昭和初期から戦中の文学とベストセラー


1926年(昭和元年)~1945年(昭和20年)
<円本革命>
 昭和の初め文学の世界を大きく変える革命が起きました。それは「円本」の登場です。
 当時、単行本の値段は1冊2~2.5円ぐらいでした。それを4~5冊分をまとめて1冊1円で発売。実質的には、10分の1の値段にしたのですから、ベストセラーになるのは当然でした。円本ブームはすぐに出版界全体を巻き込み、様々な円本シリーズが登場します。それまでベストセラーとは、1万冊以上売れる本のことでしたが、ここから桁が一桁上がることになりました。
 円本の登場により、現代では当たり前の編集、広告、販売が一体となってベストセラーを生み出す出版界のシステムが生まれました。そのシステムの創造者であり、仕掛け人となったのが、当時「改造社」を経営していた山本実彦です

「究極のところ、こうした事業もや、やっぱり一つの創作である。自分の腹からこみ上げてくる自信と創意とがなければ、世を動かし、人を動かすことはできぬように思う。他の人がやってうまく行ったのを真似てみたところで、要するにそれは猿真似にすぎぬ。猿真似は心もちのいいものではないばかりか、人の腹のなかになんらの手応えも与え得ない。」
山本実彦

 最初の「円本」となった「現代日本文学全集」の宣伝文にはこうありました。
「善い本を安く読ませる!この標語の下に我社は出版界の大革命を断行し、特権階級の芸術を全民衆の前に解放した。一家に一部宛を!芸術なき人生は真に荒野の如くである。我国人は世界に、特筆すべき偉大なる明治文学を有しながら、英国人のセキスピア於けるが如く全民衆化せざるは何故だ。これ我社が我国に前例なき百万部計画の社図を断行して全国各家の愛読を俟つ所以だ。
 日本の第一の誇!明治大正の文豪の一人残らずの代表作を集め得た其の事が現代第一の驚異だ。そして一冊一千二百枚以上の名作集が唯の1円で読めることが現日本最大の驚異だ。」

(読売新聞の広告より)

 円本の販売方式は、完全予約制でばら売りはなしでした。しかし、大々的な広告が効果をみせ、予約で23万部に達し、結局40~50万の大ヒットとなりました。その人気にあやかったのは出版界だけではなく、タクシー業界が都内どこまでいっても1円という「円タク」を走らせたりしました。
 当然、他の出版社も次々に独自の円本を発刊し始めます。
 新潮社の「世界文学全集」は予約で58万部、春陽堂の「明治大正文学全集」は予約で20万部、平凡社の「現代大衆文学全集」は予約で10万部、興文社「小学生全集」全88巻が30万部、アルス社「日本児童文庫」全76巻も30万部を販売しました。

<読書文化の大衆化>
 円本ブームは、円本が売れただけではなく、日本人の読書を大きく変えることになりました。円本の普及は、読書文化の大衆化を促進し、日本の読書人口を急増させました。当初は、知識人、女子大生、都市のサラリーマン、農村部の地主層あたりが円本の購買層でした。しかし、ブームが終り、円本が古本として市場に出回り出すと低所得者層にも読者層が広がることになりました。
 大正14年に講談社から発売された大衆娯楽誌「キング」もこうした流れで大量に売れ、創刊号で74万部を売り上げることになりました。
「書籍出版界は、大量生産によって資材・印刷・製本・広告に新生面をひらき、販売界でも雑誌だけの小売店が円本を扱い、大部数を消化する道をつけた。円本を取り扱えば三年間は配達さえすればよいので、小売店自ら宣伝物を携えて読者獲得に乗り出し、これを機に外売に熱意を持つようになった。」
 円本ブームに乗ることのなかった出版社、岩波書店、講談社、中央公論社の三社は、逆にこの時期自社から多くのベストセラーを出すことになります。

<円本のマイナス面>
 円本の登場はすべてを良い方向に向かわせたわけではありませんでした。

 第一に単行本が売れなくなり、真面目な書物の出版が困難になったことである。第二に書店の返品が急激に増えたことである。円本も初期のころは予約申込者のみに配本していたが、末期の円本は見込送品するものも出たため、一層返品が増えてきた。第三に製本の質が低下し、落丁本が多くなったことである。そして最後に解約、また解約によって残本の山を生じ、発行所によっては、一全集何十万という部数を、一冊11銭とか13銭とかいう捨て値でゾッキ屋に売った。

