不条理な世界を生きるサバイバル・ドラマ


映画「ブラインドネス」
小説「白い闇」

- フェルナンド・メイレレス、ジョゼ・サラマーゴ -
<映画「ブラインドネス」>
 ブラジル出身の巨匠フェルナンド・メイレレス監督の映画「ブラインドネス」(2008年)はなかなか怖い作品でした。
 ある日突然、街行く人すべての目が見えなくなったら人類はどうなるのか?
 でも、目が見えない恐怖を映画の中で描くのは、以外に難しいことです。なぜなら、映画の画面の映像を観客に見せなければ映画はなり立たず、そこで観客に目が見えない恐怖を感じさせなければならないのです。本当は画面を真っ暗にしたいところです。映画では、唯一目が見える女性を中心にドラマが展開することになりますが、彼女以外の人物に感情移入することはなかなか難しかった気がします。
 では原作の小説はどうだったのか?
 その作者は、原作小説「白い闇」を発表した3年後にノーベル文学賞を受賞したポルトガルの作家ジョゼ・サラマーゴです。

<小説「白い闇」>
 原作の小説では映画ではなかなか描けない様々な描写があります。そのことは、視力を失った世界が陥るであろう混乱から考えても想像がつきます。映画では、そのリアルな世界をかなり控え目に描写していたのだと原作を読んでわかりました。
 生きるためには、何でもありの状況になったとき、人はどこまで野生に帰ってしまうのか?
 特に凄いのは、町中が大便だらけになっていること。(1980年代にインド旅行をした時、線路わきで多くの人が大便をしていたことを思い出しました)
 さらには目が見えなくてもレイプやセックスの描写があり、料理ができないために動物を生のままに食べる描写もあります。これらは映画ではほとんど描写されていません。その意味では、映画よりも小説の方が、よりリアルにその世界を描けていたと言えます。
 原作者のジョゼ・サラマーゴは、ある日、レストランで食事をしていて「今、突然みんなの目が見えなくなったら、どうなるだろうか?」と思ったそうです。そうなったら、世界はどうなるのだろうか?そこで人々はどうやって生き延びるのだろうか?こうして小説「白い闇」が書かれ始めることになりました。
 村上春樹が描く奇妙な世界よりも、荒々しく冷酷で不気味でリアルな世界。(コ―マック・マッカーシーの世界よりは平和ですが・・・)
 想像力によって作り上げたそんなもう一つの世界に人間たちを立たせ、そこでの彼らの生きるための闘いをリアルに描き出した作家ジョゼ・サラマーゴとはいかなる人物か?

どうしてわたしたちは目が見えなくなったのかしら。
わからない。いつかわかる時がくると思うが。
わたしの考えを言ってほしいい?
言ってくれ。
わたしたちは目が見えなくなったんじゃない。
わたしたちは目が見えないのよ。
目が見えないのに、見ていると?
目が見える、目が見えない人びと。
でも、見ていない。

小説「白い闇」より

映画「ブラインドネス Blindness」 2008年 
(監)フェルナンド・メイレレス
(製)ニヴ・フィッチマン、酒井園子、アンドレア・バラタ・ヒベイロ
(原)ジョゼ・サラマーゴ「白の闇」
(脚)ドン・マッケラー
(撮)セザール・シャローン
(PD)トゥレ・ペヤク
(音)マルコ・アントニオ・ギマランイス
(出)ジュリアン・ムーア、マーク・ラファロ、アリシー・ブラガ、伊勢谷友介、木村佳乃、ドン・マッケラー、ダニー・グローヴァー、ガエル・ガルシア・ベルナル
<あらすじ>
 ある日、運転中の日本人男性が突然視力を失います。病院で診察を受けますが、原因はわかりません。翌日、診察した眼科医もまた失明。周囲で次々に失明者が発生し、何かの感染症であるとわかり、政府は感染者を隔離し始めます。眼科医の妻は視力を失っていなかったのですが、収容先での夫のことが心配になり、自分もまた視力を失ったと申告して一緒に収容されます。
 隔離病棟の中は、まったくの治外法権状態になっていて、一人の若者が独裁体制を築いていました。その支配に不満を持つ人々が反乱を起こしたため、病棟で火災が発生。眼科医の妻は夫とその仲間たちと共に隔離病棟から脱出します。ところが、彼らを閉じ込めていたはずの軍隊の姿はそこにいなくなっていました。いったい街はどうなってしまったのか。
 ノーベル文学賞受賞作家ジョゼ・サラマーゴによるSF小説の映画化。国際色豊かな俳優陣だけでも楽しめる作品ですが、内容はかなりシビアで救いのないお話。コーマック・マッカーシーの「ザ・ロード」を思わせる展開。距離的には短いけれど、時間的にも精神的にも遥かに長く感じるロード・ムービーでもありました。そんな世界終末の映像に怖くなりましたが、一応救いはあるので安心してご覧ください。
 それにしても目が見えない人々が体験する世界をどう描くか?難しかったと思います。逆に言えば、特殊効果不要の世界終末SFですけど・・・ 

