世界が共有できる歴史を求めて
<近代、そして今>

「ビッグ・ヒストリー入門 科学の力で読み解く世界史」
<PART 2>

- デヴィッド・クリスチャン David Christian -

<近代とは>
 現時点で、近代を定義する特徴と言えば、革新(イノベーション)が起こる速度の急加速だろう。新しい技術は、自然資源に対する人間の支配を強め、急速な人口増加を引き起こした。

<産業革命>(1750年~1914年)
<第一の波>(18世紀後半から19世紀前半)
 イギリスでは、効率的な紡錘機とワットの蒸気機関の導入がきっかけとなって始まった革新により、紡績産業が大きく変化。大量生産が可能な機械化された「工場」が誕生しました。さらに「工場」が集まる「工業都市」も誕生し、多くの労働者が働くことで生産が一気に向上。英国は「世界の工場」として飛躍することになりました。
<第二の波>(19世紀前半~19世紀中頃)
 「蒸気機関車」が開発され、高速で安価な移動・運搬が可能になり、工場で生産されたモノが世界中へと運ばれるようになります。当初はイギリスで始まった産業革命は、この時期、西ヨーロッパへと広がりました。さらにそのために必要な石炭と鉄鋼の採掘も重要な産業として急速に発達することになりました。英国や北西ヨーロッパに石炭層が発見されたことも産業革命にとって、大きな意味がありました。
<第三の波>(19世紀後半)
 産業革命は、この時期、北アメリカ、ロシア、日本などヨーロッパ以外にまで広がりました。そして、19世紀の終わりには、ドイツとアメリカはイギリスに追いついていました。
 1913年、アメリカのGDPは世界全体の19%に達し、ドイツも9%でイギリスの8%を上回っていました。1820年から1913年までの間、イギリスのGDPが6倍増だったのに対し、ドイツは9倍。アメリカは41倍となっていました。逆に中国のGDPは3%から9%へ、インドは16%から8%にダウン。
 この時期人類史上初めて、諸国間の政治的・経済的不平等が、国内の不平等並みに際立つようになったと言えます。世界規模の帝国主義と第三世界の植民地化は、19世紀後半の創造物だったのです。

<民主主義革命>(18世紀後半)
 経済の変化は社会の階層化、貧富の差を生み出すことになりました。そうした状況を改善するため、民主主義を求める運動が始まります。その結果として最初に近代的な民主主義体制が生まれたのはアメリカと西ヨーロッパでした。
 国王による支配から議会制民主主義への転換が始まります。19世紀に入るとアメリカとヨーロッパでは、教育が国民全般へと広がることになり、出版業だけでなく報道産業も誕生します。それに合わせて科学や科学的思考法が大衆レベルへと広がり、社会全体に科学的・客観的・論理的な視点をもつ階層が急増、彼らが民主主義を支える存在となって行きます。

<ロシア革命>(1917年)
 ロシアで起きた革命はを、資本主義体制の不備を明確化し、その「アンチ」として誕生しました。この革命は当初、ほとんど理解されませんでしたが、ソビエトが「世界恐慌」による被害を免れたことで、大きな注目を浴びることになりました。社会主義体制はその意味で、アメリカにおいて広がることが予測される未来の社会体制と言われることになりました。

<世界恐慌>(1929年)
 国際的な交易と金融システムの破綻「世界恐慌」は、西欧諸国だけでなくアジア、南アメリカ、アフリカにもその影響が及ぶことになりました。人間の欲望に基づく資本主義体制はいずれは破綻するだろうという社会主義体制側による予測は証明されました。それに対し、アメリカにおけるニューディール政策のような社会主義国のような改革が資本主義国でも行われることになりました。資本主義体制は、この時からあえて社会主義を部分的に取り込むことを選択したと言えます。
<ファシズム政権誕生>(1933年)
 ドイツで誕生したファシスト政権であるナチスドイツもまた「アンチ民主主義体制」の一つだったと言えます。

<第二次世界大戦>(1939年~1945年)
 第二次世界大戦の死者は世界全体で6000万人に達していました。世界の人口の3%に当たります。それまでの戦争との大きな違いは、原爆の使用や大規模な空爆、ホロコーストにより多くの一般市民の命が失われたことです。その影響は、戦後も国家全体に影響を与えることになり、戦場となり多くの命が失われたヨーロッパは勢いを失い、勝者の中でもアメリカとソビエトが世界の中心となりました。
 世界は二つの国米ソが代表する資本主義と社会主義の二つのシステムの国々に分裂。1950年の時点で、世界総人口の3分の1が社会主義体制下にありました。
 そんな中、戦争の終結は植民地政策の終りでもあり、それまで西欧諸国の植民地だった第三世界の国々が次々と独立し、そのほとんどが両陣営どちらかの傘下となりました。

