「なつかしく謎めいて Changing Planes」

- アーシュラ・K・ル=グィン Ursula K. LeGuin -

<ル=グィン・ワールド>
 「これぞ、ル=グィン・ワールド!」といいたくなる短編集です。彼女がニューウェーヴSFのブームに乗って登場してきた頃の代表作「オメラスを歩み去る人々」の雰囲気も感じさせる懐かしさもあり、読者は読み始めたとたん、彼女の生み出した異次元世界に引き込まれることになるでしょう。そして、「想像力の翼」を使う喜びをきっとあなたは思い出すでしょう。もちろん、単に空港の時間つぶしに役立つだけでもいいかもしれません。でも、こうした素晴しい本を読むと、ついつい語りたくなってしまうのも人情というものです。ここで少々お付き合い下さい。
 この本の中の短編のうち以下の6話は、1998年から2002年にかけてバラバラに発表されたものです。(ということは、その間にあの9・11の事件も起きていることになります)
「アソヌの沈黙」、「渡りをする人々」、「ヘーニャの王族たち」、「謎の建築物」、「翼人間の選択」、「不死の人の島」、どれも印象深いものです。その後、2003年に他の10作品を書き加えることで、この短編集が完成したわけです。このことを頭に入れて、「はしがき」を読むとなるほどと思われるはずです。
「この本に収められた話を書いた当時はまだ、洞窟に潜む偏屈な顎鬚男たちは、空の旅を惨たんたるものにすることに加担しておらず、その責任はひとえに、空港と航空路を運営する企業にあると感じられていた。・・・・・」
(誰のことかは明らかでしょう・・・)

「シータ・ドゥリープ式次元間移動法」
(ストラップサーツ、ジョイヨー次元にて)
 次元間移動法の解説。
「おそらくこれこそ空港の真実の姿なのだろう。空港は旅行への序曲ではない。空港は通過点ではなく、停止点だ。妨害物である。糞詰まりである。空港とはあなたがほかのどこにも行けない場所。そこでは時間が経たず、いかなる意味あるあり方も望めない、場所ならざる場所、ターミナル、つまり終点だ。空港が人に与えるものはただひとつ、飛行機(プレーン)と飛行機(プレーン)のはざまへのアクセスだけである。
 このことに最初に気づいたのはシンシナティーのシータ・ドゥリープだった。そして彼女が発見した次元間移動法を、今では多くの人が利用している。」


 旅行中、この気持ちを味わった人は多いはず。特に海外旅行のトランジットでモスクワのシェレメチボ空港のような寂しい場所で何時間も待たされたことのある人なら、まるで時計が止まっているかのような感覚をご存知でしょう。あれはまるで拷問です。この苦痛があって初めて、次元間移動は可能になるわけです。

「次元間旅行局はずっと以前に、強い苦痛と消化不良と偏屈という特別な組み合わせこそ、次元間移動の必須条件であると立証した。・・・」

「玉蜀黍の髪の女」
(イズラック次元にて)
 遺伝子改良の行き過ぎで生物種がメチャクチャになってしまった世界でのアリアレとの出会い。
「・・・イズラックは楽しい次元ではない。行って元気が出るところではない。でも、私はもっとひどい次元にだって行くだろう。あんなに優しいほほえみと、あんなに見事な金色の髪を目にするためなら。そして自分自身が玉蜀黍である女性と一緒に玉蜀黍のお粥を食べるためなら。」

 人類とは異なる種を美しいと思える世界になっていれば、地球から人種差別など消えているのでしょうが、・・・でも、「玉蜀黍の髪の女」の人って、美輪明宏さんのことじゃない?どうりで感覚の次元が違う気がした!

「アソヌの沈黙」
(アソヌの住む次元)
(大人になるにつれて、言葉を用いなくなる謎の人々との出会い)
「・・・神秘に通じた人々の超越的な知識は、言語に表現されえない。アソヌが言語を避けるのは、まさにその理由によるのかもしれない。
 アソヌが沈黙を守るのは、口を開いたなら、大切なことがみんな漏れ出てしまうと恐れているからではないか。」


 「沈黙は金」とはよく言ったもの。かつて日本人の美徳は、この「男は黙って・・・」というやつでした。

「その人たちもここにいる」
(ヘネベット人の次元)
 一人一人の中に様々な生が共存する不思議な人々。それは死者の魂が別の人に転生するのとも異なるらしい。人によっては、老いと共に様々な生を思い出し、同時に数十人の生(魂?)が共存することになるという。
「もし、あんたの一生でほんの束の間でも、自分が何者かはっきりわかれば、そのときがあんたの人生だ。・・・」
「ヘネベット人について私に言えるのは、彼らとともに過ごした数ヶ月で、アイデンティティーというものに対する思いこみや、時についての考えがすっかり混乱してしまったということ、彼らのもとを訪れて以来、何事についてもはっきりした意見をもちつづけることができなくなったことだけだ。・・・」


