自由を守るためのリアル図書館戦争の真実


「戦地の図書館 海を越えた一億四千万冊」
When Books Went to War : The Stories That Helped Us Win World War Ⅱ

- モリー・グプティル・マニング Molly Guptill Manning -
<アメリカによる自由を守る戦い>
 「自由」を重んじる国、アメリカは「武器を持つのも自由」という危ない国でもあります。「自由」を守るためなら平気で他国を侵略し、その国の人々を敵に回してしまう。「自由」を守るための戦いが、「アメリカの利益」を守るための戦いにすり替えられていることは明白なのに、そのことに気づかない「裸の王様」でもあるのです。
 それでも、アメリカには自由を守るために誰よりも強い信念をもつ人々がいます。彼らの強い信念があったからこそ、20世紀のアメリカは多くの優れた人物を生み出してきたのも事実です。僕も含め多くの人が「アメリカ」という国は嫌いでも、「アメリカの文化」が大好きだったり、「アメリカ人」を憎めない最大の理由かもしれません。
 あまり知られてはいませんが、そんなアメリカの自由を守る戦いを象徴するものに、第二次世界大戦中にアメリカ軍が行った「兵隊文庫出版作戦」があります。海外に出兵した兵士のために、アメリカ軍は1億冊もの本を印刷し戦地に送り続けたのです。その作戦において、アメリカの思惑はどこにあったのでしょうか?そこからは戦争のもうひとつの顔が見えてきます。
 本が好きな方には実に興味深い「リアル図書館戦争」の歴史を掘り起こした素晴らしい本「戦地の図書館」についてご紹介させていただきます。

<「リアル華氏451度」>
 アメリカによる「兵隊文庫出版作戦」のきっかけとなったのは、1933年にナチス・ドイツによった行われた「焚書作戦」でした。
 1933年5月10日、ドイツ・ベルリンのベーベル広場に数千人の学生たちが集まり、その周りを4万人の観衆が取り囲んでいました。彼らの中央にはユダヤ人の作家が書いた書物など反ドイツ的とされる本が積み上げられ、そこに火がつけられました。彼ら学生の背後にはナチスの宣伝大臣ヨーゼフ・ゲッペルスがいて、彼はその場で演説も行っています。全国に向けてラジオ放送もされた演説で、彼はこう叫んでいます。

 ドイツ国民の魂は、再び語る力を得るだろう。この炎は、古き時代の終焉を告げ、新しき時代を照らし出している。若者には、古き時代の遺物を一掃する権利があるのだ。我々新世代の人間には、その意義を教えてやろうではないか。古きものを燃え尽き、新しきものが、我々の心の炎から生まれるだろう。
ヨーゼフ・ゲッペルス

 この時、燃やすために集められた本のリストには、カール・マルクス、アプトン・シンクレア、ヘレン・ケラー、アルバート・アインシュタイン、トーマス・マン、アルトゥール・シュニッツラーらの本がありました。この事件は。海外にもすぐに伝えられ、ロンドン在住の作家、H・G・ウェルズはこうコメントしています。

「焚書によって破壊された書物はただの一冊もないと言って良い。ひとたび印刷されたものは、人間よりも生命力を持つのであり、焚書などものとはせずに語り続けるのだ」

 ウェルズは、この後、1934年春、パリに他の作家たちと共に「燃やされた本の図書館」を開設し、ナチスへの反抗の意思を表明します。こうして、「リアル図書館戦争」が始まることになります。この時、「タイム」誌は「焚書によって、愚かで恥ずべき新たな国民精神が示された。焚書は、狂気から生まれた大衆運動である」として、ナチス・ドイツの行為を「書物大虐殺(ビブリオ・コースト)」と呼びました。
 元々読書好きで本の持つ力を理解していたヒトラーは、自らの著書「我が闘争」を国家公認図書に指定。結婚した夫婦に一冊ずつ送り、学校では教科書として使用させます。さらに彼はラジオや映画の製作現場にも干渉し、非ドイツ的な作品が公開されないようチェックを強め、徹底的な思想教育を展開します。1933年の「焚書作戦」は、その第一歩だったわけです。
 1938年、ナチスは18ジャンルの書籍4175作品、565人の作家の全著作を発禁処分にします。
 さらにヒトラーは、支配地域で価値のある書籍や美術品を集め、施設を破壊するために全国指導者ローゼンベルク特捜隊(ERR)を設立。ERRは東ヨーロッパの395の公文書館、402の博物館、531の施設、957の図書館を焼き尽くしました。彼らはパリを占領した後、あえて「燃やされた本の図書館」をそのまま残し、そこに鍵をかけて封印します。
 アメリカのジャーナリストは、こうした状況についてこう書いています。

