「デルス・ウザーラ Derus Uzala」 1975年

- ウラジミール・アルセニエフ、黒澤明 Akira Kurosawa -

<異色の名監督>
 日本が生んだ名監督は数多いのですが、その中でも黒澤明は異色の存在です。それは彼が実に多様なジャンルの映画を撮っている点です。小津安二郎なら「家族」、北野たけしなら「暴力」、山田洋二なら「庶民の人情」と、ある程度テーマを決めている監督が多い中、彼だけは一作ごとにテーマがまったく異なっています。
 「用心棒」は痛快娯楽時代劇、「天国と地獄」は犯罪ドラマ、「影武者」は歴史時代劇、「白痴」はロシア文学の日本版、「赤ひげ」は江戸時代を舞台にした医療ドラマ、「蜘蛛の巣城」は能によるマクベスの日本版、「羅生門」は実験的視点をもつ文芸推理ドラマ、「生きる」は感動人生ドラマ、「野良犬」は正統派刑事ドラマ、「姿三四郎」はスポコン・ドラマの先駆け、「わが青春に悔いなし」は社会派青春ドラマ・・・
 彼がヨーロッパだけでなくアメリカでも人気があるのは、どんな題材でも料理できる彼の職人的資質のせいかもしれません。だからこそ、彼はあのジョージ・ルーカスやフランシス・コッポラに師と仰がれ、アカデミー賞の外国語映画賞までも獲得することができたのです。
 そして、その輝くべきアカデミー賞の受賞作が、「デルス・ウザーラ」です。

<異色の作品「デルス・ウザーラ」>
 「デルス・ウザーラ」は、彼の作品群の中でも特に異色の作品と言えるでしょう。
 先ずこの作品は、海外資本100%、それもソ連出資で、オールソ連ロケによる100%ソ連映画なのです。当然、スタッフのほとんどはロシア人で、黒澤映画の常連俳優たちは一人も出演していません。唯一三船敏郎には、主役のデルス役としてオファーがありましたが、2年に渡る長期ロケはスケジュール的に困難ということで、地元ロシアの俳優に白羽の矢が立てられました。(結局この選択は正解でした)
 さらに、この作品は彼の作品中唯一「自然と人間」をテーマに取り上げたものです。というより、シベリアの大自然こそが主役の映画といってもいいでしょう。デルスという人間は、シベリアの大自然の一部であり、その精霊といってよい存在なのです。常に「人間」を描き続けた黒澤監督にとって、これは実に珍しいことです。
 さらにこの作品は、黒澤作品中唯一実在のモデルをもとにした伝記映画でもあります。
 もしかすると、こうして日本的な情緒を初めから排除していたからこそ、この映画はアカデミー賞を受賞できたのかもしれません。世界中の観客がこの作品については、平等の視点で見ることができたということでしょうか。
 ついでながら、この映画アカデミー賞を獲っているにも関わらず、黒澤作品の中で最も知名度が低いものかもしれません。しかし、僕個人としてはこの作品黒澤作品中のベスト3に入るのでは?と思っています。特にアウトドア派のひとには絶対にお薦めの一本です。

<黒澤明、長年の夢>
 「デルス・ウザーラ」は、巨匠黒澤監督が通算25本目の作品として製作し、1975年に公開されました。彼はこの映画の原作「デルス・ウザーラ」(ウラジミール・アルセニエフ著)をまだ彼が監督になる前、助監督時代に読んで以来ずっと映画化したいと考えていました。
 なんと一度はその映画化が具体化し、場所を北海道に変えることで脚本も書かれたのだそうです。しかし、「デルス・ウザーラ」の主役でもあるシベリアの大自然にまさる風景が北海道では得られず、結局企画は中止になってしまいました。

<ソ連映画としての復活>
 1971年、「どですかでん」をモスクワ映画祭に出品するためモスクワを訪れた彼は、このことをソ連の映画関係者に話しました。すると、日ソ交流の先駆けとして共同で映画化しないかという提案が出されました。元々この原作本はソ連において国民文学のひとつとも言える存在でした。それにこの本にはイデオロギー的な色合いがほとんどないため、ソ連の体制が変わっても抹殺されることはなく、当然映画化についてもまったく問題がありませんでした。
 その後本格的に交渉が行われ、最終的には100%ソ連出資で、作品の内容については100%黒澤に自由が与えられるという決定がなされました。こうして、黒澤とユーリー・ナギービンによる共同脚本が完成。いよいよ撮影が始まりました。

<厳しい自然の中での撮影>
 撮影場所はもちろん原作どおりシベリアの奥地です。夏は高温多湿で蚊に悩まされ、冬は零下37度にまで達する中、撮影が行われました。そんな厳しい自然条件の中でも、完璧主義者黒澤はけっして撮影中妥協せず、自然の厳しさ以上に監督の指示はスタッフにとって驚異だったようです。
 特に映画の中でも重要なシーン。ハンカ湖近くの湿地帯で主役の二人が吹雪の中、野営用の仮小屋を作ろうと必死で草を刈るシーンには10日間もの日数がかけられました。わずか15分のシーンのために二人の両手は血だらけになり、撮影後はその場に倒れ込んでしまいました。(映画では、その倒れ込んだシーンがそのまま使われています)