<文化における革命期>(1914年~1945年)
 戦争による混乱が世界を覆っていた時代は、意外なことに文化的な革命の時期でもありました。科学分野での多く革新は戦争のための技術が目的で生まれたとも言えますが、混沌とした社会状況が刺激となって様々な芸術のアイデアが生まれたことも事実でした。
 物理学の世界では、相対性理論量子力学が生まれ宇宙論に革命を起こしましたが、それは原子爆弾コンピューターを生み出すことにもなりました。
 フロイトやユングらによる心理学の研究は人間の意識や脳の機能についての研究に革命を起こしました。
 ピカソやシュルレアリストたちなど、天才アーティストたちが芸術の世界で革命を起こしたのは、混沌としたヨーロッパでした。
 映画の誕生は娯楽産業に革命を起こし、芸術界全体に影響を与える総合芸術に発展しました。
 レコードという音楽ソフトの誕生は、音楽文化の大衆化という大革命をもたらしました。
 ラジオや新聞などの発達は、マスコミ文化や公告文化を一大産業へと押し上げることになりました。
 戦争中に発展した飛行機産業は、その後、交通システムに革命を起こし、広かった世界を一気に小さくしました。
 ファッション業界もまた戦争中に新素材の開発で大衆化を遂げ、衣料品産業に革命をもたらしました。
 オリンピックの開催と拡大・発展は、世界のスポーツ界に革命を起こし、プロスポーツやスポーツビジネスの発展を促しました。

 上記の革命は戦争中は一時停止するものの、戦後は次々と復活・再開し、急成長を遂げることになりました。

<資本主義体制の反撃>(1945年~)
 第二次世界大戦以降一時は社会主義体制の国が増えたものの、資本主義体制は様々な分野における技術革新により経済発展を続け、再び勢いを盛り返します。航空産業、ロケット産業、ロボット産業、通信・情報産業、エネルギー産業、エコロジー産業、医療・医薬品産業、コンピューター産業、公告・宣伝産業・・・・・。
 お金やモノへの欲望をエンジンとする資本主義体制の国々は、汚職や不正がはびこる社会主義体制の停滞を背景に成長を続け、ついにはソビエト連邦の崩壊という衝撃的な結果を生み出しました。
 20世紀の初め、経済界は市場を確保する保護主義よりも、市場を開放して需要を刺激する手法の法が有効であることを発見します。こうして世界は大量広告・大量消費を隅々まで広める方向へと向かいました。その途中で起きた「世界恐慌」のような経済危機の際は、失業手当や様々な経済救済策によって、失業者を救うことで経済の底上げを行うことで切り抜けてきました。それは資本主義体制と社会主義体制の融合だったと言えます。21世紀に世界経済をリードすることになったのは、そうして両方の体制を上手く融合させたアメリカ、EU、日本、そして資本主義のシステムに大幅に移項した中国、ロシアとなりました。

<社会主義体制の危機>(1980年代~)
 資本主義体制の国が社会主義体制の手法を柔軟に取り入れることで、危機を乗り越えて来たのに対し、ソ連などの社会主義体制下の国は官僚が支配する保守的なシステムのせいで改革が進みませんでした。1980年代に入り、ソ連は世界的なイノベーション競争に敗北し、内部から崩壊することになりました。その直接のきっかけはかつて世界をリードしていた原子力発電所チェルノブイリでの大事故だったのは皮肉です。ソ連には、世界規模の大事故という危機的状況を乗り切るだけの技術も人材も失われていたのです。それでも比較的平和裏にソ連の崩壊過程が進んだのは、ミハイル・ゴルバチョフなどの優れた人材がいたおかげだったと思います。
 こうしてソ連の体制が崩壊したのは、農耕時代のかつてのロシア帝国と同じような、軍事的危機の際には有効だった人員の大量動員体制が時代遅れとなり、イノベーションにストップをかけたせいでした。労働力と資源を安く大量に使えたことが、逆にソ連の首を絞めたわけです。
 同じ社会主義体制の中国も、第二次大戦の勝者でありながら毛沢東による文化大革命により、インテリ層の排除が行われたことで、ソ連以上にイノベーションが遅れ、工業化も大きく遅れることになりました。それでも1976年毛沢東の死後、市場経済の導入を薦め、ソ連とは異なる大幅な経済改革に成功します。中国は、ソ連と違い共産主義と競争的市場経済のバランスをとりながら、香港いう資本主義への窓を上手く利用することで世界一の工業国へと上り詰めることになりました。