「ふたつの戦いが同時に進行している。ひとつは縦の戦い。これは軍と軍の戦いである。もうひとつは横の戦い。これはイデオロギー、政治、社会、経済の戦いである」

 ドイツはアメリカに対しても、英語によるアメリカ向けプロパガンダ放送を開始します。しかし、アメリカはすぐにそれを見破り、対抗するための作戦を考え始めます。こうして動き出した作戦のひとつが、アメリカ図書館協会による兵士のための図書館増強作戦でした。

<図書館協会の戦い>
 第1次世界大戦後、アメリカ陸軍省はすべての訓練基地に書籍を置くことを決め、1921年にはそのための組織となる陸軍図書館局が設立されました。兵士たちの能力向上だけでなく士気の向上のため、「本」は大きな役目を果たすと考えられていました。そして、この考え方をより具体的に実現することになったのが、局長に就任した当時34歳だったレイモンド・L・トラウトマン中佐でした。彼はコロンビア大学で図書館学の学位を取得し、書店の経営にも携わっている有能な人物でした。図書館局のメンバーは、トラウトマンとロサンゼルス公共図書館から来たアルシア・B・ウォーレンの指揮のもと、1942年の末までに兵士たちのための図書として1000万冊の本を集めるという目標を設定、その活動を「戦勝図書運動(VBC)」と名付けます。そして、1942年1月12日大統領からの後押しを得て正式に活動をスタートさせます。
 記念イベントが行われたニューヨーク公共図書館の表階段には、多くの寄贈本が積み上げられ、多くの作家、俳優、ミュージシャンたちがかけつけました。(ベニ―・グッドマン、キャサリン・ヘップバーンなど)その場で、俳優のモーリス・エヴァンスはこう朗読しました。

「500年前、ドイツのひとりの職人が、ひとつの発明を生んだ。その発明は、祈りの中で育まれた。そして、人は言葉を伝え、自由に思想を伝え、それらを守るべきであるという信念に、その発明は捧げられた。今は、私たちは、世界的な南北戦争のさなかにあり、心と言葉の自由、あるいはその他の自由が存続できるかどうかが試されている。・・」
「グーテンベルク演説」より

 こうして始まった活動により、2週間で42万3655冊の本が集まり、それらは各地の基地図書館に送られました。そして、集める本の目標が1千万冊と設定されました。

 私たちは皆、本が燃えることを知っている - しかし、燃えても本の命は絶えないということも良く知っている。人間の命は絶えるが、本は永久に生き続ける。いかなる人間もいかなる力も、記憶を消すことはできない。いかなる人間もいかなる力も、あらゆる圧制に対する人間の果てしなき戦いとともにある本を、この世から抹殺できない。私たちは、この戦いにおける武器は本であることを知っている。
ルーズヴェルト大統領による宣言より

 1942年、ナチス・ドイツが1933年に行った焚書作戦の記憶を残すためのラジオ番組「彼らは本を燃やした」より
「敵を弁護せよ。敵に歩み寄れ。敵を許せ。容赦し、堪忍し、受け入れよ。残忍で、苦しみに満ち、品位を失ったドイツという国とその同盟国に、理性的な態度で向き合え」

 この年、戦勝図書運動は、ついに目標の1千万冊を集めました。しかし、戦争は長引き、戦地に向かう兵士の数は増え続けていました。そして、集められる本ももう限界に達しようとしていました。幸いにして、兵士たちが求める本のジャンルや内容がわかってきたことから、兵士たちのための本を出版する計画が立ち上げられます。こうして、1944年、戦勝図書運動は終了し、新たな団体「戦時図書審議会」が図書館戦争の主役として登場することになります。ここまでの運動で「本」の力を認識した軍は、もっとお金をかけて兵士たちのために本を出版する価値があると判断したのです。

