「狼たちの午後 Dog Day Afternoon」 1975年

- アル・パチーノ Al Pacino , シドニー・ルメット Sidney Lumet-

<ドッグ・デイズ Dog Days>
 この映画の原題は「Dog Day Afternoon」といいます。人間のように汗をかくことができない犬は、汗の代わりに舌を出して体温を下げます。そこで、舌をだらりと下げた犬の様子から、英語で街が暑さにうだっている状態を表わすようになったようです。(正確には「Dog Days」というようです)ある研究によると、外気温が27℃から30℃あたりにかけての状態が、もっとも人をいらつかせ犯罪を起こしやすくさせるそうです。逆に言うと、それ以上の暑さになると人は犯罪を犯す気力もなくなってくるということです。この映画の舞台となったニューヨークのブルックリンは、この日36℃、ぐったりするほどの猛暑日でした。この気温ではまともな犯罪者なら犯罪など起こす気にはなれないということになるのでしょう。(エルトン・ジョンのオープニング曲もいい味出してます。声が若い!)
 しかし、事件は起きました。そして、当然のように、犯人たちの計画は行き当たりばったりでミスだらけのものでした。ところが、その失敗が逆に世間の注目を集めることになり、テレビで生中継されることになります。こうして、当時、まだ珍しかった「劇場型犯罪」という新しい事態に進展してゆくことになったのです。アメリカ犯罪史上稀にみるお馬鹿な事件はメディアをとうして劇場公開されたことで思いもかけないドラマチックな展開をみせることになるのです。

<シドニー・ルメット>
 ドラマが展開するのはブルックリンにある小さな銀行(チェイス・マンハッタン銀行)。そこに閉じこめられた銀行員たちと犯人、そして彼らと電話でやり取りをする刑事との間でまるで舞台劇のように台詞がやり取りされます。こうした閉じられた世界で繰り広げられるドラマを撮らせたら右に出るもののない監督シドニー・ルメット Sidney Lumetにとって、この作品は最高の素材でした。
 元々テレビ畑出身の彼は、スタジオ内の限られたセットと製作費で作品を撮ることに慣れていて、映画監督に転向してからもデビュー作の「十二人の怒れる男」(1957年)(彼自身が制作したテレビ・ドラマのリメイク作品)のような1つの部屋だけドラマが展開する作品や「オリエント急行殺人事件」のように列車という限定された場所で展開する作品など、閉じられた空間を舞台にした映画を得意とする監督です。おまけに彼は、ハリウッドから距離をおくニューヨーク派の監督の一人でもあり、ニューヨークの街を舞台に映画を撮り続けてきた監督でもあります。
 実際にあった事件を映画化することもあり、彼はいつも以上にリアリズムにこだわりをみせています。特に撮影を行うためのブルックリンらしい街並みのセットは重要な存在だったため、撮影隊はブルックリンの街角にあった大きな倉庫をまるごと借りきり、そこに銀行のセットやスタジオを建ててその街角をまるごとオープン・セットにしてしまいました。そこには化粧室や食堂、事務所だけでなく寝室も用意され、スタッフはそこで寝食を共にしながら撮影を行うことができました。銀行内に立てこもる犯人と人質の間に、しだいに生まれる連帯感のリアリティーは、こうした撮影チーム全体の共同生活から生まれたともいえそうです。

<脚本化>
 この映画は実話を元にしているといっても、その元になったのは当初雑誌に載ったこの事件の記事だけでした。その記事を読んだこの映画のプロデューサー、マーティン・ブレグマン Martin Bregmanは、すぐにこの事件の映画化を思いつき、映画化権を獲得。ポール・ニューマン主演の脱獄映画の傑作「暴力脱獄」(1967年)の脚本などで知られるフランク・ピアソンFrank Piersonにその脚本化を依頼しました。(その後、この事件は小説化されて出版されています)当然、彼は基本的事実は記事に基づいて書きましたが、銀行内で交わされた会話や犯人と刑事とのやり取りなどは、彼の創作もしくは俳優たちによるアドリブで生まれたものです。そのため、俳優同士の生き生きした台詞のやり取りが生み出す個々のシーンのリアリティーと意外性は、それまでの犯罪映画とはまったく異なるレベルに達することになりました。特に主人公が男性の愛人クリス・サランドンと電話で話すシーンの迫力は、映画史に残る名場面です。

