脱獄・脱走映画の代表作とジャック・ベッケルの「穴」


「穴 Le Treou」 and others

- ジャック・ベッケル Jacques Becker and others -

<ボクシング映画と脱獄映画>
 数多く作られてきた「スポーツ映画」の中でも「ボクシング映画」については、最も駄作のないジャンルというのが映画界の常識です。それと同じように駄作が少ないジャンルに「犯罪映画」の中の一ジャンル「脱獄映画」にも駄作がほとんどありません。そこには理由があると思います。
 「ボクシング」と「脱獄」に共通するのは、どちらも「肉体」と「頭脳」そして「忍耐力」を使った一発勝負だということ。そして、その一発勝負の場所は、どちらも狭くて四角い限定された空間です。さらにいうとどちらの主人公とも「禁欲」を強いられ、勝利の後の「自由」を夢見ています。そのためにやるべきことはいたってシンプル。ボクサーは相手を倒すこと。脱獄犯は監獄から脱出することです。映画は、そのシンプルなテーマをいかに面白く映像化するかにかかっています。(ちなみに、同じようなもとは「戦争映画」の中の「潜水艦映画」にも共通しています)当然、それらの映画のストーリーは複雑にはならず、登場人物も男ばかり、画的には地味な作品になりがちです。
 それでもなお、このジャンルの映画に忘れがたく印象深い作品が多いのは、そこには魅力的な人間が描かれ、そこに人間の本質を見ることができるからです。そして、「自由」の有難味を我々に再認識させてくれるからです。
 脱獄物の傑作「ショーシャンクの空に」の場合、主人公は最終的に脱獄を果たすのですが、その前に一度、見事に脱獄を果たすシーンがあります。それは彼が放送室に立てこもり、大音響でモーツァルトのオペラ「フィガロの結婚」をかける場面です。その瞬間、彼は監獄内の囚人たちの心を空高くへと解き放つことに成功してしまったのです。(映画を観ている観客の心も含めて!)あの映画が傑作と言われるのは、「身体」だけでなく「心」までも脱獄させることに成功した究極の脱獄映画だからなのです。


<脱獄映画の王道>
 脱獄映画の王道的名作を探してみました。基本的にここでは、犯罪者が入る「監獄」もしくは捕虜が入れられる「収容所」が舞台になっています。
大いなる幻影(1937年)
(監)ジャン・ルノワール(出)ジャン・ギャバン、ピエール・フレネー、エリッヒ・フォン・シュトロハイム、マルセロ・ダリオ
(脱獄がテーマというよりも脱獄する兵士たちの人間ドラマ。第一次世界大戦という古き良き戦争だからこそ描けた脱獄映画) 
抵抗 -死刑囚の手記-(1956年)
(監)(脚)ロベール・ブレッソン(原)アンドレ・ドゥヴィニ(出)フランソワ・ルテリエ、シャルル・ル・クランシュ
(リアリズムに徹した脱獄映画の傑作、音楽まで排除して脱獄を再現) 
「穴」(1960年)
(監)(脚)ジャック・ベッケル 
(この映画の詳細については下記をご覧ください!) 
大脱走(1963年)
(監)ジョン・スタージェス(出)スティーブ・マックィーン、ジェームズ・コバーン、ドナルド・プリーゼンス、リチャード・アッテンボロー
(集団脱獄映画の最高傑作、スケールの大きさ、役者の豪華さ、アイデアの豊富さ、そしてスタンダードとなった音楽・・・どれをとっても一級品) 
「暴力脱獄」(1967年)
(監)スチュアート・ローゼンバーグ(出)ポール・ニューマン、ジョージ・ケネディ
(ゆで卵の早食い競争と道路わきの草刈作業の場面が忘れられません。この映画のポール・ニューマンはまさに男が惚れてしまう「男の中の男」でした) 
「パピヨン」(1973年)
(監)フランクリン・J・シャフナー(出)スティーブ・マックィーン、ダスティン・ホフマン
(7番目の波に乗って沖へと向かう主人公を演じたマックィーンと残る道を選択したドガとの友情が熱かった) 
ミッドナイト・エクスプレス(1978年)
(監)アラン・パーカー(出)ブラッド・デイヴィス
(脱獄がテーマというよりも過酷すぎる環境や看守の暴力が描かれ、リアルを通り過ぎたやりすぎと批判されることになった作品。実録ではもう過去作品を越えられないか?) 
「アルカトラズからの脱出」(1979年)
(監)ドン・シーゲル(出)クリント・イーストウッド
(巨匠イーストウッドの師匠だったドン・シーゲルが、脱獄不可能な監獄島からの脱獄を成功させた究極の実録脱獄映画。そして、この脱出不可能な監獄に逆に侵入した映画が、マイケル・ベイの出生作1996年の「ザ・ロック」です) 
「ショーシャンクの空に」(1994年)
(監)フランク・ダラボン(原)スティーブン・キング(出)ティム・ロビンス、モーガン・フリーマン
(単なる脱獄映画の枠を超えたのは、原作の良さと監督の手腕、そして俳優たちの個性のおかげ) 
「フィリップ、君を愛してる」(2009年)
(監)グレン・フィカーラ、ジョン・レイア(出)ジム・キャリー、ユアン・マクレガー
(愛する男性のために脱獄を繰り返す男の物語、LGBT映画であり脱獄映画でもある異色の作品) 
「スリー・デイズ」(2010年)
(監)ポール・ハギス(出)ラッセル・クロウ、エリザベス・バンクス、ブライアン・デネヒー
(脱獄というよりも脱走映画ですが、実にハラハラ・ドキドキよく出来た映画です) 
「大脱出」((2013年)
(監)ミカエル・ハフストローム(出)シルベスター・スタローン、アーノルド・シュワルツェネガー
(二大アクションスターによる脱獄不能の牢獄からの脱獄劇。牢獄といい役者といいここまでやらないと脱獄物は映画にならないのです)

