自由を求めて映画の国に来た若き巨匠


- クロエ・ジャオ Chloe Zhao -

「ノマドランド」、「エターナルズ」、「ザ・ライダー」

<驚異の三段跳び>
 現代のカウボーイが主人公の映画「ザ・ライダー」を見た後、監督のクロエジャオという人物が中国出身の若い女性であることを知り驚かされました。
 そして、クリント・イーストウッドの後継者かもしれない成長株の次なる作品を楽しみにしていたら、次作「ノマドランド」で早くもアカデミー監督賞を受賞して頂点を極めてしまい、またもや驚かされました。
 アカデミー作品賞まで受賞してしまったら、次に何を撮るのだろうか?少々心配になっていたら、マーベルの新シリーズ「エターナルズ」の監督に抜擢されると知り、またも驚かせれました。でも実際に「ノマドランド」を見て、彼女ならどんな映画でも彼女のスタイルで撮れるであろうと確信。
 それでも少々の困惑と不安、そしてかなりの期待を抱きつつ、「エターナルズ」を見ました。すると、やはりもう驚かされませんでした。彼女は本物です!

 とはいえ、傑作「ノマドランド」の後、なぜ彼女がまったく異なるタイプの作品である「エターナルズ」の監督を引き受けたのか?その答えは、なんと彼女が昔からマーベル・シリーズの大ファンだったから、という実に単純な理由でした。それにまったく異なる作品のように見えて、2作品には共通点もちゃんとあります。そのことを理解するため、先ずはクロエ・ジャオという監督について、知りたいと思います。

<クロエ・ジャオの青春>
 クロエ・ジャオ Chloe Zhao は、1982年3月31日中国の北京で生まれました。父親は国有鉄鋼会社のお偉方で母親と離婚して女優と再婚。そんな親に反抗した彼女は、15歳の時、英国ロンドンの寄宿学校に入学させられます。彼女はその学校を卒業後、大好きなマーベル・シリーズの母国アメリカに渡り、ロサンゼルスの高校を卒業。大学では政治学を専攻し、卒業後はいくつかの職についたものの、結局、彼女は大好きな映画の道を歩みだします。
 ニューヨーク大学で映画製作について学びながら、彼女は映画を撮り始め、様々な映画祭に挑戦し、すぐに高い評価を得ることに成功。
 2015年には初の長編映画「Songs My Brother Taught Me」で、アメリカ先住民の兄妹の日々を描き、サンダンス映画祭などで高い評価を受け、インデペンデント・スピリット賞を獲得しました。
 そして、次作「ザ・ライダー」では、大怪我をして再起不能と言われたロデオ選手の復活への努力の日々を描き、さらに高い評価を得ました。そして、彼女はアカデミー作品賞に輝くことになる傑作「ノマドランド」の製作に取り掛かります。

「ザ・ライダー The Rider」 2017年
(監)クロエ・ジャオ(中国系アメリカ)
(脚)(製)クロエ・ジャオ(製)ベルト・ハーメリンク(製総)マイケル・サゴル
(撮)ジョシュア・ジェイムズ・リチャーズ(編)アレックス・オフリン(音)ネイサン・ハルパーン
(出)ブラディ・ジャンドロー、リリー・ジャンドロー、ティム・ジャンドロー、レイン・スコット、キャット・クリフォード
全米映画批評家協会作品賞
大怪我をして引退の危機に苦しむカウボーイの生き様を描いたドキュメンタリータッチの作品
と思ったら、主役とその家族などはモデルとなった本人が演じているといいます!
でも、俳優たちが実に魅力的なんです。そして監督が中国人女性とはまた驚き!
この作品が日本でほとんど知られていなかったのは、題材がカウボーイもので俳優・監督ともに無名だったからでしょう。
しかし、これこそ掘り出し物の名作でした。美しい風景と純粋な心の持ち主たちに心が洗われるはずです。