<デルスという男>
 物語は、1902年シベリアの奥地を地誌や測量調査のために探検していたソ連の軍人アルセーニエフがそこで偶然デルス・ウザーラという猟師と出会うところから始まります。
 家族もなく、家も持たない彼は、まるで森とともに生きているかのように、その土地の生き物や自然を知り尽くしていました。
 そのうえ彼は、けっして人を騙したりせず、猛吹雪からアルセーニエフの命を救ってもその代償を要求することもありません。すっかり彼の人間的な魅力に魅せられてしまったアルセーニエフは、この土地を調査探検する時は必ず彼をガイドとして雇うようになります。虎や熊のような猛獣や猛吹雪や寒さ、飢餓との闘いなどあらゆる危険を乗り越える小さくて心優しいスーパー・アウトドア・ヒーロー、デルス・ウザーラ。
 彼はまるで「指輪物語」の中のホビット族を思わせるキャラクターですが、実在の人物です。しかし、そんな伝説的ヒーローにも勝つことのできない敵がいました。それは「老い」でした。50歳を過ぎ急激に視力が衰えたデルスはしかたなくアルセーニエフの誘いに応じ、ハバロフスクの彼の家に同居することを承諾しました。しかし、都会は彼にとって住むべき場所ではありませんでした。都会人たちのおかしな生活ぶりに彼はしだいに精神を蝕まれてゆきます。結局、デルスは森に帰ることを決意し、アルセーニエフもそれを引き留めることはできませんでした。こうして物語は悲劇的なラストへと向かうわけです。

<マキシム・ムンズク>
 主人公デルスを演じる地元ソ連のアジア系俳優マキシム・ムンズクの演技もまたシベリアの美しい大自然に匹敵する実に自然な名演技です。まるで「森の妖精」デルスが本から抜け出してきたかのような存在感ですが、実際本物のデルスの写真とそっくりなのには驚かされます。実は彼は地元の優秀な芝居の俳優で、そのため撮影当初は演技が過剰すぎ何度も監督に駄目だしされたのだそうです。その後、もうひとりの主演俳優であり、当時のソ連におけるナンバー1俳優でもあったユーリー・サローミンがマキシムにじっくりと説明し、やっと演技がスムーズに出るようになったのだそうです。
 デルスが叫ぶ「カピターン!」とアルセーニエフを呼ぶ声は、この映画を見終わると当分耳から離れないことでしょう。

<大自然のドキュメンタリー>
 この作品は黒澤作品中、最もドキュメンタリー的な作品でもあります。厳しいシベリアの大自然の元での撮影のため、ライトやアングルなどに凝るわけには行かず、もちろんセットのように画面の構成をいじるわけにも行きません。これは、いつもは自由に器材を用いることができる黒澤監督にとって、厳しい条件であると同時に、新たな挑戦でもありました。
 こうしてできたシンプルな映像、シンプルな演技、シンプルな物語のこの作品は、元々仲代達也とか三船敏郎の大げさな演技が正直言って許せない僕にとっては、なかなか新鮮で魅力的な作品でした。

<思い出の映画>
 この映画が公開された時、僕は高校生で受験勉強まっさかりでした。そのうえ、公開期間がちょうど期末試験にぶつかっていて、どうしても見られませんでした。それまで黒澤映画をリバイバルでしか見ていなかった僕としては、なんとかして「生」で見たかったので、試験の最終日、最終回に間に合うよう友達とタクシーに飛び乗り映画館に直行したのでした。しかし、そうまでして見たのですから、青春時代に見た映画が心に残るのは当然なのかもしれません。
 現実を忘れさせてくれ夢の世界に連れていってくれる映画も良いのですが、たまには心に残る映画を見たいものです。そして、そんな心に残る映画は、きっとあなたの中の何かを変えてくれるはずだと思います。

「デルス・ウザーラ Derus Uzala」 1975年
(製作) ニコライ・シゾフ Nikolai Sizov、松江陽一 Yoichi Matsue
(監督) 黒澤明 Akira Kurosawa
(脚本) 黒澤明、ユーリー・ナギービン Yuri Nagibin
(撮影) 中井朝一 Asakazu Nakai、ユーリー・ガントマン Yuri Gantoman
      フョードル・ドブロヌラボフ Fiodor Dobronravov
(美術) ユーリー・ラクシヤ Yuri Raksha
(音楽) イサク・シュワルツ Isac Schwalz
(出演) ユーリー・サローミン Yuri Salomin
      マキシム・ムンズク Maxim Munzuk

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