ヒッチのタッチを持つ血塗られた映像の魔術師

- ブライアン・デ・パルマ Brian De Palma -
 アメリカ映画界が生んだ映像の魔術師、ブライアン・デ・パルマ。今でこそ「ヒッチコックの後継者」と呼ばれていますが、昔から「ヒッチコックの模倣者」と批判する声も多く、それが彼の評価を低くしてきました。しかし、彼はヒッチコックが撮れない映画を数多く撮っていることも忘れてはいけないはずです。「青春映画」の「ブルー・マンハッタン」、「ロック・ミュージカル」の「ファントム・オブ・パラダイス」、「本格ギャング・アクション映画」の「スカ―フェイス」、「警察アクション映画」の「アンタッチャブル」、「ヴェトナム戦争映画」の「カジュアリティーズ」、「文芸大作映画」の「虚栄のかがり火」、「王道スパイ映画」の「ミッション・インポッシブル」、「SF冒険アドベンチャー」の「ミッション・トゥ・マーズ」、「イラク戦争映画」の「リダクテッド」・・・どれもヒッチコックは撮らなかったタイプの映画ばかりです。
 意外なことに、ブライアン・デ・パルマ監督は、デビュー作でいきなり大きな国際映画祭で賞を獲得しています。しかし、その後長く映画賞とは縁遠い存在となります。彼の映像技法がヒッチコックの模倣だとか、画面分割や長回し手法が鼻につくとか、描写が残酷すぎるとか、批判が賞賛を上まわっていたからでしょうか?
 それどころか、彼の何本もの作品は、アカデミー賞ではなく「ラジ―賞」の候補になっています。彼らしい作品はその残虐な描写や物語の複雑さゆえになかなかヒットせず、「アンタッチャブル」や「ミッション・イン・ポッシブル」のような大ヒット作が出ても、それはそれで彼らしくない作品と批判され、知名度の高さの割りには、ストレスが多い監督人生だったようにも思えます。
 思えば、彼の作品を数多く見ている僕としては、毎回、楽しませてもらっていて、駄作はなかったように思えます。(下記のタイトルが赤字の作品は見ています)
 特に注目してほしいのは、彼がけっして「ヒッチコックの模倣者」ではなくヒッチコックには決して撮れないタイプの映画を数多く撮っていることです。そのジャンルの広さは特筆ものです。
 ここでは彼の作品をインタビューと共に振り返るドキュメンタリー映画「デ・パルマ」を参考にその歴史を振り返ります。

「ブルー・マンハッタン/黄昏のニューヨーク Greetings」 1968年
(監)(脚)ブライアン・デ・パルマ(脚)チャールズ・ハーシュ
(出)ジョナサン・ウォーデン、ロバート・デニーロ、ゲレット・グレアム、アレン・ガーフィールド
ベルリン国際映画祭銀熊賞受賞
 ブライアン・デ・パルマの監督デビュー作であり、ロバート・デニーロの俳優デビュー作でもあります。

「御婚礼 The Wedding Party」 1969年
(監)(製)(脚)(撮)ブライアン・デ・パルマ(製)(脚)(撮)シンシア・マンロー、ウィルフォード・リーチ
(出)ロバート・デニーロ、ジル・クレイバーグ
 この作品は、ジル・クレイバーグのデビュー作です。

「ブルー・マンハッタンU/哀愁の摩天楼 Hi ! Mom」 1970年
(監)(脚)(原)ブライアン・デ・パルマ(製)(原)チャールズ・ハーシュ(撮)ロバート・エルフストロム
(出)ロバート・デニーロ、アレン・ガーフィールド、ジェニファー・ソルト、チャールズ・ダーニング、ララ・パーカー

「悪魔のシスター Sisters」 1973年
(監)(原)(脚)ブライアン・デ・パルマ(製)エドワード・プレスマン(脚)ルイザ・ローズ(撮)グレゴリー・サンダー(音)バーナード・ハーマン
(出)マーゴット・キッダー、ジェニファー・ソルト、チャールズ・ダーニング
<オカルト・サスペンス>
 ブライアン・デ・パルマお得意のサイコ・サスペンス映画の原点となった作品。シャム双生児だった少女の片割れが、死んだ片割れの影響によって殺人事件を起こす・・・。
 オカルト・猟奇・サスペンス・スリラーをヒッチコック・タッチで映像化。音楽は、そのヒッチコックの音楽を続けてきた作曲家のバーナード・ハーマン

