ブラック・ライヴズ・マターとは?
BLACK LIVES MATTER


- アリシア・ガルザ、オパール・トメティ、パトリース・カラーズ -
<ブラック・ライヴズ・マターとは?>
 2020年はアメリカにとっては、新型コロナとトランプ大暴走の年でしたが、「ブラック・ライヴズ・マター」の年でもありました。でも、その翌年には日本ではもう過去のものとなったような扱いになりました。もちろん問題はまだまったく解決されてはいないはずです。でもかく言う僕自身、そもそも「ブラック・ライヴズ・マター」とは何なのか、未だによく理解できていません。
 そもそも「ブラック・ライブズ・マター」とは、政治改革運動の名前?
 それはブラックパンサー」の進化系?
 いつ、その名がついたの?
 運動の指導者は誰なの?
 図書館で「ブラック・ライヴズ・マター 黒人たちの叛乱は何を問うのか」という本を見つけました。その本を読んでわかったことをまとめようと思います。まだまだわからないことだらけですし、その後もアメリカは大きく変わっているので最新情報とは言えません。
 多くの運動がそうであるように、この運動もまた現在進行形で何も解決していません。この本の出版の後、トランプ政権は大統領選挙で敗北し、時代は変わりつつありますが、それだけで事態が劇的に変わるとは思えません。アメリカの国家システムが変わらない限り、差別の構造も変わらないように思えます。
 先ずは、「Black Lives Matter」の命名者は誰か?から始めます。

<命名の発端となった事件>
 2013年、アメリカ南部フロリダ州で17歳の黒人少年トレイヴォン・マーティンが不審者と間違われて射殺される事件が起きました。この時、射殺した犯人であり白人のジョージ・ジマーマンは、フロリダ州の法律によって無罪となりました。(怪しい侵入者を射殺しても罪には問われないという驚くべき法律により)
 この裁判結果を知った黒人社会活動家の女性アリシア・ガルザは、フェイスブックにこう書き込みました。
「ところで、わたしたちが驚いていないとは言わないで。それ自体がまったく情けないことよ。わたしはどれだけ黒人の命が大事(Black Lives Matter)にされていないかに驚き続ける。そして、ずっと驚き続けて行く。黒人が生きることを諦めないで。黒人の人々、わたしは絶対にわたしたちのことを諦めません。絶対に」
 その後、彼女は#Black Lives Matterとしてツイッターで発信。それが世界中に拡散され、「Black Lives Matter」の名が広がったのでした。
 そして、彼女も含め3名の女性たちが中心となって、その活動は全米規模の運動へと拡散して行くことになりました。
<アリシア・ガルザ>
 アリシア・ガルザはユダヤ系とアフリカ系の両親のもとに生まれました。カリフォルニア州立大サンディエゴ校で学び、働きながら労働者の権利を守るための活動やLGBT運動にも参加。オークランドでNational Domestic Workers Aliance のオーガナイザーとして労働問題に取り組み、2019年にはBlack Future Labを設立し、黒人コミュニティーの政治意識調査などを行っています。
<オパール・トメティ>
 ナイジェリア移民の出身で移民労働者の権利を守るための運動に参加。27歳でBlack Aliance of Just Immigration (BAJI)のリーダーとなり、移民たちの権利問題だけでなく、その運動のためオーガナイザーを養成する活動もしています。

<パトリース・カラーズ>
 パトリース・カラーズは10代でロサンゼルスの「バスライダーズ・ユニオン」(BLU)に参加。それは貧しい移民労働者のために必要なバスの運行本数を削減する市の政策転換に抗議する運動でした。彼女はそのLA支部でオーガナイザーを11年務めました。2012年には同じLAでDignity and Power Now(DPN)を設立。刑務所に収容される犯罪者と家族へのサポート活動を開始。釈放後のプログラムや刑務所の新設に反対する活動を展開しています。

 それぞれバラバラに活動する3人の女性たちが命名した「ブラック・ライヴズ・マター」は、特定の組織やグループや潮流を指しているのではなく、様々な運動や活動や声がその名のもとで交錯し、分離し、再構成し、異なる強度で異なる方向へ旋回する「運動の運動」です。それは60年代末に盛り上がりをみせた公民権運動と大きく異なる点があります。
 当時の運動はピラミッド型に市民を運動のグループとしてまとめ、そのトップにマーティン・ルーサー・キング牧師のようなカリスマ的指導者がいて、彼らの指示によって活動は維持されていました。その組織は、穏健派の白人たちからも認められるよう非暴力的であるだけでなく、犯罪やスキャンダルとは無縁のメンバーから成立していることを求められました。そのため、それぞれの組織に犯罪者や同性愛者などスキャンダルが暴かれる可能性がある人物が参加することは許されませんでした。もし、そうした問題を抱えていることが明らかになれば、運動は白人層からの支持を失い間違いなく崩壊するはずでした。そのために運動から排除されたLGBTの活動家なども、当時は多かったようです。
 そうした状況は、21世紀の今、かなり変化してきました。そのため、より多くの人々が運動に参加できるようになってきたようです。しかし、その運動が立ち向かうことになる人種主義(レイシズム)もまた時代と共に変化していて、闘いはより困難になりつつあります。そのことについての説明も必要だと思います。

