukawa
文藝春秋

「世界の軍用犬の物語」 2013年
(著)ナイジェル・オールソップ
(訳)河野肇
エクスナレッジ

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