「ファントム・オブ・パラダイス Phantom of Pradise」 1974年
(監)(脚)ブライアン・デ・パルマ(製)エドワード・プレスマン(製総)グスタフ・M・バーン(撮)ラリー・パイザー(美)ジャック・フィスク(衣)ロザンナ・ノートン
(音)ポール・ウィリアムス、ジョージ・アリソン・ティプトン(出)ウィリアム・フィンレイ、ポール・ウィリアムス、ジェシカ・ハーパー、ジョージ・メモリー
<ロック・ミュージカル>
 「オペラ座の怪人」を下敷きにしたオリジナル・ロック・ミュージカル映画。
 彼の初のメジャー成功作であり、彼の才能の多くがここにすでに示された傑作で今見ても見ごたえがあります。音楽も素晴らしい!
 主演で音楽も担当したポール・ウィリアムスの貢献大!
この映画についてはここから

「キャリー Carrie」 1976年
(監)(脚)ブライアン・デ・パルマ(製)ポール・モナシュ(原)スティーブン・キング(撮)マリオ・トッシ(美)ジャック・フィスク(音)ピノ・ドナッジオ
(出)シシー・スペイセク、パイパー・ローリー、ウィリアム・カット、ジョン・トラボルタ、エイミー・アーヴィング、ナンシー・アレン
<オカルト・青春スリラー>
 いじめ問題を描いた青春学園映画であり、オカルト・サイコ・スプラッタ・スリラー映画。この後、多くの作品がこの影響を受けることになります。世界的ベストセラー作家スティーブン・キングにとっても、この作品の大ヒットが彼に本格的なベストセラー作家への道を切り拓くことになりました。
 この作品に出演した若手俳優は、その後も長く活躍することになります。(シシー・スペイセク、ウィリアム・カット、ジョン・トラボルタ、エイミー・アーヴィング、ナンシー・アレン)

「有名な整形外科医だった父親の病院で何度も流れ出す大量の血を見て育った」
ブライアン・デ・パルマ
「自分は、冷え切っていた父親と母親やいつもいじめられていた気の弱い兄の間に立ち、何もできないながらも生きねばならなかった。そのことが、自分を強くしたのだと思う」
ブライアン・デ・パルマ

<ブライアン・デ・パルマ>
 ブライアン・デ・パルマ Brian De Palma は、1940年9月11日、アメリカ東部ニュージャージー州に生まれています。父親は整形外科医で裕福な家庭でした。大学在学中にヒッチコックの「めまい」を見て、映画監督を目指そうと思い始めました。短編映画と作り、それで奨学金を得ると大学修士課程で映画を専攻。ニューヨークを拠点に自主製作映画を撮り続け、その中のロバート・デ・ニーロ主演の「ブルーマンハッタンU/黄昏のニューヨーク」(1968年)がベルリン国際映画祭で銀熊賞を受賞。一躍その名を知られることになり、ハリウッドに招かれワーナーで作品を撮りますが、内容の残虐な描写にクレームがつき、ニューヨークに戻ります。
 そこで撮った「悪魔のシスター」(1973年)、「ファントム・オブ・パラダイス」(1974年)がB級のマニアックな映画として高い評価を受け、再び脚光を浴びることになりました。そして1976年にオカルト映画の傑作「キャリー」を発表し、原作者のスティーブン・キングにも絶賛されることになりました。(巨匠キューブリックによって映画化された「シャイニング」ですら批判したキングは認めたのです!)

