明治の文学とベストセラー

1866年(慶応2年)~1912年(明治45年)
<ベストセラー>
 ・・・ベストセラーについては、全部を説明している論評が意外に少ないといえる。大方が大衆社会現象の素朴反映論の次元にとどまっているのは、ひとえに、生み出される理由の複雑さからであろう。著者や出版側の意図や販売流通に関わる戦略があり、そこに時代現象やつき、僥倖の類いなどの雑多な要因が絡んで、思わぬ結果を招いてしまうのはベストセラーの歴史に珍しくない。目を奪われる現象にしては、内実があまりに曖昧で、雑然とし、また浮動的な面が強いために、対象への着眼は全像の把握に至らないうちに論が尽きてしまう。ここにベストセラー現象を見ていくうえでの特有の難しさがある。

 日本の出版流通は明治までは買い取りで本を仕入れて売る「入銀制」が一般的でしたが、大正時代に「返品つきの全国一律定価販売」(出版再販制)が導入され大きく変わりました。この方式はベストセラーの誕生に大きな影響を与えることになります。

<博文館>
 日本最初の総合出版社となった博文館は、1887年(明治20年)6月15日に創業しています。その出版第一号作品は「日本大家論集」でした。薄利多売路線が成功し、会社は拡大し雑誌、書籍にも手を広げ、取次会社「東京堂」、ロイター通信と直接契約し外電配信をを行った「内外通信社」、洋紙店の「博進社」、共同印刷の前身となった博文館印刷所などを創設。
 明治の出版界をリードする存在となる博文館の創設者は大橋佐平で、その息子の新太郎がその後の発展を担いました。先見的な目と行動力の人だった父親と数字に強く経営手腕があった息子のコンビが近代日本における出版の歴史の先駆となりました。

<社会主義的文学>
 明治日本の読書界の特徴として、社会改良の情熱を込めて書かれた理想主義的な本が継続して評判になっていました。内村鑑三、徳富蘆花などの著者にはその傾向が現れていて、青年層を中心に読者の心を捉えベストセラーを数多く生み出すことになりました。


1866年(慶応2年) 
「西洋事情初篇」  福沢諭吉 尚古堂 
 「西洋事情初篇」、「興地誌略」、「西国立志編」 に共通するのは、海外の先進的な文化・情報を紹介する啓蒙書であることです。
 明治維新とともに国民全体が西洋に追いつかなければならないという意識をもつようになっていたこの3冊は必読書でした。
1870年(明治3年) 
「興地誌略」  内田正雄 修静館 
 世界地理の本でもあり、小学校で教科書としても使われたロングセラー。 
「西国立志編」 サミュエル・スマイルズ(著)
中村敬太郎(訳) 
木平謙一郎
 西洋史から300数十人の小伝集。政治家、実業家を目指す人にとって必読の書で「明治の聖書」とも呼ばれました。 
1872年(明治5年) 
「学問のすゝめ」  福沢諭吉  福沢諭吉 
 この本は元々はパンフレットほどの冊子で、それが17冊でできています。そのため、短くて読みやすい文章なのが良かった。
 福沢は、草稿の段階で女性や子供に読ませて、わかりにくい部分を直して分かりやすさにこだわっていたようです。
 そうした工夫のおかげでこの本は17冊の総計で340万冊を売ったと言われています。
「自由之理」 J・S・ミル(著)
中村敬太郎(訳)
木平謙一郎 
1875年(明治8年) 
「文明論之概略」  福沢諭吉  福沢諭吉
1877年(明治10年) 
「日本開化小史」  田口卯吉  田口卯吉 
1878年(明治11年) 
 この時期西洋への関心は、「啓蒙書」から「小説」へと広がろうとしていました。特に人気となったのが、「SF(空想科学小説)」と「西洋人情小説」でした。
 当時の翻訳は基本的に意訳で原文にこだわった翻訳はまだ行われていませんでした。
 1889年にビクトル・ユゴーの「探偵ユーベル」を翻訳した森田思軒が最初だったと言われています。その後、彼の正確で格調高い翻訳は「思軒調」と呼ばれることになりました。