<ペーパーバック>
 1943年5月、戦時図書審議会が選んだ作品をペーパーバック本として印刷し、それを軍が購入して戦地に送るという新たな作戦が立ち上げられます。
 この戦争の前まで、アメリカの本屋にはペーパーバックは、ほとんど置かれていませんでした。それは、価格が10分の1にしかならないため利益が少なすぎたからでした。そのうえ、当時、本を読む層は知的で裕福な階層がほとんとであり、安ければ売れるという問題ではありませんでした。そのため1939年のペーパーバック本の販売数は20万冊にすぎませんでした。ところが、それが1943年には一気に400万冊を越えています。その原因には、ハードカバー本の製本に使用する木綿布や上質な紙の使用量が制限されたこともありますが、兵士向けのペーパーバック本の登場することで出版の流れが変わったことによるものでした。
 こうして誕生した兵隊向けのペーパーバック本(兵隊文庫)には、大きく分けて2つのタイプがありました。「大」は、横が16.5cmで縦が11.4cmの「尻ポケットサイズ」。「小」は、横が14cmで縦が8.6cmの「胸ポケットサイズ」です。紙もそれまでのものより薄く、ハードカバー版の5分の1の重さでした。
 当初の発行部数は、月30種でそれぞれが5万冊。(総数で150万冊)
 兵士たちへのアンケートで、人気が高かったジャンルは、現代小説(20%)が一番で、その他、歴史小説、ミステリー、ユーモア、西部小説、冒険小説、漫画、古典、時事もの、ファンタジー、音楽、自然、詩、科学・・・などとなっていました。
 出版の際、検閲や修正などはできるだけないよう考慮され、修正を要するなら、その本は出版しないという選択をしていました。当然、一定の宗教、政治思想、民族を批判する内容は許されませんでした。それでも本は兵隊たちにとって大きな意味を持つことになります。

「多くの場合、読書が、現実から逃れるための唯一の手段です。本を読む忍耐力がなく、読書好きではなかったのに、兵隊文庫を一冊手に取って読み始めるや、たちまち夢中になり、もっと多くの兵隊文庫を求めるようになった兵士を、僕はたくさん知っています」
ある兵士のフランスからの手紙より

<検閲との闘い>
「マルヌ会戦(第一次世界大戦)以降、軍の能力の向上に最も役立ったのはペニシリンであり、その次に役立ったのが兵隊文庫である」
ある陸軍軍医の記述より

 兵隊文庫の評価は高まったものの、内容に対しての検閲行為がしだいに強まり始めます。その最大の原因は、共和党と民主党の大統領選挙に向けての対立にありました。共和党は、左派よりの民主党ルーズベルト政権によって進められる出版事業が兵士たちにより民主党寄りの思想を注ぎ込むことを恐れ始めたのです。このままでは、帰国した兵士たちは皆民主党支持者になるかもしれない、と考えたのです。
 そのため、戦後50年代に始まる「赤狩り」の先駆ともいえる検閲が共和党の議員ロバート・A・タフトからの提案により求められようとしていました。彼は1944年の軍人投票法の改正に際し、下記のような項目を追加させます。(この改正は、もともとは兵士たちに戦地で選挙への投票をしやすくするためのものでした)
「選挙の結果に影響を与えるために作為的になされた、又は計画された、あらゆる種類の政治的意見又は政治的プロパガンダを含む雑誌・・・新聞、映画、文献、資料を・・・政府の資金を用いて、又は一部資金を用いて供給する」
 上記の項目に違反した場合、違反者は刑事告発され、有罪判決を受けた場合、1000ドル以下の罰金又は1年の禁固刑、あるいは両方が科される。(第5編)
 ただし、その判定規準はあいまいにされていたため、図書審議会には逮捕を恐れ自主規制が働くことになります。それまでも出版に対し批判があった「Strange Fruit」や「わが祖国 ユーゴスラビアの人々」などの作品は再び出版が困難になります。こうした政府からの圧力に対し、戦時図書審議会は臨時理事会を開催し決議を行います。

「ある人物が、戦時の安全を左右する本を除くすべての本の検閲を行なう権限を法律によって与えられ、その人物が恣意的に検閲する、ということがあってはならない。民主主義国における出版の自由を大きく脅かすことだからだ」
 理事会は第5編によって出版できなくなった本のリストを発表します。例えば、「判事ホームズ物語」(キャサリン・ドリンカー・ボーウェン著)は、現役の大統領ルーズベルトが登場するために問題視され、「共和国」(チャールズ・A・ビアード著)は、アメリカの政治の歴史を書いた歴史本ですが政治的な意図ありとして問題視されたと考えられます。
 これでは「政治」、「時事問題」に関する本は出版できないことになりかねない、という訴えは多くの人の賛同を得ることになります。こうして審議会の決議はマスコミをも味方につけることになり、世論はこの検閲行為をナチス・ドイツの「焚書」と変らないと強く批判し始めます。さらに意外なことに、軍隊も暗黙の裡に審議会を応援し、あえて出版作品の選定に厳しい審査を行うことで出版禁止本を増やし、問題を大きくしたといいます。こうしてタフト議員に対する批判は急激に強まり、ついに第五編は改正され、ほぼその効力を失うことになりました。
 このあたりは、「This Is America !」って感じです。