 厳しい批評で有名な映画評論家のポーリン・ケイルは、多くの映画評論家がブライアン・デ・パルマの作品をその血の量と残虐な描写からゲテモノ扱いする中、逆に彼の作品を高く評価。その描写は、嘘っぽいゲテモノのように見えるが、実は現実とはそんな嘘っぽいゲテモノなのではないか?と指摘しました。
「・・・デ・パルマが最も冴えている時、彼の作品が喚起するのは、わたしたちの胸に埋もれていた数多くのガラクタのような記憶である。表面は安物のキャンディのように甘ったるく、だが同時にその奥にひそむ恐怖がえぐり出され、かくして、誰もが共有している悪夢が笑いとともに表出してくる。・・・「キャリー」には人物らしい人物はひとりもいない。いるのは安っぽい作りものばかりである。・・・」
ポーリン・ケイル(映画評論家)

「愛のメモリー Obsession」 1976年
(監)(脚)ブライアン・デ・パルマ(製)ジョージ・リットー、ハリー・N・ブラム(製総)ロバート・S・ブレムソン(脚)ポール・シュレーダー(撮)ヴィルモス・シグモンド(音)バーナード・ハーマン
(出)クリフ・ロバートソン、ジュヌビエーブ・ビジョルド、ジョン・リスゴー、ワンダ・ブラックマン
<サイコ・サスペンス映画>
 1975年12月24日バーナード・ハーマン死去。同じ年の作品「タクシー・ドライバー」の録音を指揮した後、心臓発作で倒れ、そのままこの世を去りました。ヒッチコックを敬愛していたデ・パルマ監督にとって、ヒッチコックの音楽的パートナーだったバーナード・ハーマンの死はショックでした。

「フューリー The Furry」 1978年
(監)ブライアン・デ・パルマ(製)フランク・ヤブランス(製総)ロン・プレイスマン(原)(脚)ジョン・ファリス(撮)リチャード・H・クライン(特メ)リック・ベイカー(PD)ビル・マレイ
(音)ジョン・ウィリアムズ(出)カーク・ダグラス、ジョン・カサベテス、エイミー・アーヴィング、チャールズ・ダーニング、フィオナ・ルイス、ウィルアム・フィンレイ、ローラ・イネス、ダリル・ハンナ
<SF超能力バトル>
 スパイ組織によって利用される超能力者の息子を守ろうとする父親の戦いを描いたSF超能力バトルとスパイ戦合体ものの先駆作。
 挑戦としては新しかったがまだCGもなく映像的に表現が難しかったのかもしれません。それでも「キャリー」の成功により、この映画にはカーク・ダグラスとジョン・カサベテスという大物俳優が出演しています。身体が爆発する映像はかなりショッキングでした。

「殺しのドレス Dressed To Kill」 1980年
(監)(脚)ブライアン・デ・パルマ(製)ジョージ・リットー(撮)ラルフ・ボード(編)ジェラルド・B・グリーンバーグ(音)ピノ・ドナッジオ
(出)マイケル・ケイン、ナンシー・アレン、アンジー・ディッキンソン、キース・ゴードン、クリス・フランツ
 ブライアン・デ・パルマが最も憧れる監督ヒッチコックの「サイコ」へのオマージュに満ちた作品。
 当時人気だった女優アンジー・ディッキンソンの使い方は、まさに「サイコ」です。
 バーナード・ハーマンがこの世を去ったため、彼の代わりに音楽を担当することになったのは、1973年のニコラス・ローグ監督の「赤い影」で一躍その名を知られることになったイタリアの作曲家ピノ・ドナッジオでした。彼はこの後多くの作品に音楽を提供することになります。
 この映画にも出演しているナンシー・アレンとは1979年に結婚。(1983年に離婚)

「ヒッチコックの作品は多くの監督たちに影響を与えた。しかし、ヒッチコック流を継承したのは、私だけだ。私は、彼のやり方を研究・模倣しただけでなく、自分なりのやり方で新たな手法へと発展させてきた」
ブライアン・デ・パルマ

「ミッドナイト・クロス Blow Out」 1981年
(監)(脚)ブライアン・デ・パルマ(製)ジョージ・リットー(製総)フレッド・カルーソ(撮)ヴィルモス・シグモンド(PD)ポール・シルバート(編)ポール・ハーシュ(音)ピノ・ドナッジオ
(出)ジョン・トラボルタ、ナンシー・アレン、ジョン・リスゴー、デニス・フランツ、ピーター・ボイデン、カート・メイ
 B級映画専門の音響効果技師が事件に巻き込まれるミステリー作品。ラストはかなりショッキングで悲しい結末ですが、そこまでやるかな?

