- クリーデンス・クリアウォーター・リバイバル
Creedence Clearwater Revival -

<追記>2005年9月22日

<Creedence Clearwater Revival>
 ある本では、"Creedence Clearwater Revival"を「信念をもって清らかな水を甦らせる」と訳せるのでは?と書いてありました。たぶんそんな意味ももっているのでしょう。なぜなら彼らの音楽は、サイケデリックかつアーティスティックなサウンドへと急激に進化をとげた60年代ロックへのアンチテーゼとして多くのファンに受け入れられた「ロックの原点回帰」だったからです。その意味で彼らの音楽は、元祖ルーツ・ロックであり、シンプルでストレートなロックン・ロールの再現でもあったと同時に、西部劇のような泥臭くて痛快なエンターテイメントでもありました。
 考えてみると、彼らのようなバンドはその後もロックの歴史に何度も現れています。70年代から80年代にかけては、トム・ペティー&ザ・ハートブレイカーズやヒューイ・ルイス&ザ・ニュース、ジョン・クーガー&メレンキャンプ、ボブ・シーガー&ザ・シルバー・バレット・バンドなどがあげられます。90年代になってからは、フーティー&ザ・ブローフィッシュ、ブラック・クロウズ、フリーホイーラーズなどをあげられるでしょう。これらのバンドの多くが「・・・&ザ・・・・(バンド名)」となっているのは偶然ではないはずです。それは、彼らが50年代に活躍した古き良きロックン・ロール・バンドたちを意識している証拠ではないでしょうか?そして、これらのバンドたちが活躍できたのは、どの時代にも彼らのようなシンプル&ストレートなロックを求めるロック・ファンたちがいると言うことの証明でもあります。
 ところで彼らのバンド名の由来ですが、"Creedence"は彼らの友人の名前なのだそうです。そして"Clearwater"は当時流行っていたビールのCMからのパクリで、"Revival"は活動休止状態からの復活宣言だったからつけられたということだったようです。
 そんなわけで、本人たちはそれほど深い意味を込めて名前を付けたわけではなかったようです。でもその方が、CCRらしくて良いのでしょう。

<CCR誕生までの下積み時代>
 CCRの母体となるバンドが結成されたのは、意外に古く1959年のことです。場所も意外なことに、カリフォルニアの学園都市バークレーです。ジョン・フォガティー(1945年5月28日生まれ)がギター&ヴォーカル、ステュー・クックがベース、ダグ・クリフォードがドラムスの担当で、全員中学生の時でした。そこにジョンの兄、トム・フォガティーがギター&サイド・ヴォーカルとして加わり、CCRの原型が生まれたわけです。ただし、この頃のバンド名は、トミー・フォガティー&ブルー・ヴェルベッツというこれまた、いかにもロックン・ロール・バンド的な名前でした。
 1964年、彼らは地元のレコード会社ファンタジーと契約した。しかし、折しもアメリカの音楽界は、ビートルズを代表とするブリティッシュ・ビート・バンドの全盛時代だったため、ファンタジーの社長ハイ・ワイスは、そんなブリティッシュ・ビート・バンドに仕立て上げるため、あえてバンド名をヴィジョンズと改めさせました。(このやり方は、当時頻繁に使われていて、後のテックス・メックスの大物ロッカー、ダグ・ザームも当時サー・ダグラス・クインテットというもろにイギリス風の名前で活動させられたりしていました)
 その後、さらにバンドは名前をゴリウォッグスと改めたりしましたが、バンド自体の人気はさっぱりで、結局1966年にジョンとダグの二人が徴兵されるのと同時にバンドは解散状態になってしまいました。

<CCR誕生、いきなりのブレイク>
 1967年二人が戻りバンドは再結成された。そして、この時Creedence Clearwater Revivalが誕生したわけです。バンド名の由来はどうあれ、彼らはこのバンド名にしたとたん突然時代の波に乗ってしまいます。
 再デビュー曲となった「スージーQ Sugie Q」(1968年)はローリング・ストーンズのヒットで有名な曲のカバーでしたが、いきなり全米11位のヒットとなりました。さらに1969年の「プラウド・メアリー Proud Mary」は全米2位のヒットとなり、ビートルズの全米制覇に対抗できる数少ないアメリカン・ロック・バンドとして、人気を高めて行きました。さらに、この曲は彼らにとって最初のスワンプ・ロック・ナンバーでもありました。このケイジャン風で土の香りのするサウンドは、この後、バンドの解散からジョンのソロ活動に至るまで続くことになります。
 そう考えると、かつてはイギリスからやって来たバンドを装っていた彼らは、この後ずっと南部からやって来たバンドを装って行くことになったわけです。(実際は、カリフォルニアのシティー・ボーイだったのですが)