<レイシズムとは?>
 かつては単純に黒人を人間以下の生物とみなす差別主義=人種主義でしたが、21世紀の今、事態はより困難になりつつあります。「差別は悪」と言いながら、分離する方がお互いにとって幸福である、という分離主義的な考えが広がり、静かな「人種差別」が広がりをみせているのです。
 レイシズム(人種主義)とは、「社会制度」として広範な社会空間に根を下ろし続けてきた。これは「制度化された人種差別(Institutionalized Racism)」と呼ばれます。
 「人種」とは生物学的に有効な分類概念ではない。つまり、遺伝子を見て、「あなたは何人種です」と書いてあるわけではない。・・・「人種」とは、異なる身体的特徴に基づき社会的な利害対立を含意し象徴するような概念として、特定の歴史的文脈の中で生起してきた。

 ニューヨーク市立大ルース・ウィルソン・ギルモアによると。
「人種主義とは国家(または法の外側でふるまう主体)が、集団ごとに差異化された脆弱性を生み出し、それを搾取するシステムである」

 こうした差別を容認するシステムは、いつの間にか法制度の中にシステム化され、組み込まれつつあります。

 第一にレイシズムは国家、州政府、地方自治体によって法制度化されてきた。
 政治的には、参政権、被参政権の剥奪もしくは権利行使の妨害、司法の面では法廷で証言に立つ権利の剥奪、陪審員の不公平な選定。経済的には特定の職種から有色人種の排除、昇進機会の剥奪、人種による賃金レベルの差異化、労働組合からの排除。社会的には、医療や教育を受ける権利と機会の剥奪、学校や居住空間の人種隔離、そして(主に白人と非白人の)人種間結婚の禁止。生活のあらゆる面でハードルが設けられていたのだ。これらの差別が諸々の憲法修正条項や公民権法で根絶されたわけではなく、形態や程度の差こそあれ残存しているのだ。
 「法の外側でふるまう」主体が意味するところは、公的な機関は差別を制度化していない場合でも、民間で差別的な慣行が横行していたということだ。


 「すべての命は大切だ」というと、最も弱い立場に置かれている人を不可視化させてしまうと言っているのだ。さらにその論理を先鋭化させて黒人の中でも特に女性、そしてLGBTの人々に特有の差別の形態に光を当てようとしている。
 そしてこれは活動家の間の関係性についても言える。BLM創始者の一人アリシア・ガルサはこう言う。
「黒人解放運動の中で周縁に追いやられていた人々をリーダーシップの役割に、中心に据えていこうというのがBLMだ。それはトランスジェンダー、障害を持つ者、不法移民、犯罪歴のある者、女性、クイアそして規範的なジェンダーのあり方におさまらない全ての者たちのことだ。」
 ここには過去の公民権運動に対する痛烈な批判が含まれている。

<BLMの具体的な活動>
 2013年、前述のジョージ・ジマーマンによる殺人事件の無罪判決の後、フロリダの若いBLMの活動家たちはドリーム・ディフェンダーズ(Dream Defenders)を結成。抗議活動のため、同年7月に州議会の議事堂を31日間にわたり占拠。
 2014年8月、ミズーリ州ファーガソンで18歳の黒人青年マイク・ブラウンが警官ダレン・ウィルソンに射殺される事件が起きます。この時、パトリース・カラーズとダニエル・ムーアは、仲間と「BLMフリーダム・ライド」を実施。18都市から600人がファーガソンに向けて出発。
 2014年12月、各都市の共闘団体をつなぐ架け橋となる組織として、Movement for Black Lives(M4BL)が設立され、2015年7月にはクリーブランド州立大で全米会議が開催されました。その際は2000人近い活動家が集まり、BLM Networkを含む数百の組織により統一戦線が形成され、ローカルな経験と戦略の共有が進みました。
 2019年、M4BLは「5カ年計画 : Black Power Rising 2024」を発表しました。
(1)大衆の参加(イベントの利用により運動への理解を広める活動)
(2)地域に根ざしたエンパワーメント
(3)運動間の連帯形成
(4)リーダーシップ養成(5万人のオーガナイザーを育てる)
(5)選挙政治への戦略

<暴動という選択肢>
 暴動とは積年の収奪に対する補償要求であり、払い戻し要求である。奴隷制と人種主義にもとづく差別的な政策は、経済的収奪だけを意味しない。教育も、夢を見る権利をも収奪してきたのである。
「ブラック・ライヴズ・マター - Black Lives Matter 黒人たちの叛乱は何を問うのか」 2020年
(編・著)マニュエル・ヤン、酒井隆史、長澤唯史他
河出書房新社

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