「スカ―フェイス Scarface」 1983年
(監)ブライアン・デ・パルマ(製)マーティン・ブレグマン(脚)オリバー・ストーン(撮)ジョン・A・アロンゾ(編)ジェラルド・B・グリーンバーグ(音)ジョルジオ・モロダー
(出)アル・パチーノ、スティーブン・バウアー、ミシェル・ファイファー、ポール・シェナー、メアリ―・エリザベス・マストラントニオ、E・マーレイ・エイブラハム、ハリス・ユーリン
 モノクロ映画時代の名作ギャング映画「暗黒街の顔役」のリメイク。
 ラストの銃撃戦の過激さは語り草で、その後の多くの映画、そしてゲームに影響を与えることになりました。確かにそこだけはゲームのようなドンパチです。
 彼の作品が批判されるのは、場面場面の凄さが映画の中で浮いてしまうことがトータルで評価しがちな映画ファンに嫌味に見えるからかもしれません。

「ボディ・ダブル Body Double」 1984年
(監)(製)(脚)ブライアン・デ・パルマ(脚)ロバート・J・アブレッチ(撮)スティーブン・H・ブラム(編)ジェラルド・B・グリーンバーグ(音)ピノ・ドナッジオ
(出)クレイグ・ワッソン、メラニー・グリフィス、グレッグ・ヘンリー、デヴォラ・シェルトン、デニス・フランツ、バーバラ・クランプトン
 こちらもヒッチコックの「めまい」へのオマージュ満載の作品。

「アンタッチャブル The Untouchables」 1987年
(監)ブライアン・デ・パルマ(製)アート・リンソン(原)オスカー・フレイリー(脚)デヴィット・マメット(撮)スティーブン・H・ブラム(編)ジェラルド・B・グリーンバーグ(音)エンニオ・モリコーネ
(出)ケヴィン・コスナー、ショーン・コネリー、アンディ・ガルシア、チャールズ・マーティン・スミス、ロバート・デニーロ、ビリー・ドラゴ、リチャード・ブラッドフォード、ジャック・キーホー
アカデミー助演男優賞(ショーン・コネリー)
 大ヒットしたテレビ・ドラマの映画化作品。クライマックスの駅舎内での銃撃戦は、「戦艦ポチョムキン」の明らかな引用だが、その素晴らしさに世界中の映画ファンは拍手しました。

「カジュアリティーズ Casualities of War」 1989年
(監)ブライアン・デ・パルマ(製)アート・リンソン(原)ダニエル・ラング(脚)デヴィッド・レーブ(撮)スティーブン・H・ブラム(特効)キット・ウェスト(音)エンニオ・モリコーネ
(出)マイケル・J・フォックス、ショーン・ペン、ドン・ハーヴェイ、ジョン・C・ライリー、ジョン・レグイザモ、テュイ・テュー・リー、エリック・キング
 この映画で兵士たちにレイプされる少女を演じたベトナムの女の子が、その後、周囲から差別されることを案じたパルマ監督は、彼女をアメリカに連れて行き、学校に通わせたといいます。彼の優しさ、繊細さを示すエピソードです。そもそも彼はオリバー・ストーンとは違い、ベトナム戦争に若い頃から反対でした。彼は兵役を逃れるため、同性愛者や共産主義者などを演じるなど、いろいろなことをやったようです。それだけに、彼は戦争が人間をどこまで狂わせるかを描くことになんの躊躇もなかったといえます。
 この映画の撮影中、主演のアイドル俳優マイケル・J・フォックスと強面のショーン・ペンは完全に対立していました。(ショーン・ペンがわざと仕組んだのかどうか?)撮影中に本当にケンカを始めることもあったと言います。パルマ監督は、それを上手く利用しながら撮影を進めたといいます。もちろん、その対立は、映画に見事な緊張感をもたらすことになりました。

