老いたる詩人の恋と夢の物語


「ぶあいそうな手紙 Aos Olhos de Ernesto」

- アナ・ルイーザ・アゼヴェード Ana Luiza Azevedo
ホルヘ・ボラーニ Jorge Bolani -

<前向きな「老い」の映画>
 この映画についての予備知識はまったくありませんでした。ブラジル映画であること。大好きなカエターノ・ヴェローゾの曲が使われている事。それだけの情報でTUTAYAさんで借りました。でも、さすがはカエターノ・ヴェローゾです。やはりこの映画、なかなかの掘り出し物でした!
 老いにより、視力を失い、妻を失い、友人も失った主人公には、妻との思い出の部屋を出て息子と暮らすしか残された道は見えません。しかし、それでもなお、彼には「ある夢」が残されていました。そんな前向きな「老い」の映画です。そして、音楽、詩、小説、映画という人生を楽しくしてくれるすべての芸術への讃歌でもあります。
 そして、そんな夢の橋渡しをするのが「手紙」というオールドスタイルの通信手段。最近、ライン、メールによる連絡に飽きた若者たちにも見直されつつあるローテクが、ここでは実に魅力的に使われます。映画の舞台となっているブラジルの中でもちょっと異色の街であるヨーロッパ風の街、ポルト・アレグレには、この手紙というツールが実に似合っています。

<大人のブラジリアン・ポップ>
 大人過ぎるほど「大人の映画」を、渋くて魅力的なブラジリアン・ポップが静かに盛り上げています。
 この映画の音楽を担当しているのは、地元ポルト・アレグレのロックバンド、パパ・ダ・リングアのギタリストとして活躍していたレオ・ヘンキン Leo Henkin 。2019年にバンドは解散していて、彼はテレビや映画の音楽を担当しています。主人公エルネストが路上で暗唱したマリオ・ベネデッティの詩「なぜ歌うのか」に彼がメロディをつけた曲で、ビアと彼が踊るシーンもこの作品の見どころです。
 そして、ブラジルを代表するミュージシャン、カエターノ・ヴェローゾによる挿入歌がまた素晴らしい!
 彼の代表作とも言えるアルバム「粋な男」収録の「ドレス一枚と愛ひとつ Un Vestido Y Un Amor」が聞えてくる場面は、まさに鳥肌ものです。(作曲はフィト・パエズ Fito Paez)

<路上ポエトリー・リーディング>
 この作品最大の見せ場は、エルネストとビアが路上開催のポエトリー・リーディングに参加するシーンかもしれません。この場面でのエルネストによる詩人マリオ・ヴェネデッティの詩の暗唱は、本当にカッコイイ!
 マリオ・ベネデッティ Mario Benedettiは、1920年9月14日生まれのウルグアイ出身の作家、ジャーナリスト、詩人で、スペイン語圏では20世紀を代表する作家と言われています。彼は軍事独裁政権下のウルグアイを脱出し、1973年から1985年にかけてブエノスアイレス、リマ、ハバナ、そしてスペインで亡命生活を送っています。そのあたりの人生は、主人公エルネストの青春時代と似ています。民主化後は、故国ウルグアイに戻り、モンテビデオを拠点に活動し、スペインのマドリードと行ったり来たりしていたようです。
 この映画にも登場する小説「休戦」は、1974年に映画化もされていて、アカデミー外国語映画賞にもノミネートされたようです。
 というわけで、エルネストが路上で暗唱した詩をどうぞ!

「なぜ歌うのか」 マリオ・ベネデッティ作
時間が死を伴って来るなら
時が亡霊の洞窟なら
風はもはや良い風(ブエノスアイレス)ではない
人生はただのモビール
あなたは問うだろう
なぜ歌うのか?

地平線のごとく遠い所
そこに木々と空があるなら
毎夜 不在の悲しみで
毎朝 別れが来るのなら
あなたは問うだろう
なぜ我らは歌うのか?