「新説八十日間世界一周」  ジュール・ベルヌ(著)
川島忠之助(訳) 
丸屋善七 
「花柳春活初篇」  リットン(著)
丹波純一郎(訳) 
高橋源吾郎 
 この本は、翻訳者の丹波が「マル・ソラバース」と「エリス」二つの小説をかってに
1879年(明治12年) 
「高橋阿伝夜叉譚」  仮名垣魯文  金松堂 
 この小説の大ヒットにより、実録犯罪小説に「毒婦もの」というジャンルが誕生。古着屋殺しの高橋お伝の物語が彼女の処刑の翌月に発売。そのタイムリーさもベストセラーの原因となりました。同じ題材の競合する作品も登場し、ブームをさらに盛り上げることになりました。 
1883年(明治16年) 
「経国美談」 矢野龍渓  報知新聞社 
 古代ギリシャのテーベを舞台に専制政治と戦う人々を描いた社会派歴史小説。自由民権運動の思想を盛り込んだ作品でもあります。
1884年(明治17年) 
「世路日記」  菊亭香水  東京稗史出版社 
 日本文学界初の青春小説のベストセラー作品。青年教師と生徒の恋、政治家への転身など成長の物語を描いています。
1885年(明治18年) 
「佳人之奇遇」  東海散士  博文堂 
 欧州列強国による支配からの脱却を目指すアイルランドやスペインの闘士たちによる民族自決運動を描いた社会派の歴史小説。 
「当世書生気質」  坪内逍遥  晩青堂 
 近代日本小説の原点と言われる作品。当初は1000部(17分冊)程度しか売れなかったが、その後再版、量版が出てベストセラーとなります。 
「大日本人名辞書」  嵯峨正作 経済雑誌社 
1886年(明治19年) 
「雪中梅」  末広鉄腸  博文堂 
 理想に燃えて政治活動を始めた青年の恋と日常を描いた社会派の青春小説で若者たちに人気となった。 
「二十三年未来記」  末広鉄腸   博文堂 
 国会開設の近未来を描いた政治小説。実際に国会が開設されるまで売れ続けたようです。 
「経済原論」  天野為之  富山房 
「将来之日本」 徳富猪一郎(蘇峰) 経済雑誌社 
1887年(明治20年) 
「雪中梅続編 花間鶯」  末広鉄腸  金港堂
「新日本之青年」」  徳富猪一郎(蘇峰)  集成社 
 徳冨蘇峰はこの年、仲間と共に民友社を結成。政治、経済、教育、宗教、文芸などを扱う総合雑誌「国民之友」を創刊。 平民主義を世に広めました。
 1892年には婦人を対象にした雑誌「家庭雑誌」を創刊。民友社は「国民叢書」から多くの単行本を発行。総合出版社として明治中期をシードしました。
1890年(明治23年) 
「帰省」  宮崎湖処子  民友社 
1891年(明治24年) 
「こがね丸」  巌谷小波(いわやさざなみ)  博文館 
 日本文学初の少年向けシリーズ「少年文学叢書」の第一作。児童文学初のベストセラー小説。このシリーズは32作まで続くことになります。  
「小公子」  バーネット夫人(著)
若松賤子(訳) 
女学雑誌社 
「三日月」  村上浪六  春陽堂 
 「文芸書の雄」と呼ばれた春陽堂。創業者の和田篤太郎は岐阜から出て神田で小さな書店をスタートさせた後、「民約論覆義」を翻訳出版し話題となりました。
 「伊曾保(イソップ)物語」、「三十五日間空中旅行」(ジュール・ベルヌ)、「魯敏孫漂流記」(デフォー)などの翻訳物が次々にヒット。
 明治22年(1889年)創刊の雑誌「新小説」では 夏目漱石、森鴎外、江戸川乱歩などの作品を掲載しています。 
「浮雲」  二葉亭四迷  金港堂 
 この作品も近代小説の原点の一つで長い年月をかけてベストセラーとなった作品。  
1892年(明治25年) 
「幕府衰亡論」  福地源一郎  民友社 
1894年(明治27年) 
「日本風景論」  志賀重昴   政教社 
 1888年日本文化の美質や長所を主張する雑誌「日本人」創刊。主宰は三宅雪嶺で出版は政教社。月二回発行のその雑誌から生まれたのがこの本。
