世界が共有できる歴史を求めて
<狩猟採集時代から農耕時代へ>


「ビッグ・ヒストリー入門 科学の力で読み解く世界史」
<PART 1>

- デヴィッド・クリスチャン David Christian -
<世界史を学ぶ意味>
 世界史は何のために学ぶのでしょう?
 歴史的事件の年号を憶えて何の意味があるのでしょう?
 紀元前のエジプト人が食べていた物を調べるのはなぜ?
 日本史だけで十分じゃないの?
 あなたはそんなこと思っていませんでしたか?
 僕も昔はそんな疑問を持っていましたが、今はその必要性を認識しています。
 21世紀の今、人類は世界全体が運命共同体になりつつあり、そのために世界中の人々が共通の立ち位置から未来を見る必要に迫られています。
 そのために最も必要なのが共通の歴史認識です。異なる宗教、異なる民族でも同じように歴史を共有していなければ相互理解ができないからです。
 かつては、その共通する歴史認識の役目を「伝説」や「神話」が果たしていましたが、今はその役目を果たせる「物語」は存在しません。
 それを生み出そうと世界の文学者たちは、物語を生み出し続けているのですが、今や文学そのものが伝わりにくくなっています。
 だからこそ、宗教や民族、人種、性別など様々な違いに関わりなく世界中の誰もが納得できる「世界史」が今まさに必要とされているのです。
 そんな共通認識となる歴史のことを、今、歴史学の世界では「ビッグヒストリー」とか「グローバル・ヒストリー」と呼び、その研究が進んでいます。
 思えば、このサイトが今までやってきたのは、そんな歴史認識の基本となる資料集の制作なのだと言えます。
 このページでは、そんな「ビッグヒストリー」の基礎になりそうな「超短縮版世界史」をまとめようと思います。

 おおざっぱでもいいから、世界の歴史を地球規模で見直すと、世界がちがって見えるはず!

「共通の歴史思想なしに共通の平和や繁栄はありえない。狭量で利己的で戦闘的な愛国主義の伝統しかなく、人類を仲良く協同させるためのそのような思想がないとすれば、人種や民族は否応なく闘争と破壊へと向かってしまう」
H・G・ウェルズ「世界史概観」(1922年)より

 本書を書いたのは、万人にとって人類すべての歴史を理解することが切実な課題であるとの信念からである。国や民族は、今や相互に関連し合い、多くの問題を共有している。したがって、自分たちを分け隔てているものは何なのかも知る必要があるだけでなく、一つの世界共同体に生きる全人類を結びつけているものは何なのかも、学ばねばならない。それが戦争によるものだろうと、生態系の崩壊によるものだろうと、あるいはその両方であっても、地球規模の大きな危機を回避するためには同じ人間であり、同じ「世界市民」であるという気持ちを持つことが、これからはますます重要になる。
デヴィッド・クリスチャン「ビッグヒストリー入門」より

 超短縮版とはいえ、人類の誕生から25億年に及ぶ歴史なのでそこそこの分量になると思います。お時間のある方、お付き合いください。
 先ずは、三つの時代区分からなるその大枠から見て見ましょう!

<狩猟採集時代>
狩猟・採集で食料を獲得していた社会
今から100,000~250,000年前
アフリカが起源
その後、10,000~100,000年前
世界への移住が始まった
<農耕時代>
農耕中心の生活に依存した社会 
紀元前3000~8000年
都市が出現する以前の農業共同体
アフロ・ユーラシア大陸
紀元前500~3000年
農耕共同体と初期の都市と国家誕生
アフロ・ユーラシア大陸
紀元前500~西暦1000年
都市だけでなく帝国が誕生する時代
アフロ・ユーラシア大陸 
西暦1000~1750年
近代革命前夜の農耕社会
<近代>
主に近代的な工業技術に依存した社会
西暦1750~1914年
産業革命期
西暦1914~1945年
20世紀の危機だった世界的な戦争時代 
西暦1945~現代
現在の時代 

