「続シャイニング」に隠された秘密 

「ドクター・スリープ Doctor Sleep」

- スティーヴン・キング Stephen King -
<キング・マジック>
 このサイトの文章を書くにあたって、心の師匠ともいえる存在のひとりにスティーヴン・キングがいます。彼の著書「小説作法」に書かれていることは、小説ではないこのサイトですが大いに参考にさせていただいています。ところが、ここ数年、彼の新作を読んでいませんでした。なにせ常に新しいページを書くための準備をしているので、「時間つぶしにスティーヴン・キングの本でも読もうか・・・」という心の余裕がなかったのです。
 しかし、あの「シャイニング」の続編となれば、話は違ってきます。読まないわけには・・・。意外ですが、多作で有名な作家にも拘わらず、彼は今まで過去作品の続編を書いたことがなかったそうです。それが「シャイニング」の子供はどうしているの?という読者からの質問をきっかけに「続編」を書き始めたのだそうです。著者自身もこの作品には思い入れが深かったのでしょう。
 案の定、最初の数ページを読んですぐに思いました。
「なんでスティーヴン・キングの本って、こんなに読みだすと止まらないんだろう?」
 「シャイニング」の主人公ジャック・トランスの飲酒が止まらないように、多くのキング・ファンが彼の新作発表の日に本屋に並ぶように、本のページをめくる手が止まらなくなるのです。いったいなぜそうなってしまうのでしょうか?「キング・マジック」ともいえる「呪い」のテクニックの秘密がわかれば、さっそくこのサイトにも生かしたい。そうしればもっと読まれるようになるはず・・・
 というわけで、この小説の秘密を探ってみようと思います。

<好奇心の刺激>
 スティーヴン・キングは、読者の「好奇心」を常に刺激し続ける名人です。
 「次はどうなるのだろうか?」
 人類のもつ最大の弱点ともいえる「好奇心」を刺激することで、彼は読者に小説を読み続けさせるための「推進力」を与えるのです。
 では、具体的にどんな方法を用いているのでしょうか?
(1)切れ目なきドラマの展開
 彼は、読者の「好奇心」を刺激し続けるために余計な心理描写や風景描写をしません。次々にドラマを展開し続けることで、読者によそ見をさせません。最近のハリウッド映画と似ているといえますが、マイケル・ベイ作品のように事件を単純に起こし続けるわけではありません。あえて事件を起こさずに、次の事件のヒントを読者にのぞき見させることで、読者の心を巧みに操るのが彼の常とう手段なのです。
「この会話は、もしかすると後で重要な意味をもつのではないのか?」
「この車は、もしかすると犯人の仲間が乗っているのでは?」
 そんなことを考えさせるような文章を読者に提示し続けることで、読者の注意を常に次の文章に向けさせるのです。このやり方は、「マイケル・ベイ的」というよりも「ヒッチコック的」と呼べるでしょう。

(2)シラケさせない物語構成
 ほかにも重要なポイントとして、「シラケさせない物語作りの徹底」があります。彼は「読者に物語への突っ込み」を許さない完ぺきな物語構成を作り上げているのです。それはどういうことかというと、あなたは、テレビや映画を見ていて、こんなことを思うことがありませんか?
「なんで一人で犯人を追うわけ?携帯で警察を呼べばいいじゃない!」
「なんでわざわざ人のいない公園に逃げ込んじゃうわけ?」
 など、物語の破綻に気が付いてシラケてしまうことがありませんか?そうなると、読者の心は一気に物語の世界から現実の世界へと引き戻されてしまうはずです。(それが楽しめるドラマもありますが・・・)
 しかし、スティーヴン・キングは、どんなにあり得ない破天荒な物語であっても、主人公は論理的にベストの方法で対抗することにこだわります。そうすることで、読者は「この条件なら、そうするしかないかもね」と納得させられます。こうして、読者は物語の世界に居続けることができるわけです。
<例>
 この小説の中で、「輝き」の能力をもつ少女アブラを守るための作戦をたてるための条件として
「なぜ、主人公は警察に相談しないのか?」
「なぜ、両親には明かすのか?」
「なぜ、能力を持たない医師やわずかな能力を持つ友人を仲間に加えたのか?」
 こうした選択は、それぞれ読者を納得させる論理的に意味のあるものでなければなりません。もしくは、あとで意味があったことが読者に明かされる必要があります。