<海外での出版活動>
 1944年、戦時図書審議会は新しい部門として海外版出版事業部OEIを設置します。その活動目的は、ナチスによって焼かれ失われた本をヨーロッパでもう一度読めるようにしようというものでした。当然、言語はフランス語やドイツ語などヨーロッパの言語を用いています。(この作戦は日本などアジアでは行われませんでした)
 こうして出版されることになった作品には、「ヘミングウェイ短編集」、ジャック・ロンドンの「海の狼」、「白い牙」、「野生の呼び声」、ヴォルテールの「カンディード」、H・G・ウェルズの「タイムマシン」、「モロー博士の島」、エーリッヒ・レマルクの「凱旋門」などが再びヨーロッパで出版されることになりました。
 1945年に終戦を迎えても、まだ兵隊文庫は出版を続けます。まだ50万人以上の兵士が世界各地に駐留しており、彼らのための本が必要と判断されたからです。さらに出版する本の内容も変化し始め、母国に戻ってから必要なより実用的な本が増えてゆきました。(就職に役立つような資格に関する本や大学進学のための本など)
 こうして1947年9月、兵隊文庫プロジェクトは終了します。最終的に戦時図書審議会が出版したのは1億2300万冊で、戦勝図書運動が寄付したのは1800万冊になりました。
 この作戦における兵隊文庫の出版によって急増したペーパーバック本の出版数は、1943年から1947年の間に、4000万冊から9500万冊に急増。1952年には2億7000万冊に達し、1959年にはついにハードカバー本の出版部数を上回ることになりました。

<帰国した兵士たち>
 GI法の改正により、帰国した兵士は大学に入学するチャンスを得ることができました。1948年には90万人が大学に入学。9年間で780万人の復員兵が大学か職業訓練校に入学しました。(大学入学者の半分が復員兵という大学もあったようです)その復員兵の多くは、周囲の予想に反し優秀な生徒となり無事に卒業後、それぞれの道に進みました。(逆に言うと、現在でも多くのアメリカの若者たちは、戦地から戻った後、大学に通えるからという理由で軍に入隊しています)

 戦時図書審議会は、単に本を戦地に送るだけではなく、本国アメリカでも「本」の重要性を認識させるための様々なプロジェクトを展開していました。ラジオドラマ「戦争における言葉」では、アメリカ各地を舞台にして、労働争議、人種差別、反ユダヤ問題などをテーマに「報道・表現の自由」を訴えかけました。こうした左翼よりの活動は、戦後の「赤狩り」まで続くことになります。この時期のアメリカは、「反ナチス」という目標に向かい右派・左派が一致団結し、宗教的にも平等な幸福な時代だったともいえます。(もちろんその陰には兵士たちの犠牲があったのですが・・・)
 様々な活動により、アメリカの兵士たちは「読書」の習慣を獲得し、戦後のアメリカに「読書文化」を定着させることになります。それまで多くのアメリカの若者たちの教育レベルは、中層程度にとどまっていたのですが、読書という機会を得ることで、黒人たちも含め、アメリカの若者たちの知的水準が一気に上がったことは確かです。

<本は武器だったのか?>
 アメリカの兵士たちにとって、「兵隊文庫」はベトナム戦争におけるLSDなどの薬物やアルコール飲料の役目を果たしたと見ることもできます。戦闘前のストレスを開放したり、入院生活の退屈さを紛らわしたり、読書によって戦場から一瞬でも離れることができる「本」は、健康的?であり、時には兵士の知性やモチベーションン向上につながる魔法の治療薬でした。この後は、本に代わり、薬物がその主役になるわけです。
 自由に本を読むことができる国であるためにリアルな「図書館戦争」を始めた国アメリカは、この時点では実にカッコイイ国でした。そんな国に日本が勝てるわけはなかったともいえます。
 ただし、21世紀のアメリカは、図書館がいつでもテロの戦場になりうる危険な国になってしまいました。それどころか、トランプという恐るべき大統領候補が登場し、ナチス・ドイツ以上の自由を認めないトンデモない政権すら生まれかねない国になりつつあります。もし、トランプによる共和党の政権が誕生したら、図書館の前でコーランを集めて焼くことなど平気でやりかねないでしょう。