 日清戦争が始まり、国粋主義が盛り上がる中、ブームに乗って14版の大ベストセラーとなりました。
 この本は若者の間に登山ブームをもたらすことにもなりました。 
1895年(明治28年) 
「滝口入道」  高山樗牛  春陽堂 
1896年(明治29年) 
「十五少年」  ジュール・ヴェルヌ(著)
森田思軒(訳) 
博文館 
 「思軒調」の代表作となったのがこの少年冒険小説でした。25版まで出版されるベストセラーとなりました。 
「当世五人男」(前・後篇) 村上浪六 青木嵩山堂
「東西南北」  与謝野鉄幹  明治書院 
 詩歌・美文ブームに乗ってベストセラーとなった詩歌集。 
「花紅葉」  塩井雨江、大町桂月、武島羽衣 博文館 
 詩、紀行、随想を一冊に収め、コンパクトなサイズ(袖珍本)が受けて50版近いベストセラーとなりました。
 詩歌、美文ブームの先駆となった作品です。 
「通俗書簡文」  樋口一葉  博文館 
 樋口一葉は博文館の編集者、大橋乙羽によって見出された作家。大橋は自社の雑誌の女性読者を増やすため、優秀な女性作家を探していました。当時、まだ同人誌の作家に過ぎなかった彼女を見出した彼は手紙でのやり取りの後、雑誌「太陽」に小説「ゆく雲」を掲載。続く第二作の「にごりえ」は「文芸倶楽部」に掲載され話題の人となりました。家族のためにお金が必要だった一葉の為、彼 は様々な作品を彼女に依頼しました。
 「通俗書簡文」は、手紙の書き方についての実用本で35版5万冊に達する予想外のヒットとなりました。
 ところがこの年の11月23日彼女は結核によってこの世を去ります。
1897年(明治30年) 
「多情多恨」  尾崎紅葉  春陽堂 
「小公子」 (全巻) バーネット夫人(著)
若松賤子(訳) 
博文館 
「一葉全集」  樋口一葉  博文館 
 前年にこの世を去った樋口の作品を集めた作品集は500ページの大作でしたが、遺作としてロング・セラーとなります。
 一葉の死は編集者の大橋をがっかりさせましたが、この本のおかげで彼女の名は現在まで語り継がれることになります。
  ここでも大橋は大きな役目を果たしたのですが、彼自身も疲労が原因となり腸チフスにかかり、32歳の若さでこの世を去ることになります。
「天地玄黄」 与謝野鉄幹  明治書院 
「愛吟」  内村鑑三(訳編)  警醒社 
 英語詩の対訳本として青年層を中心にベストセラーとなりました。
 警醒社はプロテスタント(キリスト教)系の出版社で、明治18年にメソジスト教会の宣教師を中心に日本人牧師も加わって伝道用書籍の販売・出版を目的に設立。
 この時期には、宗教書だけではなくアメリカなどから洋書を取り寄せて日本語訳にして出版していました。 
1898年(明治31年) 
「金色夜叉」  尾崎紅葉  春陽堂 
 この作品はこの年、市村座で舞台化されて大ヒット。新派劇の定番となり、映画化もされ、流行歌の題材ともなります。昭和まで長く愛される作品となりました。
 徳冨蘆花の「不如帰ほととぎす」と共に明治を代表する2大小説とも言われます。 
1899年(明治32年) 
「福翁自伝」  福沢諭吉   時事新報社
「天地有情」  土井晩翠  博文館 
 土井晩翠は、当時、島崎藤村と並ぶ人気詩人です。 
1900年(明治33年) 
「不如帰ホトトギス」  徳富蘆花  民友社 
 初版は2000部でしたが、年内に8版9000部に達しました。
 明治4年に大阪の朝日座で劇化初演されました。その後、柳川春葉の脚本で東京本郷座でも上演されます。
 明治42年には100版。昭和2年に190版50万部まで達します。 
「自然と人生」  徳富蘆花  民友社
「地理教育 鉄道唱歌」  大和田建樹(作・歌)  東京開成館 
「己が罪」 菊地幽芳 春陽堂 