<脱出・脱走映画の名作>
 脱走するのは、監獄だけとは限りません。そこで、監獄以外の場所からの脱走を描いた名作を選び出してみました。こうして、並べてみると、脱獄映画の傑作が1960年代から1970年代にかけて次々と生まれて以降、1980代以降は「監獄」からの脱出ではなくそれ以外の場所からの脱出が描かれるようになったように思えます。やはり王道の脱獄ものは、過去を越える作品を作るのは困難なのでしょうか?
カッコーの巣の上で(1975年)
(監)ミロシュ・フォアマン(出)ジャック・ニコルソン、ルイーズ・フレッチャー、ウィル・サンプソン
(精神病院というのは肉体的・精神的監獄として様々な映画に登場しています。「未来世紀ブラジル」、「ターミネーター2」など) 
「ニューヨーク1997」(1981年)
(監)ジョン・カーペンター(出)カート・ラッセル、リー・ヴァン・クリーフ
(島ごと監獄になっているマンハッタン島に侵入し、そこから脱出するというアイデアが凄い!) 
ブレードランナー(1982年)
(監)リドリー・スコット(出)ハリソン・フォード、ルトガー・ハウアー、ショーン・ヤング、エドワード・ジェイムス・オルモス
 この映画は「ブレードランナー」が逃亡した人造人間(レプリカント)を追跡する物語です。ところが、ラスト近くレプリカントのロイ・バッティが自分の物語を語るところで、彼が主人公の逃亡の物語が突然見えてきます。観客は一気にロイの逃亡物語に引き込まれ、「追跡の物語」が「逃亡の物語」に変ってしまいました。そこがこの作品が他の多くの映画との大きな違いであり、傑作となった最大の理由かもしれません。  
「ダウン・バイ・ロー」(1986年)
(監)ジム・ジャームッシュ(出)トム・ウェイツ、ジョン・ルーリー、ロベルト・ベニーニ
(ゆるーい脱獄から始まる不思議な旅、ジャームッシュ・ワールド全開のコメディ) 
「CUBEキューブ」(1997年)
(監)ビンチェンゾ・ナタリ(出)モーリス・ディーン・ウィン、ニコール・デ・ボア
(これぞ究極の脱出映画!なぜ、どこから脱出するのかはどうでもよく、とにかくその過程のみを描いた異色作) 
「わたしを離さないで」(2010年)
(監)マーク・ロマネク(出)キャリー・マリガン、アンドリュー・ガーフィールド、キーラ・ナイトレイ、シャーロット・ランプリング
(閉鎖された学校で育てられたクローンの子供たち、彼らもまた心と肉体の逃亡を試みます) 
「アルゴ」(2012年)
(監)(出)ベン・アフレック(出)ブライアン・クランストン、アラン・アーキン、ジョン・グッドマン
(事実は小説よりも奇なり・・・大使館に監禁された人々の脱出劇)
「それでも夜は明ける」(2013年)
(監)スティーブ・マックィーン(出)キウェテル・イジョフォー、ルピタ・ニョンゴ、ベネディクト・カンバ―バッチ、ポール・ジアマッティ
(誘拐され奴隷にされた自由黒人の脱走、これこそ自由への逃亡ドラマ) 
「メイズ・ランナー」(2014年)
(監)ウェス・ボール(出)ディラン・オブライエン、ウィル・ポールター
(迷路を抜け出しても、その先には終わりなき逃亡が・・・シリーズ化されていよいよ終わりが見えず) 
ルーム(2015年)
(監)レニー・アブラハムソン(出)ブリ―・ラーソン、ジェイコブ・トレンブレイ
(前半は肉体的な脱出、後半は心の脱出がテーマになっています。そこがこの映画の素晴らしいところ!)

