永遠の名探偵フィリップ・マーロー登場!

「大いなる眠り The Big Sleep」

- レイモンド・チャンドラー Raymond Chandler -

<デビュー作で完成作>
 デビュー作ほど作家の個性を象徴的に表す作品はない。というのは、文学だけでなくあらゆる芸術ジャンルにあてはまることでしょう。この小説もまた著者レイモンド・チャンドラーにとってのデビュー作でありながら、彼の代表作として文学の歴史に名を残す作品です。彼の場合、45歳と言う年齢での遅い作家デビューだったこともあり、この処女小説の発表時、すでに51歳になっていました。当然、この小説には彼の51年の人生経験が生かされており、6年間かけて積み上げてきた短編小説のエッセンスが収められています。彼にとって、この作品はこの時点における「ベスト・オブ・レイモンド・チャンドラー」だったともいえます。
 そんなわけで、この作品はデビュー作でありながら「フィリップ・マーロー=ハードボイルド小説」の歴史における名作として、今もなお輝きを失わない傑作小説となりました。それを、チャンドラーの大ファンとして知られる村上春樹が新たに翻訳したのですから、これは読まないと。

<ハードボイルドな人生>
 どうやら著者のレイモンド・チャンドラー Raymond Chandler は、自らの作品同様かなりハードボイルドな人生を歩んできたようです。
 彼は1888年7月23日イリノイ州のシカゴで生まれています。幼い頃から家庭には恵まれず、7歳の時、両親が離婚。母親の実家を頼り、イギリスに移住し、そこで教育を受け文学に親しむようになりました。その後名門のダリッチ・カレッジに入学しますが、途中で退学。新天地を求め親戚からお金を借りて、1912年アメリカ西海岸へと渡ります。一時は公務員として働くなど様々な職を転々とした後、新聞記者となります。しかし、彼の文学への思いが強かったせいか、どの仕事も長くは続きませんでした。そして、1914年に第一次世界大戦が始まると、自ら志願して従軍し、ヨーロッパ戦線に出兵しています。
 戦後、彼は石油会社で働き始め、やっと安定した収入を得るようになり、その頃、18歳年上の女性シシイと結婚します。(シシイは友人の義理の母親で、その結婚には彼の母親が猛反対したようです。彼は実は同性愛の傾向があったという説もあるようです)石油会社での彼は簿記係・監査役として働き、仕事ぶりが優秀だったこともあり、一時は副社長にまで出世しています。ところが、その後、過度の飲酒や社内での不倫などの不祥事により解雇されてしまいます。高給取りではあっても、彼にとってのサラリーマン生活は幸せなものではなかったのかもしれません。(ちなみにこの小説に登場する将軍は石油で財を成した人物という設定です)
 彼が会社を解雇された頃、時代は大不況時代真っただ中でした。こうして彼は、作家として生きる事を目指し、さらに家族を養うためにとパルプ誌に短編小説を書いて生活費を稼ぐ道を歩み始めます。
 「パルプ雑誌(パルプ・フィクション)」というのは、1冊10セント程度で変える娯楽小説雑誌で、現在の青年向け漫画雑誌のような存在でした。当時はまだ漫画雑誌はなく、娯楽も少なく、単行本や文芸誌は高額だったことから、こうしたパルプ雑誌は大人気でした。掲載されていたのは、探偵もの、SFもの、冒険もの、戦争もの、オカルトものなど様々ですが、基本的にはB級の娯楽小説でした。そんな雑誌に彼は探偵ものの短編小説を売り込み、1933年ブラック・マスク誌に最初の短編小説「ゆすり屋は撃たない」が掲載され、作家活動をスタートさせることになりました。その後、彼は数多くの短編小説を発表し、少しずつ評価を高め、6年後の1939年ついに処女長編小説である「大いなる眠り」の発表にこぎつけたのでした。