(3)ブレない登場人物の人格
 物語の論理的な説得力を強めるため、著者は主人公だけでなく、その他の登場人物すべてにも、一貫した決め事を適用しています
 彼の小説においては、登場人物が脇役まで含めて全員がそれぞれしっかりとした人格をもち、それがブレることはないのです。全員が、すぐれた野球チームのようにそれぞれの役割をしっかりとこなします。読者は、そのことがわかっているので、安心してドラマの展開を追うことができるのです。
 でもこうした人物像の設定は決して事前にきっちりと計画して作られたものではないはずです。そんなことをしていたら、絶対に書き始められないはず。スティーヴン・キングだけでなく村上春樹も、最初に重要なインスピレーションがあり、そこに向かって登場人物たちを動かす(生きさせる)ことで、自然にドラマが進んでいくと語っています。作者の頭の中には、しっかりとしたそれぞれの人物像があり、それが自然に動くように場所を用意するだけなのです。それが優れた作家であり、天才たちのなせる業なのです。

<裏切ることのない結末>
 キング作品のもうひとつの特徴としていえるのは、彼の小説の魅力は読者の予測の裏をかき続けることですが、結末だけは読者の予想(期待)に応えるように書かれているということです。
 読者は、物語の先を予測しながらも、その裏をかかれることを求めます。だからこそ、先へ先へと読む気にさせられるのです。しかし、読み終わった後は気持ちよくなりたい、という贅沢な読者を満足させるには、結末だけはハッピーエンドにする。これが彼の小説における基本的な鉄則です。(もちろん例外もありますが)
 ただし、彼の小説の場合、その多くがあまりに状況が過酷なので、単純な「勧善懲悪」の展開になるよりも、わずかな「救い」を残した終わり方の場合が多いかもしれませんが・・・。映画化された作品の中には、そんな彼の思いが変えられてしまうこともあり、そうした変更を彼は許せないようです。(フランク・ダラボン監督作品「ザ・ミスト」はまさにキング的とはいえない終わり方でした)
 彼のファンは無意識にそんな彼の作品の持つ枠組みを理解していて、読み出せばすぐにその枠組(村上春樹なら「システム」)にそってスムーズにその中に入り込むことができるのです。思えば、村上春樹だけでなくカズオ・イシグロも、ヘミングウェイも、スコット・フィッツジェラルドも、コーマック・マッカーシーも、西加名子も、優れた作家たちは、それぞれ独自の「枠組」(「ルール」、「システム」、「世界観」・・・)というものを持っているものです。
 読者はそうしたそれぞれの作家独特の「枠組」を知れば知るほど、その世界に自然に入り込むことができるようになるのです。ロシア文学の大物たちドストエフスキーやトルストイの長い長い長編小説も、いち早く作者の作品世界を貫くルールをつかんでしまえば、けっして長くは感じなくなるはずです。
 読書が好きな人とは、そうした世界観を数多く知ることが心を自由にしてくれることを知っている人のことだと思います。

ドクター・スリープ Doctor Sleep」上下 2013年
(著)スティーヴン・キング Stephen King
(訳)白石朗

<あらすじ>
 少年時代、雪に閉ざされたホテル「オーバールック」で母親と共に正気を失った父親によって殺されかけたダニー。彼はそんな過去の記憶に苦しみながら大人になり、いつしか父親と同じようにアルコール中毒の泥沼にはまっていました。
 生活のために、老人介護施設で働くものの、アルコールに手を出しては首になり、そのたびに次の街へ向かうことを繰り返していました。しかし、ある町で彼はAA(アルコール中毒から脱するための団体)に参加するようになり、そこで出会った人々のおかげで、立ち直りのチャンスをつかみます。
 ところが、アルコール中毒から脱しトラウマから解放されかけていた彼に、ある日、会ったこともない超能力を持つ少女アブラからのメッセージが届きます。彼女によると、同じような能力を持っている子供を誘拐し、彼らを殺してその「輝き」を奪うことで生きる「真結族」というグループが自分を狙っているといいます。
 ダニーはかつて自分を守ってくれた料理主任ハロランと同じように少女を守ることを決意し、そのために仲間たちを集めます。こうして、ダニーとアブラと仲間たち、それに対する「真結族」との死闘が始まります。

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