「穴 Le Treou」 1960年
(監)(脚)ジャック・ベッケル Jacques Becker
(原)(脚)ジョゼ・ジョンバンニ Jose Giovanni
(脚)ジャン・オーレル
(製)セルジュ・シルベルマン
(撮)ギスラン・クロケ
(音)フィリップ・アルチェイス
 1947年にフランスのパリ14区のサンテ刑務所で起きた脱獄事件をモデルにした実録脱獄映画です。その事件の実行犯の一人だった人物ジョゼ・ジョバンニが1958年に発表した小説を原作にしています。そして、同じ実行犯の一人だったジャン・ケロディは脱獄囚の一人として出演しています。まさに実録再現映画です。
<ジョゼ・ジョバンニ>
 原作者のジョゼ・ジョバンニは、大戦中、フランス国内でゲシュタポの協力者として働いていて、戦後は3件以上の強盗・殺人事件で有罪とされ死刑を宣告されていました。当然、出所は不可能だったこともあり、同じような重罪を課されている犯罪者たちが脱獄を計画したのでしょう。結局、彼は大統領からの恩赦によって死刑を免れただけでなく、1956年に釈放されました。(時代が戦後の混乱期だったことから、恩赦が広く行われたのでしょう)
 その後、彼は犯罪者としての体験をもとに小説を書き始めます。「冒険者たち」(1967年)の原作も彼です。その後1966年には、彼は映画監督となり、数多くの犯罪映画を撮りました。代表作としては、ジャン=ポール・ベルモンドの「ラ・スクムーン」(1972年)、アラン・ドロンの「ル・ジタン」(1975年)、ジャン・ギャバンとアラン・ドロンの競演が話題となった「暗黒街のふたり」(1973年)などがあります。
<ジャック・ベッケル>
 ジャック・ベッケル Jacques Becker は、1906年9月15日パリに生まれています。1931年から1938年にかけてジャン・ルノワールの助監督をつとめながら映画について学び、1942年に初監督作「最後の切り札」を発表。1947年の「幸福の設計」でカンヌ国際映画祭恋愛心理映画賞を受賞。
 1952年には最高傑作とも言われるシモーヌ・シニョレ主演の「肉体の冠」を発表。(ファム・ファタールもののフィルム・ノワール)
 1954年の「現金に手を出すな」はフィルムノワールの歴史を代表するの傑作で、主演のジャン・ギャバンはこの作品でヴェネチア国際映画祭の男優賞を受賞しました。
 1958年の「モンパルナスの灯」では、ジェラール・フィリップが画家アメデオ・モディリアーニを演じた伝記映画。
 彼が監督として撮った作品は、わずか十数本しかなく、1960年2月21日、「穴」の公開の年に、53歳という若さでこの世を去ってしまいました。時代は、「ヌーヴェルバーグ」が始まる前のフランス映画停滞期。彼の作品は、ヌーヴェルバーグの先駆だったとも後に言われますが、当時はほとんど評価をされることはなく、忘れられた存在となってしまいました。
<徹底したリアリズム>
 この映画のリアリズムは実に徹底されています。
 例えば、地下トンネルを掘る際のコンクリートの崩れ具合のリアルさ。本物の石が混じるコンクリートを本気で崩しているのがわかります。俳優たちの体がみなラグビー選手のように筋肉質なのはそのために腕力重視で役者を選んだのかもしれません。
 その作業で崩された瓦礫が下水道を埋めて流れをせき止めないようにと、板を並べて下水道にフタをするのも実にリアル。
 下水道に向かう途中看守に見つかりそうになった二人が、柱の陰に隠れるために一人を肩に乗せるという工夫も見事。
 様々な脱獄のための技法を披露する教科書のような作品になっています。
 映画のオープニングでは、脱獄犯のグループ・リーダーを演じたジャン・ケロディが自ら解説。
「これは私が実際に関わった事件をもとにした映画です」
 事件のことを知らない観客は、実行犯が外に出てそんな説明をしているのを聞いて、脱獄は成功したのか?でも成功したら映画に出られないし・・・じゃあ映画の結末は?
 と観客を煙に巻く演出も上手いと思います。オープニングのタイトルもなく、いきなり始めるのも、実録フィルムらしい演出です。
 ロベール・ブレッソンの「抵抗 死刑囚の手記」もまた同じように無駄をはぶき、音楽までもなくして脱獄の一部始終のみを映像化した作品でしたが、脱獄は単独で行われています。それに対し、この作品は複数の脱獄犯が協力して行い、そこに仲間割れの可能性が浮上するなど、人間関係のドラマを盛り込むことでより心理的に複雑な作品になっています。
 さらに付け加えると、この映画は単に事実を忠実に再現しただけではありません。それを映画として見せるために、映画的な工夫もさりげなくなされています。例えば、トンネルの中を進む途中にそれをカメラが引いて撮った画面。彼らがもつ灯りが照らす光の形が、トンネルの形に合わせて、丸かったり、四角かったり変化しながら脱獄犯のシルエットを浮かび上がらせている映像は幻想的で美しく実に映画的です。こうして演出はやりすぎれば、芸術的な映画になってしまうところですが、そこをギリギリで抑えている気もします。このバランス感覚を正当に理解してくれる映画人は、トリュフォーやゴダールなどヌーヴェルバーグの若い監督たちだけだったのかもしれません。  

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