「ぼくのために泣け Cry For Me」

- ウィリアム・メルヴィン・ケリー William Melvin Kelley -

<"Cry For Me">
 この短編小説集のタイトルとなっている作品「ぼくのために泣け」の原題は、"Cry For Me"です。しかし、小説の内容からすると、本当は"Sing For Me"の方が良いような気がします。なぜなら、この小説の見せ場で主人公のウォーレス伯父さんが、ブルースをうなる姿を思い描くと「Cry」が実にぴったりだからです。なんと言っても、「ブルース」とは「嘆き」から生まれた音楽なのですから
 この短編集は、16の短編小説家ら構成されていますが、全体が一つの物語になっているわけではありません。時間軸も、場所も、登場人物もバラバラで、それをあえて順番どうりに並べることもしていません。しかし、最初と最後の物語だけは、場所を変えられないでしょう。なぜなら、1950年代から1960年代にかけてアメリカの都会に生きた黒人たちにとって、共通の原点ともいえる過去のエピソード、そして彼らが体験することになった到達点ともいえる最新のエピソード、この二つによって全体がアフロ・アメリカンの人々にとって共通の伝説になったといえるからです。そして、この小説の「はしがき」にこんな文章があります。

「・・・この本については、私は社会主義でも、政治家でも、民衆の代弁者でもないことを、念のため断っておきたい。解答をだすべく努力するのは、そういう人たちの仕事である。作家は、むしろ疑問を提出するものであるべきだ、というのが私の考えである。作家は人間のかたちを借りた諸々の象徴や思想を解明するのではない。・・・」

 したがって、この小説は、あくまである黒人一家の周辺で起きたリアルなエピソードの寄せ集めであり、著者自ら見たり聞いたりした実体験に基づくものでした。だからこそ、どのエピソードもリアルに感じられ人の心を打つのです。そんな著者のこだわりは、表題作「ぼくのために泣け」の中で力強く宣言されています。それはウォーレス伯父さんの歌を聴いた主人公カーライルの感想にあります。

「・・・ぼくが思うのは、伯父さんは、愛したこともないのに愛を歌ったり、つらい仕事をしたこともないくせに、仕事のつらさを歌ったりするような人間ではないということだった。伯父はそういうことをちゃんと自分でやってきたのだ。女たちを愛し、綿をつみ、鋤を使い、木を切ってきたのだ。・・・・・」

 これぞブルースの原点ではないでしょうか!
 このウィリアム伯父さんがステージに上がることになるエピソードがまた面白いのです。場所はニューヨークのグリニッヂ・ビレッジ。若者とゲイとビート系アーティストの街に数多くあったフォーク・クラブでウィリアムは一人の黒人歌手がブルースを歌うのを目撃。なんとその歌はかつて彼自身が作った歌でした。思わず「そんな歌い方じゃだめだ!」といちゃもんをつけた彼はステージに上げられて、歌うはめになります。すると、彼はギターを二本手にして、誰も聞いたことのない驚くべきギター・サウンドを披露、そして、唸るようなブルースを歌い観衆を驚かせてしまいます。

<レッドベリー>
 南部からやってきた黒人ブルースマンといえば、やはりレッドベリーを忘れるわけにはゆきません。
 1933年、アメリカ南部を旅しながら失われ行くブルースやフォークソングを録音していたロウマックス親子は、ルイジアナにあるアンゴラ刑務所を訪ね、そこでハディ・レッドベターという黒人受刑者と出会います。婦女暴行、殺人、殺人未遂、脱獄など、数々の犯罪歴をもつ凶悪犯の彼は生涯刑務所から出られないはずでした。ところが、昔は歌手だったという彼が歌いだすとロウマックス親子はそのレパートリーの広さと表現力の素晴らしさにびっくり仰天。そのうえ、彼の話を聞くと、彼はかつて盲目の伝説的ブルースマン、ブラインド・レモン・ジェファーソンの弟子だったというのです。刑務所の入れておくわけにはいかないと考えた彼らは、その男を釈放してもらうため様々な活動を展開、自分たちの運転手として雇い、いっしょに生活するという条件でなんとか社会復帰させることに成功しました。
 こうして、自由の身となった彼は親子とともにニューヨークで生活することになりました。そして、グリニッヂビレッジのフォーククラブで、彼はブラインド・レモン・ジェファーソン直伝のブルースを披露、本物のブルースに出会った観衆は衝撃を受け、彼は評論家だけでなく若者たちからも絶賛されました。そんな若者たちの中には、ウディ・ガスリーピート・シーガー、ジョシュ・ホワイト、ブラウニー・マギー&サニー・テリーらのミュージシャンたちもいて、彼らによってフォーク・リヴァイバルの一大ブームが巻き起こされることになります。
 ニューヨークという人種のるつぼ、アーティストの街だからこそ実現したブルースとフォークの出会いは、その後、アメリカの音楽を変えることになるR&B、ロックン・ロールが誕生するための重要な起点となりました。それは音楽だけでなく、あらゆる文化における白と黒の融合を象徴する瞬間だったといえるでしょう。この連作小説のラストがそうした新しい時代の始まりを予見させる感動的な物語となったことで、残りの15の物語で描かれていた黒人たちの厳しい現状にささやかな救いが与えられたともいえます。