<ジョゼ・サラマーゴ>
 ジョゼ・サラマーゴ Jose Saramago は、1922年11月16日ポルトガルの小さな村アジャニャーガの農家に生まれました。2歳の時、彼は家族と共に100km離れた首都リスボンに引っ越します。貧しい家だったため、彼が4歳の時、兄が病死し、父親が警察官になってからも、間借り生活が続きました。生活のため高等中学も中退して、工業学校に入学し機械工になった工場で働き始めました。
 読書好きだった彼はお金がないので、公立図書館に入りびたって本を読み漁りながら、ジャーナリストを目指し始めます。その後は職を転々としながらも、イルダ・レイスと結婚し、娘をもうけます。
 1947年、25歳の時に、初の小説「罪の土地」を出版しますが、その後は書きたい題材が見当たらずに小説については絶筆。次の作品まで20年近い歳月がたつことになります。その間、彼は詩集を2冊発表し、雑誌や新聞に社会時評などを執筆していました。それらの文章をまとめ「この世について、あの世について」(1971年)、「旅人の荷物」(1973年)として出版。
 そんな中、彼は1969年に共産党に入党。1974年に起きた「リスボンの春」では、ジャーナリストとして活躍。しかし、1975年、ポルトガルの新聞「ディアリオ・デ・ノティシアス」の副主幹の職を軍からの圧力によって失います。でもそのおかげで、彼は専業作家として自由に作品を書けるようになりました。
 1980年の長編第3作「大地より立ちて」では、彼独特の会話文に「・・・」を用ず、段落の少ない独特のスタイルが確立されます。その文章スタイルは彼がジャーナリストだった頃、インタビューなどで聞いた言葉をそのまま口承的に記録することで生み出されたといいます。「白い闇」もまたそのスタイルで書かれていますが、作品のラスト近くに登場する作家はまさにそんな口述筆記を行っています。作者の分身とも言える登場人物の作家は、その他の登場人物に口述での取材を行い、それを文章化したのがこの小説と考えることもできます。
 1982年の「修道院回想録- バルタザルとブリムンダ」は、透視能力をもつブリムンダという女性が主人公の空想歴史冒険ロマン小説。
 1984年の「リカルド・レイスの死の年」は、リスボン生まれの実在の詩人を主人公に、彼が生きた1935年から1936年にかけてのファシズムの時代を描き出した作品。
 1986年の「石の筏」は、イベリア半島が地殻変動によってピレネー山脈で千切れてしまい、大西洋を漂流し、南米とアフリカの間で止まってしまうという壮大なファンタジー。
 この作品は、著者がポルトガルのEC(欧州共同体)への加盟に反対していたことから生まれた作品とも言われているそうです。
 1991年の「イエス・キリストによる福音書」は、無神論者のサラマーゴが人間としてのキリストを描いた小説で、教会はもちろん政府からも強い批判を受けました。そんな状況に嫌気がさしたのか、彼はその後ポルトガルを脱出し、スペイン領の離れ小島ランサローテ島に移住しました。
 1995年「白い闇」を発表し、3年後にノーベル文学賞を受賞します。
 1988年に最初の妻と死別していた彼は、スペインのジャーナリスト、マリア・デル・ピラール・デル・リオ・サンチェスと再婚。
 2004年の「見えることの試み」は、「白い闇」により文明が崩壊してから4年後の世界を描いた続編。「白い闇」の登場人物が再登場するようです。
 2005年の「中断する死」は、ある日突然、人が死ななくなるというお話。ただし、このお話はある国限定の現象です。そのため、人を死なせるために国外へと運び出すビジネスが登場するとか、様々な社会現象が起きます。不条理小説の極みともいえる物語で、皮肉なことにこの作品が彼の遺作になりました。
 2010年6月18日、彼はランサローテ島で白血病により亡くなりました。享年87歳でした。

映画「複製された男」Enemy 2013年
(監)ドゥニ・ヴィルヌーヴ(カナダ)
(原)ジョゼ・サラマーゴ「複製された男」
(脚)ハビエル・グヨン(撮)ニコラ・ボルデュク
(音)ダニー・ベンジー、ソーンダー・ジュリアーンズ
(出)ジェイク・ギレンホール、メラニー・ロラン、サラ・ガドン
自分と同じ男が他にもいる!クローンとか異星人とか理由は考えられますが、そうした理由付けはなし。
「白い闇」同様に怪しく不気味な不条理ドラマです。 

<参考>
小説「白い闇」 Ensaio Sobre A Cegueira 1995年
(著)ジョゼ・サラマーゴ Jose Saramago
(訳)雨沢泰
河出書房新社

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