 菊地幽芳は水戸出身で小学校の教師として働きながら新聞に小説を発表。その後、大阪毎日新聞に入社し、そこで新聞小説を発表して行きます。
 「己が罪」は婦人向け家庭小説の先駆作と呼ばれ、後に溝口健二によって映画化されます。1903年の「乳姉妹」、1912年には「家なき児」を翻訳して大ヒットさせるなど、家庭小説、少年少女小説の分野でベストセラーを連発することになります。 
「海底軍艦」  押川春波  文武堂 
 大正にかけて全34版のベストセラーとなった和製SF冒険小説の先駆的ベストセラー。少年読者を意識して総ルビになっていました。
 1904年に始まる日露戦争以後、本格化する日本の軍国主義体制が生み出したベストセラーでした。  
1901年(明治34年) 
「思出の記」  徳冨健次郎  民友社 
「巌窟王」(全4巻)  黒岩涙香  扶桑堂 
 元々黒岩の本のファンだった町田守七が彼の作品の出版元だった会社を買収し、自ら米屋から出版社の扶桑社を立ち上げました。
 そして、黒岩の本を出版。そこから生まれた大ヒット作です。
 新聞用に翻訳編集したアレクサンドル・デュマの「モンテ・クリスト伯」の日本版。縮別本は130版に達しました。
「武蔵野」  国木田独歩  民友社 
 徳冨蘇峰らが立ち上げた民友社の社員だった国木田独歩の大ベストセラー。50版以上の増刷となるロング・セラーとなりました。 
「無花果」  中村春雨  金尾文淵堂 
「みだれ髪」  与謝野晶子 東京新詩社 
 東京新詩社は晶子の夫でもある与謝野鉄幹が立ち上げた出版社です。その機関紙が有名な「明星」。
 大ヒットしたこの詩集は、他の出版社からも出版されながら重版を重ねることで、現在にまでつながるベストセラーとなりました。
「一年有半」  中江兆民 博文館 
 福沢諭吉と並ぶ思想家が明治政府の問題点を指摘。生前の遺構となったこともあり話題となったため、ベストセラーとなりました。 
1902年(明治35年) 
「あゝ無情」(前・後篇) 黒岩涙香  扶桑堂 
 ビクトル・ユゴーの「レ・ミゼラブル」の翻訳。日本語訳のタイトル「ああ無情」は不滅の日本語題となりました。
 新版、縮別版など次々に出版されて、ベスト・セラーになりました。
「新社会」  矢野龍渓  大日本図書 
1903年(明治36年) 
「乳姉妹」(前・後篇) 菊地幽方  春陽堂 
魔風恋風」(前・中・後篇)  小杉天外 春陽堂 
「黒潮」  徳冨健次郎  黒潮社 
「五重塔・血紅星」  幸田露伴  青木嵩山堂 
 作家が出版社と印税契約を結んだ初期作品として重要な小説です。 当初「小説尾花集」の中の一編として発表されました。
 しかし、その後、「五重塔」のタイトルを出すとベストセラーとなり、タイトルの重要性を証明した作品となりました。
「食道楽」(全8巻) 村井弦斎  報知新聞出版部 
 報知新聞に連載された恋愛小説ですが、その中で600種の料理のレシピを紹介し、日本初のグルメ本のベストセラーとなりました。
 著者はアメリカ公使館のシェフだった加藤桝太郎を雇い料理の研究を行った。もちろん本人も食道楽で有名でした。
 著者はこのほかにも「猟道楽」、「酒道楽」、「女道楽」、「釣道楽」なども書いています!まさに時代の先を行くベストセラー作家でした。 
「天人論」  黒岩涙香  朝望社 
 キリスト教、社会主義の影響を受けた人生哲学の書。不況や戦争など不安が増す社会が求める書物だったことからベストセラーとなりました。 
1904年(明治37年) 
「言海」  大槻文彦  吉川弘文館 
 10年かけて編纂され収録 された言葉は3万9000語。初版は明治22年から24年にかけて4冊に分けてロングセラーとなりました。
 この本は近代的な国語辞書の模範となり、明治40年には160版に達しました。
 その後、1冊にまとめられた「言海」が1円50銭で発売され、日本中に普及することになります。1932年に改訂版の「大言海」が刊行されます。
