情報を盗み出す快楽と危険の先に見えるもの


「カンバセーション・・・盗聴・・・ The Conversation」

- フランシス・フォード・コッポラ Francis Ford Coppola -
<コッポラの隠れた傑作>
 フランシス・フォード・コッポラの隠れた最高傑作とも言われる作品です。「ゴッドファーザーPart 2」の公開と重ならなければ、この映画の評価・知名度はもっと高かったはずです。
 地味な作品ではありますが、これだけ大人のムードをもつ映画は、もう作られないかもしれません。
 暗くて背徳的な雰囲気をもつこの作品の背景には、終わりが見えてきたベトナム戦争(この年、和平協定は調印されています)アメリカは歴史上初めて戦争に負けてしまったのですが、それ以上に自分たちの戦いの意味がわからなくなったことの方がアメリカの国民にとって大きなショックでした。
 1972年に発覚し、その波紋が広がりつつあったウォーターゲイト事件もまたアメリカ国民にとって大きなショックでした。現職の大統領が野党の民主党本部に盗聴器を仕掛け、情報を盗んでいたことが発覚したのです。アメリカ国民の政府への信頼がこれほど大きく崩れたことは、それまで一度もなかったはずです。
 そして、映画の中の見本市でも紹介されている盗聴器や監視カメラなどの発達は、一般市民すらもその対象になりうる時代が来たことを示し、現在に至る監視社会を予見する不気味な近未来SF作品だったともいえます。

<謎に満ちたオープニング>
 オープニングが本当に素晴らしい!
 何の予備知識もなしに見始めたら、この作品は、アンドロイドを主人公にした近未来SFに見えるかもしれません。実際、うちの子は本当にそう言いました。(盗聴器によって録音された)話し声らしき音声は、ノイズ混じりの不自然なもので、壊れたアンドロイドか宇宙人がしゃべっているようにも聞こえます。歩きながらそんな謎の会話を続けるカップルと彼らにからむストリート・パフォーマー、70年代っぽいアフリカ系ストリート・ミュージシャン、ベンチに横たわるホームレス、1970年代初めのサンフランシスコ、ユニオン・スクウェア・ガーデンの風景が実に魅力的です
 それはまるで、サイケデリック・ムーブメントの黄金期を終えたばかりのアメリカ西海岸のドキュメンタリー映画を見ているようです。思えば、この映画が日本で公開された1974年に僕はサンフランシスコを訪れています。
 最初から最後まで、何の説明もなく主人公の目線で出来事を追うことになる観客には、シュールな不条理ドラマを見せられているようにも思えてしまうかもしれません。おまけに主人公がヒーローにしては頼りなく、犯人にはめられっぱなしで、精神的にも弱すぎます。
 よく考えると、このあたりの主人公の性格設定は、ヒッチコック映画の病的で気弱な主人公たちと似ていて王道的なものともいえます。なにせ、自分も盗聴されているのではないかと常に疑い、恋人ですら信じられず、「信じられるのはサックス」だけという暗いジャズ・オタクなのです。当然、今風のハリウッド映画とは違う作品になっています。でもご心配なく。この映画は、単なる不条理ドラマでも、安っぽいサイコ・サスペンスでもありません。ラストには、ちゃんと「なるほど!」という展開が待っていて、理にかなったオチが用意されています。
 最近の映画ファンには、観客を置き去りにした物語の展開にすぐについてゆけないとあきらめる人が多いようですが、そこが楽しめないと、この映画もダメでしょうね。