「監督は、カメラの前でぶつかり合うスタッフやキャストたちのエゴを制御するのも重要な仕事だ」
ブライアン・デ・パルマ

「虚栄のかがり火 THE BONFIRE OF THE VANITIES」 1990年
(監)(製)ブライアン・デ・パルマ(原)トム・ウルフ(脚)マイケル・クリストファー(撮)ヴィルモス・シグモンド(音)デイヴ・グルーシン
(出)トム・ハンクス、ブルース・ウィリス、メラニー・グリフィス、キム・キャトラル、モーガン・フリーマン、E・マーレイ・エイブラハム、ソウル・ルビネック、キルステン・ダンスト
 パルマ監督としては異色の名作文学の映画化。残念ながら失敗作と言われていますが、僕には十分面白かった印象はあります。
 モーガン・フリーマンが出演、キルステン・ダンストがもう出ていました!

「映画とは、監督が自分自身のミスを記録しているようなものだ」
ブライアン・デ・パルマ
(そこまで神経質に作品作りにこだわるからこそ、彼ならではの、時に難解で複雑で理解しずらい作品を生み出すことが可能だったのです)

「レイジング・ケイン RAISING CAIN」 1992年
(監)(脚)ブライアン・デ・パルマ(製)ゲイル・アン・ハード(撮)スティーブン・H・ブラム(音)ピノ・ドナッジオ
(出)ジョン・リスゴー、ロリータ・ダヴィドビッチ、スティーブン・バウアー、フランシス・スタンハーゲン
 正統派の映画が続き、「虚栄のかがり火」で大きな失敗をしたことから、パルマ監督は久々に自分の得意とするサイコ・サスペンスの小品を撮りました。
 製作者のゲイル・アン・ハードは、1991年に監督のブライアン・デ・パルマと結婚しています。(1993年には離婚しています。ちなみに彼女の前の夫はジェームス・キャメロン!)


「カリートの道 CARLITO'S WAY」 1994年
(監)ブライアン・デ・パルマ(製)マーティン・ブレグマン、ウィリー・ベアー、マイケル・S・ブレグマン(原)エドウィン・トレス(脚)デヴィッド・コープ(撮)スティーブン・H・ブラム(音)パトリック・ドイル
(出)アル・パチーノ、ショーン・ペン、ペネロープ・アン・ミラー、ジョン・レグイザモ、ヴィゴ・モーテンセン、イングリッド・ロジャーズ、ルイス・ガスマン
この映画と音楽について

「ミッション:インポッシブル MISSION: IMPOSSIBLE」 1996年
(監)ブライアン・デ・パルマ(製)トム・クルーズ、ポーラ・ワグナー(脚)デヴィッド・コープ、ロバート・タウン、スティーブン・ザイリアン(撮)スティーブン・H・ブラム
(特メ)ロブ・ボッティン(音)ダニー・エルフマン(テーマ)ラロ・シフリン
(出)トム・クルーズ、ジョン・ボイト、エマニュエル・ベアール、ヘンリー・ツェーニー、ジャン・レノ、ヴァネッサ・レッドグレープ、ヴィング・レイムス
 3人の脚本家が競合する形で書いた脚本。複雑で入り組んだ物語は、黒澤明監督作品のように複数の脚本家によって生み出されたようです。ちなみに二作目以降は監督が代わり、ジョン・ウー監督により、すっかりサスペンス要素は薄れスパイ・アクション映画になってしまいます。
 この作品も、「アンタッチャブル」と同様に大ヒットテレビ・シリーズの映画化です。(僕はテレビ・シリーズが大好きで、毎回欠かさず見ていました)

「スネーク・アイズ Snake Eyes」 1998年
(監)(製)(原)ブライアン・デ・パルマ(脚)(原)デヴィッド・コープ(撮)スティーブン・H・ブラム(音)坂本龍一
(出)ニコラス・ケイジ、ゲイリー・シニーズ、ジョン・ハード、カーラ・グギーノ、スタン・ショウ、ケヴィン・ダン
 前作が大ヒットしたとはいえ、大作映画のストレスで疲れたこともあり、リハビリ的に得意のジャンルへ回帰した作品で本領発揮。
 ラストの長回しのカットが凄い!これぞデ・パルマ調!