歌うのは生者と全ての死者が
我らの歌を望むから
歌うのは人を信じ敗北を克服するから
歌うのは叫びや号泣や口論では足りないから
歌うのは轍に雨が降り
我らが人生の闘士だから
そして誰も欲しないし 許さないから
歌が灰になることを 

<ポルト・アレグレの映画>
 この映画の魅力の一つは、ブラジル南部の都市ポルト・アレグレ(意味は「陽気な港」)の街並みやそこに住む人々の魅力です。
 ポルト・アレグレは、リオグランデ・ド・スル州の州都でアルゼンチンやウルグアイに近い大都市です。元々が古い港町で、現地の住人よりもドイツ、イタリア、スペインからの移民たちによって築かれた街でした。人口は148万人ですが、白人人口が80%をしめるので、ブラジルの中ではヨーロッパ文化の影響が大きな土地と言えます。
 ブラジルの中でも独自の文化を持つこの街出身のアーティストも多く、この映画はそうしたスタッフ・キャストによって生み出された街へのオマージュ的作品でもあります。
 監督のアナ・ルイーザ・アゼヴェードと脚本のジョルジ・フルタードは、ポルト・アレグレで映像制作の会社カサ・デ・シネマ・デ・ポルト・アレグレを創設しています。主演女優のガブリエラ・ポエステルもポルト・アレグレの出身。

<アナ・ルイーザ・アゼヴェード>
 監督のアナ・ルイーザ・アゼヴェード Ana Luiza Azevedoは、1959年ポルト・アレグレ生まれの女性監督。1980年代にドキュメンタリー映画からキャリアをスタートさせ、自ら脚本も執筆した1984年の「自由な子宮 Ventre Livre 」で注目され、「記憶をなくしたクリスティーナ夫人」(2002年)ではブラジリア映画祭グランプリを獲得。初長編作「世界が終りを告げる前に」(2009年)も高い評価を受けました。映画界での活躍は、最近のことですがこれから期待大でしょう。

<ホルヘ・ボラーニ>
 主演のホルヘ・ボラーニ Jorge Bolani の存在感こそ、この映画の命です。彼は、この映画の主人公エルネストとほぼ同じ年齢で、同じウルグアイのモンテビデオ生まれです。俳優だけでなく演出家としても活躍し、主に舞台を中心に活動していました。2004年に主演した映画「ウイスキー」で世界的に注目を集めるまで、あまり海外では知られていませんでした。
 元々舞台俳優として活躍していただけに、路上での詩の暗唱には圧倒的な迫力があったわけです。
 彼はウルグアイ出身なのでスペイン語が母国語。隣の部屋のお爺さんもまたアルゼンチン出身なのでスペイン語は得意なわけです。それに対し、二人が住むポルト・アレグレはブラジルの都市なのでポルトガル語が話されています。だから、エルネストの部屋に来ていたブラジル人のお手伝いさんには、スペイン語の手紙は上手く読めなかったわけです。使われている単語は同じで、おおよそ話は理解できても、二つの言語は異なる文法をもっています。そのため、恋文のような繊細な手紙を読んだり、書いたりするのは、普通のブラジル人には難しいのです。

「ぶあいそうな手紙 Aos Olhos de Ernesto」 2019年
(監)アナ・ルイーザ・アゼヴェード Ana Luiza Azevedo(ブラジル)
(製総)ノラ・グラール
(脚)ジョルジ・フルタード Jorge Furtado
(共脚)セネル・パス(キューバの作家・脚本家で映画「苺とチョコレート」の原作者)
(撮)グラウコ・フィルポ
(編)ジバ・アシス・ブラジル
(音)レオ・ヘンキン
(出)ホルヘ・ボラーノ、ガブリエラ・ポエステル(宮沢りえに似てません?)、ホルヘ・デリア、ジュリオ・アンドラーヂ
<あらすじ>
 盲目に近い78歳のエルネストは、ウルグアイ出身で46年間、ブラジル南部ポルト・アレグレの同じアパートに住み続けています。息子は、妻を失い高齢になってきた父親を心配して、自分が住むサンパウロに来るよう勧めますが、長年住んできた家を彼は離れようとしませんでした。
 ある日、彼は、同じアパートに住む女性の飼い犬を散歩させていた若い女性ビアと知り合います。彼はビアを部屋に招き、自分宛ての手紙を読んでくれるよう頼みます。その手紙の送り主は、かつて彼が愛した女性で、彼の友人でもあった夫が亡くなったことを知らせる内容でした。それは彼に対し、愛を告白するような内容にもとれました。
 ビアはその手紙の返事を書く書くことも頼まれますが、彼女はエルネストが盲目に近いことから鍵をコピーし、部屋のお金や本を持ち帰ってしまいます。エルネストはそのことに気づいていましたが、あえてそのことを追求しようとはしませんでした。
 再び、彼の部屋を訪ねてきた彼女は、心を改めていて、お金も本も元に戻し、彼の手紙を代わりに書かせてくれと言い出します。
 ビアとエルネストの関係は?
 エルネストの手紙の返事への反応は?
 最後にエルネストが選んだ人生の選択とは?

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