<ノマドの生き方>
 21世紀の今、グローバル化の波により、世界中の国はすべて資本主義経済により成り立っています。その事実は、共産主義国家の中国もイスラム原理主義国家となったアフガニスタンも例外ではありません。
 映画「ノマドランド」の登場人物たちは、そんな資本主義経済の世界から自らの意思で脱出した人々と言えます。しかし、「ワイルドサイドを生きるアウトサイダー」と呼ぶとカッコいいのですが、誰もが好んでその道を選択したわけではありません。映画「ノマドランド」では、そんなノマドの人々の様々な人生を描くことで、自由の国アメリカの本質を改めて描き直しています。
 そもそもノマドの人々は、生きてゆくために、資本主義のシステムの中で生活費を稼がなければなりません。スタインベックの小説「怒りの葡萄」の家族と違い、彼らは農場ではなくアマゾンやバーガー・チェーンなどでパート従業員として働きながら旅を続けなければならないのです。そして、彼らに家族はなくみな孤独です。
 登場人物たちの年齢から考えると、彼らは映画「イージーライダー」の世代で人生の最終盤になってから旅に出た人々がほとんどです。そして、「ウォールデン 森の生活」の作者ヘンリー・ソローの後継者でもあります。ある意味、アメリカのライフスタイルを象徴する存在でもあります。
 もちろん彼らの人生はそれぞれまったく別物であり、ノマドの住人もまた多様性に満ちていす。映画「ノマドランド」は、ノマドを一括りにすることなくリアルに描いた作品だともいえます。

<ノマドのリアリズム>
 映画「ザ・ライダー」でクロエ・ジャオ監督は、大怪我で再起が危ぶまれる青年の物語を描くのにあえて、実在のモデルとなった人々を出演させました。低予算で有名俳優を使えなかったのかと、思っていた僕はそのことを知り驚かせれました。思えば、この「ザ・ライダー」公開の翌年、クリント・イーストウッドは映画「15時17分、パリ行き」で、同じ手法を用い、テロ事件を事前に防いだ本人たちを俳優として起用しています!
 かつて日本が生んだ巨匠小津安二郎は、演技をしたがる俳優に何度となくやり直しをさせ、演技ができないところまで追い込んだといいます。でももしもとから演技ができない素人を俳優にしてしまえば、過剰な演技などしようがないわけです。ただし、演技をしなくても自分の役なら、普段通りにすれば良い。そんな発想から、彼女は、登場人物本人を出演させたのかもしれません。そして、その手法が上手くいったことから、「ノマドランド」では再びその手法を彼女は使用したのでしょう。
 こうして、映画「ノマドランド」には、主人公のフランシス・マクドーマンドとデヴィッド・ストラザーン以外本物の俳優は登場せず、ノマドの人々自身が演じることになったのでした。
 多くの日本人にとって、ノマドの人々の生き方は哀れなホームレスにしか見えないかもしれません。しかし、アメリカの文化に憧れて渡米したクロエ・ジャオ監督の目には、そうは見えていなかったはずです。だからこそ、この作品は美しく魅力的な映画となったのです。

<ロード・ムービーの新たな名作>
 アメリカという国は、ヨーロッパを出て新たな大地を求めて旅立った冒険者たちの国であり、ヨーロッパから追い出された被差別人種の国であり、労働力として誘拐され運ばれた奴隷たちの国でもあります。そして、アメリカについた後もなお、彼らの多くは西への旅を続け、それぞれの土地に辿りついた旅人の子孫であり、当事者なのです。
 だからこそ、アメリカにとって「ロード・ムービー」というジャンルは国民の根源を描いたジャンルであり続け、それぞれの時代を映し出す鏡のような存在となりました。
 アメリカがまだ開拓途上だった時代を描いた西部劇の名作の多くは、「捜索者」「駅馬車」「明日に向かって撃て」「ワイルド・バンチ」・・・などのロード・ムービーでした。
 1930年代の大恐慌時代は、今もなお多くのロード・ムービーの名作を生み出し続けています。
「怒りの葡萄」、「ウディ・ガスリー わがこころのふるさと」、「俺たちに明日はない」、「天国の日々」、「北国の帝王」、「ペーパー・ムーン」、「ボウイ&キーチ」・・・
 1940年代から続くアメリカが参戦した戦争からも、ロード・ムービーの名作が生まれました。
「プライベート・ライアン」、「最前線物語」、「地獄の黙示録」・・・
 1950年代に生まれた「グリーンブック」は人種差別問題を、「オン・ザ・ロード」はビートニクの原点を描いた傑作です。
 1960年代から1970年代には、ニューシネマのロード・ムービーが数多く生まれました。
「イージー・ライダー」、「スケアクロウ」、「バニシングポイント」、「ファイブ・イージー・ピーセス」・・・
 1970年代以降は高齢者の旅を描いたロード・ムービーも登場。
「ハリーとトント」、「ネブラスカ」、「ストレイト・ストーリー」、「ブロークン・フラワーズ」・・・
 フェミニズムやLBGTQの作品としては、「テルマ&ルイーズ」、「フランクおじさん」・・・
 生きるための苦悩を描いた作品としては、「荒野にて」、「イントゥ・ザ・ワイルド」、「もう終わりにしよう」、「パリ、テキサス」・・・これまた名作目白押し。
 そして、2020年アメリカの新たなライフ・スタイルともいえる「ノマド」の生き様を描いた名作「ノマドランド」が誕生したわけです。