 一人の身体に複数の意志あるとなると生きてゆくのも大変かもしれません。とはいえ、我々もまた様々な価値基準によって、いつも悩まされていたり、自分の中の異なる人間性に驚かされることもあります。人類の多重人格化は、価値感の多様化によってどんどん進んでいるのも確かです。

「ヴェクシの世界」
(ヴェクシの住む世界)
 怒りの感情でしか感情を表せない人々。彼らはケンカをしている時以外は、お互いに無視しているかのように過ごし、時には協力し合うこともあるといいます。
「・・・なにしろ、ヴェクシにとって「白い人」になるまで長生きするのは偉業だから。そして村人たちの一部は彼を深く愛していたに違いない。だが、彼らの嘆きは非難であり、彼らの悲しみは怒りだった。」

 怒りによってしか感情を表せないというのも、かつての日本人のようです。ということは、あの女子柔道のSコーチは、ヴェクシの次元から来ていたのかも!

「渡りをする人々」
(アンサラック人の次元)
 数年単位で種族全体が民族の大移動のように「渡り」を行う人々の住む世界。
「人々は都市を離れはじめる。ひとりで、カップルで、家族で。血中のホルモンがざわめきはじめる。切実なあこがれの予兆がおぼろげに姿を見せ、なつかしい記憶がよみがえる。肉体は知っている、自分の王国がやってくるのを。・・・
 彼らが数千の昼と夜の間に学んだこと、なしとげたことは全てあとに残される。箱詰めにしてしまっておかれる。彼らがふたたび南に戻ってくる日まで。・・・」

 もし、人が本能のままに愛し合う時間と理性に従って性のない時間をわけて生きることができたら・・・。それはけっして悪くない生き方のような気がします。なお、このお話は彼女の代表作である「闇の左手」を思い出させる小説でもあります。
 スケールが大きく大移動の映像が目に浮かぶような「渡り」の部分を読んでいると、妙に懐かしくてウルウルきてしまうのは僕だけではないはずです。この作品集の中でも特に印象深い作品です。

「夜を通る道」
(フリンシア人の次元)
 100メートル四方の範囲に眠る人々の眠りと同期して、その夢を共有してしまうという不思議な人々。
「フリンシア人にとって夢は、世界中の知覚力のある全ての生き物が交わる場である。そこでは自己という概念はひどく危うくなる。私には想像するのは難しいが、彼らにとって眠りに落ちるということは、自己の完全なる放棄であり、生きとし生けるものの無限に広がるコミュニティーに、繰り返しはいっていくことにほかならないのだろう。私たちにとって、死がそうであるのとほぼ同じように。」

 ユングによれば、人類の夢は、深い底の部分ではすべてつながっている。ならば、浅い部分でもつながることがあるかも。でも朝起きても忘れられなければ、頭がおかしくなってしまうかもしれません。

「ヘーニャの王族たち」
(ヘーニャ人の次元)
 王族ばかりで平民が貴重な世界の可笑しな話。
 平民の生活をゴシップネタとして愉しむのが唯一の楽しみという王族が主役のブラック・ユーモア小説。

「四つの悲惨な物語」
(マハグルの次元)
「マハグルは今では平和なところだが、血腥い歴史をもっている。私はマハグルに滞在するときには、帝国図書館で大半の時間を過ごす。よその次元にきて図書館で過ごすなんて、退屈きわまりないと思う人も多いだろう。しかし私は、ボルヘス同様、天国とは図書館によく似た場所だろうと思う。
 マハグルの図書館のほとんどは野外にある。古文書庫や本棚、電子的記憶媒体、コンピューターは全て、温度湿度の制御された地下ドームの中に収められ、翻訳機を通して資料が閲覧できるようになっている。広大な地下建造物の上には、「読書の庭」と呼ばれるたくさんの広場や公園であり、アーケードで結ばれている。・・・」


 ここでは図書館で読んだ4つの悲劇の物語が記されていますが、僕にとってはマハグルの帝国図書館のような図書館を是非つくってほしい!できたら僕はそこに住みつきたいと思います。
 四つの物語の中の「オプトリーの民族浄化」は、セルビア紛争がもとになっているのでしょう。セルビアの場合は、この物語よりももっと複雑です。そう考えると、ユーゴスラビアの指導者チトーという人は本当に偉大だったのかもしれません。

「グレート・ジョイ」
(ホリデー次元)
 アメリカ文化をそのまま持ち込んでつくられたグレート・ジョイ社による娯楽世界。そこにあるのは、クリスマス島、イースター島、ハロー!イーン島、独立記念日島、ヴァレンタイン島、ニューイヤー島・・・その他にも開発準備中の島々があった。しかし、その島の文化を破壊するいかにもアメリカ的な開発に次元間旅行局からクレームがつき、経営が代わることに・・・。
・・・スーソは悲しげに言った。
「アメリカじゃなくなったら、クリスマスって感じがしない気がする。ね、そう思わない?」