<人類史 三つの分類>
(1)狩猟採集時代(紀元前25万年~8000年)
 人類史の大半をしめるのはこの時代
 まだこの時代は小さな共同体しかなかった
 人類はゆっくりだが獲物を求めて世界中に移動していた
 大型動物の多くは、この時代に絶滅させられた
 この間、人口増加はゆっくりと進みました
(2)農耕時代(紀元前8000年~西暦1750年)
 農業により作業の集約化が進みました
 食料が増え急速な人口の増加が始まりました
 都市、国家、帝国の誕生
 文化を支えるための文字が誕生しました
 世界の異なる地域ごとに異なる歴史が始まる
(3)近代(西暦1750年~現在)
 世界をつなぐ一つのシステムの登場
 エネルギー利用の急増とそのための資源発見の時代
 絶滅速度の急上昇(ウィルスや戦争、都市開発などによる)と医学の進歩による寿命の延長

<狩猟採集時代>
<人間とは?どこがサルと違うのか?>
 二足歩行する。
 道具を使用する。
 計画性のある狩猟を行う。
 大きな脳を持っている。
 ただし、これらはチンパンジーも共通すると言われています。
 そこで重要なのが人間だけが「象徴言語」を持つということです。
<象徴言語によるコミュニケーションが可能なのは人類のみ>
<象徴言語とは?>
 任意の象徴を定型的な文法を用いて関連づけ、ほとんど無限に近い種類の正確な発話を生み出せる体系のこと。
 象徴言語によって人間は、過去や歴史の経験や出来事も含めて目の前にないことや、実在するとは限らないこと(魂とか悪魔、夢など)について語ることが初めて可能となった。コミュニケーション方法の精度、効率、幅が突如として増大した結果、人間は自分が学んだ以上のことを他人と共有できるようになり、宗教、伝説、神話、預言、歌、詩・・・などの文化が誕生することになりました。
 結果として、個々の世代は前の世代が蓄積した知識を受け継ぐことができるようになり、知識が増えるにつれ、後世の人間は新しいやり方で環境に適応するために蓄えた知識を使えるようになり、人類は自然環境から受ける淘汰の圧力に対抗する力をもつことになりました。

 狩猟採集時代の社会は、まだ「血縁」によってつながった小さな集団でした。それは「家族=社会」とも言える時代でした。人類はこの時代に「石器」や「衣類」などを生み出し、「火の使用」も始めました。そうした技術を用いることで人類は異なる気候、風土へと移住・適応することが可能になって行きました。
 25万年前にアフリカで誕生したと言われる人類は、こうして異なる環境に適応しながら地球上の様々な場所へと移動を始めます。
 10万年前頃、人類はアフリカ大陸を出て、ユーラシア大陸への移住を開始。
 4万~5万年前には、オーストラリアにまで人類は到達。
 3万年前には、人類はユーラシア大陸の東の端、シベリアに到達。
 1万3千年前には、ベーリング地橋を伝いアメリカ大陸に到達。
 1万千年前には、南アメリカの南端に達しました。
 この間の移動のために、人類は天文学、航海術などの科学技術を発展させました。その間に人類は自然環境を大きく変えることはなかったものの、生きるために大型の哺乳類を狩り続け、絶滅に追いやったと考えられます。アジアやアメリカ大陸に大型の哺乳類がほとんどいないのはその結果と言われます。
 3万年から2万年前、人類は大型動物を狩るために、弓矢や投槍器など、狩猟のための飛び道具を生み出しました。そうして得られた動物の皮や骨で作られた針を使うことで、人類は毛皮から衣類や靴を作ることが可能になりました。こうした技術の進化により、人類は変化する環境の中で生きられるようになります。これが人類の一部が同じ場所で暮らすことを可能にしました。

<定住者の誕生>
 ウナギなどの養殖、食料の貯蔵、家畜の所有、釣り針を用いた漁、そして果樹を育てる技術の発展などから簡単な農業も始まり、人類の中に定住する集団が現れます。当初は、狩猟採集の傍らで豊かな食料を確保する集団が生まれ、それが次の段階へと進化することで農耕時代が始まったと考えられます。
 1万から1万千年前、そうした農耕共同体が誕生したと考えられています。