<兵隊文庫のリストから>
 この本には巻末に兵隊文庫のリストがつけられています。以下に、その中から有名どころをピックアップしてみました。
<1943年>
「ママの思い出」キャスリン・フォーブス(人気の家族もの)
「オリバー・ツイスト」チャールズ・ディケンズ(古典的な少年の成長物語)
「ワールド・シリーズ」ジョン・R・チュニス(野球もの、スポーツものも人気があったようです)
「巡洋艦アルテミス」セシル・スコット・フォレスター(戦争ものも当然人気があったようです)
「人間喜劇」ウィリアム・サローヤン(大物ユダヤ人作家の代表作)
「人間の土地」サン=テグジュペリ(「星の王子様」の著者の代表作)
「タイピー」ハーマン・メルヴィル(「白鯨」の著者によるポリネシアのドキュメント)
ロードジム」ジョセフ・コンラッド(海洋冒険小説の代表作)
「我が友フリッカー」メリー・オハラ(動物・家族ものは人気のジャンル)
「仔鹿物語」M・K・ローリングス(これも動物・家族もので1946年には映画化もされた人気作)
「トム・ソーヤーの冒険」「ハックルベリー・フィンの冒険」マーク・トウェイン(読書初心者にもうけたでしょう)
「怒りの葡萄」ジョン・スタインベック(ジョン・フォードによって映画化もされた民主党寄り?の名作)
「天国への鍵」A・J・クローニン(グレゴリー・ペック主演で映画化もされた小説)
「聖衣」ロイド・C・ダグラス(超大作映画として映画化もされた聖書もの)

<1944年>
「月と六ペンス」「人間の絆」サマセット・モーム(アメリカを代表する作家の代表作)
「SEXは必要か」ジェームス・サーバー、E・B・ホワイト(戦場で読むのにピッタリ?)
「夜間飛行」サン=テグジュペリ(「星の王子様」と並ぶ名作)
「名犬ラッシー」エリック・ナイト(英国を舞台にした少年と犬の物語)
「ターザン」エドガー・ライス・バローズ(冒険小説の決定版で子供向きではありますが・・・)
「これが戦争だ - 兵隊ジョー」アーニー・パイル(戦場ドキュメント)
「野生の呼び声」ジャック・ロンドン(動物文学の傑作)
「デヴィッド・コパ―フィールド」チャールズ・ディケンズ(古典的少年成長冒険小説)
白鯨」ハーマン・メルヴィル(近代文学を代表する大作小説)
「少年キム」ラドヤード・キプリング(これも少年冒険文学の名作)
「アフリカの女王」セシル・スコット・フォレスター(ハンフリー・ボガート、キャサリン・ヘップバーン主演で映画化もされた名作)
「わが谷は緑なりき」リチャード・ルウェリン(ジョン・フォードによって映画化もされた名作)
「ジェイン・エア」エミリー・ブロンテ(誰もが知る英国文学の名作)
わが名はアラム」ウィリアム・サローヤン
「共和国」チャールズ・A・ビアード(アメリカの政治史を記録した記録文学)
「判事ホームズ物語」C・D・ボーエン
「吸血鬼ドラキュラ」ブラム・ストーカー(戦場で読めばそれほど怖くはないか?)
「炎の人ゴッホ」アーヴィング・ストーン(画家ゴッホの伝記)
<1945年>
「郵便配達は二度ベルを鳴らす」ジェームズ・M・ケイン(映画化もされたハードボイルド小説の名作)
「ヤングマン・ウィズ・ア・ホーン あるジャズエイジの伝説」ドロシー・ベイカー(ジャズの人気はこの時代高かった)
「タイムマシン」「モロー博士の島」H・G・ウェルズ(SF文学の先駆的傑作であり、反ナチスを代表する作家の代表作)
「夢みる人々」イサク・ディネセン(「アフリカの日々」の著者による作品)
「飾り窓の女」J・H・ウォーリス(映画化もされたハードボイルド小説の名作)
大いなる眠り」レイモンド・チャンドラー(ハードボイルド小説の傑作中の傑作)
「アメリカの科学者たち」バーナード・ジャッフィ(科学ものの記録文学)
「サモアの思春期」マーガレット・ミード(太平洋の兵士たちには南の島々の記録文学のニーズも高かった)
「チェスの話」シュテファン・ツヴァイク(チェスもまた時を忘れられるゲームですね)
ウォールデン 森の生活」ヘンリー・ソロー(アメリカの文学・自然保護運動の歴史的名作)
フランケンシュタイン」メアリー・シェリー(SF小説の原点)