<魅力的な俳優たち>
 ジーン・ハックマンが演じたハリー・コールの役は、当初マーロン・ブランドにオファーして断られたとのこと。マーロン・ブランドではカッコよすぎたはずなので、ハックマンで良かった。それにしても、21世紀まで活躍し続けているハックマンは当時から疲れた中年を演じていました。年齢がどこかで止まってしまったようです。
 1998年のトニー・スコット監督作「エネミー・オブ・アメリカ」でジーン・ハックマンが演じた元諜報工作員の孤独な通信傍受のプロ、ブリルは、明らかにハリー・コールのその後を見ているようです。神経質なまでに他人を信じないブリルの性格も、ハリーとそっくりです。たぶん、ハリーは仕事のために名前を変えたのでしょう。25年後のハリーはやはり寂しい高齢者になっていました。
 ちなみにハリー・コールには、モデルになった実在の人物(ハル・リップセット)がいたようです。たまたま彼の話を聞いたコッポラが、オリジナルで脚本を書き上げてこの映画が誕生。この映画はコッポラが原作小説なしに作り上げた完全オリジナルの作品だったこともあり、彼の気に入りの作品となりました。
 ハリーの部下を演じたジョン・カザールは、この年公開の同じコッポラ作品「ゴッドファーザー Part 2」で主人公アル・パチーノの兄を演じて有名になり、その後、「狼たちの午後」でもパチーノの相棒を演じ、70年代を代表する個性派脇役俳優となります。
 同じ「ゴッドファーザー」からは、トム・ヘイゲン役のロバート・デュバルがハリーを雇う人物としてノン・クレジットで出演しています。彼もまたこの後コッポラの「地獄の黙示録」でのキルゴア中佐役で一気に大スターの仲間入りをすることになります。
 その「地獄の黙示録」にも出演し、コッポラ監督の「ワン・フロム・ザ・ハート」では主演することになる地味目の俳優フレデリック・フォレストは、この作品でハリーに盗聴される謎のカップルを演じています。そのフレデリック・フォレスト主演の「ワン・フロム・ザ・ハート」で彼の恋人を演じたテリー・ガーは、ハリーの恋人役として登場する悲しい女性を演じています。
 フレデリック・フォレストの恋人役となったシンディ・ウィリアムスは、コッポラが製作を担当したジョージ・ルーカスの出世作「アメリカン・グラフィッティ」(1973年)で主人公の一人スティーブ(ロン・ハワード)の彼女役を演じています。
 その「アメリカン・グラフィッティ」でラスト近くに主人公の一人ジョン・ミルナー(ポール・ル・マット)にカーレースを挑むあんちゃん役を演じているハリソン・フォードは、この作品で依頼人(ロバート・デュバル)の部下を演じています。(「スター・ウォーズ」でハン・ソロを演じるのは、4年後のこと、彼はまだ31歳でした)
 それともう一人、ハリーのライバルとして登場する盗聴のプロを演じているのが、脇役俳優としてこの後も長く活躍することになるアレン・ガーフィールドです。彼はその後、コッポラの「ワン・フロム・ザ・ハート」や「コットン・クラブ」にも出演しています。でも僕にとって最も印象深いのは、ロバート・アルトマンの傑作「ナッシュビル」で人気歌手ロニー・ブレイクリーのマネージャー役でしょうか。

<ムーディーなジャズの名曲たち>
 ドラマに不思議なムードを与えている音楽は、デヴィッド・シャイアによるもの。前衛的で不気味な雰囲気を生み出しています。そして、主人公が演奏するのは、ジャズのスタンダード・ナンバーですが、どれも暗いムードの曲ばかりです。1973年といえば、フリー・ジャズの全盛期、ハリーが好きなスタンダード・ジャズは過去のものと言われる時代でした。とはいえ、改めてこの映画を見ていると、ジャズがまだまだ時代の雰囲気に合っていると感じられます。ここで使用されている曲をクレジットから書き出しておきます。
「Sophisticated Lady」 デューク・エリントン Duke Ellington
(サー・デュークが1933年に作曲したスタンダード曲。歌詞が後につけられビリー・ホリディなど多くの歌手が歌っています)
「ビル・ヘイリーよ、家へ帰っておくれ Bill Bailey Won't You Please Come Home」 ヒューイ・キャノン Hughie Cannon
(1902年に作られスタンダードとなったポップス。作詞・作曲ともヒューイ・キャノン)
「When the red,red robin comes Bob,Bob,Bobbin' Along」 ハリー・ウッズ Harry Woods
(1926年にティンパンアリーの作曲家・ピアニストのハリー・ウッズが作曲したスタンダード曲)
「When I Take My Sugar To Tea」 Sammy Fair,Irving Kahal & Pierre Norman
(フランク・シナトラ、ナット・キング・コールなどの歌唱でも知られるスタンダード曲で1931年初録音)
「To Each His Own」 ジェイ・リビングストン&レイ・エヴァンス Jay Livingston & Ray Evans
(オリジナルは、インク・スポッツEddy Howard and The Ink Spots1946年のヒット曲。ノスタルジックな美しい曲)
「Out of Nowhere」 John W.Green & Edward Heyman
チャーリー・パーカースタン・ゲッツなどの演奏で有名なサックスの名曲。オリジナルは1931年にビング・クロスビーが大ヒットさせたスタンダード)
「I Remember You」 Johnny Mercer & Victor Schertzinger
(1941年映画「The Fleet's In」のために作られた曲で主演のドロシー・ラムーアが歌った。その後、ナット・キング・コールやトニ―・ベネットなど多くの歌手が歌った)

「カンバセーション・・・盗聴・・・ The Conversation」 1973年
(監)(脚)(製)フランシス・フォード・コッポラ Francis Ford Coppola
(撮)ビル・バトラー(ハル・ウェクスラーに代わって担当)
(編)ウォルター・マーチ、リチャード・チュウ
(音)デヴィッド・シャイア
(出)ジーン・ハックマン(ハリー・コール)、ジョン・カザール(ハリーの部下)、アレン・ガーフィールド(ハリーのライバル)、フレデリック・フォレスト(謎のカップル)、シンディ・ウィリアムス(謎のカップル)、ハリソン・フォード(ハリーの雇い主の部下)、ロバート・デュバル(ハリーの雇い主)、テリー・ガー(ハリーの恋人)
<映画賞>
カンヌ国際映画祭にてグランプリ(現在のパルムドール)を受賞
アカデミー賞でも作品、脚本、録音にノミネートされますが、コッポラ自身の傑作「ゴッドファーザーPart2」に受賞を阻まれています。

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