<戦争と経済>
 18世紀の大砲は家一軒を破壊し、一群の兵士を殺傷するのがやっとでした。しかし、現代の核兵器は都市丸ごとと何万人もの人を一挙に破壊できます。多数の核兵器が一斉に発射されれば、わずか数時間で人類の歴史に幕を下ろすことさえできるのです。そうなると20世紀のような大規模の戦争を行うことは困難になったと言えます。
 力の性質が変わったことで、近代国家は荒っぽい力よりも商業経済への依存度を増しています。国家の力は、統治する社会の経済的生産力にますます依存するようになったのです。そのせいで、政府は経済を効率よく管理する経営者たらねばならなくなりました。
 より民主的な政府の創出、奴隷制度の重要度減少、20世紀におけるヨーロッパ帝国主義の終焉、1991年のソヴィエト統制経済の崩壊、1990年、1991年の南アフリカ・アパルトヘイト政策の終りなど、すべての出来事は、世界の情勢と人々の意識の大きな変化を反映したものだったと言えます。
 農耕時代には典型的な支配体制だったあからさまな力による支配よりも、巧みな経済運営のほうが生産性を向上させる、という認識が支配的となり世界は大きく変わったのでした。

 戦争は世界経済に大きな影響を与えています。1870年~1913年までの世界全体のGDPは、一年で1.3%の伸び率でしたが、1913年~1950年には。91%に減速しています。この時期の経済の減速原因は、国際金融と国際的交易システムが戦争によって崩壊してしまったことです。
 帝国主義が国家間の戦争に発展し、保護貿易政策も拡大。ヨーロッパを中心に防衛同盟体制が生まれ、グループ間の対立から、ついには世界大戦が始まることになりました。
 第一次世界大戦は近代化された兵器の大量投入によって多くの命が奪われる大戦となり、銃後では農場、軍需工場、鉄道などで女性たちが働き始め、これを機に女性の意識が高まり、女性参政権運動が始まることになりました。皮肉なことに戦争は女性の社会進出と男女平等の流れを生み出すきっかけとなりました。

<世界秩序維持のための取り組み>
 第二次世界大戦以後、世界の経済秩序が再び崩壊しないように国際連合(1945年設立)や国際通貨基金IMF(1947年設立)などの世界規模の調整機関が設立され、経済の世界規模の危機を乗り切るための取り組みも始まりました。そのおかげでその後の世界経済は比較的安定し、国際市場における総生産物は1950年から1995年までの間に3倍増となっています。世界的なGDPの変化で見ると、1913年~1950年が0.91%だったのに対し、1950年~1973年は2.91%に上昇しました。ただし、その後、1973年~1998年は1.33%と再び下降しています。(オイルショック以降)
 この間、航空運賃などが安くなったことで海外旅行が大衆レベルへと広がりました。コンピューター、携帯電話の発達により、世界中の情報が同時に共有可能になり、世界は文化・経済的に一つのコミュニティーになりつつあります。
 20世紀末の世界は安定したようにも思えましたが、今後も世界を大きく変える革命が起きる可能性はあります。
 21世紀の初めには、イスラム過激派による同時多発テロ事件が起き、世界が一気に緊張状態に追いやられました。それは米ソの対立の構図からイスラム圏と西欧との対立という新たな対立構造の誕生を示すことになりました。危機のきっかけとなるのは政治・宗教的な対立だけではありません。
 地球温暖化による大規模な気候変動、人口の増加などに伴う食料、水の不足、インターネットから始まったIT革新は、まだ世界を大きく変える可能性を持っています。遺伝子工学の研究は、医療、出産、食料などの未来を激変させる可能性があります。
 こうした予測不能の事態が起きた時、いかに世界の秩序は崩れやすいか。そして、合った言うまに混沌とした状況になるのかは、2020年の新型コロナの世界的な蔓延ではっきりとわかりました。急速にグローバル化が進んだ世界は、スペイン風邪が大流行した20世紀初めよりも危うい状態にあるかもしれません。こうした予測不能の危機はいつまた訪れるかわかりません。現在の人類がまだ気づいていない新たな危機の発生もあり得るでしょう。(まあ、そんな未来について心配し過ぎても仕方のないことかもしれませんが・・・)

<発展がもたらす危機>
 1955年~1990年の間に都市部の環境は向上し、医療も充実したことで世界の平均寿命は35歳から55歳へと急激に伸びました。さらに都市化の影響と戦争による労働力不足により、働く女性が急増し、共働きはごく普通になり、女性の社会進出も進むことになりました。それまでは少なかった政治、教育、医療、科学などへの進出が急増しますが、賃金格差はまだ大きく、出世の道もまだ狭きものでした。
 さらに格差が大きくなったのは、西欧と第三世界との経済格差です。経済のグローバル化の波は世界中へと広がり、農業、工業、サービス業から教育、情報産業まで経済効率優先の流れが主流となります。それにより、世界基準の大企業がどの分野でも地元の零細企業を圧倒し、強い企業だけが生き残るシステムが世界経済を動かすようになりました。それにより、巨大企業の合併が進み、より大きな国家規模の予算規模のメガ企業が誕生することになりました。
 ただし、この一見効率的で有効に思える経済システムには大きな落とし穴がありました。それは効率を上げることが、地球環境の破壊スピードを上げることに結びついていたことです。急速な人口の増加は、地球環境の破壊をもたらし、水やエネルギー資源の枯渇、生物種の激減などにより、未来は危機的状況になりつつあります。(さらに言うなら、経済的な発展が人間にとって幸福な世界を生み出したのか?そこにも大きな疑問符が付きそうです)