<ハードボイルドな小説>
 現在と違い当時長編小説はたいして売れることはなく、ほとんどの作家は高級な文芸誌(「ニューヨーカー」や「コスモポリタン」、「コリヤーズ」など)に短編小説を売ることで、生活費を稼いでいました。それでも稼ぎが足りない場合、多くの文学者は映画の脚本を書くことで収入を得ていました。彼もまた、ビリー・ワイルダーの傑作「深夜の告白」の脚本を監督のビリー・ワイルダーと共に執筆し、アカデミー脚本賞の候補になるなど、映画の脚本も何本か手掛けています。(ちなみに、スコット・フィッツジェラルドアーネスト・ヘミングウェイも同じように映画の仕事をしていました)ただし、彼はそうした高級誌に載せる文学作品を書くことはあまりせず、最後まで自分のスタイルを変えることなく探偵小説を書き続けました。彼にとっては、後にハードボイルド小説と呼ばれることになる自らが見出した文学スタイルに生涯こだわり続けたわけです。村上春樹氏も指摘していますが、パルプ誌独特のB級探偵小説のもつ展開の決まりごとは、遅咲きの作家チャンドラーにとってなくてはならないスタイルとして、必要なものだったのかもしれません。
 ここまで書いてきて、時代はちょっと異なりますが、「赤狩り」の時代に家族を食べさせるために偽名を使って数多くのB級犯罪映画の脚本を書いたダルトン・トランボを思い出しました。1950年代半ば、彼は名前を伏せて数多くの「脱獄もの」、「逃亡もの」の脚本を書きました。その後、自由の身になった彼は、好きな作品を書けたはずにも関わらず、「スパルタカス」「栄光への脱出」「脱獄」など、よりスケールの大きな「脱獄もの」を書き続けました。チャンドラーにとっての「ハードボイルド小説」は、ダルトン・トランボにとっての「脱獄もの」映画以上の確固たるスタイルだったのです。

「過去に書いた自分の作品を読み返してみて、もっとよく書けていたらともし思わなかったら、私はまさに大馬鹿ものだ。しかしもし仮にもっとうまく書けていたら、それはおそらく雑誌に載せてもらえなかっただろう。決まった形式を少しでも踏み外していたら、その時代にあっては作品が生き残れる見込みはなかった。・・・」
レイモンド・チャンドラー

 こうしたパルプ誌ならではの枠組みから自由になるために、多くの作家はあまりにもうからない長編小説を書いたとも言われています。逆に言うと、だからこそこの小説の中でフィリップ・マーローは、単純なB級探偵小説の枠組みから自由になるだけでなく、警察組織という枠組みからもはみ出した自由な私立探偵として活躍することになったわけです。さらにはストーリー的にも、より複雑で難解ともいえ作品に仕上げることができたのでしょう。
 彼はこの小説をわずか3週間で書き上げましたが、それにはそれまでに書いてきた短編小説の再利用が不可欠であると同時に、個性的なキャラクターが生き生きと活躍する独特の世界の創造が不可欠だったと思います。その世界観があるからこそ、読者はそこに引き込まれ、論理的な構成が多少破綻していても十分に楽しめる作品に仕上がったのです。そんな枠組みという「システム」から逃れるかのように自由に描かれた小説。それがこの作品だとすると、訳者である村上春樹氏が昔からこの小説の大ファンだというのもわかる気がします。

「まずミステリーがあって、それにあわせて彼の文体ができたのではない。まず彼の文体があり、そこにミステリーがあてはめられたのだ。・・・」
村上春樹

 この小説を読むと、これぞ「フィリップ・マーロー」という文章が次々に登場してきて、読んでいるとついニヤニヤしてしまいます。ちょっと調子に乗り過ぎじゃないの?そういいたくなるほどの名調子にストーリー展開を見失ってしまいそうです。一気に読み進んでしまい、読み終わってから、わからない部分が残ってしまうかもしれませんのでご注意を!