<アル・パチーノ>
 この映画の最大の見所である複雑で魅力的な犯人を演じたのは、いよいよ人気が頂点に達しつつあったアル・パチーノ Al Pacinoでした。彼は1940年4月25日ニューヨークの下町サウス・ブロンクスに生まれています。本名はアルフレード・ジェームズ・パシーノ。シチリア移民の子供でしたが、彼が2歳の時に両親が離婚、祖母によって育てられ孤独な少年時代を過ごしました。そのため、子供の頃から一人で映画ばかり見ていたといいます。しかし、最初から俳優になろうと思っていたわけではなく、高校卒業後は職を転々として貧しい青春時代を送りました。1966年、アクターズ・スタジオに入り、彼の人生が変わります。卒業後、オフ・ブロードウェイの舞台で活躍を開始すると1963年のブロードウェイでの舞台「虎はネクタイをするか?」でいきなりトニー賞を受賞。映画には「イタリーの朝」(1968年)にちょい役出演した後、ジェリー・シャッツバーグ監督の「哀しみの街かど」(1971年)ではいきなり主役に抜擢されます。
 彼自身の青春時代を思わせる悲痛な青春を描いたこの映画でいっきに高い評価を獲得した彼は、フランシス・フォード・コッポラの強い推薦によって「ゴッドファーザー」の三男マイケル役に起用されます。なぜ彼は当時の監督たちに認められたのか?それは彼が70年代アメリカが抱えていた影の部分を背負っていたからのように思います。
 「哀しみの街かど」での麻薬に溺れる青年像。「ゴッドファーザー」では、アメリカの闇の部分を仕切るマフィアのボス。「スケアクロウ」では、妻に捨てられて精神のバランスを失ってしまう放浪者。「セルピコ」では、警察内部の不法行為にたった一人で抵抗する孤独な刑事。そして、この映画での彼は冷静で頭の切れる男であると同時に巨漢の妻と男性の愛人をもつ多面性をもつ男を演じ、より複雑で魅力的な人間像を生み出すことに成功しています。この映画は彼にとって最高傑作だったのかもしれません。
 しかし、彼はこの映画でアカデミー主演男優賞にノミネートはされるものの、賞を獲得することはできませんでした。この年の受賞者は「カッコーの巣の上で」のジャック・ニコルソンでしたから、ついていなかったともいえます。僕個人としては、舞台劇のような過剰な演技合戦のようにも見えた「カッコーの巣の上で」よりも、リアリズムに徹したこの映画の方が好きでしたが、この年、多くの評論家は「カッコーの巣の上で」の方を高く評価しました。
 「ゴッドファーザー」(1972年)「スケアクロウ」「セルピコ」(1973年)「ゴッドファーザーPart2」(1974年)と連続して候補に挙がっていた彼は意外なことに、その後、長くアカデミー賞から見放されることになります。1979年「ジャスティス」で候補に挙がって以後は候補にもなれず、1992年「セント・オブ・ウーマン/夢の香り」によって、やっと主演男優賞を獲得することができました。

<渋い役者たち>
 アル・パチーノ演じるソニーの相棒サルを演じたのは、「ゴッドファーザー」で彼の兄を演じていたジョン・カザール John Cazale。1935年8月15日マサチューセッツ州ボストン生まれの彼は、この作品でゴールデン・グローブ助演男優賞にもノミネートされ、いよいよ一流俳優の仲間入りを果たします。しかし、1978年の「ディア・ハンター」で共演したメリル・ストリープと婚約を発表後、病に倒れ、骨肉種から併発した肺ガンで若くしてこの世を去ってしまいます。(1978年3月12日)神経質で切れやすい性格と子供のような優しさを併せ持つサルの人間性を見事に演じた彼は必ずやアカデミー賞を受賞する存在になっていたことでしょう。残念です。
 この二人の俳優によって人質にされてしまう銀行員たちには、ペニー・アレン(シルビア)、サリー・ボイヤー(マルベニー)、キャロル・ケーン(ジェニー)など、舞台出身の演技派俳優が起用されています。彼と犯人たちとの会話のほとんどは、リアルに作られたセットの中で同じように缶詰状態に置かれることで生み出されたアドリブによるものでした。彼らはまさに一つのチームとしてドラマを作り上げたといえます。よほど彼らは意気投合したのでしょう。この映画の撮影後、アル・パチーノは上記3人の共演者たちと再び舞台で共演しています。人質が彼らを監禁している犯人と共同体意識を持つようになり、場合によっては共犯者にもなりうるということを、この映画は限りなくリアルに証明してみせたといえるでしょう。
 この映画における悪役ともいえる刑事たちの演技も忘れられません。「スティング」でも刑事役としていい味を出していたチャールズ・ダーニング Charles Durning(モレッティ刑事)。彼の人情味あふれるけれども、それゆえに事態を悪化させてしまう対応のまずさに対して、その後彼に変わって現場の指揮を取ることになるFBIのシェルドン捜査官の冷酷で抜け目のない仕事ぶりは実に対照的です。そのシェルドンを演じているのは、「アリスのレストラン」、「サブウェイ・パニック」などで渋い演技を見せている名傍役のジェームス・ブロデリック James Broderickです。(現場の刑事とその後を受けるFBIの捜査官の関係は、この後もほとんどの映画で同じように扱われることになります。この映画はその原点だったのかもしれません)それともうひとりシェルドン捜査官の部下で、これまたクールな捜査官マーフィーを演じていたのは、その後ジェームス・キャメロンの「殺人魚フライング・キラー」(1981年)で主役を演じ、「ターミネーター2」では重要な役どころビショップを演じて一躍有名になったランス・ヘンリクセンです。彼はこの映画で本格的な映画デビューを飾ったものの、しばらくは無名時代が続くことになります。(彼が後に主演した「ニア・ダーク/月夜の出来事」(1987年)はいい出来でした)