<農耕時代>
「人類史において最も重要な生産技術が農耕で、しかもそれが大半の社会の基盤だった時代」
 人類は25万年かけて、海に隔てられた4つの地域に広がりました。(アフロ・ユーラシア、南北アメリカ、オーストラリア、太平洋諸島)
 その間、農業は環境や植物種の地域差が大きいこともあり、それぞれの土地で独立した誕生・発展をしたと考えられています。
 農耕は、光合成の結果として自然環境に蓄えられたエネルギーや資源を、狩猟採集よりも効率よく利用できる技術と言えます。
 そのうえ、農耕民族は、動植物を交配などによって遺伝子を操作することで、その特質を変更する技術を発展させます。動物の家畜化や野生植物の「栽培化」と呼ばれる過程です。その他にも森を焼き、川の流れを変え、丘の斜面を段々畑に変え、土地を耕し肥料を与えることで、土地をどんどん人工的な農場へと変えて行きながら収穫量を増やすことに成功します。ただし、この時人類は、いつの間にか動物や植物を家畜化したのと同時に自らも「家畜化」し始めることにもなりました。
 さらに問題なのは、農耕が自然界全体の収穫量を増やしたわけではないということです。ごく一部の生産量を増加させるために他の種の環境を犠牲にしたのであって、それが地球環境を悪化させる原因になったことが後に明らかになります。そして人類はその恩恵を得られる人々をごく一部に集中させてしまうことで地球上に国や民族の対立を生み出すことになります。

<最初の農耕文明>
紀元前1万3000年
~1万1000年 
人類最初の農耕文明はアフリカとユーラシアをつなぐメソポタミアとナイル渓谷流域の間の地域に誕生。
最終氷河期が終わったのが、1万8000年前から1万6000年前頃で、そこから温暖化が始まります。
その頃には、人類はすでに世界各地での定住・農耕を始めようとしていました。
紀元前8000年頃  チグリス、ユーフラテス川周辺の肥沃な三日月地帯で穀物の栽培開始
紀元前9000年
~8000年 
ナイル川の周辺で家畜の飼育が始まり、その後1000年以内にはトウモロコシの栽培開始
西アフリカではヤムイモの栽培が始まる 
紀元前7000年頃  中国北部で穀類が、南部では米の栽培が始まる
同じ頃、パプア・ニューギニアではヤムイモ、モロイモの栽培開始
中部アメリカではカボチャの栽培が始まる。 
紀元前4000年頃  アフリカ、ユーラシア各地で動物を利用する二次産品革命が始まる。
これにより、毛(ウール)や乳製品、糞、家畜の労働などの利用が可能になりました。
紀元前3000年頃  南アメリカ、アンデス地方で様々な植物の栽培が始まる
同じ頃、メソポタミアやエジプトに都市小さな国家が出現し始めます。 
紀元前2000年頃  ユーラシアにおける交易網の発達により物と人の移動が活発化 
紀元前1000年頃  中部アメリカ、アンデス山脈に都市、小さな国家が出現し始める。 
紀元前600年頃  中東のペルシャ地方にアケメネス王朝が誕生 
紀元前500年
~西暦1000年 
新しい都市や国家が出現し、人口の増加が進みます。
地域間交易網が発達し、都市や国家間の貿易が始まります。 
西暦500年
~1200年
太平洋諸島の多くの島に人類が到達し、地上のほぼすべてに人類が住むことになる。 
西暦1500年頃  世界の主だった地域すべてが移住と交易で結ばれる時代になる。 
西暦1700年頃  産業化の始まりと広まりにより、農耕時代が終わる。 

<なぜ農耕時代が来たのか?>
 本格的な農耕への移項は、人口の過剰が原因だったと思われます。移動しながらの狩猟生活よりも、より効率的な生き方を求めて農耕生活が選ばれたのです。氷河期も終わり、気候も良くなってきたので、ある程度環境に恵まれていれば、同じ場所で移動しなくても農業で食べて行ける時代になったのでした。もちろんそのためには、草取り、水やり(灌漑)、家畜の利用、食料の保存方法などの知識が発展することが必要でした。こうして技術革新が進むことでさらに人口が増加し、その余剰な増えた人々の中から農耕とは異なる分野の職業・学問が生まれてくることになります。
 こうして、建築、戦争、記録保存、輸送、交易、科学、美術などに関わる専門職が登場することになりました。
 1万年前の世界人口は推定で600万人と言われています。その後、近代が始まる西暦1750年頃には7億7000万人と言われています。ということは、1400年ごとに人口は倍増していたことになります。ちなみに狩猟採集時代は、8000年から9000年ごとに人口は倍増していました。そして、20世紀に入るとその増加比率は激増し85年で倍増というハイペースになって行きます。