「火の柱」  木下尚江  平民社 
 非戦論、社会主義思想を下敷きに描かれた小説。 
「良人の自白」(上下)  木下尚江  平民社ほか 
 警察からの圧力により出版が困難になったが「火の柱」と共に14版以上の隠れたベストセラーとなった小説。
 2冊の売り上げは、平民社の運営を助ける重要な財源となりました。 
「藤村詩集」 島崎藤村  春陽堂 
1905年(明治38年) 
「琵琶歌」  大倉桃郎 金尾文淵堂 
「青春」春・夏・秋 小栗風葉  春陽堂 
「病間録」  網島梁川  金尾文淵堂 
「吾輩は猫である」上中下  夏目漱石  服部書店、大倉書店
 「不如帰ホトトギス」に連載後、大倉書店らが単行本として出版されてベストセラーになりました。
  大倉書店は、錦絵の出版・輸出も行う貿易に強い出版社で装丁も素晴らしかった。
 ただし、この後、漱石の作品は春陽堂、岩波書店から出版されることになります。
1906年(明治39年) 
「肉弾」  桜井忠温  丁米出版 
 桜井は明治37年第一回日露戦争総攻撃に陸軍少尉として参加し、重傷を負い死体と間違われて火葬場に移送される途中で生きていることがわかりました。
 そんな著者の戦場体験をリアルに記録した文学作品です。
 この作品が発行されたのは終戦後の明治39年4月。中公文庫版は昭和3年まで1380版に達しました。海外でも16カ国で出版されています。
 アメリカの大統領セオドア・ルーズベルトが絶賛したことでも知られています。 
「運命」  国木田独歩  佐久良書房 
「破戒」  島崎藤村  自費出版 
1907年(明治40年) 
「八軒長屋」  村上六浪 民友社 
 侠客的な人物を主人公とする大衆小説として大ベストセラーとなりました。 
 民友社は、この後社主の徳冨が平民主義を捨てて国権主義へと思想を転換。それを機に大衆からの指示を失います。
 1933年に明治書院に吸収合併されます。
「鶉籠(うずらかご)」  夏目漱石  春陽堂 
「国民性十論」  芳賀矢一  富山房 
1908年(明治41年) 
「武士道」  新渡戸稲造(著)
桜井鴎村(訳) 
丁米出版社 
「渡辺崋山」前後  渡辺碧瑠璃園  弘文社・興国書院 
「婦系図」  泉鏡花  春陽堂 
 新聞連載されこの年に2冊本として出版されました。この年、劇化もされ新富座で初演され新派演劇の定番的作品となります。
 劇の大ヒットの影響もあり、この後も長い人気を保つロング・セラーとなります。 
「虞美人草」 夏目漱石  春陽堂 
 「吾輩は猫である」、「鶉籠」、「虞美人草」の3作が漱石の3大ベストセラーと呼ばれます。 
「花袋集」  田山花袋  易風社 
1909年(明治42年) 
「金色夜叉 終篇」  小栗風葉  新潮社 
 尾崎紅葉がこの世を去り、代わりに小栗風葉によって最終章が描かれました。さすがにこの最終作も大ヒットとなりました。 
「田舎教師」  田山花袋  佐久良書房 
「寄生木」  徳冨健二郎  警醒社 
「宇宙」  三宅雪嶺  政教社 
「大和桜義士の面影」講演記録  吉田奈良丸  此村欽英堂ほか共同
1911年(明治44年) 
「此一戦」 水野廣徳  博文館 
「立川文庫 百十一篇」  加藤玉秀  立川文明堂 
「修養」  新渡戸稲造  実業之日本社 
1912年(大正元年・明治45年) 
「家なき児」前後  エクトル・マロー(著)
菊地幽芳(訳) 
春陽堂 
「樗牛文篇・文は人なり」 姉埼嘲風(編)  博文館 
「近代文学十講」 厨川白村  大日本図書 
「千曲川のスケッチ」  島崎藤村  佐久良書房 
「青年と修養」  増田義一  実業之日本社 

<参考>
「ベストセラー全史(近代篇)」(2019年)
(著)澤村修治
筑摩書房

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