<1946年>
「木曜の男」G・K・チェスタトン(ブラウン神父シリーズで有名な作家の推理小説)
「トロイのヘレン」ジョン・アースキン(映画化もされた歴史ロマン小説)
「実業家への道」ジョン・F・ウォールトン
「地球の伝説」ジョージ・ガモフ(物理学者による科学本)
「ジョー・ルイス物語」マージョリー・ミラー(伝説的黒人世界ヘビー級チャンピオンの伝記)
「凱旋門」エ-リッヒ・レマルク(映画化もされたパリを舞台にした名作小説)
オール・ザ・キングスメン」ロバート・ペン・ウォーレン(映画化されアカデミー作品賞も受賞した政治もの小説の傑作)
「ミスター・ロバーツ」トーマス・ヘイゲン(ヘンリー・フォンダ主演で映画化もされた軍隊ものの名作小説)

<その他、話題となった代表作>
「ブルックリン横町」
(著)ベティ―・スミス
 兵隊文庫の中でも最も人気が高かった作品。ニューヨークの下町ブルックリンを舞台に幼少時代を懐かしく描いた作品。故郷を懐かしむ多くの兵士たちに古き良き故郷と少年時代の懐かしい思い出を思い出させることで、彼らの心をしばし救い出すことになりました。

「偉大なるギャツビー」
(著)スコット・フィッツジェラルド
 1945年10月兵隊文庫として出版されたこの名作は、当時、一般的にスコット・フィッツジェラルド作品の中では失敗作と評価されていました。しかし、この戦争中に多くの兵士たちに読まれたことから、再評価が行われ、今や20世紀を代表する名作と言われています。

「Strange Fruit(奇妙な果実)」
(著)リリアン・スミス
 人種の異なる男女の悲恋の物語。愛し合う白人、黒人のカップルの間に子供ができますが、二人は結婚を許されません。父親である黒人男性は殺され、殺人犯として真犯人ではない人物が逮捕されます。そして、彼は白人たちによってリンチを受けることになります。ビリー・ホリデーの名曲「奇妙な果実」にインスピレーションを得て書かれた小説。人種差別の問題を扱いながら、性描写への批判により、地域によっては出版禁止となっていましたが、図書審議会理事会では、出版を認めます。こうした作品が読まれたことが、戦後、公民権運動の広がりのひとつの要因になったとも考えられます。

「永遠のアンバー」
(著)キャスリーン・ウィンザー
 アンバーという女性が数々の男性との情交を結びながら、英国上流社会を駆け上がり、ついにチャールズ2世の愛妾にまで上り詰めるが、実は彼女には生涯愛し続けた男性がいた、という物語。王室も巻き込む愛欲描写が問題となり、出版への批判が多かったものの兵士からの出版を望む声が多かった人気作。1947年にはオットー・プレミンジャー監督により映画化もされた話題作。

「わが祖国 ユーゴスラビアの人々」
(著)ルイス・アダミック
 共産主義を擁護する記述があると問題視され一部削除されて出版された作品。


 フランスへの上陸作戦の最初の11日間で、3000人のアメリカの若者が死んだと聞かされた。
 死んだのは誰?その問いに、私が答えよう。
 それほど遠くない昔、小さな男の子がいた。男の子はベッドで眠っていた。夜が更け、雷鳴が轟いた。男の子は目を覚まし、怖がって大声で泣き始めた。母親がやって来て、男の子の毛布を丁寧に掛け直した。「泣かないで。何もあなたを傷つけたりしないから」
 その男の子が死んだ・・・・・
 ひとりの少年がいた。少年は、新しい自転車に乗り、あなたの家の前まで来ると、両手をハンドルから離し、夕刊を折りたたみ、あなたの家の戸に向けて投げた。新聞が戸にあたる音を聞き、あなたはいつものように跳び上がった。「いつか、あの小僧をうんと叱ってやる」
 その少年が死んだ。・・・・・
 彼らは皆、死んでしまった。
 今夜、私たちは、己が銃後の務めを果たしていると心から確信しない限り、穏やかに眠りに就くことなどできないだろう。

ベティ・スミス "Who Died ? " (1944年7月)

<参考>
「戦地の図書館 海を越えた一億四千万冊」 2014年
When Books Went to War : The Stories That Helped Us Win World War Ⅱ
(著)モリー・グプティル・マニング Molly Guptill Manning
(訳)松尾泰子
東京創元社

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