人口増の弊害>
 現代社会にも継続して現れることになる、人口増加による弊害はこの頃すでに現れ始めています。人口の増加は、人口密度の増大を生み、それが衛生上の様々な問題を生み出すことになります。最悪の場合、そこから伝染病の発症。その感染拡大による集団の絶滅のような悲劇も起きることになりました。近代になっても、その傾向は続き、パリやロンドンは伝染病の温床となりました。アフロ・ユーラシア地域では早くからその影響を受けていたため、比較的伝染病への免疫を持っていたようですが、移住が遅かった南北アメリカではその免疫が不足していたため、交易による移住が本格化し始めると多くの地域が伝染病による絶滅の危機にさらされることになりました。

社会階層・職種の多様化>
 農耕による生産力が増すと、余剰食糧が生まれ、その貯蔵・管理・分配・販売などの問題が生じます。
 政治家、祭司、陶器工、大工、兵士、アーティストなど新たな職種が誕生し、社会の多層化が始まり、そこから「階級」や「貧富の差」そして「差別」も生じるようになります。
 この時代でも、狩猟採集民や牧畜民は多く存在しており、それらの地域間を移動する人々が他の地域からの様々な情報や貴重な産品をもたらす重要な役割を果たすようになります。ただし、こうした地域間交流が広まると、村と村、都市と都市の間に食料を奪い合うトラブルも発生し始めます。ついには食料や人材を奪い合う地域間戦争が始まることになります。そのために必要な人材として「軍隊」が誕生し、闘いを専門とする軍人という新たな職種が誕生することになります。そして、その中からそれぞれに地域における最高権力者が生まれることになりました。こうして力を持つ者が最高権力者となる時代が始まり、その影響で女性は守られる立場となり、同時に子供を産む「女性」よりも戦闘能力の高い「男性」を重要視する男尊女卑の考え方が人類の基本となる時代に突入するのでした。(それ以前は、子供を産むことができる女性の価値は男性以上と考えられる傾向にありました)
 そしてそんな力を持つ権力者の中には、その力を家系的に受け継ぐことで未来永劫確保しようという「貴族階級」も登場します。

文字の誕生と文化の継承>
 紀元前3000~500年、アフロ・ユーラシアと南北アメリカの各地で文字の使用が始まりました。「数字」も含めた文字の誕生により、様々なことが文字によって記録される時代が始まります。そして、この文字の誕生は、村の発展形である「都市」や「国家」の誕生に結びつくことになり、そうした社会に合わせた巨大建造物や宗教施設、灌漑設備の建設を可能にすることになりました。
 専門家の役割はより大きくなり、官吏や兵士のような専門職、教育者、税の徴収・管理者、労働者の管理者、富の管理・会計者、工事の計画者・・・様々な専門化がそれぞれの仕事を文字を用いて進めて行くことになります。そしてそれらの仕事は、記録・保存・管理され受け継がれることになり、そのおかげで文化はさらに大きく進化して行くことになります。