「東京堂百二十年史」より

 その後、円本はネタ切れ、競合により質をどんどん落としてしまい、読者にあきられることになります。そして昭和5年頃にはブームが終了することになりました。しかし、円本のおかげで日本人の読書熱は、世界のどの国にも負けないレベルに達し、戦争の危機と隣り合わせだった昭和初期の時代も本は売れ続けることになりました。
 意外なことに長く続いた出版不況は、日中戦争の始まりと共に円本ブーム以来の好況期を迎えます。人々は「本」の世界に逃げ込もうとしたのかもしれません。

<翻訳本の人気>
 昭和10年代に翻訳物のベストセラーが多いのは、戦時であることを考えると意外に思えるかもしれません。とはいえ、戦雲がアジアだけでなく世界を覆う時期、戦地も含めて世界各地からの海外報道がありました。そのため、日本の国民はかえって世界へと目を向ける機会が多くなったのでしょう。海外事情を知っておきたい要求が日本の読者に広く生まれ、翻訳物の人気に結びついたのです。

<出版への統制本格化>
 昭和15年頃から軍による出版物への統制が始まります。「内閣情報局」が設置され、国家的情報、宣伝活動の一元化および言論・報道に対する指導と取締りを遂行するようになります。
 同時に日本雑誌協会、東京出版協会などの諸団体により日本出版文化協会が設立され、自主規制の動きも始まります。出版事業者は事前に提出した出版企画届けが日本出版協会によって認められて初めて、印刷のための用紙の配給を受けることができることになりました。そのため、貴重になった印刷用の紙を確保するため出版者は国の意向をくむ必要に迫られることになります。この時期、紙は貴重品となっていて、どんなに売れそうだとわかっていても、初版は5000部程度に収められていました。
 昭和16年5月、4大取次店(東京堂、東海堂、北隆館、大東館)など、取次各社統合し、日本出版配給会社が設立されます。これにより、出版流通機構にまで国の統制が及ぶことになりました。

<規制対象となる書籍>
 規制の対象となった書籍のジャンルは様々でした。
「小説中に人妻の恋愛事件は取り扱ったもの、あるいはフラッパー娘の登場は古来特有の美風良俗を害するものと考えられる。」
「上流家庭の生活を題材とする頽廃的読物は、銃前銃後の国民が緊張している際に面白からず」
そして、出版元に禁止書籍についての具体的な指示がまわることになります。
「恋愛小説、なかんずく貞操観念を軽々しく取り扱ったり、姦通や恋愛遊戯を主題としたもの」
「股旅小説で、女は問題、賭博、縄張り争いの殺傷事件を主とし、十年一日の如何らの批判もなく興味本位で大衆を刺激し、いたずらに殺伐な気風を起こさせるだけのもの」
「有名人の心中あ越境事件などの如きを煽情的に扱ったものも、変態性欲、同性愛など社会風教上悪影響あるものを興味本位のみで取り扱ったもの」
「君、僕、彼氏など、女学生の言葉づかいに悪影響を与える言葉を使うもの」
「自由主義、放縦主義を礼賛したもの」