<ウィリアム・メルヴィン・ケリー>
 この小説の作者ウィリアム・メルヴィン・ケリー William Melvin Kelley は、1937年ニューヨークに生まれています。この小説の登場人物でいうとカーライル兄弟が同世代にあたります。ただカーライルがブルーカラーの労働者なのに対し、著者はハーバード大学を卒業した後、ニューヨーク州立大などの学校で教師として働いていたエリートで、教師のかたわら小説家への道を歩み始めています。
 デビュー作となった長編小説「別の鼓手」を発表したのが1962年。そして、その後、本作を1964年に発表し、一躍その名を知られることになります。もともと、この短編集には「岸辺の踊り子たち」という原題があり、彼もまたこの短編集は全体で一つのストーリーを構成しているという感覚があったのでしょう。

<「あらすじ」と再構成>
 この作品集を登場人物と時間軸によって、再構成してみます。

<ジェニーとその息子、孫たちの物語>
「リバティー街でたった一人の男」
 舞台はアメリカ南部の架空の町。白人男性の二号として囲われている女性とその子供ジェニー(当然、彼女は混血)の物語。まわりからの冷たい視線を浴びる娘に、両親は大きくなったら北部へ旅立つように言います。
ジェニーはこの後大きくなり北部へと移住します)
「敵の縄張り」
 兄のウィルフレッドをたよって北部に移住し、ニューヨークに住むジェニー。黒人居住区内で生活する彼女とその孫トミーのお話。
「ポーカー・パーティー」
 トミーの家で行なわれたポーカー・パーティーでの一晩の出来事。
「リナ・ホーンにゃ似ても似つかねえ」
 ジェニーの兄ウィルフレッドとその友人が住む、ニューヨーク郊外ロングアイランドでの出来事。
「アギー」
 黒人医師チャールズ・ダンフォードと妻エリノア、そしてその家で家政婦として働くアギーの物語。同性愛の問題を描く先進的な物語。
「祖母の家」
 南部に住む母親のもとを久しぶりに訪れるチャールズ医師とその息子チャールズ2世(チッグ)の物語。都会に住む黒人たちによるルーツ探しの旅(トニ・モリソンの名作「ソロモンの歌」はこの拡張版か?)
「聖パウロと猿たち」
 結婚をまようチッグと婚約者エイヴィス、兄に本当に結婚していいのか?と迫る妹のコニーの物語。黒人中産階級の新たな悩みを描いた作品。
「酔っぱらった水夫」
 チッグの弟(コニーの兄)ピーターと売春婦を探す年老いた水夫の物語。可笑しくてやがて悲しい人生を描いた作品。
「偉人とすごしたクリスマス」
 大学で英語(文学)を専攻するピーターが故郷のニューヨークへもどらずボストンの友人宅のクリスマス・パーティーに呼ばれた時の出来事。どうやらこの物語の主人公ピーターが著者をモデルにしたキャラクターのようです。
「コニー」
 望まない妊娠をしてしまったコニーと兄ピーターそして両親が子供の扱いについて悩む物語。現在につながる黒人家庭(白人家庭も同様かもしれませんが・・・)におけるシングル・マザー問題と自立する女性の時代を描いています。ドラマチックで感動的な物語です。

「召使いの問題」
 かつて白人の奴隷だった黒人たちの一部が中産階級となり、召使いを持つ時代になったのがこの頃。差別される側だった人々の中に再び差別の構造が生まれつつあることを衝撃的に描いた作品。<これだけは独立した物語のようです>

<カーライル兄弟の物語>
「カーライル兄貴」
 カーライルマンス兄弟と両親の物語。子供時代から暴力やギャングと関わりをもつ可能性の高い都会の少年たちの現状。
「救われた魂」
 カーライルの影響でワルになり、精神的にも問題ありとされた弟のマンスと彼のカウンセリングをすることになったピーターの物語。(ここで前半部の物語と後半部が交差することになります)
「雪掻き」
 カーライルとその夜自殺してしまう白人中年女性の物語。憐れみの対象としてばかり描かれがちな黒人少年の目から憐れな白人を描いた作品。
「美しい脚」
 片腕が異常に小さい障害者の女性と結婚しようとするカーライルとそれを止めようとする悪友ホンドゥの物語。差別され続けてきた黒人たちの中にある障害者への差別意識。女性との愛よりも「ブラザーフッド(男同士の友情)」を重視する女性蔑視的な黒人文化の根強さがのぞきます。
「ぼくのために泣け」
 南部の田舎からやってきた伯父さんをニューヨーク観光に連れていったカーライル少年。大人になった彼が語る伝説となったブルースマンの物語。ウィリアム伯父さんがカネギーホールで聴衆を虜にし、白人と黒人の壁を感動的に描き出しています。

 こうして、改めて振り返ると黒人たちだけでなく白人たちも含めたアメリカ国民が抱えるすべての問題を一瞬とはいえ消し去ることが可能なのは「歌」と「踊り」という黒人たちがはるか昔から受け継いできた偉大な文化しかないという大いなる解答が与えられているのがこの小説なのかもしれません。

 それぞれの異なるエピソードは実にわかりやすく、1950年代に生きるアフロ・アメリカンの生き方が実にリアルに描かれています。ソウル、R&B、ヒップ・ホップ、ブルースのファンには、是非読んでほしい小説です。じっくりと15の短編小説を読んだ後、最後の一編で「歓喜のひととき」を味わってもらえるはずです。

I Love Black Music !

「ぼくのために泣け Cry For Me」 1964年
(著)ウィリアム・メルヴィン・ケリー William Melvin Kelley
(訳)浜本武雄
集英社文庫

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