「ノマドランド NOMADLAND」 2020年
(監)(製)(脚)(編)クロエ・ジャオ(中国系アメリカ)
(製)ピーター・スピアーズ、モリー・アッシャー、ダン・ジャンビー(原)ジェシカ・ブルーダー「ノマド:漂流する高齢労働者たち」
(撮)ジョシュア・ジェームズ・リチャーズ(音)ルドウィコ・レイナウディ
(出)(製)フランシス・マクドーマンド(出)デヴィッド・ストラザーン、リンダ・メイ(本人)、ボブ・ウェルズ(本人)
ネバダ州の企業城下町で夫と暮らしていたファーン。夫の死後、街は工場の閉鎖と共に消滅。
職も住居も失った彼女は自分で改造したキャンピングカーに乗り、非正規労働者として移動を続けます。
途中で出会った女性リンダに誘われた彼女は、ノマド生活をする仲間たちが集まるアリゾナの砂漠での集会に参加。 
そこで知り合ったデイヴとその後、再会。二人は魅かれあい、デイヴは自分が住む息子の家に来るよう誘います。
アカデミー作品・監督・主演女優賞、ヴェネチア国際映画祭金獅子賞、ゴールデン・グローブ作品・監督賞
新たなるロード・ムービーの傑作誕生。これぞアメリカ。究極の自己責任生活だけど、それが普通でもある。
アメリカの原点、西部開拓史への回帰、「イージーライダー」「ハリーとトント」「イントゥ・ザ・ワイルド」 「怒りの葡萄」が融合
自然の美しさ満載。人の優しさも満載。社会の厳しさも満載。これぞ、アメリカ!
そんな映画を独裁国家中国から逃げてきた監督が製作するのもまたアメリカ!
いろんな意味でアメリカの真実であり、未来でもある映画がアカデミー賞を獲ったのも歴史の流れかもしれない。

 「ノマドランド」の中に、さびれた映画館で「アベンジャーズ」の看板が出ているシーンがありました。彼女のマーベル好きはこのシーンでも明らか。そして、この映画が公開される前に、彼女には次なる作品として、マーベルから新シリーズ「エターナルズ」第一作のオファーがありました。

<挑戦的な進化を目指して>
 クロエ・ジャオ監督は、マーベル・シリーズの大ファンですべての作品を見ているとのこと。だからこそ、彼女は「エターナルズ」の撮影前、すでにイメージ・ボード的な画面作りが頭の中にできていたようです。
 巨大な神のごとき存在によって生み出され、彼らの意のままに生きなければならない人類の運命に疑問を抱き、そこからの逸脱を目指すための戦いを始めたエターナルズのメンバーは、資本主義やアメリカ政府による支配から逃れて孤高の生き方を貫くノマドの人々と同類とも言えます。そして、母国とその文化を捨て、両親とも別れた彼女もまた、同じような生き方を貫いてきた人物なのです。
 「エターナルズ」のオープニングには、いきなりモノリスとよく似た物体が登場します。この作品は映画「2001年宇宙の旅」の焼き直しです、と説明してくれているようです。モノリスは、ある日突然、人類の前に現れて直接脳に働きかけることで、彼らの意識に影響を与え文明の発展を促す存在でした。それに対し、エターナルズは同じように人類の文明を発展させますが、彼らには命と人格が与えられています。そのおかげで、彼らは自分たちがしていることに思い悩むことになったわけです。さらにこの映画のエターナルズの人格には、これまでのアベンジャーズ作品にはなかったより幅の広い多様性がもたらされています。
 ヒーローたちの多人種化は、これまでもありましたが、レバノン系の男性がパートナーのLGBTQの黒人男性は、中東だけでなく様々な地域で上映NGな存在です。さらにこれまでいなかった聾啞者の女性ヒーローも新たなキャラクターとして登場しました。原作にもなかったこれだけ挑戦的な試みの上に、監督自身が母国中国に対する批判コメントにより、中国での公開も困難となっています。なんという挑戦的な!