1926年(昭和元年) 
「現代日本文学全集」全62巻 (円本)  改造社 
「照る日くもる日」全中後編 大佛次郎  渾大房書房
1927年(昭和2年) 
「世界文学全集」全57巻  (円本)  新潮社 
「明治大正文学全集」全60巻  (円本)  春陽堂 
「世界大思想全集」126+26巻 (円本)  春秋社 
「現代大衆文学全集」全6巻  (円本)  平凡社 
「鳴門秘帖」前後編  吉川英治  大阪毎日新聞・東京日日新聞
「何が彼女をそうさせたのか」  藤森成吉  改造社 
 築地小劇場で上演され、その後映画化もされタイトルは流行語にもなりました。
 社会主義思想の影響を向け「傾向映画」と呼ばれるジャンルの代表作となりました。 
「無憂華」  九条武子  実業之日本社 
 和歌日記や感想的文章を収めた作品集。
 著者は西本願寺の大谷家次女で「麗人」として人気もあり、仏教婦人会会長でもあえりました。
 そのため、この本は仏教界、女性層から支持を得て売れました。
1928年(昭和3年) 
「日本戯曲全集」歌舞伎32現代篇18 (円本)  春陽堂 
「英雄待望論」  鶴見祐輔  講談社 
 ビスマルク、豊臣秀吉、ナポレオン、西郷隆盛、吉田松陰・・・
 社会が閉塞感に包まれる中、大衆がヒーローうを待つ気持ちを捉えて大ヒット 
「ムッソリニ伝」  沢田謙  講談社 
「あゝ玉杯に花うけて」  佐藤紅緑  講談社 
 「少年倶楽部」に連載された少年向け小説で少年文学初のメガヒット作。
 貧しい家と豊かな家に育った二人の少年が主人公の青春小説。 
「赤穂浪士」全3巻  大佛次郎  改造社 
1929年(昭和4年) 
西部戦線異状なし」  レマルク(著)
秦豊吉(訳) 
中央公論社 
 出版部門を設立したばかりの中央公論社が第一作として発刊。
 左翼思想により改造社にいずらくなった牧野武夫が選んだ作品。
 タイトルは現代の直訳でその長さが注目され、流行語にもなりました。
 価格は箱入りで1円50銭と、高価だったが、20万部を越えるヒットとなった。
「母」  鶴見祐輔  講談社 
「東京行進曲」  菊地寛  春陽堂 
蟹工船」  小林多喜二  戦旗社 
 プロレタリア運動の機関紙「戦旗」から昭和4年9月に刊行。
 発禁処分をくり返し受けながらも3万5000部のヒットとなり、今もなお売れるロング・セラー。 
「太陽のない街」  徳永直  戦旗社 
 「蟹工船」と並ぶプロレタリア文学のヒット作 
「踊る地平線」  谷譲次  中央公論社 
「岡辰押切帖-金儲け実際談」 谷孫六  講談社 
「国民経済の立直しと金解禁」 井上準之助 千倉書房 
1930年(昭和5年) 
「放浪記」  林芙美子 講談社 
 行商人の娘として生まれた主人公が露天商、女工、カフェの女給などをしながら生き抜く青春小説
 「新鋭文学叢書」の一冊として刊行され、これだけが大ヒット。
 若いサラリーマンらに受け舞台化、映画化もされてロングセラーとなり36万部を売り上げました。
「真理の春」  細田民樹  中央公論社 
 実際の事件「番町会事件」を題材にした政財界の裏側を描いた社会派小説。
 政府からの圧力で新聞連載が未完のまま終了。そのおかげでベストセラーのなりました。
「麗人」  佐藤紅緑  新潮社 
 映画化もされ、主題歌「麗人の唄」も大ヒット(作詞は著者の息子サトウ・ハチロー)
 ちなみに佐藤紅緑のもうひとりの娘は作家、国会議員の佐藤愛子です。
:1931年(昭和6年) 
「敵中横断三百里」  山中峯太郎  講談社 
 日露戦争で斥候兵として働いていた実在の人物をモデルにした小説
 当初は「少年倶楽部」に連載されてヒットし、この年書籍化され大ヒットとなりました。 
「侍ニッポン」  郡司次郎正  尖端社 
 雑誌「大衆文学」に連載された時代劇 
「南国太平記」前中後  直木三十五  誠文堂、番町書房 
 大阪毎日、東京日日に連載後、出版されたヒット時代劇小説 
「右門捕物帖」  佐々木津三  博文館 
 富士新聞、朝日新聞などに連載後に出版されてヒットした時代劇 
「銭形平次捕物控」  野村胡堂 春陽堂
 「オール読物」などへの連載後、映画化、テレビドラマ化もされ時代劇の定番になった人気作品 
「女給 小夜子の巻」  広津和郎  中央公論社 
 「婦人公論」に連載されるが、女給が誘惑する文士のモデルが菊池寛と噂され、菊地が抗議。
 その後、「僕と『小夜子』の関係」に改められ、さらに売り上がを延ばしたゴシップ小説 