帝国・宗教の誕生>
 都市国家が交易や戦争を繰り返す中で、一人の支配者が多数の都市や町を支配する体制である「帝国」が誕生します。その最初期の一つが紀元前2334年から2279年に北メソポタミア、シュメールにあったアッカドのサルゴンと言われます。以下はその代表的な国です。
 この当時、国家によって支配されていた人はまだまだわずかでしたが、それぞれの帝国はかなり広い範囲をカバーする存在でした。
<紀元前1500年頃>中国北部の商王朝
<紀元前206~西暦220年>中国の漢王朝
<紀元前27~西暦476年>ヨーロッパのローマ帝国
<紀元前324~200年>インドのマウリア王朝
 これら巨大帝国が誕生したのと同じ時期に誕生したのが、世界規模の宗教です。
 紀元前6世紀頃に最初に誕生した今も残る宗教が、中央アジア発祥のゾロアスター教です。その後、次々に仏教、キリスト教が誕生し、世界各地へと拡大します。そして7世紀にはイスラム教が誕生し、世界的な宗教は出そろいました。なおこれらの世界的宗教誕生と同じ頃、学問としての「哲学」と「科学」(天文学、数学など)の発展が本格化しています。それに伴い、学校や図書館などの教育施設も各地に登場することになります。

<農村以外の人口増加>
 文明の進歩と共に人口の増加は農村部以外にも広がります。
 ユーラシア内陸部では、遊牧民の集団が大きな同盟として発展し始め、紀元前2世紀にはモンゴル周辺で匈奴が帝国の築きました。騎馬民族がもつ機動性はより広い範囲の支配を可能にしました。
 6世紀にはチュルク帝国がモンゴルから黒海までを勢力下に収めることになります。
 太平洋のはずれ絶海の孤島イースター島にも、紀元600年頃には人が住むようになり、ニュージーランドにも1000年以降には人が住み始めました。彼らは海を自由に移動することが可能な「海洋民族」と呼べる存在でした。彼らは天文学、気象学の知識を用いることで海の旅を実施していたと考えられます。

<近代前夜>(西暦1000年~1750年)
 この時期、農業は北アメリカ、南アメリカにまで広がり世界中で行われるようになります。しかし、当時人口の急増は様々な伝染病によって抑え込まれていたようです。14世紀にはアジアでペストが大流行。南北アメリカでも16世紀に天然痘が流行し、先住民はコロンブスらのヨーロッパ人が持ち込んだ伝染病により、人口の50~80%が命を落とすことになりました。それでも多くの民族から世界進出を実現するつわものが現れます。
 北欧の海洋民族バイキングは、ヨーロッパを出てアジアからアイスランド、グリーンランドを経て、北米にまで達していたことがわかりました。
 モンゴルの騎馬民族は、13世紀初めに東アジアの満州から地中海までの広い範囲を支配下に置きました。そんな中、13世紀から14世紀にかけてシルクロードが発展することになります。こうしてアジアとヨーロッパが一つにつながることになり、様々な文化が大陸全体に広がることになります。
 メキシコに誕生したアステカとペルーのクスコを本拠とするインカは、アメリカ最初の巨大統治組織でした。

<ヨーロッパの世界進出>
 近代前夜となるヨーロッパ各国の世界進出は、上記のようにアジアをイスラム圏の巨大帝国が支配していたことがきっかけで始まりました。陸路でのアジアとの交易が困難だったため、ヨーロッパの商人たちは船による貿易を始めます。彼らは大西洋を通って、アフリカ、アジアそしてアメリカへと向かうことになりました。こうしてヨーロッパの国々による侵略、略奪の歴史である植民地戦争が始まることになります。そして、海運が世界を結び付けたことで、様々なモノがヨーロッパへと持ち込まれることになります。
 南北アメリカから持ち込まれたトウモロコシ、タバコ、コカ、キャッサバ、ジャガイモなどの作物は、その後、世界中へと広がることになります。同じように南北アメリカから運ばれた銀は、1570年代に中国で税として収める貨幣として用いられるようになり、単一経済への第一歩となりました。銀を用いるこの通貨システムはヨーロッパにも広がり、交易が活発化。ヨーロッパは世界各地からモノが集まる貿易の拠点としてさらなる発達を遂げることになります。
 ゆっくりと進んでいた農耕文化の時代は、人口の増加、情報・技術の発展、交通手段の発達、貨幣の誕生により、加速度的にその進化のスピードが増すことになり、一気に「近代」へと突入することになります。

<参考>
「ビッグ・ヒストリー入門 科学の力で読み解く世界史」 2008年
This Fleeting World A Short History of Humanity
(著)デヴィッド・クリスチャン David Christian
(訳)渡辺政隆
WAVE出版

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