「ミッション・トゥ・マーズ Mission To Mars」 2000年
(監)ブライアン・デ・パルマ(製)トム・ジェイコブソン(脚)ジム・トーマス、グレアム・ヨスト、ジョン・C・トーマス(撮)スティーブン・H・ブラム(音)エンニオ・モリコーネ
(出)ゲイリー・シニーズ、ティム・ロビンス、ドン・チードル、コニー・ニールセン、ジェリー・オコンネル、アーミン・ミューラ=スタール
 まさかSF映画を撮るなんて!と思ったら、実は別の監督が撮るはずが、予算不足により降板。その代わりに急遽抜擢された代打だったとのこと。そのわりには十分楽しめる作品になっていました。

「ファム・ファタール FEMME FATALE」 2002年
(監)(脚)ブライアン・デ・パルマ(製)タラク・ベン・アマール、マリナ・ジェフター(製総)マーク・ロンバルド(撮)ティエリー・アルボガスト(編)ビル・パンコウ(音)坂本龍一
(出)レベッカ・ローミン=ステイモス、アントニオ・バンデラス、ピーター・コヨーテ、エリック・エブアニー
 タイトルの「魔性(運命)の女」からわかるように、ノスタルジックなハードボイルドもの。

「ブラック・ダリア THE BLACK DAHLIA」 2006年
(監)ブライアン・デ・パルマ(製)ルディ・コーエン、モシュ・ディアマント他(製総)ロルフ・ディール他(原)ジェームズ・エルロイ(脚)ジョシュ・フリードマン(撮)ヴィルモス・シグモンド
(PD)ダンテ・フェレッティ(編)ビル・パンコウ(音)マーク・アイシャム
(出)ジョシュ・ハートネット、アーロン・エッカート、スカーレット・ヨハンソン、ヒラリー・スワンク、ミア・カーシュナー、マイク・スター
 ハリウッドで実際にあった女優惨殺事件をもとにしたサスペンス映画。事件に異常に執着する刑事という設定はやはりヒッチコック的?

「リダクテッド 真実の価値 Redacted」 2007年
(監)(脚)ブライアン・デ・パルマ(製)ジェニファー・ワイス、シーモン・アードル他(製総)トッド・ワーグナー、マイク・キューバン(撮)ジョナサン・クリフ(PD)フィリップ・バーガー
(出)パトリック・キャロル、ロブ・デヴァニー、イジ―・ディアス、マイク・フィゲロア、タイ・ジョーンズ
ヴェネチア国際映画祭監督賞
 イラク戦争を舞台にした映画監督志望の兵士がイラクのサマラ駐屯地で撮影した事実とは?

「パッション Passion」 2012年
(監)(脚)ブライアン・デ・パルマ(製)サイド・ベン・サイド(オリジナル脚)アラン・コルノー、ナタリー・カルテール(撮)ホセ・ルイス・アルカイネ(PD)コーネリア・オット(音)ピノ・ドナッジオ
(出)レイチェル・マクアダムス、ノオミ・ラパス、カロリーネ・ヘアフルト、ポール・アンダーソン
 久々の本格的デ・パルマ作品だったようです。未見。

「・・・彼は主題を真面目に扱うことができない。だがそれでよいのだ。ヒッチコックだってそうだった。もしも、ブライアン・デ・パルマが、ほかのジャンルの芸術家だったら - たとえば小説家とか詩人とかだったら - 評価は高いが読者の少ない諷刺作家になっていたことだろう。彼の映画の何にもかもが、いつまでも青年らしいひねくれた視線によって、常に一定の距離を置いて捉えられているからだ。デ・パルマは小気味よいまでに個人的感情を排した作家である。けれども、今や彼は、大衆の心をとらえるすべを知った。「キャリー」に注入した安もののハートこそが、デ・パルマの切り札のジョークにほかならない。・・・」

ポーリン・ケイル「明かりが消えて映画がはじまる - ポーリン・ケイル映画評論集-」より

<参考>
ドキュメンタリー映画「デ・パルマ」
 2015年
(監)(製)ノア・バームバック、ジェイク・パルトロー
(製総)スコット・ルーディン、イーライ・ブッシュ
(編)ローレン・ミネラス、マット・メイヤー
(出)ブライアン・デ・パルマ

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