 確かにそうかもしれません。僕も同感です。いい悪いは別にして・・・。

「眠らない島」
(ハイブリサル次元にある眠らない人の住む島)
 人工的に天才を生み出すために遺伝子操作により「眠らない人間」を誕生させたが、彼らは天才にはなれなかった。
「ハイブリサルの哲学者トハドは次のような逆説を提唱した。一個の自己であるためには、人は無でもある必要がある。自分自身を知るためには、無を知ることができなくてはいけない。無眠人間は常に直接的に世界を知っている。彼らには語るべき物語がなく、言語の必要もない。言語なくしては嘘もない。従って彼らに未来はない。
 彼らは今、ここに、常にじかに触れて生きている。純粋な現実の中に生きている。しかし、真実の中に生きてはいない。真実に至る道は、嘘とい夢とを通る道だからだ。」


 眠らない人々が、死んだはずのゾンビとそっくりなのは、なんとも象徴的です。眠らないことと、眠り続けている(死んでいる)ことは、結局いっしょということなのかもしれません。

「海星(ヒトデ)のような言語」
(ンナモイの次元)
 この世界は過去に遺伝子工学などによって単純化され、人間以外の生命をほとんど消し去られました。より安全で住みやすい世界にしようという先祖たちにより、世界は単純化され退屈このうえない場所となりました。そこで生み出されたのが、「海星のような言語」だったわけです。
「けれどもンナモイは、少なくともある意味で先祖たちより上手でした。彼らはその模様を取り戻して、途方もなく複雑で、無限に豊かで、合理的な用途を欠くものをつくりました。単語によってそれを行ったのです。
 ンナモイは具象芸術をもちません。陶器であれ何であれ、彼らがつくるものを飾るのは、美しい文字だけです。彼らが世界を模倣する唯一の手段は単語をつなぎ合わせることです。刻々変化する複雑精妙な仕方で単語を相互に関係させて、それまで存在したことのない形と柄をつくる。だが、それも束の間しか存在せず、新たな形と柄を生み出して、それに席を譲る。ンナモイの言語は盛んに増殖し続ける豊かな生態系です。ンナモイのもつただひとつのジャングル、ただひとつの荒野 - それが彼らの詩なのです。」


 大自然の複雑さを表現した芸術作品であり、文字通り生命体でもあるという言語。なんという魅力的なアイデア!でも、優れた詩が優れた朗読者によって読まれた時、人類の言語もまた生き物のように人々の心をとらえたり、どこまでも広がってゆくことにあります。そして、それは「詩」だけではなくあらゆるジャンルの「パフォーマンス」に共通することです。

「謎の建築物」
(コクという次元に住む、ダコとアクとの出会い)
 かつてダコ人によって迫害され虐殺された歴史をもつアク人。彼らは大人になると不思議な行動をします。それは決められた土地に行き、そこでとれる巨大な石を運び、長年にわたって建設されてきた目的不明の建造物を作り続けることです。
 イースター島のモアイ像やストーンヘンジのような謎の建造物の魅力が永遠不滅です。

「翼人間の選択」
(ガイ人の次元)
 羽毛に覆われたガイの中に1000人中1人の割合で翼がはえ空を飛べる物が現われます。しかし、「飛ぶ人」は他の人々とは別の人生を歩むことになり、ある日突然、翼が動かなくなり墜落する運命を覚悟する必要があります。
「安全であることが何より大切な人もいるということでしょうね。家族があったり、仕事があったりして。ぼくにはわかりません。誰か、そういう人と話してみてください。ぼくは<飛ぶ人>だから。」
 <飛ぶ人>とは、まさにあの「ジョナサン・リビングストン・シーガル」のことでしょう。もちろん、空は飛べなくても同じように「飛んでる生き方」をしている人もいますね。

「不死の人の島」
(イェンディ次元のアヤ島に住む不死の人を探す旅)
 不死の人とは?本当に死なない人なのか?なぜ「不死の人」は観光資源なのか?なぜ「不死の人」になることを望む人がいないのか?そして、予想外の理由が明らかになります!J・G・バラードの「結晶世界」を思い起こさせます。

「しっちゃかめっちゃか」
(ウニ次元)
 フレデリック・ブラウンの「発狂した宇宙」よりもシュルレアリスティックでエッシャー宇宙を思わせる混沌とした世界です。バンジー・ジャンプやジェット・コースターが好きな人にはお薦めの旅です。ただし、それらが苦手な僕はパスしたい旅です。

 画家エリック・メドウズによる挿絵も見事です。一歩間違えるとル=グィン・ワールドを壊しかねないのですが、作品のイメージにピタリの絵ばかりです。
 「情報」や「感動」を伝えるのも小説の役割ですが、大人になって忘れかけていた「想像」の喜びを思い出させてくれることこそ、「小説」のもつ最高の使命だと思うのですが・・・。
 あなたも是非「ル=グィン式次元間移動法」をご利用ください!そして、素敵な旅をお楽しみください!

「なつかしく謎めいて Changing Planes」 2003年
(著)アーシュラ・K・ル=グィン Ursula K. LeGuin
(訳)谷垣暁美
河出書房新社

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