「一粒の麦」  賀川豊彦  講談社 
「大百科事典」全26巻    平凡社 
 雑誌「平凡」の失敗により倒産の危機にあった平凡社が代表の下中彌三郎のアイデアから発行
 予約で1万7000部に達し、最終的に4万セットを販売し、平凡社を蘇らせました。
 この後、平凡社は「百科事典の平凡社」と呼ばれることになります。
1932年(昭和7年) 
「のらくろ上等兵」  田川水泡  講談社 
 漫画としては初のベストセラー。著者は元々新作落語の作家であり、前衛芸術家、挿絵画家だった。
 この作品は、昭和6年から10年間「少年倶楽部」に連載されて、13万4000部の大ヒット。
 「のらくろ伍長」12万4000、「のらくろ軍曹」8万9000部、「のらくろ曹長」8万6000部を売りました。
 定価は箱入りの2色刷りで1円でした。
 この漫画で、のらくろは自らの命を救うため、敵に連隊の秘密をばらすなど、決して軍国漫画ではなかった。
 内務省の役人から戦時に漫画など必要ないと圧力がかかったため、昭和14年5月号で連載終了。
「生命の實相」  谷口雅春  生長の家 
 エログロナンセンスの時代が終わり、左翼文学も軍によって消され、代わってヒットし始めたのが宗教書。
 その代表的な作品が「生長の家」から刊行されたこの本で、戦後までに500万部売れたとか・・・ 
「金の経済学」  猪俣津南雄  中央公論社 
「刑法読本」  滝川幸辰  大畑書店 
「大言海」全四巻  大槻文彦  冨山房 
「夜明け前」第一部 島崎藤村 新潮社
1933年(昭和8年) 
「春琴抄」  谷崎潤一郎  創元社 
吼える密林」  南洋一郎 講談社 
「哲学の根本問題 - 行為の世界」  西田幾太郎  岩波書店 
1934年(昭和9年) 
「女の一生」  山本有三  中央公論社 
 朝日新聞に連載されていた小説。
 エログロナンセンスとは真逆の真面目で堅い作風がこの時代にあい大ヒット。
 山本有三はこの時代を代表する人気作家となります。 
「生命の實相全集」  谷口雅春  光明思想普及会 
「法句経講義」  友松円諦  第一書房 
「人生は四十から」  W・B・ピットキン(著)
大江専一(訳)
中央公論社
 人生が50年と言われていた時代の熟年向けの本として先駆的作品となりました。
 高齢者としての人生が注目される時代の始まりとなりました。 
「旋風時代」全三巻  田中貢太郎  中央公論社 
「国民百科大辞典」14巻  冨山房(編)  冨山房 
1935年(昭和10年) 
「丹下左膳」  林不忘  新潮社 
 新聞連載の後、映画化、テレビドラマ化もされ時代劇の定番になった人気作品 
 映画は、日活、東亜シネマ、マキノの3社が競合。
「人生劇場」  尾崎士郎  竹村書房 
 「青春篇」(昭和8年)「愛欲篇」(昭和9年)が都新聞に連載中は注目されませんでした。
 ブレイクのきっかけは読売新聞の文芸欄で川端康成が絶賛したことでした。 
 その後、シリーズは戦後にまで続く超大作として昭和を代表する作品となります。
 著者は、堺利彦の売文社で社会主義運動に関わっていた人物でした。
「夜明け前」第二部  島崎藤村  新潮社 
「蒼茫」  石川達三  改造社 
 ブラジル移民となった秋田の農家の娘が主人公の小説。著者のブラジルでの体験をもとにしている。 
 第一回芥川賞受賞作
「太閤記」全11巻  矢田挿雲  中央公論社 
「貞操問答」  菊地寛  改造社
「心に太陽を持て」  山本有三  新潮社 
「辞苑」  新村出(編)  博文館 
 言語学者、国語学者が編集した本格的な辞書。
 200版以上の重版となったが、出版権はその後岩波書店に移りました。
 戦後、岩波は大幅な改定作業を行い昭和30年「広辞苑」の初版を刊行します。
 以後、7版1000万部の超ロングセラーとなり、世紀を越えて岩波書店を支えることになります。
1936年(昭和11年) 
「宮本武蔵」全6巻  吉川英治  講談社 
「真実一路」  山本有三  新潮社 
「冬の宿」 阿部知二  第一書房 
「怪人二十面相」  江戸川乱歩  講談社 
 「少年倶楽部」連載の少年向け探偵小説
 シリーズは戦後まで続く人気となり、30巻を越える超ロングセラーとなります。 
「もめん随筆」  森田たま  中央公論社 
 無名の新人によるエッセイながらベストセラーとなった異色作
 着物に関する記述や詩などからなり、女性エッセイストの先駆者となりました。 
「いのちの初夜」  北条民雄  創元社 