 1750年から2000年の間に世界の人口は7億7千万から60億へと急増。わずか250年で8倍増となりました。その間、1人当たりの生産性も9倍になってます。そのためには様々な技術革新が生み出されました。
 狩猟採集時代は、一人平均3000キロカロリーを消費していたのが、農耕時代には1万2000キロカロリーに増え、近代には化石燃料の利用も加わり、20倍の23万キロカロリーに達しました。
 1500年の時点、人口10万人を越える都市が50ほどで100万都市はなかった。2000年には、10万都市は数千になり、100万以上の都市は411でで500万以上の都市も41ありました。
 こうして増え続けた世界の人口は、一時の激増には歯止めがかかりつつあり、将来的には90億から100億人で21世紀末には落ち着くと考えられています。しかし、消費の水準は第三世界の経済力が増すことにより急上昇を続けています。その結果、世界全体の環境負荷は増え続けています。その影響により、近い将来、漁業資源や水資源の枯渇が予測されています。中でも特に問題なのは、地球の温暖化です。
 現在、多くの研究者は、人類は過去2世紀に新しい地質年代である「人新世(アントロポシーン)」に入ったと見ているようです。「人」が地球の命運をまかされた時代がすでに始まっているということです。(その命名者はオランダの気候学者ポール・ツェンだと言われています)
 環境学者ジョン・マクニールの著書「20世紀環境史」で、人類と環境との関係が変ったことが、長い目で見れば20世紀に起きた変化の中で、、最も重要な出来事であったことが分るだろうと指摘しています。

 40億年という地球の歴史上初めて、生物圏を形成する上でたった一つの種が支配的な役割を演じ始めています。それはどういうことか?
(1)地球は今、氷河期が終わってからの1万年の「完新世」の時代から次なる時代へと移行しようとしている。
(2)人間の活動こそが、完新世からの脱出を仕掛けている張本人です。すなわち人類は、自ら地球規模の地質学的変化を引き起こす力を手に入れたということです。

 危機的状況しか見えてこない未来を、人類は変えることができるのでしょうか?
 そのためにこそ、人類は自分たちが今置かれている現状をここまでの歴史も含めて認識し直す必要があるのです。そうしなければ、本質的な地球レベルでの改革は不可能だと思います。

 われわれは、歴史の教師、教師指導者という経歴と、歴史教育の研究を通じて、一貫した指導法にとって大きな構図を把握しうることが、いかに重要かを認識するに至った。残念なのは、すでに指摘されているように、教師が支援を求めるために赴く典型的な場所 - 教員研修、指導要領、教科書、カリキュラム案 - には、教科と指導を決めるために必要な大きな構想を持つ、世界史の教育者がいないことだ。

 世界史を学ぶことで養う心構えの中でも、時間と空間の世界的なパターンを認識し、それを地域間、地域、地方の発展と結びつける癖を身につけることこそ、最も重要な挑戦である。
 しかし、人類共通の歴史を作る作業は簡単なことではありません。それには様々な問題点があります。
 特に問題と思えるのは、宗教的、民族的な価値観の違いが大きい場合、価値判断の基準が大きく異なることです。

(1)時代区分を行うための価値基準をどうするか?
  兵器開発、掲載事件…何を区分の基準にするのか?
(2)それぞれの地域の関連性をどこまで考慮すべきか?
  過去になるほど地域間の関りはなくなる。
(3)時代区分の価値基準で「良い」「悪い」など倫理的判定を用いることは客観的をともてるのか?

 果たして今後の近代革命は、生態学的、経済的、政治的にある程度の安定をもたらす新しいグローバルシステムの出現に導くのかどうか。あるいは、近代が経験している急加速の変化は、近い将来に訪れるかもしれない突然の大崩壊への前奏曲であり、世界の多くの地域は農耕時代初の生産量の水準に逆戻りしてしまうのだろうか。
 これから50年以内に人類の未来は決定づけられることになるはずです。それは今生きている我々がその責任を負わなければならないということです。

<参考>
「ビッグ・ヒストリー入門 科学の力で読み解く世界史」 2008年
This Fleeting World A Short History of Humanity
(著)デヴィッド・クリスチャン David Christian
(訳)渡辺政隆
WAVE出版

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