<シングル・ヒットの連発>
 "Bad Moon Rising"(1969年2位)、"Green River"(1969年2位)、"Down On The Corner"(1969年3位)、"Travelin' Band"(1970年2位)、"Up Aroud The Bend"(1970年4位)、"Lookin' Out My Back Door"(1970年2位)、「雨を見たかい」(1971年8位)、"Sweet Hitch Hiker"(1971年6位)
 やけに2位が多く、1位が一曲もないのは、渋いロックを聴かせる彼ららしいかもしれません。さらに面白いのは、"Down On The Corner"のB面の"Fortunate Sun"が14位、"Travelin' Band"のB面の"Fool Stop The Rain"が13位など、AB面両方がヒットするという快挙も彼らは成し遂げています。基本的に彼らはアルバム・セールスのバンドではなくシングル・ヒットを狙うバンドだったと言えるそうです。その点でも、彼らは昔風のロックン・ロール・バンドに近い存在だったと言えるのかもしれません。
 それに彼らは当時最高のライブ・バンドでもありました。数多くのフェスティバルで彼らは「とり」を務め、単独のコンサートでも彼らの観客動員は群を抜いていました。9年という長い下積み生活は、天才的なプレイはなくても、しっかりと聴衆の心をとらえる優れたライブ・テクニックを彼らに身につけさせたのです。

<なぜ、スワンプ・ロックへ?>
 それにしても、カリフォルニア生まれでカリフォルニア育ちの彼らがなぜスワンプ・ロックというアメリカ南部独特の泥臭いサウンドに行き着いたのか?そしてそれを見事に自分たちのものにできたのはなぜなのか?これはちょっとした謎です。しかし、少なくとも彼らにはじっくりと自分たちの音楽を育てて行く時間だけはたっぷりとありました。LAのリトルフィートが、同じ西海岸出身でありながら、なぜかニューオーリンズ・ファンクの道にはまってしまったことを考えると、やはり「好きこそものの上手なれ」というところなのでしょうか。

<短すぎた活動期間>
 
しかし、下積みが長かったわりに彼らの活動期間は、意外なほど短かいものでした。バンドがジョン・フォガティーのワンマン・バンド化していたことから、バンド内には少しずつ亀裂が生じ、1971年にトムが脱退し、ソロ活動に入りました。残った3人で制作されたアルバム「マルディグラ」(1972年)は、ジョンの了解のもと、あえてジョン以外のメンバーが中心となって録音されたましたが、結局ジョン中心の過去のアルバムを越えることはできず、このアルバムを最後にバンドはあっさりと解散してしまったのです。

<解散後>
 バンドの解散後、再び脚光を浴びることができたのは、結局ジョン・フォガティーだけでした。と言っても、その復活にはかなり長い期間を要しています。
 1975年に彼はソロ・デビュー・アルバム「ジョン・フォガティー」を発表しますが、売れ行きはパッとせず、翌年に予定されたセカンド・アルバムは、日の目をみることがありませんでした。そして、その後9年間彼の姿は音楽界から姿を消してしまいました。しかし、誰もが彼の存在を忘れかけた1985年、彼は久々のアルバム「センター・フィールド」を発表します。この作品からは、「オールドマン・ダウン・ザ・ロード」のヒットも生まれ(全米1位)、最終的に100万枚以上のセールスを記録することになりました。
 ところが、続く翌年彼はアルバム「アイ・オブ・ザ・ゾンビ」を発表しますが、これまた大コケとなり、再び長きにわたる沈黙に入りました。しかし、1997年またまた彼は復活、アルバム「ブルー・ムーン・スワンプ」は、またもや彼を音楽シーンの最前線に立たせました。なんとこの間11年の歳月が流れていました。CCRのサウンドは、10年に一度はブームを起こす大地のようにゆったりしたリズムをもっているということかもしれません。
 ということは、次回作のブレイクは2007年頃か?

<追記>2005年9月22日
彼らの大ヒット曲「雨を見たかい」の歌詞はなんかへんだなあ、とは思っていました。
「俺は知りたくもない
 そんな雨を見たことがある奴のことなんて
 俺は知りたくもない
 そんな雨を見たことのある奴のことなんて
 晴れた日に降る雨のことなんて・・・」

(詞、曲ともジョン・フォガティ)
 雨とはナパーム弾のことなのだそうです。なーるほど!これで納得です。この曲大ヒットしたものの放送禁止になった州もあったのだそうです。やるなあ、ジョン・フォガティ

<締めのお言葉>
「春になるとコットン・ウッズの花が雪のように空を覆った。
 インディアンは、その木のあるところには生命があるという」

ウォーレン・オーツ著「ウォーレン・オーツ 荒野より」

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