 ハンセン病患者として入院した最初の夜の体験を描いています。
 川端康成の紹介により「文学界」で発表された後、創元社が書籍化しベストセラーとなった。
 ハンセン病に対する関心・知識を広めることになったが、差別はなくなりませんでした。 
「戦争」  武藤貞一  宇佐美出版事務所 
「講談社の絵本 乃木大将」    講談社 
 講談社の絵本シリーズで第一回発売4作のうちの4作とも40万部を売り切りました。
 大手の取次店が扱った最初の絵本となりました。
1937年(昭和12年) 
「若い人」正・続  石坂洋次郎  改造社 
 女性読者に人気となり、1年で10万部を突破。
 美しい女学生と青年教師と女教師の三角関係を描いた青春恋愛小説。 
「雪国」  川端康成  創元社 
「濹東綺譚」 永井荷風 岩波書店
「大地」  パール・バック(著)
新居格(訳) 
第一書房 
「暗夜行路」 志賀直哉  改造社 
「生活の探求」正・続  島木健作  河出書房 
 左派からの転向作家による生き方の提案で70万~80万部が売れました。
 それだけ当時は生き方に悩む人が多かったということでもあります。 
「綴方教室」  豊田正子  中央公論社 
 東京葛飾の貧しい少女のけなげな生き方を描いた本。東宝で映画化されてヒット。
 当時、小学校の生徒だった著者の作文集で教師の大木、清水が編集しています。
1938年(昭和13年) 
「小島の春」  小川正子  長崎書店 
 ハンセン病施設長島愛生園で患者の救済に生きた若い女性医師の手記で、映画化されてヒット。 
「麦と兵隊」  火野葦平  改造社 
 著者が伍長として中国徐州戦線で戦った経験をもとに書かれた記録文学。
 多くの兵士が中国に向かう中、その家族らが戦場の現実を知りたがっていたため、100万部突破の大ヒット。 
「土と兵隊」  火野葦平 改造社
「天の夕顔」 中河与一 三和書房 
 年上の人妻へのプラトニックな愛情を綴った純愛小説で若者層に売れました。
 アルベール・カミュに絶賛され、海外でも高い評価を得ました。 
「結婚の生態」  石川達三  新潮社 
風と共に去りぬ」全三巻  マーガレット・ミッチェル(著)
大久保康雄(訳)
三笠書房 
「キュリー夫人」  エーブ・キュリー(著)
川口篤等(訳) 
白水社 
「選集倫理御進講草案」 杉浦重剛  第一書房 
1939年(昭和14年) 
「源氏物語」全26巻  谷崎潤一郎(訳)  中央公論社 
 作家・谷崎潤一郎による新訳ということもあり予想外のヒットとなりました。(17~18万部) 
 村上春樹の新訳版の「キャッチャー・イン・ザ・ライ」のような感じか?
「陰翳礼賛」  谷崎潤一郎  創元社 
「花と兵隊」  火野葦平  改造社 
「故旧忘れ得べき」  高見順  新潮社 
 転向作家である高見順が左翼運動から転向までを描いた自伝的小説。 
「大日向村」  和田伝  朝日新聞社 
 長野県にあった大日向村の満州への分村開拓移民の経緯をドキュメンタリータッチで小説化した作品。
 戦場に多くの若者を送り出した農村の文学がこの時期に数多く誕生しました。
 ある意味、この時期国民の主役は兵士と農民だったのかもしれません。 
「日本二千六百年史」  大川周明  第一書房 
「昭和国民読本」  徳冨蘇峰  毎日新聞社 
「死」  ポール・ブールジュ(著)
広瀬哲士(訳) 
東京堂 
 第一次世界大戦の陸軍病院を舞台に死を迎える患者たちの様々な表情を描いた心理小説。
 正宗白鳥らが高く評価したことで口コミで売れだしました。
 東京堂では有力学者、作家らに寄贈し往復ハガキで感想を送ってもらいそれを販促に利用しました。 
「百万人の数学」上下  ランスロット・ホグベン(著)
今野武雄、山崎三郎(訳) 
日本辞論社 
 啓蒙的な数学入門書。
 親しみやすくわかりやすい話を組み合わせ、数学の考えが身に着くようになっています。 
 原書をアインシュタインが推奨したのもヒットの原因となりました。
 戦時中も「科学」と「数学」の教育は重視されました。
1940年(昭和15年) 
「三国志」全14巻  吉川英治  講談社 
 シリーズ完結篇は戦後昭和21年発刊となりますが、全巻の増刷がなされ再びベスト・セラーとなります。 
「旅愁」全4巻  横光利一  改造社 
「如何なる星の下に」  高見順  新潮社 
 浅草を舞台に著者がレビューの踊子に恋をする物語。昭和37年に豊田四郎監督が映画化。 