<リアリズムに徹した犯罪映画の傑作>
 これほどまでにリアリズムにこだわり、俳優たちからアドリブによる臨場感にあふれた演技を引き出した犯罪映画は非常に珍しいと思います。ロバート・アルトマンの作品はどれもこうしたアドリブ重視の手法で撮られていますが、彼の映画の中でも最も大掛かりだった大統領候補の暗殺未遂事件を扱った作品「ナッシュビル」はこの年に撮られています。この時代、優れた監督の多くは現代人の心に潜む闇の部分、そこから生まれる愚かな犯罪を描くことで時代をとらえていました。マーティン・スコセッシ「タクシー・ダイバー」サム・ペキンパーの「わらの犬」、スタンリー・キューブリックの「時計じかけのオレンジ」、スティーブン・スピルバーグの「続・激突カージャック」、リチャード・C・サラフィアンの「バニシング・ポイント」、ロバート・アルトマンの「ボウイ&キーチ」・・・・・etc.どの映画にも、心の闇を抱えた若者たちが登場していますが、そんな若者を演じた時にもっともぴったりくる俳優が、この当時はロバート・デ・ニーロであり、アル・パチーノだったのです。
 映画の中で犯人のソニーが「アティカ!アティカ!」と連呼する場面があります。あれはこの事件が起きた1972年の前年に「1971年にアティカ刑務所で起きた暴動のことを思いだせ!」ということです。
 刑務所内の待遇改善を求めて起きた暴動に対し警察が銃を乱射したため、多くの囚人が死亡し、それを警察はもみ消そうとしていたことが明らかになり、大きな社会問題となりました。それでソニーは「アティカを忘れるな!」と叫んだわけです。サルはソニーに「俺は刑務所に戻るくらいなら死んだ方がいいと言っていました」、彼も刑務所で嫌な体験をしたのでしょう。さらにいうなら、ニューヨークでは1969年にストーン・ウォールで、ゲイ社会にとって画期的な暴動事件が起きています。ソニーのようなゲイにとっても、この時代は大きな曲がり角の時代だったといえます。
 ベトナム帰りであり、ゲイであり、刑務所帰りというまさに時代を象徴する存在でもあった犯人が、ニューヨークというアメリカの象徴的な場所で起こした犯罪。それは、テレビが生放送で事件を報道できるようになった時代に起きたことで、それまでにはなかった生中継される劇場型犯罪の先駆となりました。

「狼たちの午後 Dogday Afternoon」(1975年公開)
(監)シドニー・ルメット
(製)マーティン・ブレグマン、マーティン・エルファンド
(原)P・F・クルージ、トマス・ムーア
(脚)フランク・ピアソン
(撮)ヴィクター・J・ケンパー
(出)アル・パチーノ、ジョン・カザール、チャールズ・ダーニング、ジェームス・ブロデリック、クリス・サランドン、ペニー・アレン、サリー・ボイヤー、ランス・ヘンリクセン

<あらすじ>
1972年8月22日、ニューヨーク・ブルックリンのチェイス・マンハッタン銀行に3人の銀行強盗が押し入りました。ところが、そのうちの一人はすぐに怖気づいてその場を逃げ出してしまいます。残された二人、ソニー(アル・パチーノ)とサル(ジョン・カザール)は銀行にあったはずの大金がすでに本社に運ばれ、金庫にはわずか1100ドルしか残っていないことに呆然としてしまいます。そのうえ、銀行はすぐに警官とFBIによって包囲されてしまいました。開き直った二人は、銀行員9人を人質に立てこもり身代金を要求する緊急手段に出ます。そのため、犯人との交渉となったモレッティ刑事(チャールズ・ダーニング)はソニーと電話で交渉を開始します。冷静で知的なソニーは、交渉の主導権を握り、テレビのインタビューに応えたり、野次馬たちの声援に応えるうちにしだいに英雄扱いされ始めます。銀行内でも彼の人間性を理解し始めた人質たちとの間に連帯感すら生まれ始めます。
 しかし、痺れを切らしたFBIがここで介入。温厚なモレッティ刑事に代わって交渉役になったFBIのフェルトン捜査官(ジェームス・ブロデリック)は沈着冷静な人物で犯人の射殺も視野に容赦ない交渉を展開し始めます。その間、ソニーの母親、妻、そして男性の愛人(クリス・サランドン)が呼ばれ、それぞれソニーへ投降を呼びかけますが、すべて失敗。後に、彼の犯行は愛人男性の性転換費用を都合するためだったことが明らかになります。
 ついに彼らは国外逃亡用のジェット機に乗るため、夜の街を空港へと向かうことになります。しかし、そこには彼らを射殺するための罠が待っているのでした。 

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