<挑戦的な内容の複雑化>
 今までマーベルの作品を見続けてきたファンはもしかすると気が付かないかもしれませんが、アベンジャーズのシリーズは作品の質が向上すると同時に、内容が複雑化。さらに物語の展開スピードもどんどん増しています。そのため、以前よりも初心者にとっては、ついて行くのが困難になりつつある気がします。
 前述の挑戦的な試みに加え、こうした内容や展開の複雑化と高速化によって、この作品は世界的な大ブレイクの可能性を拒否することになりそうです。このことは、かつてジャズがその複雑化と高速化によってジャズ・ファンからの支持を失ってしまったことを思い出させます。もちろんだからといって、その進化を止めることはできないでしょう。
 そう考えると、もしかしてマーベルの製作スタッフは、映画界に現れた「エターナルズ」なのかもしれません?少なくとも、「映画界を進化させることで世界を進化させる」というた心意気が生み出したキャラクターが「エターナルズ」だったとも言えるからです。
 そうなると、今回の主役でもある監督のクロエ・ジャオは、ジェンマ・チャン演じるセルシの役目を果たしたわけです。

「エターナルズ Eternals」 2021年
(監)(脚)クロエ・ジャオ(中国系アメリカ)
(製)ケヴィン・ファイギ、ネイト・ムーア(製総)ルイス・デスポジート他(原案)ライアン・フィルポ、マシュー・K・フィルポ
(脚)パリトリック・バーリー(撮)ベン・デイヴィス(PD)イヴ・スチュワート(視効)ステファン・セレッティ
(編)クレイグ・ウッド、ディラン・ティチェナー(衣)サミー・シェルドン・ディファー(音)ラミン・ジャバディ(音監)デイヴ・ジョーダン
(出)ジェンマ・チャン、リチャード・マッデン、アンジェリーナ・ジョリー、マ・ドンソク、クメイル・ナンジアニ、リア・マクヒュー
ブライアン・タイリー・ヘンリー、ローレン・リドロフ、バリー・キオガン、デイン・キットマン、ハーリシュ・パテル、サルマ・ハエック
<あらすじ>
人類の進化を守るためにセレスティアルズにより、7000年前に地球に送り込まれた「エターナルズ」
彼らは永遠の命を保ちつつ、現在までディビアンツの攻撃から人類を守り続けてきた。
しかし、彼らが送り込まれた最大の理由である大きな事件が起きようとしていました。
その事態に立ち向かうため、彼らは再結集することになりますが、リーダーだったエイジャックが殺されてしまいます。
宇宙を想像した神のごとき存在「セレスティアルズ」が地球でしようとしていたのは、 何だったのか?
その事実を知った時、エターナルズが選んだ道は?

曲名  演奏者  コメント 
「TIME」  ピンクフロイド Pink Floyd オープニング曲
名盤「狂気」(1973年)収録の時間をテーマとした曲
「Stay in the Groove Pt.1」  The Dap Kings
ft. Rickey Calloway 
デインが開催したパーティー会場での曲 
「Losing You」  ブレンダ・リー   
「Nach Mera Hero」  Celina Sharma  キンゴが出演するインド映画の曲 
「友達 Friends」  BTS  キンゴの豪華ジェット機の中でかかる曲 
「Lend Me Your Comb」  カール・パーキンス Carl Perkins   
「Mama Tried」  Merie Haggard  ギルガメッシュ登場のシーン
「Juice」  Lizzo  セルシのスマホ着信音
「Graceful Nature」 Stuart Roslyn   
「この世の果てまで
The End of the World」 
スキーター・デイヴィス
Skeeter Davis 
女性カントリー・ポップシンガー
「この世が終わるまであなたを愛します」究極のラブソング
1963年の大ヒット曲
「Feels Like The First Time」  フォリナー Foreigner  1970年代にヒットを連発するも「産業ロック」と揶揄されました

現代映画史と代表作へ   トップページヘ