「煉瓦女工」  野澤富見子  第一公論社 
 横浜鶴見の運河沿いの町で働く女工と長屋の人々の交流を描いた小説。
 松竹が千葉泰樹監督で映画化されるが検閲により公開できず、戦後昭和21年に初公開となった。 
「フランス敗れたり」  アンドレ・モロア(著)
高野弥一郎(訳) 
大観堂 
 ドイツ軍のフランス占領をいち早く描いたノンフィクション。 
「哲学入門」  三木清  岩波書店 
 著者の三木清は、京大卒で西岡幾太郎、ハイデガーらに師事。
 マルクス主義に基づいて哲学を論じたが、昭和5年治安維持法で検挙され、戦後昭和20年9月26日獄死。 
「我が闘争」  アドルフ・ヒトラー(著)
室伏高信(訳)
第一書房
 「戦時体制版」という軽装廉価本として刊行され、15版36万9000部を売り上げました。 
「歴史的現実」  田辺元  岩波書店 
「獄中の記」  斉藤瀏  東京堂
1941年(昭和16年) 
「新書太閤記」全9巻  吉川英治 新潮社
 1~7巻までどれも20万部突破のベストセラー。
 朝鮮への侵略を行った秀吉の夢は当時の日本軍にとっての目標でもありました。
 そのため、軍からの用紙配分を受けやすく、全9巻で145万6000部を売り上げました。 
「智恵子抄」  高村光太郎  竜星閣
 精神を病んだうえ早くにこの世を去った妻への思い出を綴った詩集。戦後も売れ続け50万部に達します。 
「路傍の石」  山本有三  岩波書店 
「次郎物語」  下村湖人  小山書店 
「人生論ノート」  三木清  創元社 
「ノロ高地」  草場榮  鱒書房 
1942年(昭和17年) 
「海軍」  岩田豊雄(獅子文六)  朝日新聞社 
 「軍神」と呼ばれた特殊潜航艇の横山正治少佐をモデルとした小説。
 海軍の青年兵の群像劇でもあり、真珠湾攻撃での活躍などが描かれています。
 それを有名作家の獅子文六があえて本名で発表。 
「姿三四郎」  富田常雄  錦城出版社 
 出版の翌年に黒澤明が映画化し、記念すべきデビュー作となりました。
 著者は講道館の有名な柔道家、富田常次郎の息子。 
「台児荘続々分隊長の手記」  棟田博  新小説社 
「新雪」  藤澤桓夫  新潮社 
「獄中獄外」  児玉誉士夫  アジア青年社 
「市民の科学」(上)  ランスロット・ホグベン(著)
今野武雄(訳) 
日本評論社 
「海戦」  丹羽文雄  中央公論社 
 この年8月の第一次ソロモン海戦の記録文学。
 従軍し被弾による怪我を負った著者が兵士の日常や戦傷者たちの姿も描き、5万5000部のヒットとなりました。
1943年(昭和18年) 
「江田島」  清閑寺健  小学館 
 海軍兵学校の生活を背景に千葉出身の農家の子が海軍士官へと成長する過程を描いた成長小説。 
「米・百俵」  山本有三  新潮社 
「巴里に死す」  芹沢光治良  中央公論社 
 大正時代パリに留学した女性主人公の結核による死までを描いた小説。
 フランス語訳もされヨーロッパでも評価されました。
 著者は実際にパリ大学留学中、肺結核を患いスイスの療養施設で治療を受けた経験がありました。 
「軍神加藤少将」  棟田博  講談社 
1944年(昭和19年) 
「御盾」 山岡荘八  講談社 
 日本軍(海軍)の立場を日本近代史において、アメリカからの圧力とそれに対する対抗という視点で書いた小説。
 昭和18年から雑誌に連載が始まったものを書籍化。
 従軍作家としても活躍していたこともあり、国からの支持もあってベストセラーになりました。
 終戦後は、その影響で連合軍による公職追放の身となります。(昭和25年解除) 
「元帥山本五十六」  山岡荘八  講談社 
「おばあさん」  獅子文六  新潮社 
 「主婦之友」に連載された杉並の普通の家庭のおばあさんの暮らしを描いた家庭小説。
 後にNHKが「信子とおばあちゃん」としてテレビドラマ化され話題となります。 
1945年(昭和20年) 
「陸軍」  火野葦平  朝日新聞社 
 「海軍」の姉妹編ともいえる作品ですが出版されたのは終戦直前となり、投げ売りされることになりました。
 それでも3万冊を売り切りました。
 木下恵介監督、田中絹代主演で映画化されますが、単純な戦意高揚映画ではなかったようです。 



「ベストセラー全史(近代篇)」 2019年
(著)澤村修治 Sawamura Shuji
筑摩選書

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