「私立探偵というわけね」と彼女は言った。
「そんなものが実在するとは知らなかったわ。本の中だけかと思っていた。あるいはホテルをそこそこ嗅ぎ回る、汚らい小男だろうと」

(ヴィヴィアン・リーガン)

・・・将軍はゆっくりと再び口を開いた。まるで失業者のショー・ガールが最後の無疵のストッキングをはくときのように、残された力を用心深く使いながら。

 怪しい美女スターンウッドの長女ヴィヴィアンの魅力は文章だけでもぐっときますが、次女のカーメン、ガイガーの秘書アグネス、カジノの経営者エディーの妻モナ(「シルバーウィッグ」)の四人の女性たちが、それぞれ魅力的です。

 彼女は実業家たちの昼食会を総崩れさせるのに十分なセックス・アピールを振りまきながら、こちらにやってきて、髪のほつれをいじるために軽く首を傾けた。とはいっても本当にほつれているわけではない。やわらかく輝くただの巻き毛だ。彼女の微笑みは間に合わせのものだったが、ことと次第によってはそれを素敵な笑みに移す用意は整っていた。
(ガイガーの秘書アグネス)

 そうそうこの小説が数ある探偵小説の中でも別格扱いされるようになったのは、そのたぐいまれな文体のせいでもありますが、この小説のタイトルである「大いなる眠り」について書かれたラストの文章に象徴されていると思います。「大いなる眠り Big Sleep 」は、「偉大なる眠り Great Sleep」でもなく、「長い眠り Long Sleep」でもないことが重要なのです。

 いったん死んでしまえば、自分がどこに横たわっていようが、気にすることはない。汚い沼の底であろうが、小高い丘に建つ大理石の塔の中であろうが、何の変わりがあるだろう?死者は大いなる眠りの中にいるわけだから、そんなことをいろいろ気をもむ必要はない。・・・どんな汚れた死に方をしようが、どんな汚れたところに倒れようが、知ったことではない。この私はといえば、今ではその汚れんも一部となっている。ラスティー・リーガンよりももっと深く、その一部と化している・しかし、あの老人がそうなる必要はない。彼には天がい付のベッドに、静かに横になっていてもらおう。・・・ほどなく彼もまた、ラスティー・リーガンと同じ、大いなる眠りに包まれるだろう。

 死というものを突き放して、生命を失った死体を「物」として扱うドライな感覚。それがまさに「ハードボイルド」なわけですが、そう言いながらも、今生きている人間への「リスペクト」も忘れずに「大いなる眠り」と表現する「ウェット」な感覚。その両方のバランス感覚こそ、この小説の魅力である気がします。
 限りなく死体に近い状態でありがら威厳を失わないスターンウッド将軍。
 死んでいるにも関わらず、死体が見つからないにも関わらず、人々に生き生きと語られるラスティー・リーガン。
 そのどちらにも「リスペクト」の気持ちをもつフィリップ・マーロウという男。
 なんとも魅力的な人物像です。

<あらすじ>
 ロサンゼルスの地方検事局の元捜査員で私立探偵事務所を開いているフィリップ・マーロウに大金持ちのスターンウッド将軍から仕事の依頼が来ます。それは将軍の娘カーメンが非合法カジノで借金を作り、それをネタにゆすられているので、犯人の居場所を突き止めて問題を解決してほしいというものでした。
 さっそくマーロウはその犯人ガイガーの居場所を突き止め、彼が経営する書店を調べ始めます。するとその書店は会員制の非合法SEX本のレンタル店であることがわかります。店を出たガイガーを尾行したマーロウは、彼の自宅をつきとめますが、その家から突然銃声が聞こえてきました。急いで中に入ると、そこにはガイガーの死体と裸のカーメンが・・・。彼はとりあえずカーメンをその場から逃がすため、将軍の家に彼女を送り届け、再びガイガーの家に戻りますが、そこにはもうガイガーの死体はありませんでした。
 いったい誰が死体を運び出したのか?
 それはガイガーを殺した犯人か?それとも別の人物か?

「大いなる眠り Big Sleep」 1939年
(著)レイモンド・チャンドラー Raymond Chandler
(訳)村上春樹
早川書房

「さよなら、愛しき人」「さらば愛しき女よ」
Farewell ,My Lovely

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